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第十二話 新人冒険者

今回は回想回です。


ミロヤくんと追放。


その最初のお話です。


 

「英雄の加護持ちの黒髪の冒険者ってあなたであってる?」



 ヴァナリール大陸において数多のダンジョンが集まる聖地ローグランド。

 大陸より遥か東の島国から船を使ってローグランドに渡ってきたものの、肝心のダンジョンは一人では入れないと言われて早数日。

 冒険者ギルドであてもなく呆けていた俺に少女特有の高い声がかけられる。


 声のした方へと視線を向けると黄色がかった橙色の髪を肩口で切りそろえたローブ姿の少女と、見るからに安物だろう鉄製の槍を背負った茶髪の勝気そうな少年が立っていた。

 年齢は…俺と同じ十六歳くらいだろうか。

 という事は二人とも俺と同じように冒険者になりたてなのだろう。


 少女の右手には一枚の紙きれが握られているのを見るに、先日からかけた勧誘待ちの募集文だろうとあたりをつける。




「そこに書いてある名前が、加護持ちの、佐間弥芦弥なら俺のことだ、パーティー勧誘か?」



 実家にいるときに家庭教師から大陸語は習っていたものの、実際に話すのにはまだ慣れていない。そんな覚えたての大陸の言葉をたどたどしく扱って要件を聞く。

 変な伝わり方をしていないか不安になる。




「ほら!やっぱりこの人じゃない!」



「ケッ、こんな弱そうな奴が英雄サマの卵なのかよ。なぁレイナ、やっぱりやめにしようぜ?」



「あんただって大して強くないくせに人の事よく言うわ」



 そんな不安をよそにレイナと呼ばれた少女と少年は盛り上がる。

 反応を見る限り、俺の勧誘に乗り気なのは少女の方で少年は仕方なく、といった印象を受ける。




「あー、レイナさん。勧誘に来たなら、話を聞きたい」



 このまま放っておくと話が全く進まないような気がしたので、俺は少々強引に割って入る。

 すると少女はハッ、とした表情をつくった。


 …もしかしなくても、この一瞬で俺の存在を忘れてた…のか?




「そう!勧誘。勧誘をしに来たの!わたし達ミロヤくんの加護がど〜〜〜しても必要なのよ!」



「なるほど、加護が目当てか。正直者だな」



「も、もちろんミロヤくん自身にも期待して声をかけてるわ。ほんとうよ?」




 堂々と加護が目的です!と言った割に焦った様子を見せるレイナは嘘がつけない性格のようだ。

 コロコロと変わる表情が実に面白くて、思わず口角があがってしまう。




「あー!なんか馬鹿にされてる気がする!ザインもなんで笑ってんのよ!」



「だ、だってお前…ぷっ…ダメだろ、それは…くくっ」




 少年の名前はザインというらしい。

 彼はレイナの実にわざとらしい言い訳が笑いのツボに入ったようだ。

 頭をベシベシと叩かれてもその笑いは止まらない。


 それからひとしきり笑い倒された後、気を取り直したレイナは本格的に話を進め始める。




「ミロヤくん。わたし達は、出来るだけ早く故郷のみんなを守れるくらい強くなりたいの。その為にあなたの加護が必要なの」



 俺の目を見てきっぱりとそう言うレイナ。

 その瞳には先程のふざけた雰囲気はどこにもなかった。

 俺は姿勢を正して彼女の話を傾聴する。




 それから彼女はまだ成人を迎える前だという子供の身で、故郷を離れてこのローグランドへとやってきた理由を、俺にもわかるような簡単な言葉を選んでゆっくり説明をしてくれた。



 二人は遠く辺境にあるルーザという村で一緒に育った幼馴染みである事。


 ある日突然村のすぐそばの森にダンジョンが出現した事。


 そして、そのダンジョンは深度がCクラスとかなり深いらしい事。


 AからF、そして特級であるSを加えた七段階で表されるダンジョンでCクラスともなれば上級冒険者に片足を突っ込んでいる。





 そこまで聞けば理由はわかったようなものだ。

 人のいないダンジョンからは魔物が度々外界へとあふれ出てくる。


 辺境の村ともなれば頼れる冒険者や衛兵などいない、精々が村の男衆を寄せ集めた自警団くらいだ。


 そんな状況でダンジョンから出てきた魔物がどんなものであれ、一匹でも村を襲えばひとたまりもないだろう。


 事実、彼女の村は一度Cクラスの魔物『ハウリングウルフ』に襲撃され、隣町から冒険者を呼ぶ頃には少なくない犠牲が出たらしい。



 十歳の鑑定の儀で回復魔法の才能を見出されたレイナは、白枝教会の見習いシスターとして怪我を負った村人を治療したが、奮闘虚しく多くの村人が息を引き取ったという。



 その事件の後に村長は領主へと衛兵の派遣を嘆願するために、役所が設置されている隣町へと向かったが、人手不足と生まれたばかりのダンジョンゆえに大暴走(スタンピード)には猶予があるとして返答を保留されてしまったらしい。


