メイドのナミ
連続投稿で完結までまいります。
目が覚めた。
一瞬、ここがどこなのか、それどころかどうなっているのか、まったくわからなかった。
でも、体を動かして自分がふっかふかの寝台の上にいるということに気がついて、そこでようやく自分が獣人族の次期国王の宮殿の一室にいることを思いだした。
そうだった。かれは、いずれ国王になるんだ……。
ボーッとする頭を軽くふりつつ、手でそれにふれた。
そうだ。髪の毛をばっさり切ったんだったわ。
手にふれた髪がかなり短い。衝動的といえばそうだけど、いまはじめて髪を短く切ったことをちょっと後悔してしまった。
オウカは、やはり長い髪のほうが好みよね?
まずそう思ったことに、自分でも驚いてしまった。
窓のほうをみると、カーテンをとおしても外が明るいことがわかる。その陽の光は、カーテンをとおして室内を明るくしている。
起き上がり、敷布やクッションをかきわけながら寝台をおりた。それから窓に近寄ってカーテンをあけてみた。
まぶしい……。
まぶしさによろめいてしまった。それほど、外は明るい。
目が明るさに慣れてから、窓を開けてみた。
まぁ……。
眼前に、色とりどりのバラが咲き誇っている。ひかえめなにおいが鼻をくすぐる。心地のいい風が、頬をなでる。
とってもきれい。
実家の庭園もそれなりに立派だった。妹夫婦が売るために全部ひっこぬいてしまったけど、わたしは大好きだった。
でも、ここはもっと自然だわ。自然のやさしさっていうのかしら。人が手をくわえているという感じはまったくない。
『コンコン』
そのとき、ドアがひかえめにノックされた。
「マイ様、お目覚めでしょうか?」
控えめなその声は、年配の女性のもの。
そういえば、昨夜、オウカがカッツに奥さんがどうのこうのっていっていたっけ……。
「わたくし、この屋敷のメイドでナミと申します」
やっぱりそうなのね。
でも、「入ってください」の一言ですらいえない。だから、自分でドアをひらけた。
「マイ様、わざわざありがとうございます」
ドアの向こうに立っているのは、ちょっと小太りのやさしそうな女性である。
ぷくぷくの頬ははりがあって、笑顔が輝いている。メイドの服は、ちょっときつそうな感じがする。
「マイ様、はじめまして。マイ様のお助けをするよう、オウカ様からおおせつかっております」
彼女は、胸にたくさんの服を抱えている。
「部屋にはいってもよろしいでしょうか?」
うなずくことしかできない。
彼女は、うちにいたどのメイドよりやさしそうでフレンドリーだわ。
それが、彼女にたいする第一印象ね。
「マイ様、服をおもちいたしました。オウカ様が、マイ様のためにととりよせられたものでございます。どれでもお好きなものを」
彼女はやさしい笑みとともにいいつつ、胸に抱えている服を寝台の上に並べはじめた。
もってきたトランクは一つだけ。そのなかに入っているのは、数着のブラウスとスカートのみ。派手好みの妹とちがい、もともとそんなにもってはいなかったけど、数着ある夜会用のドレスもふくめ、衣類のほとんどをもっていかれてしまった。
残されたのは、売ることのできないほど着込んだ衣類だけだった。それを、トランクに詰めてもってきている。
会ったこともないわたしのために、かれが選んだ服。色も形も派手なものはなく、かといって年配の女性が好むような地味さや古いスタイルのものでもない。
どちらかといえば、機能的でさっぱりしている。
それらは、まさしくわたしの好みのスタイル。
どれも一目で気に入ってしまった。だから、一番ちかくにあるブラウスとスカートを手に取った。
「あらあら、マイ様にぴったりでございますね。お似合いでございますよ」
彼女が寝台を整えてくれている間に、さっと選んでみた。すると、彼女は両手をポンと叩きつつほめてくれた。
いえ、ちがうにきまっている。社交辞令、ね。
それでなくとも美しい妹は、化粧をし、着飾ってすごくよくみせている。
それに比較して、見てくれは可もなく不可もないわたしですもの。
わたしは見てくれはイマイチで化粧も着飾ることもめったにしない。
婚約中、いやいやながらにでも化粧をしていた程度だった。
おバカな元婚約者のラリーは、それも不服だったに違いない。
「髪にもあっておりますね。色も長さも、まるであつらえたみたい」
わたしの髪の色は、くすんだブラウン。でも、妹は輝く金色。
お父様もお母様も金色だから、どうしてわたしだけが?って、わたし自身だけじゃなく、だれもがそんな疑問を抱いていた。
それをいうなら、瞳の色だってそう。わたしのは、髪の色と同色のくすんだブラウン。お父様もお母様も妹も、あざやかな青色。
だから、わたしはずっと青系統の瞳に憧れていたってわけ。
