しょっぱい嘘
初めてこのカテゴリーの小説を書いてみました。設定が少し雑かもしれませんが少しでもお楽しみいただければ幸いです。
「別れてほしいの。私、他に好きな人ができたの。大学生の人。知らない人だよ。ごめんね。勝手な女で。あなたはあなたで幸せになって」
その日、俺は前触れもなく彼女に一方的に振られた。
人気が無い校舎裏の陰鬱とした場所での告白だった。
当然、俺は困惑し、激昂した。何せ今の今までとても仲が良く、高校生卒業間近の3年目とはいえ、将来にはすでに結婚したいと思えるほど愛していたのだ。俺は涙さえ浮かんでいただろう勢いで問い詰めた。
だが、会話はもはや話し合いではなく決定事項の通達に過ぎなかった。話は彼女の新しい彼氏の賞賛と俺への侮蔑という屈辱的な内容に終始したまま、その結果は変わらなかった。
あんなに愛し合った。
あんなに楽しかった。
あんなに愛していた。
きっと大学に入っても社会に出てもずっとそれが続くと思っていた甘酸っぱい幸せな日常はその日崩れた。俺は本当に気分が悪くなり、胃が重くなり、むかむかして・・・彼女が去った校舎裏の木の陰で一人泣きながら嘔吐した。あまりにもみじめな姿をさらした。
翌日何かの悪夢だと思い、彼女にもう一度話をしようとしたが、呼び出された公園に彼氏だというハンサムな男がいた。背も高く爽やかな美形な男だ。
彼女は彼氏・・・名前は忘れた・・・を自慢し、見せつけるように腕を抱いて「さようなら」と告げ、呆然とする自分に一方的に別れを告げ、去っていった。
俺は何かが壊れた。
壊れてから俺は寝込んだ。両親も友人も“心配”はしてくれた。
だが・・・皆の言動は大なり小なり“「失恋」如きでいつまでも甘えるな。もっと辛いことはたくさんあるぞ”“新しい彼女作って忘れちまえ”というものばかり。俺がどれほど傷ついているかなど本当の意味で慮ってくれる者はいなかった。
彼らの言葉は壊れた心に塩を擦りこまれるようなものだった。
俺の苦悩は誰にも理解されなかった。そして俺は苦悩の末出した結論は“逃亡”だった。
見て見ぬふりをするのではない。全力の逃亡だ。
もはやあいつと同じ学校でいることが耐えられない。奇遇にもアルバイトで世話になっている喫茶店のマスターの知人が離れた土地でレストランを始めるので人を集めていると聞き、俺は高校3年で中退し、コックの道を歩むことを決めた。当然両親は止めた。猛反対した。だが、元より厳格な家柄である我が家にはすでに優秀に育ち順風満帆な道を歩む兄もいる。次第に両親は俺を見限り始め・・・その後俺は半ば強引に決めて、家を、故郷を出た。長年の思い出がある土地だったが、離れるにあたって何も感じないのが意外だった。
それから5年経った。
コックの修業は順調で、俺は大分腕を上げた。半勘当された身なので実家には戻らないが、年一回に連絡を入れるようにしていた。
ある日、母親から彼女が病気で倒れて入院した、お見舞いに来られないかとメールが来た。
俺は無視した。なんで他人のためにと。その後も連絡が来たのでタイトルだけ見て、忙しいので着信拒否した。
その頃、俺はシェフからの提案でシェフの修業時代の仲間がアメリカで働いているので研修に行かないかと話を受け、1か月間の研修に行かせてもらった。
帰国後、待っていたのは周囲からの非難だった。
彼女は亡くなったのだ。
彼女は徐々に力を失う難病に侵され、大学卒業くらいまでが山場だったらしい。大分前にそのことを知った彼女は残された人のことを思い、従姉妹に頼み、従姉妹の友人を偽彼氏にまつりあげ恋人の俺が苦しまぬよう嘘の理由で別れ、自分のやりたいことを一生懸命成し遂げた。一つを除いて・・・。
それが俺だ。病気で倒れ、病院に入院した彼女が最期に望んだのは
「俺に会いたい。直接謝って、自分の本当の想いを伝えたい」だった。
自分で振っておいて何を今更だろうと思うが、最期が近づき、後悔したらしい。彼の心を傷つけるかもしれないが、このまま嫌われていなくなりたくない!
気丈だった彼女は恥も外聞も忘れて頭を下げ、親に、友人に必死に頼み込んだ。彼に合わせてほしいと。誤解を解いて、良い思い出として終わりたいと。
だが、俺はその頃海外に行っていた。連絡を絶っていた。料理の道を反対されて以来、仲が険悪だった両親にはうまくやっていることしか一方的に話しておらず、場所を教えていなかった。故に連絡は着かず、真実を知らなかった。
結局、思い残すことないよう頑張ったはずの彼女は子供のように泣きながら、俺のことを最期まで呼び続け、こんな最期は嫌だと無念の顔で没したらしい。
後日、義理で顔を出した地元では彼女の両親も、俺の両親も、友人も、俺の知らない彼女の知人も揃って俺を泣きながらもしくは激怒して責めた。中には殴りかかってきた者もいた。
「どうして一目でもあってくれなかった」「彼女は苦しんでいた」「最期の時くらい何故許してやれない」「ひとでなし」などなど
それを言われても困る。原因は彼女だ。一方的に悪者扱いは勝手すぎるだろう?
俺は彼女によって傷つけられた心を守るために愛情を無関心に変えた。彼女の望み通り忘れて違う道を歩んだ。自分からその道を選ばせておいて、なぜ俺だけが責められる。俺のあの時の苦痛を誰ひとり理解しようとしなかったくせに。
最期だから今までのこともすべて忘れて、なかったことにしようというのは勝手すぎるだろう?そもそも俺とそんな彼女を引き合わせて想いとやらを告げられ遺され、またもや一方的に振りまわされる俺の気持ちを考えていたのか?
結局彼女が俺に遺したのは彼女に対し何も感じない死んだ心と、周囲からの憎悪や嫌悪とひとでなしのレッテルである。最期まで迷惑をかけた勝手な女だった。
そして俺はいつもの日常に戻った。
独り立ちしてしばらくしたある日。
その日、休みの俺は自宅で習慣になったいつも通りの時間に起床し、朝食を作り、リサーチという名の外で昼食を食べ、家に帰りがてら買い物をし、昼食で食べたメニューの再現に没頭した。
ラディッシュを刻み、マッシュルームをプロセッサーにかけ、厚切りの豚肉を弱火で温めているとつけっぱなしのテレビから音楽が流れた。ふと思いだす。高校入りたての時、彼女が好きだと言っていたアーティストの曲だ。
「この曲っていいよねー。きっと私たちが大人になってからも聞かれ続けるわね」
と言っていたあの時、すでに将来を見ていたのか、どういう思いで言っていたのだろうか。
少しノスタルジーになり考えた。あの日、彼女が真実を告げてくれれば、俺はどうしていただろう。泣きながらカノジョのことだけを思って生きたのだろうか?
いや今更か。今はもう終わったことじゃないか。俺は再び調理を進めた。
その日作ったメニューは少し塩加減を間違えた。