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獣人狼族のオウカ・カミオー

連続投稿で完結までまいります。

 馬車はとっても快適。

 対面式で、大人が六名は座れそう。座席はふっかふかで、四つのおおきなクッションが置かれている。


 なによりも座席にバスケットも置かれていて、そこにはみたことのない果物やパン、それから葡萄酒が入っていた。


「「道中、お召し上がりください」と、主から言伝でございます。」


 馭者台からカッツのやさしい声が流れてきた。


 途端に、お腹がなりだした。


 どんな状況でも、体は正直なのね。そういえば、昨日は一日お水すらまともに口に含んでいなかった。


 はしたなさや威厳など、このバスケットを前にすればもうどうでもいいって感じ。


 心地よく進む馬車の中、クッションに身をしずめて果物とパンにかぶりつき、葡萄酒をあおった。


 果物は甘く、パンは焼きたてのように香ばしくってやわらかい。


 なぜだかわからないけど、涙が勝手にあふれてきて頬を伝う。

 芳醇な香りと味の葡萄酒が、気分をしだいに落ち着け気持ちよくしてくれる。


 お腹がいっぱいになってからの記憶がない。


 いつの間にか、座席の上のクッションに埋もれ、眠ってしまっていたみたい。


 どれだけ眠っていたのかしら?気がついたら、馬車は森の中を進んでいる。


「お目覚めですかな?もう間もなく到着でございます。この森を抜ければ、わが主の領地。いましばらくのおまちを」


 カッツの言葉に驚いてしまった。


 わたし、いったいどれだけ眠っていたというの?

 っていうか、まだなんの心の準備もできていない。


 どうしよう……。


 オウカ・カミオーっていったいどんな人なの?いえ、獣人なの?


 迎えをよこしたり、食べ物を準備したりして……。

 わたしを食べるつもりなのかしら?当然よね。


 大昔、人間ひとはあらゆる種のけものに生贄を差し出していたという。


 その生贄、はやい話が女性なんだけど、その女性たちが獣との子をなしたのが、獣人の祖といわれている。その獣人たちは、人肉を好んで食べるときいたことがある。だから、生贄を求めたり、あるいは人間を攻めたりする、と。


 その慣習がいまだに残っている地域や獣人の一族がいるらしい。


 竜や獅子や鷲、それから狼を先祖にもつ獣人たちは、ときおり人間を食べたり、女性を孕ませたりするとか。


 きっとわたしも、食べられちゃうのね。


 それにしても、妹とそのバカ亭主は、どうしてわたしをわざわざ獣人に食べさせようとするのかしら。


 わたしなんて、まったくなにもできない役立たず。だからあのまま屋敷から放りだされたら、そんなに経たない間に野垂れ死ぬか、盗賊や魔物に襲われるかして死んだでしょうに。


 そこまでかんがえたら、急にバカらしくなってきちゃった。


 妹と義弟の思いどおりになるのは癪だけど、これが運命さだめなのだったら仕方がない。


 なるようになる。そう、流れに身を任せるしかない。


 きっとこれが、昔家庭教師がいっていた「悟りをひらく」の境地ね。 


 クッションにもたれ、窓外に流れてゆく景色を眺めた。


 うん。ただの森ね。


 うっそうと茂る枝葉で、周囲は薄暗い。もしかすると、わたしが眠りこけていて、すでに暗くなっているのかもしれない。


 カッツにききたいことはたくさんある。


 たとえば、いまからいくところがどういうところなのか。


 いいえ。やはり一番にききたいのは、オウカ・カミオーってどんな人なのか、ね。


 わたし、食べられちゃうの?


 これもききたいことの一つ。


 でも、やっぱりだめ。


 話すことが出来ないんですもの。


 筆談っていうのも、いくらなんでもおかしいわよね。

 って、紙とペンがないし。どちらにせよ、それもだめね。


「マイ様。このあたりはカミオー家の領地なのです。お屋敷にまいるまえに、ぜひともご覧いただきたいものがございます」


 カッツが馭者台から話しかけてきたと同時に、馬車が静かに停止した。


「マイ様。これへどうぞ。ここからの眺めが最高なのです」


 馬車のドアがひらいた。差し出されたかれの手に自分のそれを添え、馬車から降りて導かれるままに数歩あるいた。


『まぁ……』


 そのあまりの光景に、心のなかで絶句してしまった。ふつうなら声がでるんでしょうけど、わたしにはそれができない。だから、心のなかで、というわけ。


 なんなの?この景色、なんて、なんて美しいのかしら?


