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7/12

わたしたち、再会だったのね

連続投稿で完結までまいります。

 すでにオウカは席についていて、わたしに気がつくと席を立ってでむかえてくれた。


 やっぱり、かれったらかっこかわいすぎる。

 

 またしてもキュンとして、そのあとから急速に心臓が高鳴りはじめた。


 かすかに柑橘系の香りのする紅茶に、あたためたミルクとハチミツをたっぷりいれてカップから口に含んだら、体中にしあわせがひろがってゆく。その紅茶といっしょにサンドイッチや甘さ控えめのケーキ、カットされたフルーツをいただきながら、静かで楽しいひとときをすごすことができた。


 いいえ、ちがうわね。

 わたしはずっと、ドキドキがとまらない。


 オウカはずっとにこやかな表情でわたしに話しかけてくる。その話題は豊富で、おバカなラリーとはレベルがちがいすぎる。


 かれに食べられる、と最初に怖れていたことが恥ずかしすぎるほど、かれは紳士だわ。


 しかも、なぜかわたしのことをよくしっているような節が見受けられる。


 かれは幼少のころ、人質同然で預けられていた。実際、わたしたちも面白半分にみにいったことがあった気がする。


 もっとも、記憶の糸をたどらないといますぐには思いだせそうにないけど。


「じつは……」


 そのことをかんがえているタイミングで、かれが口をひらいた。


 食べ物はわたしがほとんど平らげてしまった。

 ってランチを完食したのに?わたし、どれだけ食べるの?


 恥ずかしいのを通り越した気持ちにならないといけないんでしょうけど、不思議とそんな気持ちにならない。


 いまテーブルの上には、お茶の入っているカップとおかわり用のお茶、それからミルクがのっているだけ。


 かれの穏やかな瞳が、わたしのほうをじっとみつめている。


 けっして不快ではなく、みられていてもホッとするなにかがある。


 またしても話をしたい。会話をしたいという衝動に駆られてしまう。


 でも、やはりだめ。わたしはしゃべることができない。かれがそれを知れば、きっと失望してしまう。


 もどかしさでどうにかなりそうなわたしを、かれはやさしい笑みを浮かべてみている。すると、かれはすっと立ち居あがった。椅子を脇へどけると、音もなくこちらによってきた。


 一瞬、ドキッとしたけど、かれはわたしのすぐ横に立ち、そのまま床に片膝をついて手を差しだしてきた。


 そろそろと右手を差し伸べると、かれはその手を両手で包み込んだ。


「わたしたちには、人間とちがって能力ちからがある。いいんだ。いいんだよ、マイ。なにも無理をして話をする必要はないんだ。わたしにはわかっている。きみが話さないこと、そのために周囲からどう思われているかも。ここでは、そんなことを気にする必要はない。わたしにもカッツにもナミにも、きみの気持ちは充分伝わっている、きみがなにをいいたいのかも伝わっている。だから、無理をする必要はない。それに、きみはちゃんと話せるようになる。わたしが保証する。自然と話せるようになるから、けっして無理はしないでほしい。いいね?」


 かれのいっていることがすぐにはわからなかった。

 そうと気がついたとき、なぜかかれのいうことに嘘はないと思った。信じることができた。


 わたしが会話できるようになる。


 かれと会話をし、心から笑い合っている姿が脳裏をよぎった。


 そのとき、ふとその姿に別の姿が重なった気がした。


 大人じゃない。子ども、少年と少女の姿……。


「思いだしてくれたんだね、マイ」


 かれの蒼色の瞳に、わたしがはっきりと映しだされている。


 これだけよくしてもらっているにもかかわらず、「ありがとう」の一言も伝えられないイヤな女の姿が。


「わたしたちは会っているんだ。子どものころにね。そのとき、わたしは人質みたいなもので、その待遇はけっしていいものではなかった。なにより、獣人ということでめずらしがられ、貶められていた」


 かれの蒼色の瞳のなかのわたしは、驚きに口を半開きにしている。


 かれの手は、あいかわらずわたしの両手を軽く握っている。そのあたたかみとやさしさでも、残念ながらいまの話の衝撃をやわらげることはできない。


「王宮の敷地の一画におしこめられ、面倒をみてくれる者もいない。それどころか、話し相手すらいなかった。まだ七、八歳のころの話だ。シャツとズボンは着たきりで、ぼろぼろになってもかえの衣服もない。食べるものもなく、水すらない。だから、草木にたまった夜露や雨水だけで何日もすごしたこともすくなくない」


 瞬きすらしない蒼色の瞳は、どきっとするほど悲しみに満ちている。


「すまない。きみにはどうでもいいことだね。とにかくそんなある日、敷地内に子どもたちが忍び込んできた。貴族の子たちで、めずらしい獣人の子をみにきたらしかった」


 かれはずっと片膝をついたまま。膝頭がいたくないのかしら。


 そんなつまらないことを心配してしまった。


「かれらは、わたしをはやし立て、石を投げた。そして、わたしを監視する王宮付きの兵士にみつかると、蜘蛛の子を散らしたように去ってしまった。かれらが投げた石礫の一つがわたしの額にあたった。額に手をあてると、血がついている。夕陽が王宮の庭園を染め上げる時間帯だった。わたしは、樹の下で泣いてしまった」


