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言葉と特殊な力

完結まで連続投稿いたします。

「かれは、わたしが苦しんでいるときに唯一親身に接してくれた。それ以降、かれはわたしのかけがえのない友人。そして、その友人の許嫁であるマイもわたしの友人。その友人たちを侮辱するのは、わたしを侮辱するのとおなじだ」

「はあ?馬鹿馬鹿しい。人の姿をしてはいるが、しょせん野蛮で程度の低い獣ではないか。こいつが人質だったガキのころ、いつもピーピー泣いて腹をすかせていた。すこしはおおきくなったようだが、それでもチビで貧相だ。もしかして、獣のなかでも出来損ないなのではないのか?こんな出来損ないの獣、わが国の地を踏ませるのだって勘弁してもらい……」

『パチンッ』


 ちいさな破裂音が耳に飛び込んできた。

 そのときはじめて、わたしは立ちあがって義弟おとうとにちかづき、かれを平手打ちしていたことに気がついた。


 ええええええええっ!わたし、わたし、なんてことをしてしまったの?義弟おとうとに平手打ちを?

 う、うそ、うそっていって……。


 かれがオウカのことを悪くいうのをききながら、心というよりかは体の下の方からふつふつとなにかがわきあがってきた。それは、いままで感じたことのないもので、最初は戸惑ってしまった。でも、すぐにそれがなにか気がついた。


 それは、怒り。


 これまで、どんなことがあっても、それからどんなことをいわれても、心のどこかであきらめがあった。だから、不愉快に思ったり悲しかったり口惜しいって思ったことはあっても、そこまで怒りを感じたことはなかった。


 感情が麻痺してしまっている、というのもあったのかもしれない。


 でも、いまのはちがう。


 オウカのことをなにもしらないくせに、よくもこんなに悪くいえるものだわ。

 獣人がどうのこうのっていうけど、人のことをそこまで貶め蔑みバカにするあんたは、どれだけすごい聖人なのって心のなかで叫んだ。

 その瞬間、プツリと意識が途絶えてしまった。


 そこで気がついたら、「やっちゃった」あとだったというわけ。


 正気にもどると、つぎは混乱が襲ってきた。自分のしでかしたことで、オウカに迷惑をかけてしまったと思うと、どうしていいのかわからない。


 そんな混乱のなか、いきなり腕をつかまれた。


 いきなりのことに驚いたのと、その力の強さに悲鳴をあげそうになった。もちろん、実際のところは声はでないけど。


「こいつっ!第三皇子のわたしを殴るなどと、許されることではないぞ」


 義弟が顔を真っ赤にして叫んでいる。かれに握られているわたしの腕の骨が悲鳴をあげている。


 目があった瞬間、かれの怒りがさらに増したみたい。わたしの腕を握っていないほうの手が部屋の天井にあがった。拳を握っているのが、かろうじてみえる。


 殴られてしまう……。


 拳を振り上げた状態で、まさかわたしの頭をなでてくれたり頬をさすってくれたりってことはないはずよね。


 反射的に瞼を閉じてしまった。


 暴力は、今日これで二度目だわ。


 顔を下に向け、義弟に握られていないほうの腕をあげてすこしでも頭をかばおうとした。


『ドンッ』という音につづき、『ズサッ』という音がしたかと思うと、腕がらくになった。その瞬間、肩をつかまれ引き寄せられた。


「マイ、大丈夫かい?すまない。またしてもきみを危険な目にあわせてしまった」


 その声で心からホッとした。


 オウカが、わたしを引き寄せてくれたのだ。


 瞼をひらけ、かれと視線を合わせてから「大丈夫よ」と心のなかでつぶやいた。かれには、それで伝わる。


「き、貴様っ!殴ったな?わたしを殴ったな?この野獣め。許さんぞ。わがドラン国の王族にたてついたらどうなるか、思いしらせてやる」


 義弟の怒鳴り声が耳に痛い。


「マイ、うしろにさがって」


 かれがわたしをうしろへおしやった。その間にも、義弟はムダになにやらわめいている。


「きけ、人間(ひと)よ」


 オウカは、義弟のまえに立った。その低い声は、まるで狼の唸り声のようだわ。


「愚かなる人間(ひと)よ。わたしの大切な女性(ひと)を害そうとした罪は重い。貴様の命だけではとうてい償えぬぞ」


 オウカの唸り声に気圧され、義弟はうしろにさがってゆく。


「こ、この野獣め、ついに本性をあらわしたな」


 オウカのすごい気に、義弟はかろうじて虚勢を貼っている。

 チラチラと視線を扉のほうへ向けているのはどうしてかしら。


「どうした?時間稼ぎでもしているのか?」


 いつの間にか、マグナが立ち上がって執務机の横に立っていた。


「潜ませている部下たちがくるのをまっているようだが、どれだけまってもくることはないぞ」

「なな、なにを……」


 マグナの言葉に、義弟はあきらかに狼狽えている。


「貴様の部下は、わたしの部下が排除した。だから、いくらまってもきやしない」


 オウカの唸り声がつづく。


 どういうことなのかしら?


