次期国王マグナ
連続投稿で完結までまいります。
妹の結婚式のとき、かれは将軍として他国に遠征にでていた。だから、会ったことがなかった。もしかすると、子どものころに遠目にみたことがあるかもしれない。
まぁ、たとえみたことがあったとしても、覚えているわけはないわよね。
ソファーをまわってこちらにくるのは、次期国王の実弟であり妹の夫のクレール第三皇子。もちろん、わたしには義弟にあたる。
いかにも目端がきいてずる賢そうな、童話にでてくるキツネみたいな顔をしている。
妹ごしにかれと目が合った。一瞬、かれがはっとしたようだけど、きっと気のせいね。
それから、オウカ。この場にいるだれよりもかっこかわいくってそれでいて軍服姿が凛々しくって、もっとも輝いている。
「マイ……。とても美しいよ……」
かれはわたしのまえに立つと、お愛想をいってくれた。
それでも、かれの口からでた言葉ですもの。とてもうれしい。
かれの選んでくれたドレスのなかで、ナミとわたしが一番だって信じているこのドレスは、かれの瞳の色とおなじ色。
蒼い蒼いきれいな色。
差し出されたかれの手をとると、執務机の脇に立っている次期国王のまえに導かれた。
わたしの顔に表情はないだろうけど、精一杯つくろうとしている。ドレスの裾を上げ、次期国王に挨拶をした。
オウカが恥をかかないようにしなくっちゃ。
妹や義理の弟のことなんて、この際どうでもいい。
いまのわたしは、その想いでいっぱいになっている。
「はじめまして、マイ。マグナです。縁戚でありながら、一度も会ったことがなかったのが不思議でならないのですが」
次期国王は、流れるような所作でわたしの手をとって口づけをしてくれた。
会ったことがないはずよ。あなただけでなく、義理の弟ですらなかなか会わせてもらえなかったんですから。
だって、「氷の女」が王族にたいしてできるのは、不愉快な思いをさせることだけですもの。
「こんなに美しい人だったとは……。オウカ、きみはラッキーだな」
マグナは美しい。かっこいいというよりかは、女性みたいに美しい。腰くらいまでの髪が背中で一つにまとめられている。それもあざやかな金髪で、よりいっそうかれの美しさをきわだたせている。
物腰もやわらかくっていい人っぽい。
マグナというのは、たしか古語で「偉大な人」っていう意味だったはず。
「ええ。わたしはしあわせ者です。王位継承のまえに、わたしにはもったいないほどの女性を得ることができました。これで、心おきなく王都にもどり、継承できます」
「ふふっ、ごちそうさま。オウカ、きみのおのろけをきいていたら、わたしも重い腰をあげたほうがいいのかな、と思ってしまうよ」
マグナはわたしにウインクをしてから、執務机にもどって立派な椅子に腰をおろした。
視線を感じるのでそちらへちらりと視線を向けると、妹が驚いた顔でこちらをにらみつけている。
気がつかなかったふりをすることにしよう。
「あなたなら、お妃候補はいくらでもいらっしゃるでしょう」
「だからこそ、だよ。それにしても、きみの一族はきみと人間との婚儀を認めてくれるのかい?」
オウカがわたしをソファーに座らせてくれた。
妹夫婦は、すっかり忘れられている感があるけどいいのかしら?
