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異端兄妹は日常に戻りたい  作者: 幽猫
second chapter アビリティ・ウォー

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29章 貫通

 心臓の鼓動が早い、梶樹はそう感じた。時間の流れがひどくゆったりとしたものに変わった気がする。死の危険が迫った瞬間とは、こういった不思議な体験をするものなのだろうか。


 今、蛟龍の口の中では小さな渦が音を響かせてその形を大きく変えていく。あの渦の中心点から放たれるのは、必殺の水大砲。圧力を極限まで高めた水の刃。おまけに身体は象よりも大きく、どんな衝撃をも完全に殺す鉄壁の城。攻略不可能という文字が頭をよぎったのはつい先程のことだ。


 そう、()()()()()


 『『さん……』』


二人の中だけのカウントダウンが始まる。静かに、他の誰にも聞こえることなく。


 蛟龍の口から渦から外れた滴が飛散する。ごうごうと螺旋を描きながら、勢いは激しさを増してゆく。


 「おい、水影!早くしねぇと間に合わねぇぞ!」


 『『にぃ……』』


 覚羅の声。当然だ、この距離で水大砲を喰らえば今度は瞬間移動を使ったとしても真っ二つだろう。だが死が近いゆえか、アドレナリンの大放出により普段以上に頭が冴える。


 「「いち……」」


 蛟龍の体躯がびくんびくんと小刻みに動く。先程よりも渦が大きいからか、力の反動から来る()()が起きていた。空気が振動し、辺りに残った芝生が目に見えて動く。渦は既に唸り声をあげて筒状に変形している。もはやいつ撃ってきてもおかしくない。


 『『……ゼロっ!』』


 その瞬間、百メートルは離れていた繭愛の身体が蛟龍の後方数センチへと移動した。瞬間移動は成功、そしてこのタイミングならばーー避けられない。


 「……っ、やぁああああ!」


 裂帛の気合いを込めて繭愛がその手を蛟龍へと伸ばす。繭愛の手は蛟龍の身体に突き入れられ、勢いは瞬時に消される。


 ーー刹那。


 繭愛が伸ばした手から青白い閃光が火花を散らした。放たれた無数の光の糸は水で形成されているにも関わらず、蛟龍の巨躯全てを隅々まで()()()()()、貫くー!


 繭愛の銀の髪からバチン、という歯切れのいい音がいくつも鳴り響く。じゅうじゅうと蒸気を発しながら蛟龍の身体が崩れていった。



 バチ、バチィ、バチ、バチン!


 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 信じられないほどの激痛が、康太の身体に襲いかかった。今の今まで絶対的強者の位置に座していた哀れな少年は、予想外の攻撃に対応することなど毛の先ほども案じてはいなかった。


 繭愛が放った光はあらゆる衝撃を無効化する水の要塞をいっそ清々しいほどに貫通し、有頂天に登っていた康太を現実へと引きずり下ろした。


 身体の奥から焼けるような痛みに、康太はのたうち回る。それまで無敵を誇っていた蛟龍が音を立てて崩壊していく様に、動揺と痛みによるショックで涙を流した。


 「どうっ……して……!なんで、蛟龍がっ……神を使うぼくが………!痛い、痛いよっ……うわあぁぁん!」


 水の身体を強制分解させられた蛟龍は水大砲を撃つどころではなく、ぼろぼろになった河川敷に横倒れになった。次第にぷくぷくした泡が吹き初めると蛇の形は完全に解除され、二人は地面へと投げ出された。



 「……なんとか、上手くいったか。よく頑張ったな、繭。偉いぞ」


 「うぅ……思ったより、強くなっちゃった。お姉さんたち、大丈夫かな……」


 「おいおい、あの蛇野郎を一撃って……すげぇな。天聖ってこんな強い力持ってたのかよ」


 瞬間移動で川に落ちる前に繭愛を回収できた一同は、反対にびしょ濡れになって痙攣を起こしている康太とごほごほ苦しそうな息をする真紀を川のほとりから引っ張りあげた。康太の方は既に気絶しているようで、空中にKOの二文字が浮かんでいる。


 「……うん、命に別状はないだろ。痙攣も一時的なものだからすぐ収まると思う。思ってたより威力が強かったけど、まだ即死ってレベルじゃないし」


 康太の脈を見ていた梶樹は鼓動が正常に刻まれていることを確認すると、ほっと息をついて今度は真紀に向かいあった。


 「げほげほっ……!……どうして……私を倒せばあなたたちの勝ちなのよ!さっさとやればいいじゃない!こんなっ……こんな能力を持った子がいるなんて想像もしてなかった。私の敗けよ……だからさっさとーー


 「お姉さんは、この子を止めようとしてた。……わたしは、この子を助けたい。それは、お姉さんも一緒でしょ?」


 繭愛が声を振り絞り、真紀を遮った。心からの、勇気を絞り出した声。繭愛の心がこもったひとことだった。

 短い沈黙のあと、真紀は震える唇を走らせた。


 「だからっ……私はお姉さんなんかじゃないわよ。あなたたちから見たらもうおばさんよ……。それに、敵である康太くんのことも私のことも、あなたたちには関係ないじゃない。そんなの余計なお世話、おせっかいよ」


 そんな真紀を揺さぶったのは、梶樹だった。


 「確かに、おせっかいかもしれないな。勝ちたいって気持ちも譲れないのは変わらない。本当なら、あなたを倒して勝つのが正式なルールなんだろう」

 

 それから、一拍置いて続ける。


 「……でも、もう見たくないんだ。俺も、繭も。誰かのせいで、誰のために歪んだ人間を見るのは。それを突き放していけるほど、俺は大人じゃないですよ」


 「……!」


 その言葉に真紀は呑まれた。呑まれて、くっくっと目に涙を浮かべて悔しいような嬉しいような微妙な感情で微笑んだ。その表情は、どこか憑き物が落ちたような安らいだ顔だった。


 「さっきの、取り消すわ。……完敗よ、あなたたちには。私なんかよりずっと強い心を持ってる。……絶対、負けないでちょうだい」


 「あんたもな。くっそむかつくが……俺じゃ手出しできやかったのは確かだ。死ぬんじゃねーぞ」


 覚羅から賞賛とも皮肉ともとれるひとことを受け取ると真紀は上着のポケットからスマホを取り出してリタイアの宣告を告げた。ゲームセットの文字が空に浮かび、再びブザーが鳴り響く。


 そして世界は白い光に染まっていった。


 かくして、第一試合は梶樹たちチームの勝利で幕を閉じたのである。


 




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