30章 吐露
「「なにこれ……」」
茶の間へと戻ってきた梶樹たち。しかし、その間取りは先程までのものとはまるで異なっていた。
ーーー広い。とてつもなく広い。
一回戦前の二部屋ほどだった空間はどこへやら、小さな市民用体育館ほどもある大部屋へと魔改造されていた。和風テイストはそのままに、マッサージチェアがところせましと並べられている。奥には透明なガラス張りのドリンクコーナーが設けられていて、各種有名どころの牛乳メーカーがちらほら見受けられる。
極め付けはちゃぶ台が置かれた休憩スペースのすぐ脇にある男女が青と赤で分けられた暖簾だった。どうぞ使ってくださいといわんばかりに入口手前にぶら下がっている入浴セットの巾着が、ここが何をする場所なのかを体で示している。
まるっきり、温泉施設。それも旅館に限りなく近い手厚っぷりだった。
「おおー!アタシ、これやってみたかったんだよね〜」
駆け足でマッサージチェアへと近寄った魅緒は、手すり付近にある操作スイッチを弄るとそのまま腰を沈めた。低い機械音が広い室内の空気を微かに振動させる。
たん、たん、たん。
テンポよく背に触れた凹凸を回すギアが回転し、魅緒のリンパ節を刺激する。伸ばすような動き、引っ張られる感覚。思っていた以上に座りごこちがいい。
「オヤジかよ……」
覚羅が呆れたという風に手首をぷらぷらと振った。梶樹もこれには苦笑いである。くつろぐ魅緒を脇にして、梶樹がスマホを開いた。
「まあまあ。次の対戦まで時間があるんだし、一息つくのも悪くはないだろ」
アプリ画面には次のマッチングまでの待機時間が表示されている。何やら骨で組み上がったような異様な時計だが、デジタル表示なのがいまいち合っていない。
「……誤魔化すなよ、水影。俺が今聞きたいのはそんなことじゃねぇ」
「十束……?」
すると、覚羅はぐっと梶樹に顔を近づけて見透かすようにぎろりと瞳を向けた。鋭い、刺すような眼光。下手をすると本当に切れてしまいかねない。
「教えろ。天聖の能力はなんだ?あの水蛇を一撃でのしたんだ、つるむのは癪だが勝ち抜くんなら知っとかねぇと話にならねぇ」
この問いかけに、梶樹は遂にこのときが来たかと奥歯を噛んだ。いつかは通らなければならないことではあるものの、できれば避けたかった展開だ。能力を教えるということはマジックで種明かしをするような感覚に近い。手の内をひけらかしてしまえば、いざというときの抗戦もできない。
しかし、梶樹が心配しているのはその点ではない。
(繭の能力がPレアって知られたら……色々とまずいことになるだろうからな……)
運営側からの煽りでプレイヤーに最高レアがいることは証明されていても、誰なのかは判明していない。仮に繭愛の能力が知られたら、間違いなく付け狙われることこの上なしだろう。
そうなれば、少なからず能力詳細が分かっていない場合よりも危険が増す。繭愛のことを案じるのならば、ここは上手く言い繕うしかないだろう。実際魅緒はまだしも覚羅はかなりカンが鋭い。下手な嘘は築きはじめた信頼を瓦解しかねない。
「そういや、アタシも聞きたいな〜。あみゅたん、すっごいぴかー!ってなってたし」
「………………」
魅緒まで入ってくるとなるともうスルーはできない。
どう言ったものかと思考を高速回転させていると、ひょこっと梶樹の影から出てきた繭愛が二人の間に割り込んだ。
「おにぃ……いいよ、わたしがいうから」
右手で梶樹を、左手で覚羅を引き剥がす繭愛。
「繭……?」
「わたしの能力はね……電子を動かせるの」
唐突なる告知。沈黙する一同。流れる微妙な空気と数秒の間が、繭愛の言葉を染み渡らせた。
「え!?え!?つまりあみゅたん、電撃少女だったの!?」
「電子ってこたぁ、電気を使えるってことだろ。電気であれが倒せるとは思えねぇが……」
「……水は電気を通すって有名だろ。だから、俺は繭なら水でできた蛇をやれるんじゃないかって思ったんだ」
一般家庭で使用される水道水にはカルキという次亜塩素酸カルシウムが溶け込んでいる。塩素には強い除菌、殺菌効果があり、河川や湖、川から貯められたダムの水に含まれる微生物及び細菌を滅する役割がある。
だが通常、純粋な水は電気を通さない。電気を通すのは水の中に電解質が溶け込んでいるためである。
電解質で主たる一例は食塩であり、水に溶けると完全に電離する。電離した物質は荷電状態ーーイオン化した物質は電子を帯びる。
つまり、水道水及び河川の水は何かしらの物質が溶け込んだ水であるため電子を帯びたイオン物質が入っている。このイオンに含まれる電子が電気を通すというわけである。
(でも……あのときーー繭が言ったのは……)
電子操作。それも嘘ではない。だが、繭は知っているのだろうか。それはあくまでも副産物だということに。
「そっかあ。じゃああのビリビリは電気が通ってたってコトか〜。いいなぁ……アタシも魔法みたいの使いたいー!」
駄々をこねる魅緒を素通りして、覚羅が詰まったものを吐くように肩を上下させた。
「……まぁ、いい。じゃあ俺が言えば全員分かるな」
そういうと、覚羅は帽子のつばをピンと弾いた。
「俺の能力は《武闘王》ってんだ。なんでも身体能力(?)が思った通りに跳ね上がるらしい」
ヒュウ、と梶樹は口笛を鳴らした。覚羅の能力はほぼ予想通りの身体強化系だった。橋が必要なほど幅がある川岸を跳躍で横断したときからうすうす感じてはいたがーー。
強いな、《武闘王》。
もともと腕っぷしの強い覚羅にぴったりの能力だ。なによりシンプルで弱点らしい弱点も思いつかない。強いていうなら殴れない相手か。衝撃を殺す水の盾にはなす術がなかったわけだから。
「……なんだか、お兄さんって感じだね」
くすっと繭愛が笑う。称号からもそんな雰囲気が出ているような気がするし、能力の選別は個人個人であったものが選ばれるのかもしれない。
「……なんかむず痒いんだよな、お兄さんは。天聖のアニキは水影だろ、俺はーー
「じゃあアッキーでいいじゃん。呼びやすいほうが親しみ湧くよ?」
「てめっ、魂公!ふざけてんのか!?なんだその飛んでいきそうなくらい軽い呼び名は!」
「アタシはそれでいいけどー。ねぇ?カゲっち」
「なんでこっちに振るんですか……」
なんだかんだで結局は一番魅緒が空気を作っている気がする。だがそのノリに覚羅がついていくには、まだまだ時間がかかりそうだ。




