32章 再会
目を開いた梶樹が次に目の当たりにしたのは、コンクリートでできた鉄橋だった。轟々と音を立てて流れる水の音。ざわざわと騒ぎ立てる葉が擦れる音に、どこか既視感を覚えた。
「ここは……ダム、か……?」
四方を木々に囲まれた鉄橋の下には、白い泡を立てて流れ落ちていく巨大な滝があった。ちちち、と小鳥の囀りが聞こえる森の営みの中央に位置するこの場所、朽ち果てた石像に彫られた文字にあるあたり見解に相違はないだろう。
地名からして、既視感の正体がわかった。
このダムは自宅のあった場所からそう遠くない位置にある山奥に造られた貯水源だった。ならここを下っていけば、あの家も見えてくるはずーー。
だが、そのもき。聞き慣れた呼び声が、梶樹の意識を現実へと引き戻した。
「おにぃ……どこー!?」
繭愛の声。その呼びかけに、梶樹は夢から覚めた。そういえば周りを見ても誰もいない。前は転送されたらメンバーが一同に集まっていたが……
「繭の声……確か、こっちから……!」
鉄橋のすぐ下、その辺りに狙いをつけて錆びついた柵から見下ろした。水っ気と老朽化からか、今にも崩れてしまいそうなほど腐食が進んでいる。
ーー見つけた。
ここに上がるための螺旋状に柱に巻きついた階段。その中腹あたりに、繭愛の姿があった。距離にして約五十メートルも離れていない。
「繭っ……!」
階段の行き先は鉄橋の端に通じている。梶樹は急いでその場を離れ、階段へと向かった。幸いとこのダムは小学校の社会見学で何度か訪れたことがある。繭愛と合流しつつ相手を探すのに迷いはなかった。
……そのとき。突然軽快なファンファーレが鳴り響き、空にモニターが映写された。前回よろしく、また運営からのお知らせのようだ。
「へいへーい!第二回戦へようこそベイべ〜!自分の能力、使えるようになったかなー?ここからは転送位置はランダム!チームの合流が先か、やられるのが先か!ドキドキワクワクのバトルを見せてくれぇー!」
……ついていけねえ。
だが今ので謎がひとつ解けた。ここからの戦いは転送位置がランダム、つまりはこれが本来の姿なのだろう。あえて前もって知らせておかない点がやけにいやらしい。
(なら、なおさら早く繭と合流しなくちゃな)
個別撃破という可能性が加わった以上、繭愛を一人にするにはリスクが大きすぎる。……なんというか、過保護な気もするが妹がいる兄とは皆こういうものなのだろうか。
「別にシスコンじゃないんだけどな……」
どうにもむず痒い。自分と繭愛の関係が複雑なだけに、余計にやるせなさが湧いてくる。けれど、繭愛はそんな自分を慕ってくれている。それが例え歪な繋がりであったとしても、今は彼女だけがたったひとりの家族なのだ。
祖母はまだ存命にしても、祖父ーー辰造の件があってからはあまり関わらないように距離を置かれてしまっている。唯一ともいえる繋がりは保護者としての名前だけだった。
(婆ちゃんには悪いけど……俺には、今は繭だけなんだ)
もうすぐ階段まで迫るというところまで来た。逸る心を押さえつけ、梶樹は鉄橋を駆けた。
だが、しかし。階段前の大岩から現れた何かとぶつかってしまった。急な衝撃で横側へと倒れそうになる梶樹。
ドン!という見事な衝突劇。その何かはどうやら人だったらしく、向こうが声をかけてきた。
「痛っ……たた……あぁ、大丈夫ですか!?」
知らない、声。女の声だった。それを聞いた途端、梶樹の身体が警戒のアラートを鳴らす。知らないということは、それすなわち戦闘相手ということを意味する。能力を持っている以上は絶対に油断してはならないと先の戦いで死ぬほど思いしらされたばかりだ。
体勢を直し、一歩下がって間合いをとるとぶつかった相手にしかと向かいあった。
肩のあたりで切り揃えられた、流れる星のような金髪。エメラルドのように煌めく緑の瞳。目鼻立ち整った綺麗な肌だが、きりっとした目つきはどこか気高さを感じさせる。
黒いブレザーに灰がかったプリーツスカートという学生服だが、梶樹にはいまいちピンとこない。少なくとも近場の学生ではなさそうだ。
総じて、見目麗しい花のような少女だった。
「いや……こっちこそ。前をあまり見てなかったかも」
返答しないのは礼が廃ると、一応の応呼は尽すかという思いで少女に返事をした。しかし警戒は緩めない。いくら見た目可愛い少女だとしても、これはDOD。一瞬見せた隙が命取りとなるかもしれない危険な戦場なのだ。
「はい、お大事ないならよかったですわ……すみません、私も前方不注意でした」
一人称が、わたくし。なんだか余計に高貴なものを感じてしまう。そういえば佇まいからも、どことなく煌びやかな雰囲気が漂っているような気がする。どこかのご令嬢なのだろうか。
(どうする……?瞬間移動させてどこかに飛ばすか?……いや、ここに来たのも相当久々だから思った通りの場所に移動できるかも怪しいか……)
能力が分からないうえに少女の年齢は見た目から察して繭愛とさほど変わらないだろう。仮に弱小能力だとしても腕っぷしで突破するのは気が引ける。
さてどうしたものかと梶樹が思慮を詰めていると、金髪少女は何故か信じられない、といったふうに瞳を大きくさせた。
「うそ……嘘ですわ……!だって、だってこのような……!」
その動揺ぶりに、梶樹はそれとなく心配の情が芽生えた。
「……どうしたんだ?」
「失礼ですが……貴方様のお名前は……?」
「俺?水影梶樹だけど……」
知り合いにでも似ているのだろうか。だが梶樹には、こんなブロンド美少女の知り合いはいない。強いていうなら……英語教諭のメアリー先生だろうか?
イギリス人だったが、いや流石にそれはないだろうと内心でため息をついた梶樹だったが、少女はそれがまるで待ち望んだクリスマスのプレゼントのようなきらきらとした目を向けた。
「やっ……」
「や?」
「やっとまたお会いできましたわ!兄様ぁー!」
少女が一気に飛び込んできた。その迫力と勢いに、梶樹は今度こそ地面に倒れた。もう離すまいといわんばかりに固く梶樹を抱きしめる少女。
「はぁ!?ちょ、ちょっと待ってくれよ……兄様!?」
まさかの展開に、梶樹の脳内神経が悲鳴をあげた。




