いきなりの婚約破棄?
連続投稿で完結までまいります。
「くそっ!いままで我慢してきて損をしたじゃないか。これだったら我慢なんてするんじゃなかった。はじめて会って三度瞬きするまでの間に、きみのその傲慢な態度が鼻についてならなかったんだ。それでも、きみの親の資産があったから、婚約までしてやったっていうのに……。というわけで、いまこの場で婚約破棄するのは当然だろう?ったく破棄だけじゃなく、この十か月に精神的苦痛をあたえられた慰謝料をはらってほしいくらいだ」
両親が死んだ。
馬車が橋の上から落ちた上に、嵐で増水している川に流されてしまった。
らしい……。
らしいというのは、遺体がみつかっていないからである。
壊れてボロボロになった馬車だけが、下流で見つかった。
両親の遺体も馬車をひっぱっていた二頭の馬も、いまのところはどこにも流れついていない。
遺体はないけど、葬儀は執り行われている。それが、いまのこと。
婚約者のラリーは、屋敷にくるなりテンション高く騒ぎまくっている。
しっているのよ、ラリー。
屋敷の外にまたせてあるあなたの馬車に、だいぶんまえから付き合っている侯爵令嬢のセリルをまたせているっていうことを。
ラリー、セリルとごっちゃになっているわ。
わたしたちが婚約者どうしだったのは、たったの半年。たったの半年だったのよ。
十ヶ月の間、じゃないわ。
あなたとセリルとのお付き合いが、十ヶ月ってことなのね。
「きいているのか?ちっ!あいかわらずでかい態度だな。そのエラソーな表情も気にいらないんだよ。たったいま婚約は破棄した。金輪際、おれにつきまとうんじゃないぞ」
ラリーは踵をかえすと、言葉だけじゃなく唾を吐き散らしながら玄関のほうへ歩き去ろうとした。
「おおっと、これは返してもらうぞ。顔も性格もブスのおまえには、似合わない代物だからな」
かれは、ドアのすぐちかくの樫材のテーブルの上から手袋をつまみ上げ、ジャケットのポケットにおしこんじゃった。
それから、ドアの向こうに消えた。
ラリー。それは半年の間にくれた唯一の贈り物だったわね。絹で高かったっていってたけど、知っているのよ。
街の古道具屋さんで値切って買ったっていうことを。しかも、もらったときに一応手につけてはみたものの、絹どころか素材不明の虫だらけの布だった。
虫に手をいっぱいかまれ、大変だった。
それでもプレゼントだから、廃棄せずにとっておいたんだけど……。
かわいそうなセリル。
彼女の手や腕は真っ白くてきれいなのに、明日の朝には虫にかまれて悲惨なことになっちゃうわ。
窓にちかづくと、月光の下かれが大股であるいてゆくのがみえる。
さようなら、ラリー。
元婚約者さん、セリルとおしあわせに。
窓越しに、月に手を伸ばしてみた。
届くわけもない、わたしのしあわせ。
この夜、わたしは婚約を破棄されてしまった。
くそみたいな元婚約者によって……。
ご訪問いただいたばかりか第一作目をお読みいただき、誠にありがとうございます。
いたらぬ点が多々ございますが、二作目以降もご訪問いただけましたら幸いです。
あらためまして、心より感謝申し上げます。