 冒険者を呼ぶのはとにかく金がかかる、上級冒険者を呼ぶともなれば村の予算では持ってあと二年ほどでそれも難しくなるのだろう。



 そして、その時こそルーザ村の最期の時だ。




 だからこそ彼女達は、いつになるかわからない庇護者を待つのをやめて、自らの力で村を守ることを決意したという。



 通常、優秀な冒険者ほどその下積みは長い。

 その才能を活かすために安全マージンをとるからだ。

 Cクラスであれば五年はかかるとも言われている。



 話の途中でステータスの写しを見せてもらったが、白魔法師であるレイナと槍術士であるザインの能力は年齢にしては高い水準だった。

 ギルドからも「四年もすれば求めている強さに追いつくだろう」と言われたという。



 だが、それではダメなのだ。



 四年では遅すぎる。

 彼女達には圧倒的に時間が足りなかった。



 急成長するには並の困難では足りない、容易く越えられる壁など足枷に過ぎない。



 そう結論づけたレイナ達が目をつけたのが…



「英雄の加護、ってワケだな」



 数十分に及んだレイナの物語りをザインが得意げに締めくくる。

 対面に座るレイナは語っている最中に悔しさを思い出したのか杖を握る手に力が入っている。



 彼女達の思いはわかった。

 強くなりたいという目的も自身と一致している。

 だからこそ、最後に聞かなければいけないことが一つあった。

 二人の目を順に見つめゆっくりと言葉を吐き出す。




「レイナさん達の目的は、わかった。だから一つだけ、聞くよ。死ぬ事は怖いか?」




 俺の質問を受けた二人の、息を飲む音が聞こえた。

 返答は、ない。

 真剣な表情で悩む二人の言葉を待つ。

 この二人の逡巡の間に、俺は好感と少しの安堵を抱いた。

 ここで「怖くない」などと即答されたら俺はこの勧誘を断ろうと考えていたからだ。



『恐怖を感じない愚か者ではなく、克服しようとする者こそ英雄たる資格がある』



 これは俺が英雄の加護をもって生まれたとわかった時に年嵩のいった神官から言われた言葉だ。





 かつて恵まれた体格と才能を持って蛮勇を誇ったベオウルフという英雄がいた。

 その蛮勇ぶりは凄まじく、ドラゴンとの戦いの最中でさえその顔には笑みが浮かんでいたという。

 それをみた人々は『人外の魔王なにするものぞ、ベオウルフに恐れるものなし』として魔王討伐の旅へと送り出した。


 旅の伴として従者を一人連れて旅立った彼は、竜鱗を素手で引きちぎるほどの腕力で振るう剛剣と、自らを顧みない捨身の攻撃をもって魔王へと至る茨の道を文字通りに斬り開いて進んでいった。


 強大な敵を討ち倒す報告は次々に街へと伝わり、喜ぶ民衆は『彼こそが魔王を討ち倒す者なり』と口を揃えてその活躍を讃えた。


 そうして数多の戦果を挙げたベオウルフはついに魔王の眼前まで辿り着いたのだった。

 英雄ベオウルフが次に帰るときは平和と共に、誰もがそう思っていた。



 しかし、誰もが期待した英雄の凱旋はならなかった。



 魔王の居城から帰ったのは憔悴した従者の男と、首だけのベオウルフだった。


 帰還した男は魔王とベオウルフの一幕を語ったが…それは人々を大いに驚かせることになった。


 ドラゴンのブレスに身を焼かれても、魔族の槍に身を貫かれても、止まる事を知らなかったベオウルフは、たった一度魔王と剣を交えただけでその戦意を失ってしまったのだという。


 少なくとも打ち合いは互角、従者の目にはそう映った。

 だが、ベオウルフは次の魔王の一太刀をかわさなかった、かわせなかった。


 生まれて初めて感じる恐怖に足が竦み動けなかったのだ。




 かつて英雄と呼ばれた男の故事を滔々と語る神官の話は子供ながらに心に響いたのだ。




 だから、これは必要な問いかけだったのだ。

 俺は俺の仲間に、ベオウルフのようになって欲しくはなかったのだ。


 .

