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異端兄妹は日常に戻りたい  作者: 幽猫
first chapter ゲームスタート

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13章 理不尽な世界

 水影家から数メートル、離れた路地。


 そこに、七草卓は借り受けた軽トラックを停車していた。


 「まったく、とんでもねぇ娘だな……こんな夜更けに男の家上がり込むたぁ、本当にどう教育したんだか」


 卓は虹彩認証で開かせた雪音のスマホをスワイプし、LINEの履歴を遡っていく。当の雪音は全身を紐とガムテープで拘束されて助手席に縛りつけられていて止めることもできない。


 「あのクソガキ……水影とかいってたな、雪音。たっぷり後悔させてやるよ、俺の()()()をふいにしたことをなぁ……」


卓は舌舐めずりをしてからサイドポケットに置いた()()を手に取った。

 


 食洗機を回し、先に上がった繭愛にエアコンつけておいてくれと頼んだ梶樹はたっぷり湯が注がれた浴槽に身を沈めていた。夏の猛暑の中でかいた多量の汗が流れていくその感覚に、しばし心を奪われた。


 「ふぅ〜。ああ、今日も疲れたな」


 目を瞑り、心からの声を口にした梶樹は体を洗うスポンジの横に置いてあるシャンプーのボトルに、視線を落とした。


 龍騎から託された言葉。何故、繭愛が自分を選んだのか。あの雨の日に出会った少女とこの二年の間にこんな関係になるとは、あの頃の梶樹が知ったら鼻で笑われることだろう。


 だが、実際何度も寝屋を共にするうちにそんな他人行儀はどんどん薄れていった。今はもう妹当然のように思っているし、繭愛もそんな自分を慕っている。……けれど。そうして繭愛の存在が大きくなるたびに梶樹はある種の怖さを覚えた。


 もとはただのご近所さん、幼馴染というほど長い時間を過ごしているわけでもない。だからこそ梶樹は繭愛が自分をおにいちゃん、と呼ぶ度にこの状況に心を許している自分が、怖かった。


 「ほんと、なんでなんだろうな……」


ぽつり、と呟いた梶樹の瞳にあるのは、憂い。今更この関係を崩そうとは思わない。それでも、この胸にあるこの気持ちは消えないだろう。繭愛が自分を慕う理由ーー。それが梶樹が両親を失ったことに起因するなら、付き合わせてしまっているのはむしろ自分なのではないか。


 周りから見れば、赤の他人。されど、その心はーー。梶樹は繭愛の笑顔が、いじけた表情が、流れるような銀の髪が。繭愛の全てが、たまらなく好きだった。けれど、その分だけ彼女が離れていってしまったときを思うと、心が痛んだ。


 生きる意味を失いかけた自分を救ってくれた少女ーー、手放したくないと願う心からくる恐怖が真に彼女に好意を向けることを拒んでいた。


 湯からあがった梶樹はTシャツに寝巻き用のジャージを身に繕い、少し伸びた純黒の髪をドライヤーで丁寧に乾かすと電灯を切ってから二階へ上がった。


 「……あれ、電気つけてるのか」


 あまり長くは入っていなかったが眠気に正直な繭愛のことだから、ともう寝てしまっていると思っていた。自分の部屋ではあるが、一応ノックしてから入ることにする。


 「繭、入るよ」


 部屋に入ると、繭愛はベッドの上でころん、と丸くなっていた。……それは、なんだか猫を想起させる姿で。


 「おにぃ、ちゃん……ふああ……」


 口に手をあてて小さくあくびをする繭愛に、やっぱり猫だと思った梶樹はくすっ、と笑った。


 「電気切らなくていいのか?もう眠いだろうに」


 「まだ……もう、ちょっとだけ。おにぃちゃんも、お布団座って」


 ぽんぽんと自分の隣を叩く繭愛。いやそれは俺がやることなんじゃないのかと心の中で苦笑するが、繭愛からのお願いなどなかなか聞かないものなので結局、素直に従うことにした。


