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異端兄妹は日常に戻りたい  作者: 幽猫
second chapter アビリティ・ウォー

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55章 心の悪魔

 繭愛の気持ちに答えたい自分と、今の関係を壊したくない自分。二つの境界線で、梶樹は揺れた。


 重なっていたはずの心が、解けかけているような気がして、その事実に忌避感を覚えた。


 ーーこのままじゃ、駄目だーー


 なら、どうしたらいい?


 胸に落ちる涙を拾い、慰めの言葉をかけたところで、何も変わらない。これは、繭愛ではなく梶樹の問題なのだから。


 と、そのとき。


 繭愛が手をつき、起きあがろうとした。ひとしきり泣いてある程度は落ち着いたらしく、声に淀みは見えない。


 「今日は……もう、遅いから……おやすみ、おにぃ……」


 掻き回したら消えてしまいそうな、悲嘆に満ちた言葉。それを証明するかのように、それまで感じていた繭愛の重みがぐんと軽くなった。


 「まっ……!」


 焼きつくような焦燥感に駆られた。今、繭愛を行かせてしまったら、もう……もう、妹とは呼べないような気がした。


 近くにいるはずなのに、いつのまにかこんなに遠くなってしまったのはどうしてだろう。繋がっていると思っていた心が、離れていると感じるのはなんでだろう。


 DODが……デッド・オア・ディアーが、そうさせたのか?


 ーーいや、違う。


 それだけはすぐにわかった。この状況が二人の関係にひびを入れたのではない。元から、()()()()()()()()()()()


 梶樹も、繭愛も。


 時を共に過ごす仲で、お互いがお互いを求め合う依存関係。それが、変わってしまったのはーー。


 (俺が、変化を()()()からだ……)


 自分()()()思い、欲望でなによりも大切な道標を、繭愛を汚してしまうのを、恐れたからだ。


 だから、繭愛の気持ちに答えられない自分がいる。


 受け入れてしまったら、このかけがえのない少女を、壊してしまうと。


 ーーしかし、繭愛は違う。


 純粋な、純真な想いで、それ()()を望んでいる。たとえ変化が起きたとしても、そんな程度では壊れない()()()であると、信じているからーー。


 (謝るのは……)


 行かせては、駄目だ。


 ……少なくとも、今は。


 「待て!繭っ!!」


 梶樹は振り切るように我が手を封印から解放し、伸ばした。離れていく少女を、繋ぎとめるために。


 だが、梶樹は大事なことを忘れていた。それも、二つも。


 ひとつは、繭愛が今()()()姿()()()()()()()を完全に忘れてしまっていたことだ。


 一時の感情に流されて状況を見失ってしまうのは、未だに変わらない()()癖だ。


 ふたつは、繭愛が自分の上にいるということを考えていなかったことだ。離れようと()()ため、伸ばせば梶樹の腕なら届く距離。それを、計算に入れていなかった。


 つまり、簡単に()()()ことができる。


 結果、梶樹はやらかした。



 行灯のほのかな明かりに照らされ、暗い夜の闇にぼんやりと映る、白い肌。裾から出た我が身に跨がるようにして開いた脚が眩しい。


 涙のあとを残す瞳と光を照り返す銀髪。その造形は夜を照らす月明かりのような優しいものがある。


 しかし、なによりも。


 淡く白い肢体を彩る、黒いレース。肩から胸部にかけてをがっちりと支える、横倒しのBのようなフォルム。もともとの色白さもあって、抜群に映えた。


 ーーそう、勢いで閉じていた目を開いてしまったのである。


 しかも、それだけには留まらない。ここでふたつ目の()()が回ってくる。


 拒んでいたにもかかわらず、梶樹はその艶やかな姿に見惚れてしまっていた。そのため、気づくのに数拍の遅れがあった。


 「あ…………」


 それに気づいた繭愛が、瞳を大きくさせた。上げかけた腕が空中で停止し、時が止まったように一点だけを見つめる。


 最初の驚きは梶樹と視線が合ったこと。そして次は、梶樹の視線が移った先だった。


 「あ……!」


 わずかに遅れて、梶樹が自分の手の行き先に気づいた。


 両腕を上げた繭愛の頬が、みるみるうちに赤くなる。


 指先に感じる、この感触はーー。


 ーー伸ばした手が、左の胸を掴んでしまっていた。それも、包み込むように全体を。


 「ひゃう……!?」


 びくん、と繭愛の体が上下する。今の今まで感じていた申し訳なさに、恥ずかしさが入り混じっていく。状況の把握を求めた脳髄が、退く、という選択を無意識のうちに縛ってしまう。


 一方の梶樹のほうも、それまでの焦燥感とは別のものが体を支配し、思考が完全に塗り替えられていく。


 実をいうと、()()()触れ合いというのは二人とも初心だったりする。添い寝にはじまる触れ合いをしていたのは、繭愛がまだ中学に上がる前だった。


 故に、このとき。梶樹はその成長具合を肌で実感することになった。側で見てきたはずなのに、繭愛は予想以上に成長していて。昔のあの頃とは全然違う、その感触に、しばし感動した。


 押し返す弾力に敗北し、梶樹の中の天秤が大きく揺れ動く。


 「おに、ぃ……だめ、それ……!」


 つい先程魅緒に同じことをされたばかりな繭愛。けれど、魅緒にされたときとは違い、ぴりっとした、電気のようなものが五感を刺激する。


 自分からみてといった手前、無理に電撃で引き離すのは理不尽なようにも思った。口では拒否しておきながら、嫌とは思えない自分がいることに、気づいた。


 ーーこの、感情はーー。


 (あったかい……恥ずかしいけど、すごい……あったかい。この気持ち……たぶん、これ、が……)


 炙ったチーズのように、溶ける心。あたかたもなく、元に戻るのかどうかさえ怪しい。


 だけど、今はーー。



 「……はっ!?」


 薄布越しの感触に、危うく別世界に転移しかけた梶樹。繭愛がくぐもらせる、喘いだ吐息によって覚醒した。


 ……そして、自分がなにをしているのかを瞬時に把握する。


 復活した思考回路がオーバーヒート、するかと思った。それほど速く、激しく、強烈な劣等感がせり上がる。


 それを受け止めた瞬間、堪えることができなくなった。


 「……繭!」


 「きゃっ……!?」


 腹筋を総動員して上体を起こし、全体を使って繭愛を抱きしめた。


 本当なら離れた方がいいかという考えもあったが、なにより繭愛に申し訳がない気持ちで満ちた梶樹では、それにたどり着いたとしても選べなかったろう。


 ぎゅううう……


 繭愛が潰れてしまわないように、力の加減には注意する。両手を背に回し、肩から顔を出すようにして相互した。


 正直、まともに顔を見ることができない。完全なるやらかしだった。


 「お、おにぃ……!?」


 「ごめん……繭。ごめん……!」


 あれだけきつく縛っていたのに、外部から……繭愛の気持ちを逆手にとって欲を解放してしまった自分が、なにより情けなかった。


 結局のところ、自分がいちばん守りたかったものを、自分で台無しにしてしまったのだ。


 「どうして……?どうして、謝るの……?わたしが、みていいよ、っていったのに……」


 繭愛は目を丸くして、心配そうに尋ねた。どちらかといえば魅緒が指示したこととはいえ、あんなことをしてしまったこちらが謝るべきだと思う。


 だから、こうして梶樹が謝ることが、不思議だった。


 「……好きだよ、繭。俺もそれは変わってない。」


 

 

 

 


 


 


 


 


 

 


 


 


 

 


 


 

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