第十一話 死神ザマー
薄味すぎますがこの物語は追放物語です。
「あぁ、冒険者さん。お戻りになった…んですね…」
エリスを背負い、地上へと戻る俺を待っていたのはギョッとした顔の若い衛兵隊員だった。
彼は入場の時と同じ衛兵だ、きっとこんな時間まで俺達が戻らないことを訝しんでいたに違いない。
それもそうだろう、中級に足を踏み入れている冒険者がこんな五層しかない新人向けのダンジョンに入ったと思えば夜になるまで出てこない。
出てきたと思えば血塗れでボロボロの金属鎧を身につけた相方を背負っているのだ、治安を維持する衛兵は何か異常事態を疑って然るべきだ。
「あー、これは何というか…とりあえずコレを読んでくれないか」
ひとまず彼を安心させるために俺はポーチから一枚の紙を取り出して彼に手渡す。
「では、失礼しますね。これは…ステータスの鑑定書ですか?」
「あぁ、それを見れば中で何があったのか想像がつくと思う。一応脅威は排除してあると言っておくよ」
ステータス鑑定書の確認をしている衛兵に雑ではあるが最低限の報告を付け加える。
衛兵という仕事に就いているエリートならばこれで全部伝わるはずだ。
「ふむ…あぁ、英雄の!でしたら問題ありません。無事、といえるかは分かりませんがご帰還を嬉しく思います」
「はは、ありがとう。実のところ信じて貰えるかヒヤヒヤしてたんだ、酒場の時間に間に合わないんじゃ連れが怒るもんでね」
年若い衛兵だったので心配していたが、彼も冒険者が虚偽の報告をする事のデメリットをわかっていてくれたらしい。
ならばそのまま帰れるだろうと思った俺は、冗談まじりに早く帰して欲しいことを伝える。
「冒険者さんの言葉なら信じますよ、嘘なんかついたら大変でしょうから。では入場札を返却してください、それで晩酌には間に合うはずですよ」
「こういう時は首輪付きも良いもんだな、飼い主の信用サマサマって感じで」
「…それでは、お気をつけてお帰りください」
そう言いながら入場札を衛兵に返してその場を後にする俺たち。
エリスにあてられて俺も口が回るようになったのだ。
そんな事を考えながら衛兵から離れていくとエリスに耳を引っ張られた。
「アンタほんとーに口が下手くそね。『首輪付き』って言った時の衛兵の顔見た?」
「俺たちの事だから良いんじゃないのか?」
自分で言うのもなんだが、今回はうまく切り返せたんじゃないかと思ったのでなにがまずかったのかがわからない。
そんな顔をしているとエリスからは見えてもいない筈なのにより強く耳を引っ張られる。
魔力で身体の強化していないから普通に痛い、千切れそうだ。
エリスの手首を掴んで引き離そうとすると彼女はより力を込めてくる。
「いい?『首輪付き』っていうのは正に衛兵の事じゃない。私たちなんかよりも断然強いのに自分から進んで領主に仕えているのよ?妬んだ冒険者くずれに陰で犬だなんだ言われてるの知らないの?」
「!?……それは知らなかった。俺は彼等のその在り方には敬意を持っているから、そんな事考えたこともなかったよ」
指摘を受けた俺は認識の違いに気づく。
彼女の言う通り、衛兵達はみな俺たち中級冒険者より強い。
その地の権力者によって雇われ治安を守る役割を持つ彼等は時として武力を以ってその場を鎮圧する事が仕事である。
魔物を容易に殺傷できる力を持つ冒険者で溢れるこのローグランドでもそれは例外ではない。
そんな輩を取り抑える衛兵隊は強者揃いで有名だ。
強力なスキルと拘束魔法を扱ううえに、素のステータスも非常に高く、その多くが上級の冒険者に匹敵するほどだ。
そんな力を持つ彼等はダンジョンには潜る事に制限がかけられている。
『ダンジョンとは世界の共有財産であり、資源なので個人が所有しているものではない』とかなんとかで国軍の一部である人間が主導して迷宮を攻略することは禁じられているからだ。
好きなように生きる力を持っている。
それでも、社会のために自分を犠牲にする。
それがいかに難しい事なのか、俺は未だ子供ながらにわかっているつもりだ。
俺にとって衛兵は尊敬できる対象だったのだ。
だが、エリスが言うには冒険者にとって衛兵は「力を持っているのにその力を自分の為に使わない馬鹿な奴ら」と言われているらしい。
「まぁそんなこと言うのは有象無象の雑魚冒険者だけど、そういう雑魚が多いのも現実なのよね〜」
だからこそ彼等の前で人を飼われた動物に例える言葉は冗談でもしてはいけないらしい。
「ま、今回はわたしがボロ雑巾で?どう考えても自分達のことだってわかるから相手も気分悪くしなかったけどね。次は気をつけなさい」
「わかった、十分に気をつけておくよ。俺も普段はこんな事言わないんだけどな、新しい自分にびっくりしてるよ」
