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第九話 立ち上がる 脅威

ボス部屋2度目の挑戦。

 慎重に開けた扉の先、ボス部屋の中央に()()はいた。

 その醜悪な外見を一目見ただけで背筋に汗が伝うのがわかった。

 あるはずのものを失っているソレに感じるのは強い不快感とプレッシャーだ。

 俺は思わず背中に背負うエリスに視線を送ると彼女と目があった。


「なぁエリス。あれ…見えるか?」


「えぇ、見えるわ。」


 どうやら俺の見間違いではないようでエリスにも見えている様だ。

 見間違いだったらどれほど良かっただろう。



「立ってるよな?」


「立ってるわね」


「何か言いたい事はあるか?」


「なにかって??」



 エリスは俺が何を言いたいのかイマイチわかっていないようで、顔に疑問符を浮かべている。

 あまりにも危機感のないその反応に俺は抑えていた言葉を吐き出してしまう。



「一応聞いとくけど、本当にアンデッドじゃないんだよな?」


「なによミロヤ、さっき散々説明したじゃない!結局あなたも他の人達と同じなのね!」



 俺の言葉に心外だと憤るエリス。

 先程はなんて事のない様子で話していたが、結構気にしていたらしい。

 その事は申し訳なく思うがコレはそう思われても仕方ないだろう。

 興奮するエリスに釣られて俺も思わず声が大きくなってしまう。



「じゃあお前、()()はどうなんだよ!!」


 俺は叫びながら指を指す。

 俺の指先にあるのはもちろん、さっきから部屋の中央に佇んでいるモノだ。

 その俺の言葉にエリスはさらに興奮する。



「そんな風に指を指さないでよ!アレは私の大事な…大事な下半身(からだ)なんだからね!!」



 言い合いをする俺とエリスの視線の先には、厚い板金の鎧その下半身部分だけが二つの足を地につけ立っていた。

 強い力で引き千切られた後を残す鎧の断面は赤黒くぬらぬらと光り、そこから上に20cmほど背骨だろう白い骨がゆらゆらと揺れていた。


 十人いたら九人はアレがアンデッド種の魔物である、と断言して誰も疑わないだろう。

 一人の方はもちろんエリスだ。



「やっぱりアンデッドじゃねーか!!」


「だから違うって言ってるじゃない!」


「うぐっ!?く、くるしい…」


 

 またしても行われたアンデッド発言に対し、俺の首に回した腕に力を込めて締めるエリス。

 上級騎士のジョブの筋力値はかなりのもので俺はロクな抵抗もできない。

 振り落としてしまいたいが重症を負っている(ように見える)相手にそんな事は出来ないため、腕をタップして許しを乞う。



「わ、わるかっ…た。すこ…しおどろいただけ、なんだ…もう、いわないよ…」


「わかればいいのよ」



 そう言うと力が緩まり肺に空気が戻る。

 それから息を整えると、改めてエリスに問いかける。



「で?あれは一体どういう状態なんだ?」


「えっ!?そんなの知らないわよ」


「なんだって?お前が何かしてるんじゃないのか?」



 自分の下半身が勝手に起き上がって自立しているのに知らないというエリス。

「うーん」、と悩んでいる彼女は本当にわからないようだ。



「わたしが自分の意思で動かしてるわけじゃない。んだけど…わたしの力で動いてる気もするわ」


「それってどんな感じなんだ?」


 自信なさげに答える彼女に俺はさらにつっこんで聞いていく。


「なんていうかね、うっすらと魔力で繋がっている感覚はあるの。それに地面に足をつけている感じも…だから動かそうと思ったんだけど、動かないのよね」


「って事はダンジョンで魔物化した訳じゃないんだな?」


「ええ、それは断言できるわ。アレは確かにまだわたしの身体よ」



 なんとも不思議な現象だがダンジョンは関係ないみたいだ。

 ならば答えは一つ、加護がなんらかの形で力を発揮しているんだろう。

 自分でコントロール出来ないのはまさに、といった感じだ。

 加護の事について今考えても仕方がないのでエリスにどうしたいかを聞いてみる。



「エリス。俺はどうすればいい?」

 

「そうね…以前腕が取れた時は傷口を合わせてしばらく放っておいたら問題なくくっ付いたわ。その時と同じようにして欲しいわね」


「ならまずは回収だな」



 結論が出た俺は刀を仕舞うとエリスの下半身に近づいていく。

 もうそろそろ手が届く…という距離に近づいた時に初めてソレに動きがあった。

 ふらふらと立っていたはずの下半身が俺たちから距離を取ったのだ。




「……おい。跳んだぞ」


「跳んだわね…」


 ピョンッ!


