5章 能力
「頼み、か。なるほどね」
ローディングマークが小刻みに表示され続ける。夜が近くなってきたようでもう太陽の光が完全に堕ちるのも時間の問題だろう
「何を望むんだい梶樹くん」
飄々とした態度を崩さないゲームマスターは声色をこの会話で一度も変えなかった。だが、次の言葉を聞いた途端にその均衡は瓦解した。
「俺が受ける補正を繭に追加してくれ。これが俺の頼みだ」
「ーーー!」
これまで何のアクションも起こさず、ただ受け答えだけをしていたゲームマスターに始めて動揺を感じた。
「おにぃ、何いってるの!?それってわたしがーー
続けようとする繭愛の口に梶樹は人差し指を添えて静止を促した。んー、と嫌がる繭愛を押しとどめて回答を待つ。
「……本当にいいのかい?つまり君のボーナス補正は一切かからないことになるんだよ」
「構わない。できるのか、できないのか、それはどうなんだ」
即答。梶樹の答えはもう既に決まっていた。今更何をどうされようが変えるつもりはない。
周りを囲む黒服達もあっけらかんとして立ち尽くしている。
しばらく沈黙が流れたが、やがてゲームマスターのくっくっくという笑い声が場を動かした。
「あっはっはっは!本当に面白いな、君は!……はぁ〜腹が痛いよ。こんなに笑ったのは久しぶりだ」
さっき膝枕を弄られたときより心なしか気が大きくなっているような気がする。自分でいっておいてなんだがそんなに変なことを口走ったかと梶樹は頭を掻いた。
「チュートリアルをクリアした中には恋人や親友と呼べる仲良しグループ、もちろん君達のような兄弟姉妹だっていたさ。けれど今まででそんなことを言ったのは、君たちが初めてだよ!」
しばらくゲームマスターの笑い声がパソコンのスピーカーから流れ出ていた。本当に腹を抱えているのか、ドタバタした音が聞こえる。
「は〜っ……うむ、いいだろう認めてあげようじゃないか。君の分の補正を繭愛くんの補正に上乗せすればいいんだね?」
その答えに、梶樹はにぃっと笑って
「ああ。やってくれ」
とだけ返した。
と、それまで止められていた繭愛が梶樹のブロックを掻い潜って踊り出た。
「駄目だよおにぃ!わたしが、おにぃの分もらっても良いのが出る確証なんてないよ、それに……もしそれでおにぃが不利になったら……」
今にも飛び出しそうな繭愛の剣幕に梶樹は身を屈め、繭愛の正面を見据えて、
「繭。繭にとって俺は大事な存在なんだろ?それは俺もいっしょさ。この先何があるか分からないんだからせめて力になれる能力を持っててくれれば、俺も安心できる」
「でも……」
「別にまだ弱小能力になるって決まった訳じゃないだろ。だったら、さ。繭が俺を大事なように繭も自分自身を大事にして欲しい。俺は繭が酷い目に遭うの耐えられないからさ」
「………………、」
しばらく俯いていた繭愛だったがやがて顔を上げると無理矢理笑みを浮かべあげ、
「おにぃは、変わってないんだね。ずっと」
そうしてぐっと梶樹の手を両手で包むようにして握った。
「……絶対、いっしょ」
「……ああ」
空いたもう片方の手で繭愛を抱き寄せた。いつもさらさらの銀髪がちょっとだけ湿っていたが今はそれが梶樹には心地よかった。
「それじゃあ、抽選を始めようか。一度得た能力は上書きは基本できないから覚悟を決めておくことだな」
黒服がiPadをガラポンの画面を開いたまま、差し出す。
「じゃあ、俺からいくぞ」
梶樹が画面に映るガラポンのレバーを押そうと指を近づける。が、そこで急にストップがかかった。
画面に何やらキラキラしたものがガラポンの周りを取り囲む。
「……何かしたのか?」
ジロリとパソコンを睨んだ梶樹にゲームマスターはさも当然のように語った。
「餞別だよ、楽しませてもらった礼だ。最低ランクの玉は出ないように設定しておいた。遠慮なく受け取りたまえ」
「……あんた、いい人なのか悪い人なのかよく分からないな」
「私は楽しませてくれるプレイヤーの味方さ。誰の味方でもない。最も既に君達にはかなり介入してしまってはいるが」
苦笑いしつつも梶樹は心の中で礼を述べた。ひとまず最悪のスタートにはならずに済むことは確定らしい。このやりとりを見ていた繭愛もさっきまではらはらしていたのに、今はほっとした息をついてくれている。
「んじゃ……良いのこーい、っと」
ガラポンのレバーを回し、回転させた。一回、二回、三回とジャラジャラという特有の音がサウンド音として流れる。
と、回して何週目かにガラポンの口から小さな玉が吐き出された。
色は……銀色。銀白色の玉だった。
「いいのか……これ?」