 ここは丘なのかしら。それとも小さめの山なのかしら。とにかく、わたしたちは高い場所にいるみたい。


 夕陽がいまにも地平線に沈もうとしている。その夕陽の赤色と、ひたひたと迫る夜の淡い青色、それから大地にひろがる草木の緑色に花々のさまざまな色……。


 すべての色がまじりあい、とっても幻想的。微風に綿毛がふわりと飛びはじめたから、その素敵な色合いに、白色がアクセントになっている。


 やだ、わたしったら。


 頬に涙がこぼれ落ち、伝ってゆく。


 どうしてだかわからないけど、とにかく、この景色は感動的すぎる。


 ふたたび馬車に乗って出発し、カミオー家の屋敷に到着するまで、涙が止まらなかった。



「マイ様っ、到着いたしましたぞ」


 カッツのやさしい声が、馭者台から飛んできた。


 傷だらけの指先で涙をぬぐってから、窓にちかづいて外をみてみた。


 あっ指先が傷だらけなのは、わたしがどんくさいから。


 一応婚約者もできたことだし、お料理やお裁縫を自分なりにやってはみたものの……。


 だれかが教えてくれるわけでもないし、それはもう惨憺たるものだった。針でつっついたり火傷したり切ったりして、指先だけじゃないんだけど、傷だらけになってしまった。


 そのわりには、ハンカチ一枚縫えなかったし、卵料理のひとつも作れかった。


 そんなわたしの武勇伝はともかく、カミオー家の門は王宮の門よりもおおきいんじゃないかしらっていうほどおおきな門だわ。

 それをくぐり抜け、馬車は軽快にすすんでゆく。


 すでに夜になっているけど、月と星々の光がまぶしいくらいに広大な庭を照らしだしている。


 それはもういろんな花が咲き乱れ、木々には実がたわわになっている。


 そんな心洗われる光景にうっとりしていたけど、はっとわれにかえった。


 そうだった。わたしは、ここに遊びにきたんじゃないのよ。


 ある意味、生贄としてやってきたんだから。


 不安と緊張でどうにかなってしまいそう。そんなとき、馭者台側の窓の向こうにぼーっとおおきな建物が浮かびあがってきた。


 なんてこと……。


 月と星々の光の下、王宮と見まがうほどのおおきな石造りの神殿が光り輝いている。


 まさしく神殿だわ。


 こんなに広大な敷地に神殿のような屋敷を所有するオウカ・カミオーっていったい……。


 不安と緊張に混乱がくわわってしまった。


 神殿まであともうすこしというところで、なんのまえぶれもなく馬車が停止した。

 って思った瞬間、


「マイ・エンドー公爵令嬢っ!」


 馬車のすぐちかくから呼ぶ声がきこえてきた。ちょっと低めの声だわ。


「おまちしておりました」


 おずおずと窓から顔をだすと、馬車のすぐ横でだれかが片膝ついて控えている。そうと認めた瞬間、そのだれかが顔をあげた。


 やだ……。


 かっこかわいい顔に、きゅんときてしまった。


 これまで、両親に無理矢理連れられて何度かいった舞踏会やサロンやパーティーにきていたどんな殿方などよりくらべものにならないほどかっこかわいい。


 はじめて会ったというのに、しかも一目しかみていないのに、それだけでも生気にみなぎっていることがはっきり感じられる。


「ドアをあけることをお許しください」


 かれのかっこかわいい顔には、とろけるようなやさしい笑みが浮かんでいる。


 でそうになった言葉をぐっとのみこんで、っていっても実際には声はでないんだけど。とにかく、いつものように鷹揚にうなずくには努力がいる。


「失礼いたします」


 かれは、うれしそうな弾んだ声とともに立ち上がった。


 やだ……。


 フリルのついたまっ白いエプロンがまぶしいくらい。それがまたかれのかっこかわいい顔にあっていて、またまたきゅんときてしまった。


 ということは、かれは使用人?それともコック?


 カッツもかっこいいし、カミオー家の使用人の基準はずいぶんと高いみたい。


「オウカ様、落ち着いてください。いくらなんでも、性急すぎますぞ」


 かれがドアに手をかけようとした瞬間、カッツがそういいながら馭者台から降りてきた。


 えっ?ええーっ!


 このかっこかわいいのが、狼族のオウカ・カミオー?


 わたしを食べるかなにかする相手、なの?


 心のなかで、思わず叫び声をあげてしまった。


 だって、どうせ叫び声を口からだすことはできないんですもの。


ご訪問いただいたばかりか第四話目をお読みいただき、誠にありがとうございます。


いたらぬ点が多々ございますが、五話目以降もご訪問いただけましたら幸いです。


あらためまして、心より感謝申し上げます。

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