オウカがわたしをみた。かっこかわいい顔に、ちょっと困ったような表情が浮かんだけど、それはすぐにやわらかい笑みにかわった。
「認めさせますよ。それで追われるのならかまわない。しかし、王になろうと追いだされようと、マイには苦労を強いることになります。わたしのマイへの愛は不変と断言できますが、その愛のせいで彼女を苦しめることになります。わたしの身勝手で、彼女は好まざる茨の道をあゆむことになるのですから」
苦しそうなオウカの声に、胸が痛んだ。
かれは、どこまでわたしのことを心配してくれるのかしら。
「オウカ。だったら、きみ自身が強くならねば。マイがそう感じないほどきみ自身のことを惚れさせればいい。だが、それは簡単なようでむずかしいな」
マグナは、立派な椅子の背にもたれて笑った。
「あの……。失礼ですが、姉はそんな女ではございません。ご存知ですよね?「鉄の女」の噂を」
そのとき、たまりかねたように妹がきりだした。
彼女の夫が突っ立ったままで、彼女をソファーに導きもしない。だから、彼女も立ったままである。
「姉は見てくれも悪いですし、冷たくて不愛想です。獣人の生贄になれても、とてもではありませんが王の妃になどなれません」
妹は、つねに注目されていないと気がすまない。だからいまも、面白くないのね。
っていうか、わたしをオウカのもとへやったのはあなたでしょう?っていってやりたい。
「それよりも、わたしたちのことです。お義兄様、お話はきいていただけましたか?」
彼女は興奮した様子で執務机に詰め寄った。
オウカの手がぴくりと震えたような気がした。
「義妹よ」
マグナは、いまにも執務机にばんと手をたたきつけそうな妹に、おおきな手をひらめかせた。
『無礼者。ちかづくな』
という合図なんでしょう。
「きいている。わたしの領地の継承と、それから軍政を任せてほしいということだろう?」
「だってそうだろう?第二皇子は、いまは内政を任されている。わたしが軍を束ねるべきだ」
それまで存在感の薄かった第三皇子、つまり義弟が突如力説しはじめた。
「そのためには、ほかの貴族や将校に示しがつくよう、領地をひろげなければならない」
「弟よ」
マグナは、背中を背もたれにあずけたままいった。
胸元で絡めあっている両手の指は、国王になる人とは思えないほど節くれだっている。
「わたしは一剣士として軍の学校に入り、卒業時には下級士官だった。王族という身分を隠し、ひたすら戦った。いまある地位は、わたしがみずから築き上げたもの。領地も同様だ。みずからの手柄で国王からいただいたもの。わたしの経歴に、皇子や王族がかかわっていることは何一つない」
苦々しい口調というのは、こういうことを表現するのかしら。
「な、なにを申されるのか……」
「なにをおっしゃるのです?」
義弟はあきらかに狼狽しているけど、妹はあきらかに激昂している。
「どちらも断る。とくに領地だ。そこに生活する領民のことを思えば、貴様などに譲ることなどけっしてない。そうだ。結婚祝いがわりだ。マイ、エンドー公爵家の領地として受け取ってはくれぬか?無論、管理はわたしの信頼のおける者にさせる」
まぁ……。
なんてことかしら。
なかば強引に妹がさらっていった領地のかわりに、第一皇子の領地を?
「兄上、なにを血迷ったことを。獣人どもにわが国で一番の土地をくれてやろうというのですか?」
「そうです。汚らわしい獣と見てくれも内面も最低最悪な女に土地をやるなんて、国王の決断すべきことではありませんわ」
義弟と妹は、みっともないくらいわめいている。
いまのはひどすぎる。
わたしのことはともかく、またオウカのことを悪くいうなんて。
太腿の上で握りしめている拳が真っ白になっていることに気がついた。
「さっきから、いったいなんだっていうんだ?わたしをないがしろにして。次期国王は、獣と友人同士だっていうからお笑いだ。このままだと、わが国の品位は落ちてしまう」
「品位が落ちるだけじゃないわ。獣に蹂躙されてしまう。お義兄様は、この野獣にだまされているのよ」
「二人ともやめよ」
マグナは、姿勢をかえることなく低くいった。
いまのは、ただの制止じゃない。
警告だわ、と直感した。
ご訪問いただいたばかりか第十話目をお読みいただき、誠にありがとうございます。
いたらぬ点が多々ございますが、十一話目以降もご訪問いただけましたら幸いです。
あらためまして、心より感謝申し上げます。