 繭愛の隣に座った梶樹は、驚くほど近く彼女の顔があることに気づいた。ゴムでふたつくくりのサイドテールにした髪は、息を飲むほど純白でさらさらと手の甲をくすぐった。お互い風呂上がりということもあってか妙に艶っぽく見える頬に、思わず目線を逸らしてしまう。


 「……?どうしたの、おにぃちゃん」


 きょとん、とした目で覗き込んでくる繭愛に焦った梶樹は学習机の上に置いてある照明のスイッチを押し、明かりを消した。


 「いや、なんでもないよ。それより明日は早いんだしさっさと寝たほうがいいと思うぞ」


 そういいつつ、ベッドの端に窮屈そうにしているタオルケットを繭愛の身体にかけてやった。少し不満そうにしている繭愛は、なんだか今日に限って積極的になっているような気がする。


 「……ん、分かった。でも、その代わりーー


 「……んなっ、、、?」


 背中に当たる、それまでとは違った感触。タオルケットのそれとは違う柔らかさに、梶樹の脳は警戒を流す。背中から覆うようにして、繭愛が梶樹の背中を抱き込んだ。


 「ま、繭っ……そんなことしたら駄目だろ……いくら俺だからって程度ってものが……」


なんとか離れようとする梶樹だが、逆に繭愛が込める腕の力はどんどん強くなる。


 ぎゅううう。なんだかコアラの親子のような格好である。けれど、無理にほどくのも悪い気がしたので背の暖かさに身を任せることにした。……今日は本当に繭愛にされるがままな気がする。


 それはよくない、せめてもの抵抗を、と梶樹は繭愛が下に入れた左腕に体重を乗せないようにして、ぐるりと身体の向きを変えた。背中に寄り添っていたのが今度一転、向かい合って見つめ合う形になる。


 明かりを消した暗がりでも、繭愛の紅い瞳はうっすらだが分かった。ちょうど闇夜に猫の眼が鋭く光るようなものだが、それは梶樹が幼い頃に畏怖を感じたものではなく。そう、火を見ているようだった。


 人間の性なのだろうか、火を見ていると落ち着く。火は分子が熱を帯びて電離したプラズマ状態のものだが、ヒノカグツチという炎の神が古来より存在するように()()の意味も成していた。


 「ふ、あ……おにぃ、ちゃん」


 なでなで。さわさわ。すりすり。


 手櫛でも問題なく通るさらさらの、銀髪。それを心のままに優しく、撫でてやる。繭愛が虐めを受けている原因は、元の口数の少なさにもよるだろうが……この色素が抜けた銀髪にも理由がある。小学生というのは文字通りわんぱくな頃、誰にもある無垢な時間だ。そこに、綺麗だとか儚げだとか、あるいは後ろ暗いとかは概念として淘汰される。


 ()()ゆえに、見えない概念。同世代にしてはあまりにかけ離れた容姿、北欧由縁の色白い肌、そして、どこか人間離れした銀の髪を持つ繭愛は、俗にいう仲間外れの対象となるには充分すぎた。小学生時代に受けた影響で、それまで活発だった子供が自分の意見を積極的に出せなくなるというのはよくある話。


 梶樹は自分の過去を振り返り、思い浮かべてみる。活発で、積極的で、いつもクラスの中心に立っていて。親譲りの運動能力と発想の機転は周囲から()()()()()強力な武器だった。


 ーーでも。あの日、両親を失ったときに初めて、理解した。なんでもできると思っていた自分が、こんなに無力なのだと。手を伸ばせばそこにあった幸せが、こんなに遠くてかけがえのないものだったのだと。

