59章 境界
寝顔というのはいちばん無防備な表情だ。見せたくないというのも、元来の繭愛の性格を鑑みれば充分理解できる。
同じチームで二回の戦闘を経たとはいえ、まだ打ち解けるには時間がかかるだろう。
「えぇ……けちんぼ」
「おにぃも、見せちゃだめだからね」
繭愛の有無をいわせぬ眼力に思わずたじろいてしまった。ふたつ返事で了承したが、自分も写っている手前はやはり気恥ずかしいものがあるなと実感する。
(どう見ても兄妹じゃないよな……これ)
ここまで仲睦まじい兄妹が果たしているのかどうか。今一度見直して初めて分かる。長年寄り添った夫婦というのは言い過ぎだが、やはり距離が近い気がする。
繭愛だから、というのもあるのだろうが。初めて顔を合わせたのが五年前でそのうち三年間は同居生活だ。無意識にでも心のネジが緩むのは否めない。
(繭はこれをわかってたんだな)
昨日、繭愛が伝えてくれたこと。もっと、わたしを見て欲しい。その意味がなんとなくだが理解できてきたような気がする。
「まぁひとまずサイドウェポンの話に戻ろうか。戦力強化は大事だしな」
話題を切り替えて流れを変えようと画策する梶樹。新しい情報が多いのもあって、整理する時間が欲しかった。
と、そのとき。
「「「「!?」」」」
全員のスマホがけたたましいアラームを鳴り響かせた。連続して発生するバイブ音。このパターンは前日にもあったものだ。
十五分後、戦闘開始。
でかでかと表情された不気味な時計が、カウントダウンを刻み始める。
「ちっ……今日はやけにはええじゃねぇか」
「うええ……またやるのかぁ……」
「あ……わたし、まだ着替えてない……」
穏やかな朝の空気が一転、氷のような緊張が流れる。二日目早朝にして早くも三回戦の火蓋が、落とされようとしていた。
「さて……と。竹里くん、サイドウェポンに関しての情報は流してくれたかな?」
「はっ……指示通りに」
どこかもわからない特別室。その一室で、ゲームマスターは不敵な笑みを浮かべていた。
竹里と呼ばれたのは後方に控える黒服のひとりであり、初日に梶樹ならびに繭愛を案内しルームキーを渡した、あの黒服だった。
竹里はゲームマスターに直接関わることを許された、数少ない黒服でもある。
「しかし、GM。定例ではサイドウェポン実装はセカンドゲーム開始時のはずですが……本当に、よろしかったので?」
指示を受けたはいいが、竹里は納得はしていなかった。この御人は遊び心ある子供のような一面と、誰彼も惹きつけるカリスマの二面性を有している。
しかし、今回に至ってはどうも妙な行動が目立つ。
管理者達も噂している話だが、あの二人に関してかなりの贔屓をしているのではないかという憶測が飛び交っているのだ。
「構わないよ。君も理解しているはずだろう?今回は特にプレイヤーのレベルが高い」
「はっ……存じております」
過去何度も見てきたデッド・オア・ディアーだが、今回は異常といっていいほど能力を使いこなすプレイヤーが多い。
手足の延長とはいっても、もともとは己の肉体になかった機能なのだから慣れるまでに相応の時間が必要になる。赤ん坊が言葉を覚えるように、能力の使用を反復することが地道ながら本来の仕様になっている。
だが、今回に限ってはその限りではなかった。
「適正値の高い能力を授かった者が多いのでしょうが……それにしては多すぎる気もいたします」
「私も同感だ。だから、サイドウェポンを解禁した。能力の強弱でゲームの勝敗が決まってしまっては、面白くないからね」
「……天聖繭愛にプリズムレアを譲渡したのも、GMがおっしゃるように適材適所というものですか?」
わからない。理解できない。何故、この人はあのような少女にプリズムレアを与えたのか。その高みを握ることができるのは、管理者を除けば優勝者以外、あり得ないというのに。
僅かな間。されど、ゲーミングチェアに腰掛けた彼の御方は愉快そうに笑い声をあげた。
「ははは……あれには私も驚かされたよ。いくら上方修正をかけたとはいえど、Wレアでさえ出る確率は役二十パーセント。小数点を下回るアレが出るなど、誰が予想できようか」
「では……彼女の能力は、本当に……?」
「あぁ。私が手を加えて与えたものではない。自分自身の力で掴みとったものだ。だからこそ、私はこうして使用を許可している」
「……ですが、管理者の皆様は不満を募らせておいでです。このままではゲーム全体のバランスの崩壊も……」
「ならないよ。絶対だ」
その確信を持った言葉に、竹里は息を呑んだ。間違いなく、確実に、絶対の自信を持って。
それは遊び半分で人を惑わせるGMの姿ではない。もうひとつの……人を惹きつける、カリスマの顔だ。
「何故、そういいきれるのですか」
「面識があるんだ。……昔にね」
「……貴方様がGMになられる前のお話ですか」
ああ、と短く返答をするゲームマスターに、竹里は曖昧な表情を浮かべた。
竹里は組織の中でも最古参の古株、GMがGMになる以前の顔を知っている。最も、これは管理者でも知らない重要機密なのだが。
「あの二人はいわば鏡だよ。光と影、どちらもなくてはならない存在だ。故に、片方なくしては存在できない」
雲を掴むように、手を上へ伸ばすゲームマスター。うっすらと光が反射し、その青白い手が陽炎のように揺れる。
「能力に溺れ、散っていく愚者を私は何度も見てきました。貴方様は……あの二人がそれと違うとでも?」
強気な口調だが、竹里は押し込んだ。今まで何度も見てきたのは、目の前の人物も同じだ。人が壊れていく様は、いつ見てもおぞましい。
裏切り、決別、あるときは隷従。人間というのは必要に迫ららればなんでもする。
本当ならば、あのような青少年達を巻き込みたくはない。
「君の意見は尤もだ。だが、今は私の賭けに乗って欲しい」
「賭け……ですか」
「なにも勝ち目がないわけではない。だが私には……もう時間がないのだよ。勝ってもらわなければ困る」
ゲームマスターは椅子に背をもたれ、天を仰いだ。そこには確かに、見つめる瞳の中に憂いがあった。
「デッド・オア・ディアー。私が何故このようなタイトルにしたのか、覚えているかね?」
竹里は直ぐに返答した。何度も聞かされた質疑だ。
「"その手に掴むは死か親愛か"でしたね」
「そう、"親愛"だよ。親しみと愛だ。一方通行ではなく、本当の意味での"親愛"が、彼らにはあると思うがね」
竹里はその答えに、それまで詰まっていたものが粉々に粉砕されるような感覚を得た。