「すぅー…はぁ…」



 そんな事を思い返していると、覚悟が決まったのかレイナが深呼吸をする。



「ごめんね、待たせて」



 と、待たせた事に謝罪入れる彼女に俺は頷きを持って続きを促す。



「それでね、質問の答えなんだけど……怖いよ、やっぱり。死んじゃったらもう、大好きな皆に会えないし、それに…きっとすごく苦しいと思うんだ。でも…それは大好きな人達も同じだとおもう、わたしは皆にそんな思いをして欲しくない。だから怖くても戦ってみせるよ」




 レイナの言葉は、ゆっくりと、力強く響く覚悟を感じた。

 俺のこんな突拍子もない問いかけに真剣に向き合ってくれたことに感謝する。


「ありがとう、次はザイン。君の番だ」


 最後はザインの番だ。

 レイナは合格したが、彼はどうなのかわからない。彼が愚か者であればその時点でこの話はなかった事になる。

 自然と彼を見る目線に力が入った。


 俺の視線を受ける彼はレイナとは違い動揺は少なかった、それどころかレイナの覚悟を聞いた今、より明確に決意した様子が見られた。




「オレの答えは決まってる。オレはオレの大切なものを守る為に村を出たんだ。たしかに死ぬのはメチャクチャ嫌だけどよ、それでもソイツの為に死ぬんなら後悔はない。村を出るときにその程度の覚悟は決めたつもりだ」




 そう言い切ったザインの視線は隣に座る少女へと注がれていた。

 その口ぶりは彼が本当に死んだとしても決して後悔をしない、そう思わせるような意思を感じさせるものだった。



 二人の覚悟、そして思い。

 それらを受け取った俺は、改めて二人に切り出す。



「二人の考えは、よくわかった。こんな俺で、良ければ、仲間に入れてくれないか?」




 是非もない申し出であったことは間違いなく、そんな二人に対して試すような事をしたのは俺のわがままだ、頭を下げて頼み込む。

 顔を見ることはできないがレイナとザインの間にほっ、とした雰囲気が漂うのがわかった。




「ふふっ、先にお願いしたのはこっちなのに断るわけにはいかないわね。これからよろしくね、ミロヤくん」



「ここまでオレに言わせたんだ、お前がしょーもないヤツだと分かったらすぐにパーティーを抜けてもらうぜ?」




 頭を下げる俺に二人からかけられのは、言葉は違えど俺のパーティー加入を認めるというものだった。



「ありがとう。期待に応えられるよう、頑張るさ」



 動きの悪い表情筋を総動員して笑みを形作りレイナへとギルドカードを手渡す。


 レイナはすんなりギルドカードを受け取ったがきょとん、としている。

 何故俺がギルドカードを渡したのか疑問なのだろう。

 そんな反応をされると俺も事情を話すのが恥ずかしくなってしまう。

 無言の俺と疑問符を浮かべる少女で見つめ合うこと数十秒、何かに気づいたザインが笑い出す。




「お、お前…まさか…ブフッ!文字が…ハハハ!」



「この大陸に来て、日が浅いんだ。笑うなよ、ザイン」




 このやりとりを見てレイナも得心がいったのか優しい顔をして頬を赤く染める俺を見つめた。



「そういうことなのね、ミロヤくん。大丈夫!ザインは無理だけど、宿で待っててくれてる仲間に教えるのが上手な人がいるわ!きっとすぐに書けるようになるわよ!」



「…『穴があったら入りたい』」




 文字の書けない俺を慰めるレイナの口調は母親のようで、それが更に俺を顔に火が付くような気持ちにさせた。



 思わず極東の諺を俯きながら呟く俺をザインが笑い、それを頭を叩いて窘めるレイナ。






 それが俺とザイン達、「流れ星たち(シューティングスター)」との一番最初の思い出だった。

今回はザイン達との出会いで終わりました。


次回も彼等とミロヤくんの間に出来た溝。

そのお話が続きます。


それでは次回、「第十三話 ありふれた結末」


お楽しみください。



感想評価、レビューをお待ちしております。


更新頻度の維持、モチベーションの為どうかよろしくお願い致します。

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