45章 金と銀
「あっ……!?」
反重力で空を飛んでいたはずの咲は、梶樹の目の前に投げたされた。《迅雷鳴動》による瞬間移動。拒絶したはずの兄様が今、目の前にいる。
「兄様……」
梶樹は寂しげなような、憐れんだような、虚げな顔で咲を見つめていた。そこにあるのは、憂い。すっかり変わってしまった咲に対してのやるせなさ、その表れだった。
それを思うと、咲の中に底知れぬ何かが、また這い上がってきてーー。
「なん、ですの……!」
今度は容赦しない。範囲を最小まで絞った円を、梶樹に向けて加重を発生させる。
「私のことなど……見てもいないのに!」
振りかざされる、咲の手。しかし、肝心の重量は発動しなかった。いや、それどころか、先程まであれほどの鉄塊を操っていた咲の重力操作が、行使しているはずなのに何も起きない。
(重力が……誘発しない……!?)
あれだけの脅威を誇った咲の力が、完全に抑えられている。いったい、何故ーー。
……と、その答えはすぐに分かった。青白い蛇のような電流が、咲の周囲を取り囲み、円環状に包囲していたのだ。
「……なるほど、繭愛さん。貴女の仕業ですか」
繭愛は梶樹の少し後ろから、息を潜めて伺うようにこちらを覗いている。小動物のような可愛さ、だがそれが、咲の中のものを激しく揺さぶる。
「……そういえば、さっきも私の重力を跳ね飛ばしてくれましたわね……。迂闊でしたわ、まさか貴女がここまで強力な能力を持っているなんて」
「………………」
繭愛は答えない。静かに、咲のことを見つめていた。
ーー憐れんだ目。それが、絶対零度の心を震わせる。
「咲……お前に、あの優しさを取り戻して欲しかった」
そして、あの日のような笑顔をーー。
そういいかけたところで、咲から堪えきれなくなった感情が噴き出した。
「私は変わっていませんわ!兄様を想う気持ちは、何も変わっていません!」
初めて出会ったあの日から、忘れられなかった。度重なる激務の中を乗り越えられたのも、全てーー。
「それだけじゃ、駄目」
咲の手に被さるように、新たな手が重なった。
ーー繭愛だった。
「どういうことですの……」
「わたしは……おにぃが好き。大好き。離れたいなんて、絶対思わない」
「でしたら、私も同じですわ。貴女がなんといおうとも、兄様への想いは譲れませんわ」
繭愛はふるふると、首を横に振る。
「あなたは……おにぃの気持ち、考えたこと、ある?」
「……え?」
「自分の気持ちだけ、おにぃに押しつけて。そんなの、本当に好きっていえる?」
「兄様の……」
ーー否。考慮に入れたことなど、一度たりともない。
長く離れていても、心は同じだと。真の心で打ち明ければ、共鳴してくれるはずだと。
しかし、現実は違った。繭愛という邪魔虫がくっついたせいで、愛しい兄様は汚れてしまった。自分が追い求めたものは、もうない、と。
梶樹が咲の髪に触れた。さらさらの、滑らかな金髪。肩周りで切り揃えてはいても、しっかりとした女の子の髪だった。
「俺は……咲のこと、嫌いになったなんてひとこともいってない。……けどな、一方通行の想いだけじゃ、駄目なんだよ」
ーーそう、繭愛にあって咲になかったもの。
それは、他人を想いやる心。思いやり、と聞くと難しいが 要は自分以外に気が回せているか、というところにある。
「失ったものは返ってこない。だけどな、それを乗り越えなきゃ……進めないんだ」
繭愛と咲の決定的な違いは、梶樹と歩んだ時間の長さではなく、生まれ育った環境にあった。
両親からの愛を一心に注がれた繭愛。
両親からの愛を感じず育った咲。
親という存在を失くし、その傷を舐め癒すために作った"兄妹"という歪な関係。
親という存在が遠いと感じていた咲はいつしか、追い求める少年に"救い"を求めるようになった。しかし、それは繭愛も同じこと。
お互いが同じ絶望を味わったからこその関係。片方が片方を執着する片想いなどではなく、依存という名の救済。これが、二人の根幹を成す源流となっている。
金と銀の色彩の相違は着色成分、黄色要素の違いだけ。しかし、その違いはあまりに大きく、あまりに遠いーー。
「認めませんわ……!」
拳を地面に打ちつけ、睨みつける。
「結局は思い込みではありませんか!都合の良い言葉を並べた幻想の家族など……それが何になるといいますの!」
「咲……」
「覚えてなさい。この屈辱は……いずれたっふりと味わせてあげますわ」
たん、と咲の手がスマホのリタイアボタンをタップした。
身体が光に包まれ、柱となって天に昇る。
「咲っ!」
梶樹の声は、虚しく空を震わせるだけだった。
ブザーが鳴り響き、空にゲームクリアの文字が浮かびあがった。
消えゆく光を見据えながら、梶樹はどうしようもないやるせなさを感じていた。
管理棟、モニタールーム。
「驚いたな。まさか土壇場で覚醒するとは」
「重力消しちゃうとか、マジやべーっしょ!手からビーム撃てるとか反則じゃーん?」
「我もみくびっていたわ……あの二人、俄然興が湧いてきおった」
「アンタに目をつけられちゃ、かわいそーだけどねぇ。ま、これもゲームマスターサマの筋書き通りってとこか」
口々に意見を述べ合う管理者の中で、ひとり。黒服の女だけは、冷や汗を垂らしていた。
(まさか……ここまで能力を使いこなすプレイヤーが現れるとは、想定外だわ。水影梶樹といい、天聖繭愛といい、このままではプログラムに弊害が出てくるかもしれないわね)
手元の腕時計をちらと一瞥し、女はモニターに目を通した。
「まだまだ試練は始まったばかりよ。生き残りたいなら、能力を磨き続けることね」
ぽつり、と呟き口元に笑みを浮かべた。そして、モニターの向こうを撃ち抜くように、手を向けて、指を弾いてみせた。
(《天を統べる女王》、か。あの子たちには荷が重すぎる気もするけれど……何が見えているのかしら?ゲームマスター)