「アンタ友達すくなそうだもんね」
言い返したいところだが友達が少ないのは事実だ、ユーリくらいしかいない。
それに彼女に口で勝てないのはわかっているので、仕方なく失礼な事を言うエリスを無視して酒場へと向かい大通りの喧騒を進んでいく。
帰還する冒険者や仕事終わりの職人へと次々に呼び込みをかける商人達によって大通りはこれからが本番だと言わんばかりに賑わっていた。
「そこのローブのお兄さん!魔術師なら魔力回復のポーションはどうだい?ダンジョン探索がグッと楽になるよ!」
「魔力回復のポーション?あんなクソまずいもんそうそう飲まねぇよ、ポーチにゃそれこそ腐る程あるぜ?」
そんなやりとりが聞こえてきたのはーーー看板に七羽のカラスと宝物が描かれている道具屋ーーーセブンレイヴンズの前を通りがかった時だった。
気になって覗いてみると、カウンターに置かれた商品の前で店員から杖を持った魔法職の男が売り込みをかけられている場面が見えた。
「甘いね、お兄さん。このポーションより甘いよ!これはね、あのマクダナウの新作ポーションだよ、在庫はここにあるだけさ!」
「なに!?美食家のか!なら一本、いや、1ダースくれ!!幾らだ!?」
「ポーション一本銀貨2枚!今なら1ダース銀板2枚と銀貨4枚のところを銀板2枚にしとくよ!」
「銀板2枚だな?買った!!」
「まいどあり!『七羽のカラスと十一の指輪』はいつでもアンタを待ってるよ!」
値下げ交渉もない景気の良いやり取りの後、受け取った商品をポーチに入れた冒険者が店を出て行った。
マクダナウの魔力回復ポーションといえばエリスが飲んでいたアレだろう。
正直買いたい、が、エリスとは酒場へと向かう約束だ。
『お客様に適正価格でいつまでも』がモットーのセブンレイヴンズはその看板に偽りなく7時から23時まで営業をしているのだが…今は21時を過ぎている。
酒場で飲んだ後に向かってもおそらく店は営業時間外だろう。
仕方ない、今日は諦めて明日の朝一に買いに行こう。在庫が残ってるといいんだが…
納得してはいるがガッカリした気分の俺に背後から声がかかる。
「はぁ…それくらい待つわよ。わたしのことは気にせず買ってきなさい、店の脇で下ろしてくれればそれでいいわ」
「本当か!?すまん、助かる。在庫はあるだけと言っていたからな、正直気が気じゃなかったんだ」
言うが早いか、エリスから許可を貰った俺は通行の邪魔にならないよう店の壁に寄せてエリスを下ろすと足早に入店する。
「はい、いらっしゃい!そんなに焦らないでも23時まではカラスの魔法は解けないよ!」
俺の入店に気がついた店員がはやくも話しかけてくる。
「すまないが連れを外で待たせてるんだ、急ぎなのは許してくれ。それより新作のポーションがあると聞いた、在庫はあとどれくらい残ってる?」
「おや、お客さん耳が早いね!マクダナウの魔力回復ポーションは残り2ダースと少々って感じかな。次の入荷はいつになることやら」
在庫を確認すると残り2ダースしかなかったようだ、おまけに入荷は未定だという。
これは朝に買いに行ったところで取り扱いなどなかっただろう。
「なら2ダース全部くれ、いくらだ?現金はある」
新しい仲間の気遣いに感謝した俺は全部買うことにした。
エリスに分けるのと手早く終わらせるためだ。
「気前がいいお客さんは大好きだよ!2ダースで銀板4枚と銀貨8枚のところ銀板4枚でどうだい?」
「なら、銀板5枚渡すから残りのバラ売りも一緒に売ってくれ」
そう言って財布から銀板を5枚渡す。
銀板5枚…故郷の貨幣に換算すると五十万エインという大金だが命に関わるものだ。出し惜しみはしない。
「まいどあり!七羽のカラスと十一の指輪はあなたをいつでも待ってるよ!」
店員から2ダースと4本のポーションを受け取って瓶が割れないように慎重にポーチにしまいこむ。
ポーチの中は空間魔法によって揺れることがないとはいえ、しまうときに割れないとは限らないからだ。
箱詰めを先に入れて最後に4本をいれ、店外で待つエリスの元へ向かう。
すると、エリスと3人組の冒険者がなにやら会話をしているところだった。
だが話しているエリスはうんざりしたような顔をしている、絡まれているのだろうか。
「エリス!待たせたな。すまない、連れは今疲れてるんだ…」
助け舟を出すために会話に割り込んだ俺の声は、最後はしぼんだものになってしまった。
エリスに話しかけている三人組の一人、槍を背負った茶髪の男の顔に見覚えがあったからだ。
そして、その記憶とは決していいものではなかったからでもある。
「おいおい、誰かと思えば『死神』じゃねぇか。この娘の言ってたツレってテメェの事かよ」
「ザイン…」