そういえば、何の玉が良い目なのか分からなかった。先に質問すればよかったかとまたパソコンに向きを変えようとしたとき、梶樹のポケットに忍ばせたスマホがピロン、と着信音を発した。
「結果と内容は君のスマホに自動送信される。見てみたまえ」
いわれるままにスマホを取り出し、確認すると新着メールにまたしても見知らぬURLが貼り付けてあった。
それをタップするとでかでかとDODと書かれたサイトが出現した。ところどころ黒く塗り潰されていて読めない箇所が多いがどこかゲームのホーム画面に似たものを感じた。
「本来ならばゲームの開始と共に開くものだが……私の権限で特別にアプリのURLを送っておいた。今後必要な情報はそちらに送信されるからスマホは失くさないようにしたまえ」
いわれて気づいたことだが、何故かホーム画面にいつも陳列しているスマホアプリの他に見知らぬアプリがインストールされていた。
アイコンは陰陽師モノなら絶対に見かけるであろう、白と黒が混ざり合った陰陽大極図というものだった。
ーーアプリ名がDODじゃなくてシロクロなのはなんかのカモフラージュなのか?ーー
そこに触れたかったが今は能力の確認を急ぎたかった。梶樹は唯一黒くなっていないプロフィールとある項目をタップした。
開くと自分の顔写真が中央の円に貼り付けてあり、能力の項目はすぐ下にあった。
「これか、銀色は……下から三番目か。」
玉の一覧表の下から三番目に銀色の玉は位置している。他には鉄、銅、銀ということは良くも悪くもそこそこのところなのだろう。だが、肝心の能力詳細は黒くなっていて読めなかった。
「ゲームマスターさん、能力ってまだ見れないの?」
横から見ていた繭愛が質問すると
「詳細はまだ伏せなくてはならない決まりでね。スタートは君達も足並みを揃えてもらわなくてはいけない。銀が出る確率は全体の一割程度だが……まぁ、いいほうではないかね」
ふーん、と納得しつつ内心保証があってよかったと思わずにはいられない梶樹だった。
ーー鉄がない分、かなり当たりやすくなったんだろうな
この点ばかりはゲームマスターの思いつきに感謝するところだった。だが本当に大事なのはここから繭愛が引く目が何になるか、だ。
「じゃあ次、わたし引くね」
「よろしい。では、確率補正をつけようか」
そう告げた途端にガラポンの周りに大量の星が周りはじめた。あまりにそれが多すぎてまるで流星群の勢いで画面を埋めつくしていく。
軽快なリズム音と共にガラポンが四方八方にピカピカと光を放つ。
……やけに凝った演出にしばらく付き合い、繭愛はその指をガラポンのレバーに近づける。
「おにぃ、いっしょに引いてくれる?」
「えっ……いいのか?」
「おにぃのボーナスも入ってるんだから。ほら、手」
空いた繭愛の片手と梶樹の手が繋がると、梶樹はひんやりした彼女の手にしばし魅入ってしまった。
「ほんとうに仲がいいんだな、君達は。見ていて嫉妬さえ感じるよ」
ゲームマスターの横槍を華麗にスルーして繭愛はガラポンのレバーに手をかけた。
「……いくよ?」
「ああ。……せーの、」
カラカラとさっきと同じくデータのガラポンが音を立てて回転する。逆にあまりに同じことが起きているのできちんと補正がかかったか疑ってしまうくらいだ。
やはり何週目かでガラポンの口から玉が一つ、吐き出された。色は何だろうかとドキドキしながら待っていると出された玉が急に眩い光を放ちはじめた。
「ひゃっ……?」
「な、なんだ……!?」」
iPadから空に向かって光の柱が構築されて突き抜ける。これを見たゲームマスターは信じられない、という声色で
「まさか……!これを引き当ててくるとは……素晴らしいっ!期待以上だ!」
天まて突き抜けた柱はやがて、もとのiPadに戻り繭愛の玉をしっかりと表示した。
「何だったんだ、一体……」
収まった光におそるおそる目を開くと、梶樹は画面を見て驚愕した。
「虹、色……?」
画面に表示されたのは、虹色。七色の光を放ちながら眩しく、けれど美しく、光輝いている。
「……っ!おにぃ、虹色のレア度見てみて」
通知が送られたであろう自分のスマホを見ていた繭愛は瞳は大きくしながら震える声で言った。
「虹、虹……!」
スライドしていく先にそれを見つけたとき、梶樹はあり得ない事態に思わず我が目を疑った。
いや、それも違う。これは実際に今、現実の目の前で起きたことだった。
梶樹と繭愛は震える声でそれを読みあげた。
「最高ランクの、PR……!」
今日一番の歓喜と共に、僅かに残っていた最後の太陽の明かりが夜空に溶け落ちた。