それはともかく、わたしの選んだブラウスの色もスカートの色も薄いブラウン。意識したわけじゃなかった。
でも、彼女はおおげさによろこんでくれている。
しかも、令嬢にあるまじき短髪まで褒めてくれるなんて。しかも、自分でばっさり切っちゃったものだから、きっと変になっているにちがいない。
それが急に気になりはじめ、無意識に指先で短い髪をいじくっていたみたい。
彼女の視線がそちらにいくのも当然のことだわ。
「あらあら。マイ様、もしかするとご自身でお切りに?すごくお上手ですから、気がつきませんでした。そうですねぇ」
彼女は、すばやくわたしのまわりをまわった。
彼女、体格のわりにとってもすばやいわ。
「ほんのわずかですが、毛先の揃っていないところがございますね。よろしければ、わたくしが整えましょうか?」
ありがたいわ。とくにうしろなんて、合わせ鏡にしても細かいところまではうまく切ることができないんですもの。
話をすることができないわたしの意志の伝え方は、だれにたいしても鷹揚な感じで首を縦にふるか横にふるかのどちらか。つんとすまして無言でそれをするものだから、だれもが「横柄で態度がデカくて愛想がない」って思ってしまう。
まぁ、わたし自身もそう思ってしまうでしょうけどね。
だからこそ、いつの間にか「氷の女」と呼ばれるようになったんだけど。
でも、彼女にはそんな態度はとりたくないって思ってしまっている。
こんな気持ちもはじめてかもしれない。
初対面のわたしに、真摯にやさしく接してくれている。それに応えるのに、つんとすまして首を上下させるだけってなんてこと、ありえないでしょう?
でもやはり、実際のところは控えめにこくりとうなずくことしかできなかった。
「では、昼食のまえにちゃっちゃっちゃっとやってしまいましょう。マイ様、お腹がおすきでしょう?」
彼女は、鏡台のまえの猫脚の椅子にわたしを座らせると、はさみやブラシ、毛をはらうための箒をそろえた。
それから、驚くほど手際よくわたしの髪を整えてくれた。
「いかがでしょうか、マイ様?」
彼女は手鏡をいろんな角度からかざし、できあがりをみせてくれた。
すごいわ。完璧にきれいなショートヘアに変身している。
これはもう、王都の髪結師なんかよりよほどうまいわ。
「それでは、マイ様。さきほどの服にお着替えください。オウカ様が『庭でお茶をいかがでしょうか』とおっしゃっていますが、さきにランチをお召し上がりになったほうがよいかと、まっていただいています」
彼女のやさしい笑顔をみながら、心のなかでびっくりしてしまった。
お昼をすぎているの?わたし、そんなに眠っていたの?
驚いている場合じゃない。いそいで着替えてランチをいただいた。
「このあとのお茶でサンドイッチとケーキをだしますので、軽めにしておきました」
彼女がそういって用意してくれたのは、スープとサラダとパンとパスタだった。
どれもわたしにはちょうどいい量だし、サラダのドレッシングもパスタのソースもわたし好み。
驚きばかりだわ。
屋敷では、妹の好みが優先されていたから。わたしと妹では、料理の味付け一つとっても好みがまったくちがっている。
お腹がすいていたので、っていうか、昨晩あれだけ食べて入浴して眠っただけなのに、お腹がすきすぎていることじたい不思議だわ。
屋敷では、基本的には朝食と夕食で、ランチは果物とかサラダとか軽めのものだった。それも、妹が太ってしまうからっていう理由で。
夕食にがっつり食べるほうが太ると思うんだけど。
とにかく、屋敷では二食だったけど、お腹がすいて食べるっていうよりかは義務的に食べていた気がする。だから、おいしいって感動したことがあまりなかった。
でも、ここの料理はパン一つとってもすっごくおいしく感じられるから不思議でならない。
それにしても、彼女はきっとわたしのことを「いけすかない女」だって思っているでしょうね。
もちろん、彼女もいままで出会ってきたほかの人たちとおなじように一応は笑顔で接してくれている。こんなわたしでも、一応は公爵の娘だからそれなりの態度をとらなければ、という内心をひしひしと感じることがほとんどだった。
だけど、彼女からはそれが感じられない。ほかの人たちよりもずっとずっと親身だし、心がこもっている。
だからこそ、わたしももっと自分自身をどうにかしなきゃって思うんだけど……。
そんなこんなで、食べたあと、彼女について宮殿をでて色とりどりのバラが咲き誇る間をぬい。庭園内に設えられている東屋にむかった。
ご訪問いただいたばかりか第六話目をお読みいただき、誠にありがとうございます。
いたらぬ点が多々ございますが、七話目以降もご訪問いただけましたら幸いです。
あらためまして、心より感謝申し上げます。