オウカ 対 おバカなラリー
連続投稿で完結までまいります。
「マイ様っ」
すぐ横で、ナミがわたしを呼びながら体をくっつけてきたようだけど、恐怖に支配されているわたしに、それを認識する余裕はまったくない。
「いたたっ!」
その瞬間、おバカなラリーの悲鳴が耳をおおった。
いつの間にか瞼を閉じていたみたい。おそるおそるそれをひらけると、おバカなラリーが痛そうな表情で悲鳴をあげている。しかもその両腕がねじりあげられているじゃない。
「なななな、なにを、なにをする?はなせっ」
「きみがわたしの許嫁と友人に暴力をふるおうとされていたので、わたしはそれをとめようたしただけだ」
オウカ……。
かれがあらわれて、おバカなラリーの両腕をねじり上げている。
「な、なんだと?って、いたい。はなせってば。こいつらが、男爵子息のおれに無礼なことをするから、礼儀を教えてやろうとしただけだ」
おバカはどこまでいってもおバカなのね。
オウカの顔をみた瞬間、不思議なことに恐怖心がふっ飛んでしまった。
「ああ、きみがマイの?ならば、礼をいわねばならないな。きみが婚約を破棄してくれたおかげで、わたしは最高最愛の伴侶を得ることができたのだから。もっとも、きみがマイと結ばれることなどなかったがね」
「おい、なにをいってる?てか、貴様はだれだ?」
オウカの手から解放されたおバカなラリーは、つかまれていた腕をさすっている。
「これは失礼。わたしはオウカ・カミオー。マイの許嫁だ」
「マイの?」
ラリーはセリルと顔を見合わせた。それから、オウカへと視線を向けた。
そのいやらしい顔に、いやらしい笑みが浮かんだ。
「ああ、人質だった泣き虫の獣人だろう?こっそり忍び込んで見物しにいったものだ。石礫を投げたら、ビービーと泣いたよな」
それから、大笑いした。
ほんと、最低なやつ。
「マイは生贄として獣人国に捧げられたみたいなことをきいていたが、許嫁とはな。まぁ、「氷の女」と野獣だったらお似合いだ。なぁ、セリル?」
「え、ええ……」
わたしのことはともかく、オウカのことをなにもしらないのに、ひどいことをいうラリーに、心の底から腹が立った。
ひっかいてやりたい。そんな衝動がわいてしまった。
そのとき、セリルがオウカに興味津々でチラチラみていることに気がついた。
かっこかわいいのに毅然としたふるまいをするオウカに、彼女の男好きの本性がムクムクとわいてきているのにちがいない。
彼女は、おバカなラリーに心底ご執心というわけじゃないはず。弱みを握られているとかかしら?とにかく、この二人が「愛し合っていて」という理由でくっついているような気はしない。
セリルは、ラリーが使えないって判断したらさっさと切り捨てるはずよ。あるいは、ほかに使える人がでてきたら、そっちにのりかえるにちがいない。
それなのに、おバカなラリーは呑気にオウカをバカにしている。
どっちもどっちなんでしょうけど、こういう男女の関係っていやらしいわよね。
わたし?そうね。セリルがオウカに色目を使っているのはいい気はしない。
嫉妬?この気持ちがそうなんだったら、こんな気持ちを抱く自分にびっくりだわ。
「わたしのことを悪くいうのはかまわない。だが、マイのことをとやかくいうのはやめろ。きみにマイのことをいう資格はないんだからね。本来なら、侮辱されたとして、こいつできみを八つ裂きにしてもいいんだが……」
オウカは冷ややかな笑みを浮かべた。左腰の剣をやさしくなでる。
その瞬間、オウカからおそろしいまでのなにかが発せられた。威圧的な敵意、というのかしら。
「だが、今日は王位継承前夜の舞踏会。その直前にきみの血で王宮を穢すわけにはいかないからね。それに、きみのその腰の剣はお飾りだろうから、一方的に八つ裂きにしてしまったら、きみの婚約者に「だから獣人は野蛮だ」と、あることないこと尾ひれをつけてふれまわられてしまう。そうなれば、マイに肩身の狭い思いをさせてしまうだろう。というわけで、いまはやめておこう」
発せられた声は、これまでとはうってかわった凄みがある。
おバカなラリーは、すっかり怖気づいてじりじりと後ずさりしはじめている。
かたまっているセリルをほったらかしにして。
「マイ、申し訳なかった。きみに不快な思いをさせてしまったことを心からお詫び申し上げる。ナミ、カッツ、いこう」
「よろしいのですか、オウカ様?なんなら、わたしが……」
ひっそりと控えていたカッツが、小声で尋ねた。
「放っておけ。マイには悪いが、剣や牙を穢すほどの男ではない。それに、報いはいずれいやでも償うことになるだろう」
「はっ」
謎めいたやりとりの最中でも、わたしはオウカの顔から目をはなすことができないでいる。
かれの国の軍の正装姿。それがまた、かっこかわいいかれの顔に意外にもマッチしている。
やだ……。
ドキドキとキュンキュンがとまらない。
さっきまで怖くってたまらなかったのに、いまはもうこんな気持ちになっているなんて。
わたしも強くなったのかしら?
