46章 苦い後味
「ほら、机拭いてくれ」
ちゃぶ台の上に並べられる料理の数々。嬉々として誰よりも早く涎を垂らしたのは、きらきら目を輝かせる魅緒だった。
「カゲっち、家庭系ボーイだったんだぁ……!いいなぁ、姉さんの嫁に来ない?」
「いや、ニュアンス間違ってるでしょ……というか、魅緒さん料理しないんですか?」
「もー全っ然。カップ麺がマイベストパートナーなアタシには、いい玉の輿なんだけどなー」
「そこはいい人見つけてください」
ぴしゃりと切った梶樹。
むう、ガードが堅いとジト目な魅緒を置いておいて、大皿に乗せられた焼きそばを一口食べた覚羅が感嘆の声を漏らした。
「……美味いな。屋台でも出せるんじゃねぇか?」
「いや、流石に冗談にしてくれ……」」
「てゆーか、あみゅたんめちゃ羨まなんだけど!?カゲっちと同居ってことは、毎日食べてるんでしょ?いいなぁ〜」
「……うん、おいしい」
流れるほんわかとした空気の中、覚羅が話を切り出した。もちろん、ゲームについてのことだ。
「水影、そういやお前、姫ってやつに会ったんじゃないのか?こっちに三人いて、ひとり途中でどっか行っちまったが」
「姫……?」
そのとき。あっ、と思い出した。
目の前で肉塊になった、あの男が言っていたことだ。
ーーどうして……助けに来てくれないだよ
圧力で潰され、ぼろ雑巾のようになった男の姿が、目に浮かんだ。
「うっ……あ……」
と、それまで静かに夕飯を口にしていた繭愛が、急に苦しそうなうめき声をあげた。
呼吸が、鼓動が、どんどん速くなる。
「……繭!」
ちゃぶ台が揺れるのを無視して、慌てて駆け寄った。気管に入ってしまったのだろうか、むせてかなり咳き込んでいる。
繭愛の背中をとん、とん、と叩いてやると、次第に荒い息も収まっていった。
ーーしかし、悪い顔色は変わらない。
おそらく、男の末路と過去を重ねてしまったのだろう。目の前で吹き出す血の雨。繭愛の母、雪音が命を落としたのは、紅に染まった廃工場だった。
「……大丈夫か?」
「けほっ……けほ…………ん、ごめんね……おにぃ。わたし、ちょっと食欲が……」
「無理しなくていい、ほら」
冷水を入れたコップを差し出すと、こくこく、と喉を鳴らして飲み干した。まだ呼吸は安定してはいないが、幾分かは落ち着いた様子である。
「……ぷぁ……」
「あみゅたん、どうしたの……?」
「……っ、ん……!」
コップを台に戻すと、繭愛は崩れるように倒れ込んだ。
ぽふっ。
ちょうど戻ろうとした梶樹に、繭愛の重さが加わる。
「おわっ……!?」
「……と。危ねぇ」
さっとちゃぶ台を避難させる覚羅。それに目線で礼をしておいてから、うずくまる繭愛に視線を落とす。
ぎうう、と締め付けられる感覚。服の上からでも分かるほど肩が上下している。
「ま、ゆ……?」
「………………」
返事はない。ただ、すがり寄るだけ。いつもなら笑って撫でて……で済ましているところだが、今はそうはいかない雰囲気だった。
長い沈黙のあと、繭愛はすっと身を離した。
ーー表情が見てとれない。
前髪が目元を隠してしまっている。
「先……お風呂入ってるね、わたし」
そういって、駆け出す繭愛。引き止めようとして、梶樹は手を伸ばす。
「まて、繭。まだ……」
いいかけたのはいいが、その声は虚しく溶け消えて、繭愛は奥のほうへと姿を消してしまった。
繭、どうしてーー
胸の奥が、きりきりと締められる。……痛い。心の痛さ、というのは身体の状態関係なく起きるもの。とはいえ、分かってはいても、耐え難いものであることに変わりはない。
すると、それまで料理の残りを片付けていた魅緒が、ぽん、と梶樹の肩に手を置いた。
「ここは姉さんに任しときなしゃー。カゲっちも、俯いてばかりだと、ほんとに薄暗くなっちゃうぞー?」
「魅緒さ……いや、待って。俺ってそんなキャラなの?」
「なーんか、草食?っていうか、物静かというか?黙ってる横顔はイケメンみたいな感じ?」
「……さっぱりわからん」
「細かいことぁーいいんだって。とにかく、あみゅたんのことはアタシに任せといて!」
バン!と背中を叩き、はにかんだ笑みを見せる魅緒。その屈託のない笑顔は、なんだがこっちが元気をもらいそうだ。
少し考えて、繭愛がまだ魅緒を苦手意識している可能性もなくはない、が。それでもこのチームはゲームをする限りは続くのだから、親交という意味でもいい機会ではある。
悩んでみたものの、無理に遠ざける理由もなく。
「あんまり意地悪しないでくださいよ」
とだけ言った。
「むぅ〜わかってるって。アタシ、そんなにやーな人に見えるかなぁ?」
「…………一応念押しで」
「あ!今の間はあやしーぞ?少年。ま、ちょっと揉んであげるだけだから。心配しないでいーよ、お兄ちゃん」
そのままたったか去っていく魅緒に、梶樹は一抹の不安を覚えたのだった。
(大丈夫かな……繭)
しかし、そんな不安をよそにして、食器をまとめて盆に安置した覚羅が話しかけてきた。
「水影、お前も手伝え。俺らは皿洗い終わってからだ」
「あ……悪い。手伝ってくれるのか」
ふん、と軽く息をつき、覚羅はじろりと視線を向けた。
「何もしないわけにもいかないだろ。ただ……」
「……ただ?」
「教えろよ。お前らのこと。じゃねぇと、こっちが痒くて仕方ねぇ」
「教えろって……何を?」
「決まってんだろ。さっきのやり合いで何があったのかをだ」
ガタン、と机が揺れた。