目の前の男の名前を口に出すがその先が出てこない。あれだけ回ったはずの口がうまく開かない。
「コイツさっきから『俺が守ってやる』ってしつこいのよね、わたしは『必要ない』って言ってるんだけど聞く耳持たなくてうんざりしてるのよ」
「そりゃそうだろ。血塗れでぶっ壊れた鎧着てる女の子が『ツレが買い物してるからって』こんなところで放置されてんだ。その相方はろくでなしに決まってらぁよ。まさか出てくるのが死神だとは俺も驚きだぜ」
「それは違う!」そう声に出せたらどれだけ楽だろうか。
だが、その嘲りの言葉に俺は返す言葉を持っていなかった。
「ミロヤ、コイツと知り合いなんでしょ?なんとかしてくれない?」
黙っている俺の様子を訝しんでエリスがなんとかしてくれと声をかけてくる。
だが、俺が声を出す前にザインが割って入る。
「お嬢さん、俺とコイツは知り合いなんてもんじゃねぇぞ。元パーティーメンバーっつう素晴らしい関係だったんだよ。なあ?ザマーさんよ」
俺を死神と呼ぶこの男。
ザイン・ポヤロ。
この男とは66回繰り返したパーティー加入。そのうちの一人だ。
そして俺を追放した張本人でもある。
彼には言いたいことが沢山ある。
が、彼の頬についた大きな傷痕を見ると声が出ないのだ。
「だんまりかよ…テメェ、まだ冒険者なんかやってんのかよ!話には聞いちゃいたが実際に見るとハラワタが煮えくりかえりそうだぜ!」
黙っている俺が面白くないのかザインがイライラした口調で煽る。
ここまで言われて言い返さなければ冒険者としてやっていけないとエリスに思われても仕方がない。
何か言い返さなければ…
「ザイン…俺は…悪いとは思ってる。レイナの事を思えばもっとはやく抜けるべきだった、そう…思う。だが、俺がそれを望んでやった事じゃないのはわかってくれないか…」
出てきたのは歯切れの悪い謝罪の言葉。
その言葉はザインの苛立ちに油を注いでしまう。
「テメェ…マジに死にてぇのか…!?そう言って次はその娘を殺すんだろ…!!仲間の血を啜って、そうやってお前は強くなるんだからなぁ!」
そういって怒りを露わにするザインは背負った槍を抜き、その穂先を俺の喉元に突きつけた。
「落ち着けザイン!街中でそれはマズイ!」
「落ち着いてリーダー!通報されちゃったらリーダーが捕まっちゃうよ!」
ザインの漏れ出した殺気を見て、今まで黙っていた残りの二人ーーー騎士のトリントンと水魔術師のマキーーーがザインを宥める。
だが止める二人も俺に殺気を向けたことを止めているわけではない。
この二人も同じ気持ちなのだろう。
「えっと…どういう状況よこれ?わたしを殺す?どういうことなのミロヤ?」
街中で刃物を抜くこのただならない状況に取り残されたエリス、説明を求める彼女の言葉に反応したのはザインのパーティーメンバートリントンだった。
「エリスさん、この男はね。2年前僕たちのパーティーに在籍した際に大罪を犯したんです。言葉巧みに僕らを騙し、裏切り、仲間の一人であるヒーラーの少女を殺したんです」
トリントンが語るのは2年前に起きた事件、俺の一番最初に加入したパーティーでの出来事。
そして、俺が今まで受けた追放の中で一番の悪夢。
「違う!俺は騙してなんかいない!みんなを救おうとしたんだよ!!」
俺は思わず叫んでしまう。
「違わない!あなたのせいでレイナは死んだ!あなたがなんと言おうがこれは事実なんです!!」
間髪入れずに怒鳴るトリントン。
パーティーの緩衝材を務めていた温厚な彼の怒声にはたしかな憎しみが篭っていた。
「ミロヤ。あなたが殺したってほうとうなの?どういう事情があったのか、あなたの口から説明が欲しいわ…」
酷く優しい声色で俺に説明を求めるエリス。
ザイン達はなにも言わない。
ただその目に力を込めて俺に語る事を促す。
俺はまるで坂道を転げ落ちた気分だった。
こうなれば、全て話すしかないだろう。
出来ることなら話したくは無かった。
彼女となら辛くとも、楽しい冒険ができると思っていたからだ。
彼女はこの話を聞いた後も、以前と同じ笑顔を俺に向けられるだろうか?
不安が胸を覆う。
だが。
もう車輪は回り始めてしまったのだ、この先なにがあろうと、後は転がっていくのみだ。
出来ることならそれを彼女が受け止めてくれる事を願いながら俺は事の顛末を話し始める。
ザイン達との冒険、俺の罪、そして…いなくなってしまった彼女の事を。
はい、今回は元パーティーメンバーとの一悶着です。
ミロヤくんがパーティーをたらい回しにされるその始まりの理由が次回明らかになります。
2年前に遡る回想回となりますね!
では次回「第十二話 新人冒険者」
おたのしみに!
感想評価レビューがあったらとても喜びます!
多分裸踊りさえするでしょう!




