36章 狂信の豚
炎の檻に囚われた覚羅は、もう一度舌打ちをしてから三人目の男に視線を移した。新たに現れた男は他の二人とは違い、かなりガタイがいい。しかも、さっきから男が指パッチンをする度にバチ、バチと擦れた間から小さな炎が垣間見えた。
覚羅は心底自らを罵った。能力は一人ひとつという制約のもとでは、少なくとも森に火をつけたのは二人以上いると踏んでいたからだ。
ガソリンーー石油を撒いていたのは正面の優男。そして隠れていた恰幅のいい男が火をつけた方だと思っていたが……。
(まさか三人目がいるたぁな……)
二人目の男はダミー。とすると、三人目が火を起こす能力なら二人目の能力は未知数ということになる。ここに来て人数的不利をとられたあげくに情報戦も不利とくれば、かなりの貧乏くじだった。
「悪りぃなあんちゃん。恨みはねぇが、俺っちらが勝たねえとこっちの身が危ねぇんでな。まぁ人助けと思ってやられてくれや」
なかなかのハスキーボイスだった。みかけに寄らず、かなり音質が高い。しかし、それよりも気になることはーー。
「そっちの姫ってのはどうやら相当やべぇ奴みてぇだな。大の男が三人集まって女一人にビビってんなら、とんだお笑いもんだぜ」
皮肉たっぷりに覚羅がいうと、武者面は目を丸くして吹き出した。
「姫だぁ?……ああ、豚が喋ったのか。全く酔狂な野郎だよなぁ、あんなのが姫だなんて笑えて仕方ねぇ」
愉快そうに腹を抱えて笑う武者面を、豚と呼ばれた恰幅のいい男が反抗の声をあげた。……なるほど、確かに怒った声は豚の鳴き声に聞こえなくもない。よくいったものだとは思うが、それでは本人が気の毒だろう。
「ふざけるな!おらにとって姫は姫なんだど!おらは姫のために戦う騎士だ!豚なんかじゃねぇ!」
豚の首につけられたネックレスの束がじゃらじゃらと音を立てて揺れる。すると、今度は優男が口を開いた。
「そんなこと思ってるのはあんただけやで。あいつはな……姫なんて可愛いモンやない。……ホンマもんの悪魔や、油断してると潰されちまうで」
悪魔。姫。仲間内でも意見が割れる四人目の女。会話から察するに相当強力な能力を持った人間なのだろうか。それに、三人がかりでいいなりになるしか選択できないほどの"力"があるなら、この場にいないのは幸いというべきか。
(ま、ウチの嬢ちゃんはアニキ想いの良い子ちゃんだから関係ねぇがな)
後ろの魅緒はともかくとして、繭愛は本当の"良い娘"なのだろうと思う。あのとき繭愛が止めなかったら、自分のポリシーに従って、このむかつくことこのうえないギャルっ子を拳で分からせたことだろう。
正直、覚羅から見ても繭愛は理想の大和撫子だった。一歩引いて男を立てる姿勢、時には制止をきかせる精神の強さ、あの歳にして引き込まれる美貌。それは、男子高で覚羅が夢見ていた自分の理想そのものでーー。
(俺は騎士でもなんでもねぇが……精神が強い奴は好きなんだよな)
だからこそ、水影を……梶樹をあそこまで肩入れするのだと思う。お互いを信じてやまない二人の繋がり、絆の"強さ"。何人ものリア充を壊滅させてきた覚羅から見ても、あの二人は特別に見えた。
ほとんどのリア充共はそんな繋がりなどあってないような偽りの関係、ただの見せかけにしか過ぎなかった。そんな堕落した姿を見続けてきた覚羅には、あの二人は眩しい。そして同時に、羨ましいとさえ思えた。
「……生憎、こっちもそう簡単にはやられるわけにはいかねぇんでな」
覚羅は周りを取り囲む炎のリングを一望し、一瞬の溜めを挟むと、拳を突き出した。燃え盛る炎の勢いが、覚羅の拳圧にかき消されてトンネルを作りあげる。放たれた拳圧はそれだけに留まらず、直線上にいた豚男の身体を池の方面へと吹き飛ばした。
「ぶひゃあああ!?」
ぽちゃん、と音を立てて池に水没する豚男。だがそこまで威力はなかったのか、水草を頭にひっつけながら池を這い出してきた。
「お、おらを二回もぶっとばすなんて……!」
「てめぇは騎士なんだろ?だったら姫とやらを守るためにカラダ張れよ。それができねぇなら、騎士なんて名乗るんじゃねぇ!」
大気を震わせる覚羅の怒号。びりびりと肌に触る静電気のような痛み。豚男は臆したのか涙目だった。すると、豚男は苦しげなうめき声をあげはじめた。
「ぐっ、む、むうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううん!!!!」
聞くに堪えない不協和音が流れたあと、豚男はふっきれたように覚羅を指差してこういった。
「待ってろ、姫を呼んでお前らを潰してもらうからな!!姫にかかれば、お前なんかぺちゃんこだ!」
豚男は捨て台詞を残すと、ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら反対方向の森の中へと姿を消していった。……水草を頭に絡ませたまま。
「……馬鹿な奴だ。潰されるのはどっちだか」
「豚には似合いの始末やろうが……ここまで醜いとむしろ滑稽やなぁ」
おかしくて仕方ない。男二人の笑いには、皮肉と哀れみがたっぶりと込められていた。




