106章 お嬢様
散々好き勝手にしていた罰とすれば、ハジメが受けた仕打ちも仕方ないことだろう。なにより、他者を認めないという致命的欠陥を持った彼に同情するのは難しい。
そして梶樹が煮やした炎はまだ消えてなどいなかった。当然といえば当然、繭愛にした行いはほとんど見られなかったが、あの有様を見ればだいたいの予想はつく。
息を切らして壁にもたれかかる奴に、無性に腹が立った。
だが。
「……ぐっ…………!」
頭痛が酷い。本当に頭が割れてしまいそうだ。抑えていないと意識を保つのも気怠かった。
原因は十中八九、《迅雷鳴動》を多用したことだろう。脳細胞の悲鳴が直接訴えてきているようだった。自動アシストを手に入れたとはいえ細かい計算ができないことは織り込み済み。当然それは覚悟の上だったがここまで悪化するとは予想できなかった。
「……大丈夫?」
「いや、かなりやばいかも。……それより繭、外に置いてきたあの子たちのこと、見てきてくれ」
ハジメと一緒にいた3人はあらかじめこの地下から脱出させていた。というのも、最初に姿を現したときには既に地上に送ってはいたのだが。
繭愛を助けるのに時間がかかったのも、戻るために複雑な通路を使わなければならなかったからに他ならない。
「……わかった、この上でいいんだよね」
「あぁ。ごめんな、もう少し来るのが早かったら…………」
正直目のやり場に困るというか、ずっとこの格好でいさせるわけにもいくまい。最も、まさか性暴力まで振るうような人間だとは思っていなかったけれど。
繭愛もそれを意識したのか、ほんのり頬が色ついていた。いつもクールな猫のようなイメージが、今は年相応に幼さが見える。
「う、うぅん……気にしないで…………」
もじもじしながら応える繭愛に、不覚にも梶樹はくすっ、と笑ってしまった。頭痛に悩まされている身なのに、何故か楽しくなってくる。
もー!などといって突っかかってくるのが分かっていたけどそれは甘んじて受け入れた。
はいはいごめんごめん、と背中を撫でてやろうとしたとき。
「お久しぶりでありますな、お嬢様」
声が聞こえた。それも、上からだ。ハジメたちがやってきた方向と同じ階段から、女の、聞き慣れない声が。
「……誰だ…………!」
「あぁ……見違えたでありますよ。ご当主様の若かりし頃とよく似ておられる」
こつん、こつん、とヒールが地を叩く音。ゆっくりと、近づいてくる。
現れたのはーーー。
切り揃えたショートボブの黒髪に、タイトスカートとワイシャツという、印象としては完璧な働く女。そして、きりっとした怪しく光る鳶色の瞳は、真っ直ぐに繭愛を見つめている。
「えっと……お嬢様って?」
きょとんとして、すっかり毒気を抜かれてしまった繭愛はおそるおそる尋ねてみた。ここまで接近しているのだから、攻撃するつもりならもう仕掛けているだろうし、ひとまずは害意はないように見える。
だが、気がかりなのはここにいるという事実だ。デッド・オア・ディアーにおいてこの場所はいわゆるバトルフィールドという扱いのはず。味方と敵以外の人間はそもそも入ることができないというのがセオリーだろう。
つまり、考えられるのはひとつ。
この人は運営側の人間、ということだ。
「お嬢様は、お嬢様でありますよ」
にっこり、その人は微笑んだ。ビジネススマイルというわけでもなさそうな、いかにも自然なナチュラルスマイル。
「いや、そういうことじゃ……」
「いつ、いかなるときにおいても、お嬢様はお嬢様。そうでありましょう?少年」
少年、と呼ばれたのは初めてだった。というかそもそも話が通じていない気がする。言葉も抑揚がしっかりしていて所作や立ち振る舞いからしても外国人ということはなさそうだが。
(なんなんだ……?この女は……)
疑問が次々浮かんで溶けて消える。頭を使いすぎたのか、考えがうまくまとまらなかった。
「……あの、勘違いってことは……ないの?わたし、お嬢様なんて身分じゃ…………」
「いいえ。間違いなどあり得ないでありますよ。貴女こそが天聖繭愛様。そうでありましょう?」
「……!」
何故名前を知っている?いや、運営側の人間ならば当然なのか?名簿くらいは持っていてもおかしくはなかろうし。
ーーーいや、違う!
そうではない。運営側だとしてもその呼び方は不釣り合いだ。もし、もし仮に全てが計算の上だとすれば。
「あんた、何者だ。繭愛と……どういう関係なんだ?」
すると、改まって彼女は軽く会釈をした。その動作のひとつひとつが、流れる清流のようで美しい。
「ふふ……申し遅れました。私めは名を月呼。繭愛様の筆頭執事兼……乳母であります」
「……はぁあ!?」