「『跳んだわね…』って…お前が動かしたわけじゃないのか?」

「わたしは何もしてないわ」


 ピョン!ピョンッ!


「本当か?」

「本当よ」



 俺は跳び退いた事について本当に動かせないのかと何度も確認をとる。

 そうしているのは一連の会話中、近づくたびに下半身は逃げるように距離を取ってきているからだ。



 近づいては離れてを何度も何度も繰り返している内に、ついにはこちらに尻を向けて走り出して行く。



「おい!走ってるぞ!?」


「そりゃ、足がついてるんだし走ることもあるわよ」


「お前の身体のことなのにどうしてお前は他人事なんだ…」



 呆れながらも俺はひょこひょこと背骨を揺らしながら走るエリスの下半身を追いかける。

 意外にも素早いその動きにエリスを背負いながらの俺は追いつけない。


「しかたない、<身体強化(フィジカルアップ)>を使うか…」


 このまま追いかけっこをしていても埒が明かないので俺は魔力を流すだけでなく身体強化の魔法を使うとタックルの要領でエリスの下半身に飛びかかった。

 一気に加速した俺は倒れ込む形になったがエリスの下半身を捕まえる事が出来た。

 バタバタともがき暴れる下半身を、抱きつくようにして必死で抑え込む。

 鎧の冷たさと飛び出た部分が顔に当たって痛いのを耐えていると、首筋をエリスにいきなり噛みつかれる。

 痛みから思わず手を離してしまった途端、俺の腹を蹴り付けて逃げ出していく下半身。



「痛ってぇ!なにすんだよ、折角捕まえたのに!」



 いきなりの蛮行に怒る俺に対しエリスは顔を背けながらこう言った。


「だって…アンタがわたしの、その…おしりに顔を押しつけてたから…つい」



 恥ずかしそうに言うエリスだったがやましい気持ちなど微塵も無かった俺としてはたまったものじゃない。

 掛ける言葉もつい鋭いものとなってしまう。



「そんな事考えてる場合じゃないだろ?下半身がなくなって、変な風に魔法で生やされても良いのか?」


「そうよね…ごめんなさい。ミロヤ」


「次は邪魔しないでくれよ」


「わかった…」



 自分でもやらかした自覚があるのか落ち込むエリスに「言いすぎたかな」と思うが、ひとまず逃げたエリスの下半身を追う事に集中する。

 先程と同じく飛びかかる俺に対しエリスの下半身は正対すると、なんと顔面に向かって蹴りを繰り出してきた!

