104章 蜘蛛の巣
瞬間移動系統はしばしばワープなどといわれる。しかし、便利な反面で厄介な特性も付属しているのだ。
想像力の豊かな人間なら誰しも考えたことがあるのではないかと思われるが、ワープした先が壁の中だったらという話だ。もちろん創作の中だけの話であり、仮にファンタジーゲームをしていたとしてもそんな事態はあり得ない。
それは何故か。答えは至って単純、進行が不可能になるからだ。ワープした先でフリーズして進行不可能になってしまうゲームなど先ず真っ先にクソゲーの烙印を押されて廃棄まっしぐらであろう。
が、今の状況はそれと良く似ている。
梶樹がここで瞬間移動したとすると、ほぼ間違いなく張られた糸に触れることだろう。それが何もない空間なら普段通りの挙動になるだろうが、そこに鋼鉄のワイヤーが張られていたとすれば……。
(俺の身体はあっさり切断される。……考えたな)
引き裂くという表現はあながち冗談でも誇張でもなかったようだ。このままだと何一つ身動きが取れない。まさに蜘蛛の巣に絡まった虫のようなものだ。
「ほら、どうした?許さないんだろ、だったらこんなもんじゃないよなぁ!?」
「くそ……」
安い挑発だが追い詰められているのは正しい。糸を操作できる能力ということは、放っておいてもまた身動きできない操り人形状態にもっていけることだろう。
そうなればもう勝ち目はない。この先に待っているのは地獄と同じだ。それを意識してか冷や汗が梶樹の頬をつたう。
「……ぃ、ね、ねぇ……」
微かに聞こえる呼びかける声。発生源はもちろん背後にいる繭愛からだった。
何かと思ったが、ここでは不安がらせるのが最も悪手だろうーーー。と、敢えて梶樹はなんでもないように振る舞ってみせた。
「ん、どうした?」
「さっき、糸を鋼鉄に変えてるって……」
「……そうだな。多分、ワイヤーの類だろ。下手に動いたら危ないぞ」
鋼鉄の糸に勢いよくぶつかれば、耐久の弱い方が負ける。人体など紙同然に切り裂いてしまうだろう。それに、振動を与えることで糸はノコギリと化す。
蛟のウォーターカッターと似通った部分はあるが、空間を埋め尽くす糸全てが切断マシーンとなると、逃げ場はどこにもない。触れるだけでも相当危険な状況だった。
「それなんだけど、あのね、おにぃ……」
途中まで言ってから言葉を濁し、最後は梶樹にも聞こえるか聞こえないかほどの声量でささやいた。
「ワイヤーって……電気、通すの?」
「……!」
そう、繭愛の力は電気の制御。雷をも放つ圧倒的火力。もしあの糸全てがハジメに繋がっているとすれば。
一歩も動かなくても、焼き尽くすことができる。あたりどころが悪ければ感電死だ。
「それは……」
言葉に詰まった。当然だ。
普通、ワイヤーの構造はいくつもの鉄線が芯に巻き付いて一本になっている。その材質は様々で、主にステンレスが使われることが多い。
……が、ステンレスには電気を通す性質、つまりは導電性が低いのだ。ステンレスメインのワイヤーとなるとまともな電量は流れないだろう。
ハジメが変化させている糸がどの材質なのか、もしくはワイヤーですらない何かなのか。いずれにしろそれが分からなければはっきりと返事はできなかった。
「分からない。通るのかどうかは材質によるんだ」
これに何を思ったのか、繭愛は頬に指を当てて考え込むしぐさをした。流れる僅かな沈黙。しかし、繭愛も回答を出すのに時間は長くなかった。
「……熱」
「……え?」
「熱は?金属だったら、通るでしょう?」
「……!繭、まさか……」
ちなみにいうと熱伝導もほぼ同じで元の金属によって耐久は異なる。具体的な例を挙げると鉄の融解温度は約1500度。普通なら工業鈩でもない限り、到達できる熱量ではない……が。
「わたし……は、大丈夫。だけど、おにぃは……」
そのとき、繭愛がやろうとしていること。そしてその懸念がようやく分かった。いや、むしろ嫌でも分かってしまったというべきかもしれない。
そしてそれがどれほど危険なことか、無茶なことかも理解できてしまった。けれど、動きを封じられた以上はできることが限られてしまうのも事実。選択肢、時間ともにもうあとがなかった。
やがて梶樹は諦めたようにはぁ、と息をついた。それから苦瓜を食べたような、難しい笑みを浮かべた。
「相変わらず……無茶苦茶いうんだからな」




