おバカな元婚約者との再会
連続投稿で完結までまいります。
「え?母上もまいられるのですか?」
「当然でしょう?マイ様は、向こうで支度をするのです。お手伝いが必要です。それに、武骨なあなたたちだけでは、マイ様も不安でしょう。いいこと、あなたたち。いざというときには、マイ様を一番にお守りするのですよ。オウカ様は、ご自身のことはご自身で守れます。ですが……」
当日の朝、護衛役のナミの息子たちがわたしの部屋に挨拶にきてくれた。
「承知していますよ、母上。ですが、オウカ様からはまたちがう任務を仰せつかっております」
「母上、どうかご心配なく。剣でも素手でも、人間の中でオウカ様に勝てる者などいるわけはありません。あ、獣人のどんな一族の中でもか」
長兄のハルにつづいて、次兄のナツが笑った。
オウカって見た目とちがい、すごく強いらしい。剣をつかわせれば、軍のなかでも一番だっていうから、驚いてしまった。
「さぁ、あなたたち。間もなく出発よ」
ナミがかれらのお尻をたたくと、かれらはあわてて飛びだしていった。
オウカとナミとわたしは馬車に、その馬車の馭者はもちろんカッツが務めている。
五人兄弟はそれぞれの馬に騎乗し、わたしたちは出発した。
わたしの住んでいた世界に向かって……。
王都からオウカの宮殿まで馬車でいった際には、緊張と不安でたまらなかった。カッツが馭者台から声をかけてくれたりしてくれたけど、ずっとオウカに食べられるってことで頭がいっぱいで、心にあまり余裕がなかった。
オウカのところ、つまり、王都の人からすれば辺境の地にあたところは、じつは獣人の国との国境で、獣人国の土地であるにもかかわらず、わたしの国のほうが勝手に自分たちの土地だと主張をしているらしい。
とはいえ、昔から法を犯した貴族が流される土地だそうで、めったに人間がちかづくことはないし、人間のほとんどがその土地の存在すら知らないみたい。
それに、すこし前にオウカ自身がその土地を取り戻し、いま現在は獣人国の領土に戻ったとか。
いきとは違い、王都までの道中はすっごく愉しくて、全然長いって感じられなかった。
朝出発し、到着したのは夕方にはまだ早いころだった。
一応わたしたちは国賓なので、馬車はそのまま王宮へとむかった。
馬車の窓の外を流れてゆく王都の景色は、懐かしく愛おしいはずなのに、ちっともそんな気がしない。
それどころか、どこかよそよそしくって冷たい感じがする。
はやくかえりたい。はやくオウカの宮殿にもどりたい……。
どうしてこんな気持ちになるのかしら。
そのとき、わたしの膝の上におかれているわたしの左手をナミが、右手をオウカが、それぞれそっと握ってくれた。
ううん、大丈夫。いまのわたしには、こんなにすてきな許婚と友人たちがいるんですもの。
なにも怖れる必要なんてない。不安に思うことなんてない。
馬車は、王宮の立派な門でとめられたけど、すぐにまたはしりだした。
いくつもの庭園を通り抜け、いくつもの建築物のまえを通りすぎてゆく。
王宮のしきたりで、侯爵以下の貴族はいまとおった第一の門で馬車をおりなければならない。そこからあるいて宮殿にむかうわけ。侯爵は第二の門まで、王族は第三の門まで馬車に乗ることを許されている。
どうやらわたしたちは、国賓なので第三の門まで馬車でいけるみたい。
でも五兄弟は、馬から降りなければならない。だから、馬車はあるくかれらにあわせてゆっくりすすんでゆく。
わたしの緊張をすこしでもやわらげようと、オウカとナミ、馭者台のカッツ、それから馬車の外から五兄弟、つまり、みんな面白いことを話をしてくれる。
だいたいはオウカのドジっぷりなんだけど、そんなドジっぷりでさえかわいいものばかり。
思わず、笑おうとしたけど頬がひきつってしまっただけだった。
かれらとともにすごすようになって、だいぶんと表情をあらわせるようになった。鏡をみることができるようになったから、自分でもとっても驚いている。
以前は、無表情不愛想なわたしのことを、「氷の女」ってみんないっていた。
いわれることには慣れているはずだけど、やはり耳にはいったら悲しくなったものよ。
でも、もうそれもどうでもいい。
軽く頭をふってから、オウカに笑顔をみせようとがんばってみた。
以前にくらべて、口のまわりの筋肉っていうのかしら、とにかく、だいぶんと動くようになっているみたい。
「無理しなくてもいいんだよ。わたしにはわかっているのだから。でも、どんどんきみらしい表情になってきているね。きみと心から笑い合える日がくるのも、そう遠くはないはずだよ」
オウカはやさしい笑みとともに、手を伸ばしてわたしの頬をなでてくれた。