 すんでのところでみをよじり躱して両手を使い受け身をとる。



「なんて鋭い蹴りだ…今のはかなり危なかったぞ」


 という俺の呟きに


「わたしはタンク役だからね、敵の攻撃を受け止める足腰はかなり自信あるのよ?それに捌くのに手が足りない時は脚も使うわ!」



 とエリスは自慢するように答えた。

 そういえば連携確認の時にゴブリンの首を蹴り折って殺していたのを思い出す。

 つまり、あの蹴りが当たれば魔法有りなら俺の方が少し身体能力が上回っているとはいえど、タダではすまないという事だ。


 予想以上の難敵の予感に唾を飲み込む。

 こちらは相手を傷つけるのが憚られるのに対して相手は全力で抵抗してくるのだ、やりづらい事この上ない。

 だが、やらなければならない。

 覚悟を決めた俺はボス戦に挑む心持ちで追いかけっこを再開するのだった。



 三十分後…


 俺は困り果てていた。

 一向に捉える気配がないまま、魔力が底を尽きかけていたからだ。

 強化系の魔法の効果時間はそれほど長くない、既に三回かけなおしてそれももうじき解けてしまうだろう。

 ダンジョンに潜って、不測の事態とはいえ半日休むことなく魔力を使用してきたのだ。

 いくら消費が少ない身体強化でも流石に限界だ。

 休息をとることで回復するといっても、それには少なくない時間がかかる。


 その間に何かが起きてエリスの身体が消化されてしまっては敵わない。

 なるべく早く勝負を決める必要がある。

 そのためにはあの小動物のように逃げ回り、馬のように強烈な脚力を持つアイツを捕まえる策が必要だ。


 だが、息を切らしている状態の俺の頭では幾ら考えても名案は浮かばない。

 そこで、俺の背中に未だしがみついたままのエリスに何か作戦がないかを尋ねてみる。



「はぁっ…はぁっ…!エリス…俺の体力なんだが悪いがもう限界だ。あまり動けそうにない…なにかあのじゃじゃ馬を捕まえられる案は無いか?」


「あるにはあるわよ」

 

「ほんとうか!?」



 エリスの方も背負われていただけではなかったようだ、作戦があるという。



「ただ、成功した時のことを考えるとあまり教えたくないわ」


「たのむ、そこをなんとか教えてくれないか?」



 何故か渋るエリスに頼み込む。

 しばしの逡巡のあと、エリスは考えた事について教えてくれた。


「あれはたぶん本能で動く動物と同じなのよ。ミロヤに怯えてるんだと思う。だから、その警戒を解かない限り捕まえられないわ」


「警戒を解く?どうやって?」


「言ったはずよ、動物と同じだって。敵意を見せず歩み寄りを待つのよ、こっちが怖くないとわかれば向こうから来てくれるわ」


「なるほど、やってみる価値はありそうだ」




 言うのが早いか、俺はポーチからクッション代わりの寝袋を取り出して地面に敷く。

 そこにエリスを下ろし横たえると早速着ている革鎧を外していく。

 下半身に視覚や嗅覚など無いはずだが、こちらを感知しているのは確かな事で、魔獣の革で作られた鎧の匂いに反応するかもしれないからだ。

 それに、無防備な姿を見せるという目的もある。



 鎧を外して服だけの姿になった俺は一歩だけ近づくと跪いて両手をエリスの下半身に向けて広げるとジッと瞬ぎせず待つ。

 実家で初めて飼うことになった犬に対して、こうやって仲良くなったのを思い出したのだ。



 近づいた時少し逃げるそぶりを見せたが、逃げたりはせずに立ち止まっている。



 逸る気持ちを抑えて待つこと数分…ようやく動きがあった。

 ゆっくり、一歩ずつ確実にエリスの半身がこちらへと歩み寄って来たのだ。

 その姿は飼っていた犬、タローの出会った頃の様子にそっくりだった。

 ピンと張った背骨は耳、激しい動きで溢れた千切れた腸は尻尾のように揺れている。


 言葉にすると最悪だが、タローを思い出したせいか俺にはそのように見えて愛らしく感じてしまった。


 やがて、半身は俺の目の前に来ると恐る恐ると言った感じで俺の腕の中へと入ってくる。

 それを優しく抱き留め、安心させるように背を撫でる俺。

 その様子を見つめるエリスは泣きそうな顔をしている、きっと感動しているのだろう。

 その光景はエリスの半身が大人しくなり、動かなくなるまでの十数分間続いたのだった。




 跪き抱き締める俺、直立している半身。

 当然下半身に背中などはない。

 ならば位置関係を含めて考えればその絵面がどんなものでどんな事をしているのだろうか想像がつくだろう。


 感動している俺、泣きそうなエリス。

 絵面を考えたら当然の事だろう。


 だが、俺はそんな事にはついに気付くことはなかった。

 きっと俺も普通ではありえない事の連続で疲れていたのだろう。















 こうして、ボス部屋でのエリスの下半身逃亡劇は感動によって締めくくられるのであった。




 少なくとも俺の中では…だが。


はい、お待たせしました。

この作品に限らずどんな作品においても主人公がヒロインを抱き締めてヒロインが泣きそうな顔をする。 

ありきたりですが感動的な良いシーンですよね。

一度やってみたかったんです。

書きたかったシーンを一つ書くことができました。

楽しんでいただけたら幸いです。


感動の一幕を終え、次回ついに脱出回です。

長かった初回探索終了となります。


次回「第十話 これからも一緒に」 お楽しみに。



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