4章 Q and A
あの日、梶樹が見た光景。そしてそれは繭愛が一生消えることのない傷を負った事件――。
「何故、私が知っているのか。確かに君達には大きな疑念だろう。だが……」
パソコン越しの声はそこで一度間を取り溜め込むようにして語った。不気味なほど変化のない機械音声だが発声ソフトを通じて声を届けているのならそれも納得できる。
「よく考えてみてくれたまえ。それは当然のことではないだろうか?よく知らない相手を招待するほうが不自然ではないかい?」
投げかけるように語るゲームマスター。けれどその答えは的を射ている。実際、自分の誕生日に誘う友人などもごくごく親しい一部しか呼んだりはしない。むしろ、誘わずに親類だけで終わらせるパターンがほとんどであるという家庭もある。ようはそれと同じことなのだろう。
だが梶樹はそれに頷くことはできない。聞いた質問はどうやって知ったかという点であって何故知っているのかではないからだ。わざと話を逸らしたということは、手段は答えられない内容に含まれるということか。
「わたしも聞きたい。この町の人達はどこへ行ったの。誰も見なかったけど」
どういったらよいものかと梶樹が頭を回していたそのとき、繭愛は先程口にしていた疑念を吐露した。……事件のことに触れられたためか、声にも力が入っていない。だが運営の権力を考えるならばご近所程度ならまだしもこの地域全体の人達が居なくなったのには必ず関係しているはず。確かにこれは知っておきたい内容であった。
「ふむ。それに関しては説明が難しいね……そうだな、いうなれば表の世界と裏の世界とでもいうべきかな」
……今度はなんだか哲学じみた話をし始めた。なんだろう、会話が右往左往している気がするが聞いているのはこちらなので応えなくてはいけない。
「どういうこと?わたしたちがいるこの場所は別の世界っていいたいの」
訳が分からない、といった体で首を傾ける繭愛。安心してくれ、おにぃも全く分からないからと声をあげたいところだが先にゲームマスター側が説明を始めてしまった。
「半分、正解だ。繭愛くん、君はいい着目点を持っている。……簡単にいえば、そういうことだ。今私達がいるこの世界ーーいわゆるコインの裏の世界は君達が日常を過ごしている表の世界とはよく似て非なる存在であり、基本的にコインの裏表は存在してはいながらも互いに干渉することはできない。具体例は鏡の世界といったところだがあまり馴染みがないかな?」
鏡の世界。
その表現を聞いていいたいことがなんとなくだが掴めた気がする。つまるところは人が消えたのではなく、自分達二人だけが元いたところから移動したというところだろう。
「じゃあ、ここの人達は皆別の場所にいるだけで消えたりはしてないってこと?」
「正解だ。ここには居ないが、君達が暮らしているもとの世界では普段通りの時間が訪れているはずさ」
それを聞いて繭愛の表情が少しだけ、緩んだ気がした。心配事がひとつ消えたおかげだろうか。
梶樹にはにわかに信じられないがよく馴染んだこの景色は完全に同一でなく、同じような景観を持った別の世界ということらしい。
「まるで魔法みたいな話だな。あんた、本当に何者なんだ?まさか神様とかいうんじゃないだろうな」
疑問を吐き捨てるようにぶつける梶樹だが、
「私の正体については答えかねるが……まぁ魔法という表現は近しいかもしれないな。これがゲームマスターたる私の能力なのでね」
「「―能力?」」
二人の言葉が今度は寸分違わずシンクロした。聞き慣れない単語だが本当に魔法チックなものなのだろうか。能力、というのだからますますファンタジーな話だ。
「能力は君達風にいうと異能、というのかな?ここから本格的に始まるゲームにおいて欠かせない、自分だけのチカラだ」
「………………………………………………………、」