 己の力の無さに絶望し、生きる意味を失いかけた梶樹を救ってくれたのが……繭愛。そう、今目の前にいる少女だ。


 「繭……ありがとな、いつも、俺の側にいてくれて」


 繭愛の背中に手を伸ばし、ぐいと引き寄せる梶樹。あたり前じゃない、それがどんなに大切で特別なものなのかを、嫌というほど知っているからーー。


 「おにぃちゃんも、ありがとう。わたしの側に、いてくれて。わたしを、励ましてくれて」


 頭を撫でられた繭愛は、すうっと目を細めて、笑った。それは夏のそよ風のように涼しげで、温かな笑みだった。


 「繭……」


 しかし、そんな二人の世界を破砕音が壊した。


 ガシャン!と大きな音が階下から響き渡り、朧気になりかけた二人の意識が現実に引っ張られる。梶樹はベッドから飛び起きて、耳を澄ませた。


 「なんだ……?窓が、割れた……のか?なんで……」


 ガラスが飛散する細かな音。その僅かあとに、梶樹は気づいた。


 「ーーー!?」


 ーー登ってくる。間違いない、人が階段を登る音だ。


 この家には他に誰もいない。鍵を持っているのは梶樹と、その祖父母だけ。つまり、登ってくる人物はーー、


 「泥棒……なのか?」


 そう考えれば辻褄は合う。窓ガラスを割って入ってきたのも鍵を持っていない人物と考えれば説明はつく。


 無意識的に身体がすくみ上がり、得体のしれない恐怖に襲われた。なんで、ウチに。梶樹の中で混乱と恐怖だけがどんどん大きくなっていく。心臓は鼓動を加速させ、思考はどんどん狭まってーー。


 ぎゅう。


 繭愛が、震える身体で梶樹にすがりついた。


 「おにぃ、ちゃん……」


 その感触に、梶樹の中で無数に絡みあった思考が紐を解いて視界がクリアになった。


 ーーそうだ、俺には……繭がいる。逃げるわけには……


 もう時間がない。ここは二階であるし、窓から飛び降りれば最悪軽傷では済まないだろう。


 梶樹は素早く学習机のライトスタンドを点灯させると充電器に繋いだスマホを手にとり、繭愛に渡した。


 「繭、警察に電話してくれ。……間に合わないかもしれないけど、やらないよりはいい」


 それから梶樹は、クローゼットに仕舞われた木の野球用バットを取り出して部屋の入り口に待ち構えた。


 小学生時代で放課後、打点王を築いた相棒だった。手に持つのは実に三年ぶりだ。


 「でも、おにぃちゃんは……」


 梶樹のスマホをタップして電話帳を引き出す繭愛は、さっきとは打って変わって不安げな表情を作った。


 「俺は……足止めする。繭は隙を見て、なんとか抜け出してくれ。夜でも、近所の人なら多分、助けてくれると思う」


 一瞬の間。しかし、繭愛はこくん、と頷いた。


 「……分かった。絶対、無事でいてね」


 「それくらいはなんとかするさ。……ありがとう、信じてくれて」


 返事を返すと、梶樹は部屋のドアに向き直った。もう既に何者かは階段を登りきって二階に到達している。自分の部屋に施錠機能がないのが、悔やまれた。


 チャンスは、一瞬。それを逃したら、繭愛が逃げられる可能性は途端に低くなる。はやる心を押し殺し、梶樹は息を潜めてバットを握った。


 刹那。静かに開けられるドア、誰かが、ドアノブに手をかけている。半分ほど開いた瞬間を見計らい、梶樹はドアの死角から飛び込んだ。


 「うおりゃあああ!」


 渾身の力を込めて、バットを振り下ろす。自分でも信じられないくらいの速度が出た。


 「うおっ!?」


 その誰かが、片手に持った何か黒い棒状のもので振り下ろした木製バットを()()()()()。ドアノブから手を離し、両の手でもって押し返す。


 バチィ!バチバチ!


 黒い棒の先端から中ほどにかけて、()()()()()()()()()()()()


 ーースタン……ガン!?