 かれの悲しげな瞳をみて、胸がちりちりと痛くなってきた。


 子どものすることだからってすまされるわけがない。

 わたしもふくめて貴族の子たちはみんな悪意をもってかれをみにいき、意地悪をしたんだから。


「そのわたしに、真っ白いハンカチがさしだされたんだ。驚いてしまったよ。貴族の子たちはみんな逃げていったと思っていたのに、まだ一人残っていたんだから。見上げると、わたしより年下らしい女の子が、無表情でみおろしていた。右手にはハンカチを握りしめ、左腕にはバスケットをもっている。おそるおそるハンカチを受け取ると、その子の顔にひきつった笑みが浮かんだ。それからその子は、バスケットをわたしにおしつけてきた」


 あっ……。


 そこでやっと、わたしは思いだした。


 あるとき、貴族の子のだれかが、ピクニックがてら王宮の庭園を探検しようといいだした。妹がランチをたくさんもっていきたいというので、わたしは自分なりに一生懸命サンドイッチをつくったの。リンゴとかベリーといったフルーツといっしょに、とにかくバスケットに詰め込んだ。


 その探検は大人には内緒だったので、メイドやコックに頼むわけにはいかなかった。だから、わたしは小さいながらも頑張ってランチをつくったというわけ。


 それなのに妹ったら「こんなみっともなくて恥ずかしいもの、いらない」っていって、侯爵の息子が街のレストランでつくらせもってきてもらったというランチセットをねだってありついたの。


 たしかに、わたしのつくったものは見た目によくないけど、パンにハチミツをぬってそれを重ねただけだから、まずいもなにもあるわけがない。


 結局、彼女はわたしが準備したものはいっさい食べなかった。


 侯爵の息子や子爵の息子たちにおべんちゃらをいいつつ、見栄えがよくっておいしそうなランチを頬張る妹をみていると、自分のつくったものを食べる気がなくなってしまった。


 だからあの日の夕方、わたしは重いバスケットを抱えていたというわけ。だからこそ、逃げられなかった。はやい話が、重いバスケットのせいで逃げ遅れたわけ。


 一つ思いだしたら、つぎつぎにあのときの情景が脳裏にあらわれてくる。


 人質同然で王宮の庭園の一画におしこめられているという獣人の子どもは、想像していたよりずっとみすぼらしくってひ弱そうに見えた。


 これが獣人?だとすれば、怖くないわね。


 その子をみて、拍子抜けしたのをはっきりと思いだした。


 なにより、悲し気だった。まるで、この世の不幸をそのみすぼらしく小さな背に負っているかのように。


 なにも食べていない。


 あのとき、わたしはそう直感した。 


 だから、バスケットをかれにおしつけた。


 もっとも、バスケットをどうにかしたかったというのもあるんだけど。


「あんなにやさしい心にふれたのは、人質になってから、いや、生まれてはじめてのことだったんだ。きみは、唇をかみしめて一言もしゃべらなかったけど、きみの心のあたたかさはすごくよく感じられた。さっきもいったように、わたしたちには人間にはない能力がある。相手の心を感じることができるから、きみがいくら不愛想をよそおっていても、わたしにはわかっていたんだ。でも、同時にきみの境遇もしることができた。それをしり、わたしはまた涙を流してしまった」


 いろんなことがびっくりで、声もでない。あ、もともと声はだせないんだけど。とにかく、呆然っていうのかしら?

 かれの悲し気な顔を、ただみつめているしか出来ない。


「わたしは、あのとき誓った。きみを幸せにする、と。どれだけ月日がかかろうとも、かならずやきみを探しだし、幸せにすると。もっとも、本当に月日がかかってしまったけどね」


 かれは、すまなさそうに微笑んだ。


「国にかえるまでしばらく時間はある。それに、きみの心の準備もあるだろう。しばらくはここでのんびりすごしてほしい。そして、わたしをしってほしい」


 それから、かれはそうしめくくった。


 いまはまだ混乱しているけど、わたしに異存があるわけはない。


 すごく素直な気持ちになれている。


 だから、おおきくうなずいた。


 そのうなずき一つで、わたしの人生は一変してしまった。



 それからのわたしは、とんでもなく甘やかされた。なにごとにつけても至れり尽くせりの状態。オウカはもちろんのこと、カッツもナミもわたしをとことんまでに甘やかしてくれる。


 孤独や情けなさなど感じることはいっさいない。


 かれらは、わたしがなにを思っているかなにをいいたいかをいちはやく感じ、行動してくれる。向きあったときも、けっして話すことを強要せず、それどころかそうするよう努力を求めることすらしない。


