44章 電磁砲
こしょこしょ、と。繭愛の耳元で聞こえる梶樹の声。それはある意味、いつも通りの日常。いつも通りの、他愛のない二人だけの内緒話。
「……うん、いいよ。やってみる」
「できそうか?繭」
「できるかは……分からない、けど……」
繭愛は少し梶樹から離れ、後ろ手を組むと振り返った。
「おにぃといっしょなら……わたし、今なら……なんでもできる気がするの」
すると、繭愛の肩から髪、腰から足元までを、青白い光の火花が包みこんだ。バチ、バチ、と。呼応するように声をあげる電光は、もともと神秘的な愛らしさを持つ繭愛を、さらに美しく魅せていた。
「そっか。なら……」
ふっと微笑み、繭愛の肩に手を置こうとしてーーやめた。今の彼女は、電気の流れるケーブルのようなものだから。……ではなく、降ってきた鉄柱を移動させるために、意識を向ける必要があったから。
派手な水飛沫をあげてダムの中に入った鉄柱を見届ると、梶樹は遠く離れ、いまや米粒ほどに小さくなった咲を見据え、言い放つ。
「なら、きっと大丈夫だ。繭のことは……俺がいちばんよく知ってる。絶対、できる」
潰れない。さっきから投げている鉄橋の残骸が、ことごとく狙った軌道を外れていく様に、咲はふつふつと煮えたぎるような憤りを感じていた。
思い通りにならないと癇癪を起こすのは、悪い癖だと知ってはいるものの、重力パワーを最大まで引き上げた攻撃が逸らさせるのは実に不快だった。
「いい加減っ……!」
咲が怒りに任せ、とびきり巨大な塊を投げつけようとした、そのとき。
「……!?」
それまで見たことがなかった、異変に気づいた。
握りこむように右手を突き出し、電子を集中させる繭愛。纏う青い火花は荒れ狂う大蛇のように吠え声をあげる。光と熱のエネルギーが、圧縮され、みるみるうちに強さを増していく。
「んっ……ふ……う……」
熱い。湯に手を浸けたように、右手のあたりが激しい熱を帯びていた。しかし、まあ、もともとの能力を持っている繭愛だからこそ火傷さえしなかったのであって、本来は摂氏一千度を超える超高熱状態になっていたのだが。
右手に集中された電子は電気と成り、繭愛を中心として一直線に二本の、光のレールを作りあげた。
電磁砲。アンペールの右ネジの法則及び、フレミングの左手の法則から成り立つ、近代兵器。
電流の周囲には磁界が発生し、磁力が働くというアンペールの法則と、磁界の中で電流を流すと力(ローレンツ力)が発生する向きを左手で表したフレミングの法則。これらを踏襲して生み出す速度は光の域にまで達する。
電磁砲の原理は、電気を流す導電物質を電源元のレールに乗せてそこに電流を流すという単純なものだが、その必要電力があまりに高すぎるために実用化には至っていない。
しかし、能力によって無尽蔵ともいえる電力を操ることのできる繭愛なら、仕組みを理解さえすれば十分に実現可能ーー!
「いけるよ……おにぃ……!」
都市部の電力を賄えてしまいそうなほどの電気が、繭愛の髪に帯電し、発光する。あとは導電物質を弾としてセットすれば電磁砲の完成だ。
「まて、繭。タイミングが大事だ」
もう何度目かの残骸を瞬間移動させ、梶樹はそのときを伺った。破砕された岩、巨大な鉄パイプ。ひとつでも漏れたら自分だけでなく繭愛まで身が危ない、背水の陣。
その極限状態が、梶樹の集中力をこれまでにないほどに研ぎ澄ました。
(……!これなら……)
梶樹が目につけたそれは、鉄橋の接合部分にあるナットだった。瞬間移動を二段構えに使い、ナットのひとつを手にすると、残りの塊をいっきにダムの中へと飛ばした。
「繭、これを!」
ピン、と親指で弾かれた爪の大きさほどの金属は、繭愛が生み出す光のレール、そのちょうど中心に降り立った。
途端、重複された電流がレールに沿ってほとばしり、青白い閃光が世界を照らした。何億ボルトもの電圧がかかり、物体は電磁気より高速移動ーーその速さは光をも飲み込み、亜高速の域にまで到達する。
「いっ…………けぇ!」
瞬間、それまで発していた音が止み、無音になった。
鮮やかな朱色の線が、一直線に突き抜けた。線、というよりはレーザーやビームといった表現が近いかもしれない。雷の例を見れば理解できるように、光というのは音よりも速い。そのため、たっぷり数秒の間があってから激烈な破壊音が鳴り響いた。
放たれたナットは行く末を阻む鉄塊やパイプ、それに付随した岩やらをまるで獲物を見つけたハヤブサのような勢いでぶち抜いた。速度が速すぎるため、破壊音が間に合わずに置いてけぼりにされる。
貫くひと筋の光は咲へ向かい、通る道にある全てを、薙ぎ払う。咲には、瞬きする暇すら許されない。艦載兵器としての側面も持つ電磁砲は、レールが伸びれば伸びるほど、流れる電力が高ければ高いほど、導電物質に質量があればあるほど威力は無尽蔵に大きくなる。
単に実用化に至っていない理由は、そのコストがかかり過ぎるというだけのことなのだから。
「ーー!」
咲は、梶樹と繭愛の方向からおかしな光が発生していることに気づいていた。気づいていたが……止められなかった。自分が放った攻撃はことごとくもみ消され、敵の攻撃はどうしようもないほど苛烈で。これが理不尽でなくて、なんだというのだろうか。
(私は……私は……!)
しかし、もう遅い。放たれた電磁砲は止まることを知らず、あらん限りの力で突き進む。
そしてーー。
「……?」
訪れると思っていた衝撃が、来ない。気づいたときには、目の前が一直線に開けていることに気がついた。
それは当然。ただのナットが電磁砲の超加速に耐えられるわけがない。
電圧による高温化と空気の摩擦で、溶解ーー溶けてしまったのだ。鉄の溶解温度を考えると、どれだけの熱エネルギーが発生したかが分かるだろう。
「何が……起きたんですの?」
次の瞬間、咲は身体全体が浮くような浮遊感を感じた。




