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獣人の執事

連続投稿で完結までまいります。

 頬に違和感を感じる。

 そこではじめて、自分が床に転がっているのに気がついた。


 そうだった。


 わたし、床で眠ったんだった。


 重い瞼を無理やりひらけて仰向けになると、窓ガラスから射しこんでくる強烈な陽射しをまともに受けてしまった。


 思わず、両腕で目をおおう。


 けだるい感じを振り払うように、ゆっくり起き上がってみた。


 やだ。いま何時かしら?


 窓ガラスからみえるお日様の位置をかんがえても、夜明けってことじゃないことはわかる。


 床から飛び起き、窓にちかづいてそれをひらけてみた。


 以前は、こうするとふんわりと花々のにおいが漂ってきた。でも、いまはそれもなく、土のにおいがこく鼻をつく。


 妹とその夫の第三皇子は、庭のどこかに隠されている宝を掘り起こそうっていう勢いで、庭を掘り起こしてしまった。その土が、いまは庭のいたるところで山となっている。


 その土のにおいしか漂ってこない。


 いったい、いま何時なの?


 室内を振り返ってみた。そこに、おおきな柱時計があるから。


 そうだったわ。もうなんにもないんだった。


 がらんとしている室内をみて、あらためて思い知らされた。


 床の上に、ロウソクがのっていたちいさな皿がポツンと取り残されてる。


 いまのわたしとおなじね。


 急におかしくなってきた。


 そのとき、視界の隅に何かが横切ったような気がした。同時に、がたごとと音がきこえてきた。


 正門のほうから、二頭立ての馬車がやってくる。


 また妹かしら?わたしの見送りに?それとも、はやくいけと急かしに?


 窓から身を乗りだして両目を細めてみた。


 馬車に王家の紋章が入っていない。それに、王侯貴族が使用するほど立派な馬車じゃない。ということは、妹ではないということね。


 それではいったい、だれだろう。


 もう一度目をこらしてみた。


 貴族クラスの馬車にはちがいないけど、馬車の正面に彫り込まれている紋章はみたことがない気がする。


 お母様の実家の紋章ものでもないし。お父様かお母様の知り合いかしら?


 って迷っているうちに、馬車が玄関のまえで停止した。


 じっと見守っていると、馭者台から馭者が身軽に降り立ち、あるきはじめた。すると、玄関のまえに立ったかと思うと、くるっと体をこちらへ向けるじゃない。


 びっくりした。


「お嬢様?失礼ですが、こちらのお嬢様でしょうか?」


 丸眼鏡をかけていてやさしい顔立ちの紳士が、にこやかな笑みとともに尋ねてきた。


 わたしがみていたことに、気がついていたのね。


 ちょっぴり恥ずかしいわ。


 そんなはずかしい気持ちを振り払うかのように、姿勢を正して鷹揚にうなずくにとどめておいた。 


 かれは窓のすぐまえまでやってくると、紳士らしく優雅に一礼した。


「わたくし、カッツと申します。公爵令嬢のマイ・エンドー様でございますね?主の命により、お迎えに上がりました」


 えっ?どういうこと?


「まずは、エンドー公爵夫妻のご冥福を、心よりお祈り申し上げます」


 かれはいったん顔をあげたけど、またそれをさげてお悔やみを述べた。


 突然のことでかたまっているわたしのことなど気にならないのか、かれはつづける。


「マイ様。わが主オウカ・カミオーは、マイ様のお越しを心待ちにされておいでです。ああ、失礼いたしました。わたくしは、カミオーに仕えます執事でございます。マイ様、ご準備はおすみでしょうか?突然おしかけて申し訳ございません。わが主にせっつかれまして……。よろしければ、お荷物をお運びいたします」


 かれのいうことを理解するまで、かれはわたしのことをやさしい目でじっとみつめている。


 じろじろみられるのは好きじゃないけれども、かれの視線は不思議と不快じゃない。それどころか、どこかやさしく包み込まれるような安心感を覚えてしまう。


 そして、かれの申し出は理解できた。でも、どうやって伝達をしたらいいの?


 カミオーの執事に、どのようにしてわたしの意志を伝えたらいいのかしら?


「マイ様?」


 いついつまでもわたしがだまっているものだから、かれは不審に思ったのね。顔を右に左にかたむけている。やさしい笑みは、そのままだけど。


「お運びしてもよろしいでしょうか?」


 かすかにうなずいた。


「では、お屋敷にお邪魔させてもらってもよろしいでしょうか?」


 またかすかにうなずいた。


「それでは、失礼いたします。マイ様、そこをおどきいただいてもよろしいですかな?」


 そこをどく?


 なぜ?ああ、そうか。玄関のドアを開けなきゃ、中にはいってこれないわよね。


 わたしったらもうっ!


 玄関にいこうと窓に背を向けた瞬間、うなじに風を感じた。


 ロングだった髪は、昨夜自分で切り落としちゃった。

 

 婚約破棄されたショック?衝動的ではあったけど、そういうのじゃない。


 お馬鹿なラリーがロングのサラサラの髪こそが貴族令嬢、いいえ、自分の婚約者にふさわしいって信じてた。勘違いもはなはだしいんだけど、それでも一応、伸ばしていたの。


 もうそんな必要もない。だいたいショートのほうがラクなのに、なにを好き好んで伸ばさなきゃならないの?


 お馬鹿なラリーの勘違い思想には、うんざりしていたところよ。


 というわけでばっさり切っちゃったんだけど、ばっさり切りすぎちゃって、かなりのショートになってしまった。

 うなじが丸見えになっている。


 でもいいわ。気持ちもいれかえられたんだし。


 振りかえってみた。

 なんてことなの、かれが窓辺に立っているじゃない。いえ、外のじゃなくって、室内の窓辺に。


「これは、失礼いたしました。わざわざ扉をひらけていただかずとも、このほうがはようございます」


 かれは、やさしい笑みをうかべたままいった。


 え?ええ?この人、窓を乗り越えてきたっていうの?


 いろいろな意味でびっくりしているわたしの側を通り、かれは床の上にぽつんとあるトランクを持ち上げた。


「ほかにお荷物はございますかな?」


 かれがこちらに振りかえり、尋ねてきた。


『あとは、わたしくらいね』


 そんなふうにジョークの一つも返したいところだけど、いえるわけもない。


 だから、首をふるふると横に振った。


「マイ様、お支度は?」


 その問いに、今度は首を縦に振った。そうするしかないじゃない?


 そういえば、顔もまだ洗っていない。きっと、顔に床とかよだれの痕とかついてるんでしょう。


 髪が短くってよかった。これで髪までバサバサだったら、魔物みたいにみえたにちがいないわ。


「それでは参りましょうか。一刻もはやくお連れせねば、わが主の機嫌が悪くなります」


 屋敷内をあるきながら、カッツはなにもいってこない。それどころか、きょろきょろとみまわすことすらしない。


 がらんとした屋敷内。わたしが生まれ育った場所。


 すでにエンドー家のものではない、他人のもの……。


 かれがなんの詮索もしてこなかったことが、いまのわたしにはありがたい。



 そしてわたしは、自分の生まれ育った屋敷から永遠にさよならした。


ご訪問いただいたばかりか第三話目をお読みいただき、誠にありがとうございます。


いたらぬ点が多々ございますが、四話目以降もご訪問いただけましたら幸いです。


あらためまして、心より感謝申し上げます。

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