そのとき、馬車の窓に外に元婚約者のおバカなラリーがあらわれた。が、すぐに馬車は追い抜いてしまった。思わず、窓によって目立たない程度にそこからうしろをみてしまった。
おバカなラリーとかれの現在の婚約者のセリルがあるいている。おバカなラリーは、彼女の腕をそれっぽくとっている。
かれがわたしの腕や手をとってくれたことなんて一度もなかったけど。
セリルは侯爵家の子女だけど、おバカなラリーは男爵家の子息。だから、二人は第一の門で馬車をおりなければならない。
「マイ、すまないがこのあたりでまっていてくれないか。護衛のことでカッツとハルたちに話があるんだ」
第三の門のまえまでくるとオウカがそういったので、ナミと二人で馬車をおり、門前でまつことにした。
「おやおや、そこにいるのは元婚約者じゃないか」
背中に聞き覚えのある声があたった。
振り向くまでもない。このざらついた声は、元婚約者のおバカなラリーだわ。
ほんと、おバカはかわってないわね。現在の婚約者のまえで平気で「元婚約者」呼ばわりするなんて、セリルの気持ちをかんがえたことがあるのかしら。
もっとも、おバカなラリーは、だれの気持ちだってかんがえたことなどないはずだけど。
かれの頭のなかにあるのは、お金と地位のことだけ。
だから、相手の女性そのものはどうだっていいわけ。ようは、相手の女性の家柄がいいか悪いかってこと。
まだ時間がはやいこともあり、王宮へとむかう貴族はいない。どの貴族も、時間ぎりぎりにしかこないんだけど、おバカなラリーはいったいどうしたのかしら?
まぁ、わたしには関係ないんだけど。
「マイ、きこえなかったのか?チッ、あいかわらずの「氷の女」っぷりだな。無視しやがって。おまえのおかげで、時間と金を浪費してしまったっていうのに、頭を下げて詫びるくらいないのか?」
おバカすぎる。かれ、いったいなにをほざいているのかしら?
わたしがまだ背中を向けたまま無視しているものだから、おバカなラリーはさも自分がどれだけわたしに尽くし、お金を貢いだかっていうことをセリルにとくとくと説明している。
わたしはかれに、時間も金も浪費させなかった。さらには、尽くしてもらったことなど一度もなかった。
「ってかおまえ、こんなところでなにをやっているんだ?」
わたしがだんまりのままであることをわかっているのに、おバカなラリーは調子にのってきた。
とうとう、『おまえ』呼ばわり?
かれのほうに体を向け、かれとちゃんと向きあった。
頭髪も何百年前にすたれたスタイルで、髭もギラギラしているのはあいかわらずね。その横で、セリルが居心地悪そうにしている。
深窓の令嬢って噂の高い彼女だけど、家柄に群がってくる男どもをいいようにあつかっていることは有名な話だわ。
お似合いのカップルね。
「まさか、今夜の舞踏会に?きいたか、セリル?「氷の女」は、ひとりぼっちで舞踏会に参加するらしいぞ」
やっぱりおバカだわ。
ラリーの耳障りな笑い声は、静かな庭園に騒がしすぎる。
セリルの美しい顔に、冷笑が浮かんだ。
「無礼者っ!」
そのとき、ナミがぴしゃりといった。その声は、いままできいたことのないほど厳しくてするどいもの。
おバカなラリーもセリルも、一瞬、わけがわからなかったみたい。
二人とも、笑顔をはりつけたままポカンとしている。
「さあ、マイ様。こちらへ。このような者どもは、マイ様がお相手なさる必要はございません」
かれらのまえで腰に手をあて仁王立ちになっているナミが、こちらにふりかえったときには、いつもの慈愛に満ちた表情になっている。
「な、なんだと?おれは、男爵家の子息だぞ。このババアッ、無礼者はどっちだ?」
あらまあ。おバカでも虚勢の一つくらいははれるのね。
「マイ様、お召し物をかえねばなりませんのに、オウカ様はおそうございますね」
おバカなラリーの虚勢なんて、ナミにとってはそよ風程度にもならないらしい。
「こ、このババアッ!おいっマイ、おまえの連れだろうが。おまえ、おれに婚約を破棄されたからって、いったいなんの嫌がらせだ?」
真っ赤な顔をしたラリーが、すごい勢いでこっちに突進してきた。わたしをつかもうと腕を伸ばしてきた。
恐怖で体が硬直してしまった。
なぜだかわからないけど、頭と心のなかにおぼろげななにかがひろがっている。そのなにかが、わたしに恐怖をあたえている。
硬直だけじゃない。ぶるぶると体が震えだした。
顔は、真っ蒼になっているかもしれない。
これは、わたしが言葉を話せなくなった、あのとき味わったのとおなじ恐怖だわ。
ご訪問いただいたばかりか第八話目をお読みいただき、誠にありがとうございます。
いたらぬ点が多々ございますが、九話目以降もご訪問いただけましたら幸いです。
あらためまして、心より感謝申し上げます。