「わたしを暗殺しようなどとは……。しかも、それをオウカになすりつけようとは、愚策もいいところだ。かれらをよく思っていないおまえが、熱心にオウカを招くよう進言したはずだな。こうして、この謁見の部屋で密かに謁見してその間にわたしを殺し、あとは舌先三寸でオウカのせいにすればいい。それだけの自信があったのだろうが、わたしもかれも最初からお見通しだ。弟よ、いや弑逆者よ。これで永遠にしまいだな」


 冷静に告げるマグナの表情は、ぞっとするほど冷ややかさをたたえている。


 実の弟に裏切られるなんてどんな気持ちなのかしら……。


 かれのことが心から気の毒に思えてくる。


「くそっ!」


 往生際が悪すぎる。義弟は、腰から剣を抜いた。それを振り上げると同時に、マグナに詰め寄りつつ振りおろした。


『カチンッ!』


 金属同士がぶつかる耳障りな音がしたかと思うと、義弟の剣が宙を舞っていた。それは、ゆっくりゆっくりと、きれいに弧を描いている。


 そして、それが大理石の床に落ちるまでに、オウカが義弟を床にねじ伏せていた。


「見事だ、オウカ。さすがは『狼の剣士』と異名をもつだけのことはある。今後、きみと剣の稽古はしたくないものだ」


 マグナの言葉に驚いてしまった。


 なに?もしかして、オウカは義弟の剣を自分の剣で弾き飛ばしたっていうの?


 まったくみえなかったんですけど……。


 しかも、『狼の剣士』?

 かれったら、そんなすごそうな異名があるほどすごい剣士なの?


 ふと、さみし気で泣き虫で弱々しかった子どものときのかれの姿が浮かんでしまった。


 かれのことですもの。才能もあるかもしれないけど、努力に努力を重ねてそこまで強くなったにちがいないわ。


 そのとき、わたしの首になにかが巻き付いてきた。


「動かないで。この女を殺すわよ」


 な、なんてこと。妹の腕がわたしの首にまわされていて、小剣を突き付けているじゃない。


 わたし、人質になってるの?


「なにをしているの?はやく剣をとってお義兄にいさんとその野蛮人を殺しなさい」


 妹の美しい顔は、いまは古から伝わる大魔女のような禍々しいものにかわってしまっている。


「あ、ああ」


 動けなくなったオウカをおしのけ、義弟はよろよろと立ち上がり、床に落ちている剣を手に取った。


「あんたも悪いのよ、姉さん。あんたなんか食べられちゃったらよかったのよ。いいえ、あの日、お父様とお母様といっしょにくればよかったんだわ。そうすれば、まとめて殺すことができたのに」


 え?えええええっ?


 ど、どういうこと?


 妹のいったことが理解できない。


「マイ、落ち着いて」


 オウカがいった。いまはその声はいつもの穏やかさをたたえている。


「きみに真実を話すのはまだはやいと思って伏せていたんだ。きみのご両親は事故で亡くなったんじゃない。殺害されたのだ。きみの妹と義理の弟によって。エンドー公爵夫妻は、かれらに事故のようにみせかけられ、殺害されたんだ。領地や金のためであることはいうまでもなく、国王や第一皇子を殺害する計画を立てていることがバレたからだ。わたしは、その情報をつかんだ。だから、きみの身を案じ、予定よりもはやくきみをむかえることにした。同時に、マグナ殿にもその旨をしらせた」


 いつもだったら混乱がつづいたにちがいない。でも、オウカのやさしくあたたかい言葉は、わたしの心に直接しみこんでくる。だから、意外にもはやく理解することができた。


 と同時に、体の奥底になにかがむくりとあらわれた気がした。


 そのとき、義弟がオウカの背中を斬りつけようとしているのが目に入った。


「オウカッ、あぶないっ!」


 反射的に叫んで・・・いた。


 ほとんど同時に、それが起った。

 

 さっき体の奥底にむくりとあらわれたものが、一瞬にして爆発したみたいに弾けたのである。


「きゃあっ」

「ぎゃあっ」


 すさまじい光と男女の悲鳴が室内にひろがり、そのあとになにかがぶつかる音がつづいた。


 目がチカチカするし、酸素不足なのかすこしだけ苦しい。肩で息をしている。


 光はじょじょにおさまってきたけど、息苦しさはまだつづいている。


 そして、室内を満たしている光がなくなったとき、わたしの目のまえに立っているのは……。


「マイ、きみは……」


 オウカが駆け寄ってきて、わたしを抱き寄せしっかり抱きしめてくれた。


 それだけで、わたしの心はいっきに安堵感でいっぱいになる。


 その安堵感は、オウカが無事だったから。それから、マグナも。


 わたしのまえに立っていたのは、オウカとマグナだけだった。


「きみは、きみは聖女だったのか?」


 かれはわたしの短い髪に顔をつけ、つぶやいた。


「それに、わたしにあぶないって言葉にだして注意してくれた」


 聖女?言葉?


 かれの胸のなかでその二つをきいた気がするけど、しだいに薄れてゆく意識ではよくわからなかった。


「マグナ様っ」

「オウカ様っ」


 そのとき、部屋におおぜいの人がはいってきた気がするけど、それもよくわからなかった。


 わたし、安心したあまり気をうしなってしまったわけね。


ご訪問いただいたばかりか第十一話目をお読みいただき、誠にありがとうございます。


次話で完結です。最後までご訪問いただけましたら幸いです。


あらためまして、心より感謝申し上げます。

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