 わたしのことを感じてくれる。でもそれはなにもわたしの心のなかをのぞいたりっていうわけではない。そういう不快感はいっさいない。


 不思議なことだけど、それがかれらのもつ能力。わたしにとっては、それはなによりありがたい能力ちから


 それだけじゃない。


 わたしは、かれらに愛されている。


 いつもひしひしとそれを感じる。


 わたしはそれが、うれしくてならない。


 そして、いつしかわたしもかれらを愛しているんだということに気がついた。


 なんのストレスも不安も寂しさもない、幸せでのんびりとした毎日をすごしていると、ときの流れも感じられない。


 気がつけば、ここにきて半年が経っていた。


 そんなある日、お茶を飲みながらオウカがいった。


「マイ、これをみて」


 かれは、テーブルの上に一枚の紙片を置いた。


 あ……。


 見間違いようのない、王家の紋章がその威容を誇っている。


「どうやら、国王が第一皇子に座を譲るようだね。これは、その前夜におこなわれる舞踏会への招待状だよ」


 驚きとともにその紙片をみると、たしかにその旨のようなことが記載されている。


「病気の父の名代として、わたしが招待されたんだ。昔、わが国は隷属だったけど、それもいまは立場が逆転しつつある。もっともこれはまだ公にされてはいないけど、将来的にはわが国が優位にたつことになるだろう。それに、第一皇子はじつに出来た人で、わたしが人質だった最後の方は、その待遇を改善するよう働いてくれたり、個人的によくしてくれたりと多大な恩があるんだ」


 かれは、手をのばしてわたしのそれにふれた。


 蒼色の瞳は、いままでみたことのない『なにか』が揺らめいている。


 政治や軍事にあかるくないわたしでも、その『なにか』、がわかるような気がする。


 獣人であるがゆえに蔑まれてきたかれらは、いまや人間をこえる力をもっている。それを、かれ自身が陣頭に立って知らしめるつもりなのかしら。


 やさしいかれだけど、獣人の国じたいやそこに住む人たちのことになると、人がかわったように激しく、また毅然とした態度にかわってしまう。


 かれが軍服姿の部下たち、っていっても、カッツとナミの五人の息子たちなんだけど、かれらと話をしているのを何度かみかけたときには、かわいいのはなりをひそめ、かっこいいが際立っている。


「す、すまない。きみに、こんな話をしたって面白くもなんともないよね」


 はっとしてから、叱られた仔犬みたいにシュンとするいまのかれは、


(やっぱりかわいすぎる)


 なのよね。このギャップがまた、わたしをキュンキュンさせるの。


『いいのよ、気にしないで』


 心のなかでいいながら、かれの手をにぎってあげると、かれは途端に笑顔になった。


「ありがとう。それで、ここからがきみに相談したいことなんだ。ちょっと気にかかることがあるので、その招待を受けるつもりなんだ。そこで、きみを同伴して結婚をすることを公表したい」


 え……。


 一瞬、意味がわからなかったけど、すぐにいろんなことが不安になってきた。


 公表してしまえば?わたしたち、本当に結婚をしなくちゃならない。


 ううん。わたしは、わたしはそれでもいい。でも、かれは?ただの貴族や平民じゃない。もうすぐ国王になる。それなのに、こんなわたしでいいの?


 これは一時期の情熱とか同情とかで流されていい問題じゃない。


 まぁ国王ともなれば、正妃は跡継ぎを産ませるためにお飾りとしておいておけばいい。あとは好きな女性を側妃として、いくらでも後宮に住まわせることはできる。


 それはそれで、わたしはきっとさみしくて不安でみじめな思いをすることになるでしょうけど。


 ううん。わたしのことよりも、かれはきっと恥をかくことになる。


 そのことのほうが問題だわ。

 

 そんな将来のことまでかんがえているわたしのまえで、かれはかっこかわいい顔を右に左にかたむけている。


「マイ、心配する必要なんてなにもないよ。わたしはきみを心から愛している。きみ以外の女性はかんがえられない。いまは一方的に無理強いしているだけだが、ぜったいにきみをしあわせにする。きみにふさわしい男になる。きみにすこしでも気に入ってもらえるよう努力をするから」


 手を握りかえされた。あいかわらず、やさしいのにあたたかくて力強い手……。


 かれはいつもこんなことをいうけど、それは逆よ。


 わたしはもう、あなたを愛しているのだから。愛してしまったからこそ、あなたに嫌われたくない。あなたにふさわしい妻になりたい。あなたと別れたくないし、あなたにずっとそばにいてほしいって心から願っている。


 でも、その願いを態度であらわすことができないでいるの。


 これまで、一度だってこんな想いを抱いたことがない。だから、どうあらわしていいかわからない。それに、照れくさいのとちょっとだけ意地悪っていうか意地っていうか、なにか女心の優越感っていうか、ビミョーなものがまじりあっている。だから、つっけんどんにしてしまうこともある。


 とにかく、王都にいったり妹夫婦や知り合い、とくにおバカな元婚約者のラリーに会うのは気がひけるけど、かれがそうしたいっていうのなら、わたしがそれを阻止したり、ましてや断わる理由なんてあるわけないわよね。


 だから、何度もうなずいて了承した。


ご訪問いただいたばかりか第七作目をお読みいただき、誠にありがとうございます。


いたらぬ点が多々ございますが、八作目以降もご訪問いただけましたら幸いです。


あらためまして、心より感謝申し上げます。

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