さしだされたかれの腕に自分のそれを絡め、わたしたちは第三の門をくぐって王宮へとむかった。
おバカなラリーとセリルを残して……。
「おまえ、まさかかみついたりしなかっただろうな?」
「まさか。怒鳴っただけよ。だいいち、わたしがかみついたらどうなるか、あなたが一番よくわかっているでしょう?」
うしろからナミとカッツの会話がきこえてくる。
ナミのおかげで、わたしはおバカなラリーと対峙できた。彼女がわたしのそばにいてくれたから、わたしはあそこに立っていられた。
そうでなきゃ、きっとあの場にいられなかった。すぐにでも逃げだしたはず。
「マイ、大丈夫かい?わたしがまたせたせいだね。本当にすまなかった」
オウカはわたしの歩調にあわせてくれている。かれのほうをみると、かれもわたしをみた。
わずかに首を左右にふると、かれはさきほどとはうってかわってかっこかわいい顔に人懐こい笑みを浮かべた。
「舞踏会がはじまるまえに、今夜の主役である第一皇子に謁見することになっているんだ。もちろん、きみもだ。着替える部屋は準備してくれている。カッツがむかえにいくから、あとで謁見の部屋で会おう」
かすかにうなずいて、かれに了承を伝えた。
「まぁ、お姉様」
舞踏会用のドレスに着替え、ナミと謁見の部屋にゆくと、その部屋のまえで妹が控えていた。
どうやら、妹夫婦も謁見をするみたい。
そうだったわ。義弟は国王になる第一皇子の弟なんですもの。当然のことよね。
それにしても、野心的な義弟が国王の座を狙っているなんて噂があったけど、妹も自分の夫が国王の座につくことにずいぶんと興味があったみたい。
とりあえずは、これでその夢も費えたと言ってもいいのかしら。
だって、次期国王はまだ若い。しかも、ほかの兄弟同様軍の中核をになっているときいている。だから、病で伏せって病死なんていうようなこともないでしょう。
もっとも、暗殺とか怪我をするとかなら話は別だけど。
それはともかく、ひさしぶりに会う妹は、あいかわらず美しい。
いまも、きらびやかな衣裳に身を包み、王室付きの執事の一人と談笑している。
「お姉様、生きていらっしゃったのね。てっきり、獣人に食べられちゃったかと思ったわ」
美しい顔と心はまったく別物だということを、わたしは彼女をみてよくしっている。
その美しい顔からでてくる心ない言葉は、まさしく彼女の心の投影ってわけ。
それがひさしぶりに会う姉にたいしていう言葉なの?
こうして、妹は自分の気に入らない人を傷つけている。
「まったくもう。まちくたびれたわ。きっと、わたしの夫もなかで待ちくたびれているでしょう。時間がないの。はやくなかに入りましょう」
彼女のいう夫というのは、第三皇子でありわたしの義理の弟。
待ちくたびれているとしたら、あなたの夫ではなく次期国王、いえ、事実上国王じゃないのかしら。
「はやくなさってください。「氷の女」は、不愛想なだけじゃなくとろいんだから」
妹は、わたしがこうである事情をしっている。それでも、それを自分に有利になるよううまく利用している。それは、わたしたちが子どものときからずっとかわらない。
わたしのうしろで、カッツとナミが息をのんだのが感じられた。
さっきのおバカなラリーのときみたいに、妹を叱り飛ばしかねない。
わたし的にはうれしいけど、さすがにここではひと悶着おきかねない。そうなれば、オウカに迷惑がかかってしまう。
首をわずかにひねり、落ち着くようかれらに合図を送った。
かれらも、オウカ同様わたしの心がわかる。だから、言葉や表情にだす必要はない。
妹が執事に合図を送ると、謁見の部屋の扉がひらかれた。
謁見の部屋というよりかは、謁見の間と思っていた。だから、正面に玉座があるかと思いきや、執務机があってソファーがあって、という本当に部屋だった。
そういえば、この部屋は王宮でも最奥部にあるんですものね。
謁見の間は、もっとおもてにちかいところにあるはずよね。
妹のうしろに隠れるようにして入っていくと、なかにいる人たち全員がさっと立ち上がった。
妹のワチャワチャと長い髪を編み込んだ頭の向こうにみえるのは、たぶん次期国王ね。
ご訪問いただいたばかりか第九話目をお読みいただき、誠にありがとうございます。
いたらぬ点が多々ございますが、十話目以降もご訪問いただけましたら幸いです。
あらためまして、心より感謝申し上げます。