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異端兄妹は日常に戻りたい  作者: 幽猫
second chapter アビリティ・ウォー

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57章 堕つる泡

 意識がまどろみの中で、上下前後左右、縦横無尽に揺れている。泡沫がいくつも浮かぶ海のような、青い世界。その世界で梶樹は、ありもしないであろう煌びやかに光る一筋の閃光に手を伸ばした。


 (なんだ……あれ)


分かる。あそこから透き通るような力が湧き出している。まるで、もうひとつ太陽が昇ったかのように明るかった。

 梶樹の身体は宇宙空間にいるみたいに、ぷかぷかと浮遊状態にある。手足を動かして思い通りに動くのかどうかさえ怪しいものだ。


 しかし、その明かりがだんだんと遠ざかっていくのが見えた。


 青い世界が底から少しずつ蒼く、藍く、黒く染まっていく。光を失った深海の世界は、きっと暗いのだろう。だが、それは自然現象の一部。光が届かない世界ーー。では、道標を失った世界で、果たして何が見えるのか。


 (待ってくれ……行くな……行くな……!)


縋るように手を伸ばし、全身の力でもって泳いでみせる。思った以上に軽く、体は動いてくれた。


 だが光に追いつくには及ばない。時が経つにつれ、その距離は絶望的なまでに突き離される。底から這い上がる闇が、梶樹を喰らおうと追いかけてくる。


 やがて、()()が我が身にまとわりつくと、引き込むように飲み込みはじめた。それまで動いていた体に、力という力が入らなくなり、気力さえも抜けていく。


 (やめろ……!俺は……()()を求めたわけじゃない!俺が……俺が求めたのは……!)


 黒い闇の塊が、梶樹の身体を喰らい尽くした。


 それがまるで至福の馳走だったように、闇は歓喜の声をあげたように見えた。



 「繭っ……!繭……!」


 「おにぃ、どうしちゃったの……!?」


 怯えるように繭愛を抱く梶樹の体からは、すさまじい汗が吹き出していた。吐く息も荒く、とても只事とは思えない有様だった。


 つい先程、普段通り繭愛が先に目覚めたのはよかったのが、起きて離れた途端に梶樹の様子が急変したのだ。


 まるで何かに憑かれたように苦しむ梶樹。うわごとで何度も何度も、繭愛を呼び求めている。

 

 「おにぃ……」


 密着しながらも、額についた汗をタオルで拭き取る繭愛は、不安気な表情を浮かべていた。

 

 せめて気休めになるようにと背を撫でるが、苦悶に満ちた梶樹の様は変わらない。


 と、瞬間。


 爆ぜるようにして梶樹の眼が開いた。


 「はぁっ……!はぁ……!はぁ……」


 「おにぃ!」


 どこか遠くを見つめるような目線に、繭愛は呼び戻したい一心で声をかけた。


 次第にぼやけた視界がクリアになり、瞳孔のピントが合ってくると、梶樹は目の前に、自分を呼びかける少女がいることに気づいた。


 「大丈夫……?」


 泣きそうな顔をする繭愛に、申し訳なさがたった。しかし、それをかける余力は、残っていなかった。


 「悪夢……見てたらしい。光が、遠ざかってく夢だ……」


 「だいぶうなされてたよ、おにぃ……」


 「……心配かけてごめんな。もう、平気だから」


 あそこから()()()ことになにより安堵した。引きずり込まれていたらーーどうなっていたのか。


 危険だと理解しつつも、興味を抱かずにはいられなかった。

 


 「おはよー、カゲっち」


 「おはようです。早いですね、魅緒さん」


 「まーね。……昨晩は随分と楽しんだみたいで、なによりなにより」


 「なっ……!?」


 まさか、昨日の件を知っているのか。部屋には繭愛と二人きりで、隣の部屋も壁は薄いほうではないのに。


 「あ……お姉さん……」


 「あみゅたんもかー。朝から仲いいねー、お二人さん」


 「……寝覚めはだいぶ悪かったですけど」


「えー?あんなにアツイ夜だったのに?それはナシでしょ」


 「……お姉さん?」


 「ふふふ。お姉さんに隠しごとはできないのだー」


 訝しげに睨む梶樹を一蹴し、魅緒はさっさと冷蔵庫から麦茶のポッドを取り出した。


 これが、魅緒が仕掛けた()である。


 「はい、二人とも」


 氷がたっぷり浮かんだガラスコップを差し出す、怪しいほどのにこにこ顔に、繭愛はそれとなく疑念を持った。


 ダイニングテーブルに向かいあうように座る三人。窓らしい窓もないが、空気だけは朝特有の澄んだものになっているのが不思議だった。


 それに、どこかしらか小鳥の鳴き声も聞こえるような気がする。


 と、繭愛の応えるかのように、魅緒の声が頭に響いた。《以心伝心》を使ったのだろう、電磁波を放出していない繭愛のタイミングを見計らったらしい。


 『あみゅたんが悪いんだよー?アタシに最後まで見せてくれなかったから』


『お姉さん……もしかして、あのあともみてた……?』


『もち。あみゅたんのキョトン顔、すっごいきゅんきゅんきちゃった。アタシが触ったときよりいい反応しちゃうんだもん、妬いちゃう』


衝撃の発覚に、繭愛の羞恥メーターがぐんと引き上がった。本当に、全部見ていたようだ。でなければ、あのようなことが起きていたなど、知っていようはずがない。


『ど、どうして……?わ、わわ、わたし、途中からお姉さんとの繋がり、切ったのに……!?』


『うんうん。だからさ、カゲっちの視点から見てたんだ。あみゅたんが頑張ってぎゅーってやるとこ』


そう。電磁波で通信が拒否される繭愛ではなく、梶樹の方に回路を繋ぎ、見ていたのだ。電波塔自体は魅緒が中継するため喋らなければ、気づかれない。


 恥ずかしさで茹でタコのように真っ赤に染まった繭愛は、隠すように梶樹の腕にしがみついた。


 「……?繭、どうした?」


「い、いま……あんまり、みないで」


 「ごめんって。次はもうしないからさ」


 「魅緒さん、やっぱり何か……」


 「カゲっち」


 言いかけた言葉が、魅緒の呼び止めによって遮られた。いつになく、真剣な様子に、思わず気圧される。


 「浮気しちゃダメだぞ?」


 「……はい?」


 いっている意味が理解できなかった。いや、そもそもなんの脈絡もない会話をするほど、言語力が乏しいわけでもないであろう魅緒が口走るのに困惑した。


 (浮気、とは……)


脳天にクエスチョンマークを浮かべる梶樹と、いやいやぶんぶん振り払うように身を捩る繭愛をよそに、魅緒は話題を持ちかけた。


 「ところでさ、気づいた?なんかゲームのルールが変わるらしいんだよね」


 


 

 


 


 


 

 

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