……なんだろうか、急にまた的ハズレなことを言い出した。異能、つまりは人の身では持て余す超常の力という意味だが実際ここまであり得ないことが起きていることを考えると無下にはできない。
「……おいおい、チュートリアルクリアしたら一旦セーブ挟むとかはないのかよ。というかそもそも後天的に異能みたいな力が獲得できるならそんなのもう広まってるんじゃないのか」
梶樹は苦笑いするしかなかった。どうにもさっきから話が次元を超えかけている気がする。いや、もしくはとっくに吹き飛んでいるのかもしれない。
世界には生まれつき、先天的に一般人とは違った体質や能力を持って生まれる人間が存在する。サイキッカーなどと呼ばれるようないわゆる念動力を操る人々は誕生時点で人体に流れる生体電気の感受性が高い、などといわれることがある。
だがあくまでそれも学術的根拠はない。"能力"という人間の範疇を超えた力を引き出すのであれば、もはや人間という枠を飛び超えた超越者だ。
その超越者候補第一位が梶樹が撒いた種を拾うかのように答える。
「後者にはまだ答えかねるが、前者は解答しよう。残念だが、参加した以上はクリアするかゲームオーバーになるまで特定の状況に陥らない限り現実世界には戻れない。私としては全てのゲームをクリアしてくれたほうが嬉しいが」
「全部のゲームをクリアしたら、帰れるの?」
そろそろと繭愛が手を挙げた。
「もちろんだ。最後の勝者には現実への帰還と求める願いをひとつ、叶えられる。それがどんなに困難なものであっても、必ずだ」
「……っ!」
願い。なんて甘い響きだろう。欲求不満の権化ともいえる人類はその願いを叶えるために科学技術を進化させ、満たしてきた。
だが、ここでの意味合いはその類いではないだろう。明らかに人智を飛び抜けた"力"。不可能を可能にしてしまう強力さが恐ろしくも魅力的だった。
「能力の系統は様々だがいうなれば手足の延長と思ってもらったほうがより正解に近しい。君達が今後のゲームをより有利に進めるために、ふたつめのボーナスとして補正をかけてあげよう」
心なしか胸を張った人物が目に浮かぶような気がした。確かにより強力な能力を獲得したほうがラクになるのは間違いない。……が、それを鵜呑みにもできなかった。
「補正、というとまるっきり無作為ってわけじゃないんだな。その補正について詳しく聞けるか?」
「もちろんだ。このあと説明するつもりだったが、ここで話してしまおうか。ここにあるガラポンを回すと出た色に従って能力を得ることができる。つまるところ補正とは確率上昇ということになる」
黒服のひとりが手に持ったiPadを開くと、よく見る形のガラポンが画面に表示された。
商店街のくじ引きか、と梶樹は思わず突っ込みそうになってしまう。能力は重要といったにも関わらずやることが抽選とはなかなかにユーモアのあるゲームマスターだと心の中で褒めておいた。
「君達の準備がいいならこの時点で引くこともできるが、どうするかね?」
「……わたしは、いいよ引いても」
その言葉に梶樹は思わず振り返って
「繭、いいのか?まだ引き返せるかもしれないのに」
嗜めるように呼びかけた。小さな繭愛の身体が震えているのを見過ごせるほど梶樹は強くない。
「…….ん、わたしは、おにぃが居てくれるならどこへでもいけるよ。それに、おにぃは絶対ついてきてくれるでしょ」
「……、そうだったな」
あの日の、約束。血の海を見たまだ十一だった女の子に少年が誓った言葉。
ーー約束する。俺は絶対、お前から離れたりしない。何が起きても、誰が見捨てても、必ず救ってみせるーー
梶樹の胸の奥に熱いものが込み上げた。
嗚呼、そうだ。今の自分はもう孤独の身などではない。居なくなれば悲しむ妹がいる、辛い目にあっても側にいたいという覚悟を持っている。
ーーー強いな、繭は。
梶樹は繭愛の髪に手を伸ばしてポンと置くとパソコン画面に向き直った。
「ゲームマスター、あんたにひとつ頼みがある」