18章 鉄拳制裁
スクリーン上映が終わった途端、繭愛は知らない男に手を引かれ、連れ去られていた。
金髪で、アロハシャツのいかにもこういうことしそうな若者といった風情。人混みの中を、嫌がる繭愛の手を握り突き進んでいく。
「カノジョ、俺たちとパーリーしようぜ、絶対楽しめるからさぁ!」
「ん、や……やだ、おにぃ……!」
繭愛の助けを求める声は、会場の熱気に当てられて虚しく解け消えた。既にもう、梶樹の姿は見えない。引っ張れてどこへ行くのかも分からないこの状況は、ただただ恐怖でしかなかった。
「おにぃ……助けて……」
届くはずはないと知っていながらも、繭愛は梶樹に心の中で助けてくれることを切に願った。
と、そのとき。前方を行く金髪チャラ男の身体が思い切りよく天井のほうへ吹き飛んだ。繋がれていた手が解け、繭愛はそれを決め手に素早くその場から離れた。
「がっ……!ぐぇっ!」
空中浮遊を経験したチャラ男が床に墜落し、苦悶の声をあげた。そのチャラ男の前には、ひとりの少年が立ちはだかっている。黒を基調にした学ラン、余りがある制ズボン、極めつけは頭につけた青混じりの冬帽子。黒の髪に赤い色素が入り混じった、いかにも昭和ヤンキーじみた装いの少年だ。
「おいこら、てめぇ。嫌がる女連れてひょこひょこ歩いてんじゃねぇぞ。それでもタマついてる漢か!ああっ!?」
少年はチャラ男の襟を掴み上げ、鋭い目つきで睨みあげた。ひぃ、というチャラ男の悲鳴が小さく聞こえる。
だが、そこにガタイの良い筋肉質な大男が現れた。
「あ、アニキィ!あのガキが俺を……殴り飛ばしやがったんだ!ほら、あそこにいるカノジョ、可愛いだろ?声かけようとしただけなのにさぁ……」
アニキ、と呼ばれた筋肉マンはふむう、と低い唸り声を上げた。そして、少年と繭愛を交互に一瞥してこう言い放つ。
「坊主、おらの可愛い弟分をやってくれたそうじゃねぇか。弟がやられておいて黙ってるのはアニキらしくねぇ。……カノジョを置いて去るってんなら見逃してやるぜ」
にか、と間の抜けた笑いをしながら、筋肉マンは繭愛を指差した。指名を受けた繭愛がびくっ、と肩を震わせる。
「舐めてんじゃねぇぞ、三下。シタがシタならアタマもアタマか、腐れ外道が。……ちんたらやってないで、とっととかかってこいや!」
少年は、腕捲りをして脚を床に踏ん張った。それを見た筋肉マンはやれやれ、といった様子で
「仕方ねえな……ならちぃと痛い目見てもらうか。……あらよっ!」
拳を打ち出した。
「せあっ!」
すると、少年は裂帛の気合いと共に前に踏み出した。筋肉マンの拳打をすり抜け、肉薄する。見事な踏歩術だ。間合いを詰め、その場で再び脚を踏み直す少年。そのあまりの圧力に、踏ん張った脚の床が円形に陥没した。
少年の右ストレートは筋肉マンの腹筋にクリティカルヒットし、その大きな体躯を軽々と吹き飛ばした。
「ぉぁぉあああ!?」
「アニキぃぃぃいいい!」
絶叫するチャラ男の上に、筋肉マンの大きな身体が降りかかった。ぐきゃあ!という鈍い悲鳴と共にチャラ男の身体がぐちゃりと潰れる。
「けっ。つまらねぇ野郎ばかりだぜ。……よっと」
少年は積み上がった男たちに唾を吐き捨てると、一部始終を見ていた繭愛の元へと近づいた。
その強さが認知されたようで、少年に近づくものは誰もいない。気まずい沈黙が流れる。
そのとき、ふと繭愛を呼ぶ声がした。
「繭っ!」
「おにぃ……!来てくれたんだ」
それは、突然としていなくなった繭愛を追いかけてきた梶樹だった。人の波に飲まれて、遅れたらしい。
「あぁ、急にいなくなったから心配して……大丈夫だったか?」
「うん、……このお兄さんが、助けてくれて」
繭愛は少年のほうをちらりと一瞥した。
「そっか……ありがとう、繭を助けてくれて」
梶樹が少年に礼をいうと、少年はぷいとそっぽを向いて、
「別に、たいしたことじゃねぇよ。嫌がる女引っ張って鼻の下伸ばしてるクソ野郎がしゃくに触っただけだ。礼を言われることじゃねぇ……あんた、その子の知り合いか?」
「まぁ……家族みたいなもんだよ。……繭、繭も礼いっといたほうがいいんじゃないか?別に悪いやつじゃ無さそうだし」
繭愛はそれに、おずおずと前に出て少年の眼を見つめた。鋭い、刃物ような眼光。内心は少し怖かったが、それより助けてもらったという恩の気持ちが勝った。
「ん、……ありがとう、お兄、さん」
それを聞いた少年の眼が、どこか鋭さが和らいだような気がした。少年はもう一度、目線を逸らす。
「……っ、……だから、別にいいっていってんだろ。もういいだろ、チーム探してんだから行くぞ」
そういって立ち去ろうとする少年を、繭愛は最後、として呼び止めた。
「お兄さんは、名前……なんていうの」
ぴくりと停止する少年。ああ、もうわかったという諦めの声が聞こえた。
「お兄さんって呼んでくれるな。アキラだよ、十束覚羅。もう連れてかれんじゃねえぞ」
少年ーー、覚羅はふぅ、とため息をつきながら人混みの中へと消えていった。
「覚羅、か。見た目はあれだけど……なんだろうな、良いやつな気がするよ」
「うん、……わたしも」
繭愛はぽつんと呟いた。そうして梶樹は思い出したように繭愛に聞きたかったことを尋ねた。
「繭、送られてきたチームのナンバーは何だった?それによっちゃ、離れ離れってことにも……」
「あ、そっか……チーム割、見てなかった。……スマホ、スマホ。えっと、……Kってあるよ、おにぃ」
「本当か!?俺もKなんだ、あぁ、良かった……ひとまずは安心だな」
「うん、……よかった。おにぃと、離れ離れなんて、いやだもん」
二人は顔を見合わせ、ひとときの喜びを分かち合った。