 厳密にはスタン警棒と呼ばれる代物。治安の悪い米国では、警官が護身用によく装着しているものだった。


 バットを受け止められ、丸腰になった梶樹の腹部にそいつが膝蹴りをかました。


 「がっ……は……」


 蹴られた衝撃で、後ろに吹き飛ばされる梶樹。幸いにも受身が間に合ったせいかそこまでダメージはなく、むしろ持っていたのが木製のバットでよかったと安堵した。


 もし金属のバットを使っていたら、スタンガンの電流を通してしまって気絶させられていたところだ。


 「っああ!なんだよクソが。大人しく寝てりゃいいもんを、向かってくるたぁ調子こきやがって……!」


 悪態をつくその人物を、ライトスタンドの光が照らし出す。その顔は、梶樹がよく知っていた顔だった。


 「あんた、確か葬儀のときの……!」


 膝をつく梶樹の前で、卓は不敵な笑みを浮かべた。


 「よぉ、また会ったなぁ……水影、だっけか?あのとき俺をコケにした報い、受けて貰うぜぇ♪」


 卓が手に持ったスタン警棒が、火花を散らす。暗さも相まって、卓の面立ちは隔離世の亡霊を彷彿とさせた。


 「勝手に上がりこんできて、いったい何がしたいんだ、あんたは!」


 「イキんなよ、俺が用あるのは……そこの嬢ちゃんだからな」


 ペロリ。舌舐めずりをした卓は獲物を見つけた捕食者のような眼を、繭愛に向けた。


 びくん、と体が跳ね上がり、震える繭愛。かちかちと恐怖のあまりに歯が噛み合う音が聞こえた。


 「繭を……?」


その間に割って入って卓を睨みつける梶樹。それを見た卓は楽しそうにいいつけた。


 「そうだなぁ……お前にも手伝ってもらおうかぁ?よほどいい仕事してくれそうだからな……こいつのこと、大事なんだろう?嬢ちゃん」


 くかかかか、と笑う卓に繭愛はさらに恐怖を覚え、頭を抱えてうずくまってしまった。


 「こわい……こわいよ……この人、嫌な感じがする……」


 「繭……」


 無理もない、梶樹はそう思った。恐怖で足がすくむのは、梶樹だって同じだ。現に今の梶樹を支えている根幹は、祖父と過ごした、あの()()()だった。


 ーー爺ちゃん、ありがとうな。俺を鍛えてくれて


 それから梶樹は卓にバットの先端を向け、言い放つ。


 「繭が怖がってるあんたに、いいなりになんかなってたまるかよ。俺が、倒す」


 「やってみろよ、クソガキ。……できるもんならなぁ?」


 ギリ、と歯を食い締めて梶樹は卓に突撃する。バットを両手で振り下ろし、叩きのめす勢いで飛び込んだ。


 それを、卓は手に持ったスタン警棒で受け止めて再び膝蹴りの体制をとる。


 「同じパターンか、やっぱガキだな」


 しかし、梶樹はバットが警棒に当たるインパクトの瞬間、それを()()()()


 「おわっ!?」


 急に力のいく先がなくなった卓はあげようとしていた足を取られ、転倒しそうになる。それを梶樹は見逃さなかった。


 震脚ーー。両の足をしかと踏み締め、体に力が昇るイメージを描く。下から、上へ。その上げ切った力の全てを、卓の股関節目がけて拳を突き出した。


 ()()()()()()()()()の祖父から教授された、格闘術。実際、習ったものの使うことはないだろうと考えていた幼少の梶樹に無理にでも教えてくれた祖父に、心の中から礼を述べた。


 「……ざーんねん。オトナってのは卑怯なモノなんだぜ?」


 卓は空いた片手から、尻のポケットに入っていた物を梶樹の首に叩きつけた。それは、梶樹が意図しなかったものだった。


 ーーふたつ目の、スタン警棒。


 ほとばしる電流が、梶樹の頸動脈に強烈なショックを与える。


 「ぐああああ!っ……あ、ぐ……」


 あと一歩。活路の糸口が見えた手前で、梶樹はその場に倒れた。意識が、どんどん遠ざかっていく。


 「い、やっ……!おにぃ、ちゃん……いやっ……いやあああああああーー!」


 繭愛の叫ぶ声が、耳に入る。それを最後に梶樹の意識は、深い闇の中へと落ちていった。


 

 


 

 


 

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