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異端兄妹は日常に戻りたい  作者: 幽猫
second chapter アビリティ・ウォー

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56章 同衾

 抱き寄せた繭愛の身体は、髪から香る花の蜜のような匂い、女の子特有の柔らかさ、そして吐息や脈のリズムを余すところなく伝えてくる。


 こうしているだけでも、梶樹は自分の鼓動が速くなり、血流が流れるテンポの加速がわかった。


 「でも、違うんだ。ライクとラブみたいに。今の繭の好きと、俺の好きには壁がある」


 「おにぃ……」


 「だから、さ……俺……繭のお願い、聞けそうにない。……きっと、俺は繭にとっての"兄"じゃいられなくなる」


 「…………」


「ごめん……繭。本当に、ごめん……」


 嗚咽と卑別が込められた声。梶樹の眼からこぼれるように、雫がいくつも落ちて、頬を伝った。


 この手に抱く少女は、なによりもかけがえのない存在であるはずなのにそれを無視してゴーサインを出している自分がいる。


 この悪魔が巣食っている限り、この恐怖は拭いきれない。


 情けなさ、悔しさ、不甲斐なさ……自虐で心が押しつぶされそうになる。だが、こうでもしないと許せなかった。


 「おにぃ……」


 ふと、繭愛が梶樹の手を振りほどき、膝立ちになった。ぐんとあげられた上体は、ちょうど梶樹の座高とほぼ一致する。


 そしてーー。


 「ん、っ……!?」


 今度は逆に、繭愛が梶樹を包むように抱きしめた。ちょうどあの雨の日のように、胸の中で。


 「ま、繭……!?」


「きいて?わたしの、ここ。すごい、どきどきしてるの」


 それは、安らかで優しい、フルートの音色のような声。母の子守唄のような、温かさ。

 

 (あ……………………)


 伝わる。繭愛の鼓動が、心音が、密着した箇所から染み込むように。


 とくん、とくん、と規則正しく一定の間隔を保って動いている。抱いていたのは同じなのに、さっきとは違ってマイナスの感情ではなく、プラスの……温かい気持ちが溢れてくる。


 繭愛が背中を、優しくさすってくれた。


 ーーいつからだろう。


 長く繭愛に撫でられるなんて、なかった気がする。


 お互いの身体が成長するたびに生まれた身長差のせいもあるが、"兄"としての責務にがんじがらめに遭っていたのかもしれない。


 あやすような手つきが、とても心地いい。繭愛の心に淀みや遠慮などがないためなのか、純粋に、ただただ身を任せていたかった。


 「わたしも……同じなんだよ?」


 「繭……」


 「わたしも、おにぃをとられたくない。……ほんとは、わたしだけみててほしい。でも……おにぃは優しいから」


 「俺も……繭を誰かにとられるなんて、考えたくない!だって……こんな、こんな……!」


 独占したい、と思うことは罪なのだろうか。梶樹はその問いに答えを見出せずにいた。繭愛との時間を、繭愛の心を、そしてこれからをーー。


 自分だけのものにして、いいのだろうか?


 ーー怖い。


 身勝手に願う自分の所業で、繭愛が掴むであろう幸せを崩してしまうのが。線引きをした向こうのラインを越えてしまうことが。


 デスゲームなどという馬鹿げた非日常がなくとも、こうなることは分かっていたはずなのに。


 「……ね?同じでしょ、わたしたち。だからね、おにぃ……背負わないで。わたしも、いっしょに持つよ?」


 ぽんぽん、と背を叩くと、繭愛は絡めた腕を解いて向き直った。いじらしく見つめる上目遣いが、鬱蒼とした梶樹の霧のようなモヤを吹き飛ばす。


 「それに……おにぃが、ほんとにわたしを襲いにくるオオカミさんでも、お話に出てくるような……悪いオオカミさんじゃないって、わかってるもん」


 「……っ!」


 梶樹は息を呑んだ。いや、呑まされた。


 自虐で己を律しようとして、内だけで鎮めようとしていた梶樹に、このひとこと。


 おそらくオオカミさん、という言い方でも本当のところは梶樹が思っているような意味としては捉えてはいまい。けれどそれは、例えそのような境遇になったとしても信じるという気持ちの表れ。受け入れる覚悟の証だった。


 「おにぃがいてくれるから……わたしは、こうやって生きてるんだよ」


 愚かで、どうしようもない、悪魔に負けてしまう梶樹を、それでも慕うという繭愛。


 それに比べて、なんと自分は心が脆いのだろうと恥じた。


 「オオカミさん、か……あはは……」


 「おにぃ?」


「いや、繭は変わらないなって」


 「……どういうこと?」


 少し不満げな繭愛をなだめるように、梶樹は乱れた銀の髪を手櫛でといてやった。


 するっと抜ける感覚。肌触りのいい、シルクのような質感。あのときから、何も変わっていない。


 そこから流れるように手を伸ばし、体を捻って押し倒す。


 「きゃ……!?」


 布団が波打って下敷きとなり、繭愛の身体を受け止める。その大勢はちょうど、抱き枕のように横倒しになっていた。


 もう、離れることのないように。揺れることのないように。


 「今日は……さ、繭?一緒に……寝て欲しいな」


 耳元で囁く声が、鼓膜の奥から奥までを響かせ、浸透していく。


 今まで繭愛からの"お願い"を聞いて寝床を共にすることが多かったが、今だけは、側にいて欲しかった。


 「……はじめて。おにぃが、わたしといっしょに寝たいっていったの」


 「……嫌だったか?嫌なら、いいんだぞ」


 「んーん。……いいよ。おにぃの悪い夢、わたしがぜんぶ、もってってあげる」


 抱き返す繭愛の温もりが、荒んだ心に活を入れていく。


 きっと、まだ。この呪いのような想いは、消え去ることはないだろう。


 失ってしまう恐怖は拭いきれない。いつか必ず、牙を剥くときがやってくる。どんなに抗っても避けることのできない、鎖で繋がれた戒めなのだから。


 でも、今度ばかりは違う。なにかーー本当に、わずかな変化ではあるが。


 夜は更けていく。月明かりを乗せながら、寄せ合うようにして想いを繋ぐ二人の長い夜は、安息の闇と共に溶けていった。

 

 

 


 


 


 

 


 

 


 


 


 


 


 


 


 

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