19章 対価
なんというか、繭愛が一緒にいるとどこにいても目立ってしまう。その理由は想像に難くない。……難くはないのだが、やはり困ってしまう。
満員電車もかくやという天然の障害物を乗り越え、色めいた視線が飛び交う中をかき分けてようやく開けた場所へと出ることができた。
「ここはちょっと空けてるな。少し休んでこう」
通っているのが普段からあまり人気がない田舎高校だからか、精神的にだいぶ疲れてしまった。そこそこ友人のいる梶樹でさえそれなのだから、もともとが閉塞気味な繭愛はさらに辛いだろう。
「……ふぁぁあ、…………わたし、ちょっと眠い……」
手を口に当てる繭愛から大きな欠伸が出た。そういえば、繭愛は眠ることが好きだった。自室に置いてあるもので女の子らしいものといえば、ふわふわのクッションと厳選した羽毛枕くらいのものである。
繭愛いわく、枕は譲れないとのこと。そんなこだわりを持つ彼女は見るからに目をしぱしぱさせている。
「時間も時間だしな。繭、寄りかかっていいぞ」
「ん、じゃあ……お願い」
座りこんだ梶樹の肩に、繭愛の重みが乗せられる。それと同時にふわっとした柔らかな匂いが、梶樹の鼻腔をくすぐった。
髪からの匂い。年頃の女子特有の甘い香りではなく、自然界の草原からやってくるようなナチュラルにいい匂い。
おそらく汗は更衣室で流したのだろう。現に梶樹も着替えてくる前にシャワーだけは浴びていた。
「おい、あれ見ろよ……」
「うわマジか。くそリア充め……!」
「神よ、今すぐあの位置を我輩と取り替えてくださいお願いしますなんでもいたしますからぁぁあ!」
……恨みが、すごい。周囲の視線がどんどん梶樹への殺意に変わっていく。ただ肩に寄りかからせているだけなのに。
「……繭、大変だな。美人って得なんかじゃないな……」
梶樹は隣の繭愛に聞こえないように、ぽつりと呟いた。またひとつ世の中の真理を知ってしまった気がする。動けないのは山々で周りの圧力が怖いので、何かないかと思ったところスマホがあった。
そういえば、アプリについてまだ見ていなかった気がする。最初に見たときは黒く塗りつぶされていて見えない部分も多かったが、開幕が宣言されたのだからもう解除されているだろう。
「ええと……確か、これだったよな」
普段使いのアプリのほとんどがノイズの今、運営から送信されたこのアプリだけが唯一の情報源だった。梶樹はそれをタップ、開いた。
パンパカパーン、というファンファーレと共にホーム画面に新たにリボンの嵐が吹き荒れた。大量のクラッカーが弾け終わるとミッションの文字が浮かび上がる。
「おめでとうございます、ミッションが開始されました。指定の内容をクリアすることで追加報酬が受け取れます、か」
本当にこういうところはゲームなんだなとしみじみ思いつつ梶樹はこれが死をかけた命がけのゲームだということに首を振るわせた。最初に死人が出るようなシステムになっていない分まだ優しいのかもしれないが、生き残るためには他人を蹴落としていかねばならないと考えると頭が痛い。
ひとまずどんなものかチェックしてみるかとミッション一覧と書かれた掲示板のアイコンをタップしてみた。すると、ズラリと並んだいかにも依頼書という見た目の用紙アイコンがいくつも出てきた。
難易度はピンキリで難しいものほど報酬が良くなるらしい。よりどりみどり、中には腕相撲十連勝といったような力技のものや寝ている相手に夜這いを仕掛けるなど意味不明なものもある。……この状況は夜這いではないと、梶樹は心の底で断言した。
「……お、これなんかできそうだな」
選んだのは、男女ペアでツーショットを撮影し投稿するといったもの。……ただし、注意として挑戦は一回きりで顔の美醜判断によっては報酬が変化するとある。ようは、より美男美女であればあるほど良いということだろう。
「繭、繭。ちょっと写真撮りたいんだけど、いいか?」
寄り添う繭愛の耳元で囁く梶樹。穏やかな吐息をしつつも繭愛はこくん、とだけ頷いた。いいよ、ということらしい。
早速梶樹はスマホのカメラを起動させて自撮りモードを選択すると手を頭上付近まで掲げて、二人の顔がしっかり映るようにアングルを調整する。パシャリ、というシャッター音と共にその時と空間がレンズの中に切り取られた。
ミッション用紙に添付して画像を送信ーー、完了チェックを入れて終了する。すると、ものの数秒とかからずに結果報告がお知らせ一覧に転送されてきた。
「なんだ、ずいぶん審査が早いんだな」
ぽちぽち既読マークをつけながらそれを開く。ほんの少しの間。その文面に書かれていた内容に、思わず梶樹は驚きの声をあげそうになってしまった。
文面にはこうあった。
ーーミッションクリアおめでとうございます。総計報酬として五十万円があなたのアカウントに送金されますーー
ツーショット写真が、五十万円。あまりの法外価値に口から何かが出そうになる。プロフィールを確認してみると確かに桁がひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ。ゼロが並んでいる。
「報酬って何かと思ったらゲームマネーか。それともこれほんとに使えるのか……?」
疑りの目を画面に向ける梶樹。五十万が多いのか少ないのかは分からないが、本当に使えるとしたら相当の金額だ。フルタイムでバイトに入ったとしても一、二ヶ月では済まない。
梶樹はちらりと横の繭愛に目を向けた。認めたくはないが、美人は損ばかりではないのだという証明理論が成り立ってしまったような気がした。




