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ガチャレアリティN(ノーマル)の娘を育ててみた。

作者: みち ゆき

 モンスターはびこる世界。冒険者達は、パーティを組んで討伐に赴く。

 俺もそんな冒険者の一人で、これからパーティを組もうとするところ。ここは街にある冒険者用の人材紹介所。受付が聞いてくる。


「いらっしゃいませ。登録ですか?『ガチャ』ですか?」

「『ガチャ』の方を」


 人材紹介所には二種類の人間がいる。雇う方と、雇われる方。雇われる方は簡単だ。登録をして、雇用主が現れるのを待てば良い。先日までは俺もこっち側の人間だった。モンスターの討伐クエストを達成すると貰える報酬、そのうちいくらを取り分にできるかを決めて、雇用主のモンスター退治に着いていく。給金は悪くなかったが、あるときとてつもなく強大な敵が潜むエリアに迷い込んで全員命からがら逃げ戻ったのを機に、パーティーを脱けた。やはり冒険は自分のペースでするに限る。


 雇う方になると決めたからには、自分でパーティーメンバーを獲得する必要がある。が、フリーの冒険者を見つけて、次にそいつを勧誘し、次に給金の交渉を――――なんて一からやっていたら時間がかかってしょうがない。そんなとき役に立つのが、この「ガチャ」と呼ばれるシステムだ。なぜ「ガチャ」というのかは俺も知らないが、ともかく一種のマッチングシステムで、金を払えば紹介所に登録されている人間の中からランダムで選んでくれるから、少なくともフリーの冒険者を見つけて勧誘する、という工程はすっ飛ばすことができる。しかしこれにはデメリットもあって、選ばれる冒険者のランクがバラバラなのだ。冒険者には実力に応じてSからEまでのランク付けがされているが、システム上、自分で選ぶことはできない。結果が気に入らない場合は再度「ガチャ」をしてもいいのだが、そもそも一回引くのに大金がいる。俺が前のパーティーで貯めた金がいっぺんに無くなってしまうほどだ。


 俺は祈りながら、なけなしの金を受付に渡した。どうか、高ランクの冒険者が当たりますように。受付は金を受け取ると、名前のびっしり書かれたリストの上でペンを転がす。


(おい、大金ふんだくっときながらそんな原始的な方法で決めてるのかよ!)


 俺がそう口に出すより先に、受付が言った。


「はい、ネスティさんですね。いま呼んで来ますから」




 俺の前に現れたのは女だった。栗色の髪を後ろで縛り、大きな目のついた顔はそんなに悪くない。茶色のベストに黒のホットパンツ、その先から白い足が長めのブーツまで伸びている。が、持っている剣は見るからに安物で、コイツはランク高くないな、と思っているところへ向こうから自白してきた。


「私はDランクなんですよ。だから残念ながら、あなたの『ガチャ』はハズレですねぇ。どうします、引き直します?」


 引き直そうにも、もう金は残っていない。まあ、Eランクのドベに当たるよりはマシだったと思おう。まずはネスティと一緒にクエストを達成して、「ガチャ」を引く金を貯めなければ。





 俺たちは簡単で報酬が低いクエスト、例えばスライム狩りのようなものばかり受けた。スライムは一番の雑魚だ。駆け出しの冒険者でも狩れるような存在。

 ネスティが不満そうな顔で言う。


「ご主人様ぁ、今日もスライム狩りですか?」


「ご主人様ぁ、は止めろ。なんか慣れないから。前にも言ったが、俺は安全なクエストしか受けない主義なの。死ぬような思いをするのはもうたくさんだ」


「こんな低報酬ばかりだといつまでたってもガチャ引けませんよ。もっと割の良いの受けましょうよ」


 そう言われて気がついたが、俺はいわばネスティをクビにするための金を、ネスティと一緒に稼いでいるようなものだ。なんだか申し訳なく感じた。彼女はそこのところをどう思っているのだろうか。聞いてみると、意外にもあっさりと言った。


「まあ、慣れてますからね。私はお金が貯まるまでの繋ぎ、行きずりの女ってやつですよ」


「下品な例えだな……」


「ご主人様が私に向ける視線よりは下品じゃないと思いますがねぇ」


 俺は言葉に詰まった。悔しいが認める。確かにこいつは、出るトコ出てる!

 ネスティがニヤニヤしながら、


「おや?ちょっとカマをかけたら、まさかの図星とは。これはこれは……」


 カマかけだったのかよ!まんまとハメられたことに気付いたが、もう遅い。その日は一日中そのことでイジられるという屈辱を味わうことになった。俺はネスティをクビにすることに申し訳なさを感じていた、今朝の自分を殴りたい。早くガチャを引いて、メンバーを入れ替えてやる!





 ガチャ1回分の金が貯まった。俺は朝からウキウキだ。


「今日はニヤニヤして顔がだらしないですねぇ。あ、だらしないのは普段からか」


「うるさい!早くガチャを引いて、お前なんかクビにしてやる!」


 俺は朝食を掻っ食らうと、人材紹介所に駆け付けた。が、その看板に書いてある言葉を見て、固まってしまった。


『キャンペーン中!今なら2回分の料金で、3回引ける!』


 ネスティがまたニヤニヤしながら、


「もうちょっと一緒に頑張りましょうか?」




 クエストの指定地に向かう途中、ネスティが話していた。


「ガチャをまた引いたとして、別に私をクビにしなくてもいいんですよ?」


 その通りだ。メンバーを入れ替えず、純粋に増やした方が戦力的には良いに決まっている。が、あの日以来、事あるごとにからかってくるようになったから、俺としては早くクビにしてやりたい。俺のプライドのためにも。だから言ってやった。


「いや、クビにしてやる!俺に対する態度がなっとらん」


 ネスティは、はあ、とわざとらしくため息をつき、


「ご主人様も私を都合のいい女としてしか見てくれない……。お金が手に入ったらポイって捨てられちゃうんだ」


「だからそういう下品な言い方やめろ」




 下品一辺倒かと思えばそうでもなくて、いちおう恥じらいも持っていた。クエストに向かう途中、モジモジしながら、


「ちょっとお花摘みに行きますけど、覗かないでくださいね?」


 流石の俺も出歯亀するほど品性下劣ではない。誰が見るか、と言うと、調子に乗って注文を付け始めた。


「音も聞こえない所にいてくださいよ。でも途中でモンスターに襲われたとき助けてもらうため、私の声は届く距離にいてください」


 そんな絶妙な位置なんか分かりっこないので適当に相槌を打つと、安心してそそくさとションベンしに行ったが、やがて顔を赤くして戻ってきた。咎めるような目で「聞きましたね?」と迫るのだが、俺には何も聞こえなかった。


「とぼけないでください。うっかりオナラしちゃったの聞いたでしょ」


 繰り返すが俺の耳には何も聞こえていない。コイツが盛大に自爆しているだけだ。そう言ってやると、ますます顔を赤くして俯いてしまった。ネスティに可愛いという感情を抱いたのはこれが初めてかもしれない。





 ようやく2回分の金が貯まった。俺が朝メシを食っていると、ネスティが言う。


「短い間でしたがお世話になりました。私のことをエッチな目で見ていた人、ってことで覚えておきます」


 この減らず口が無くなれば可愛げがあるのだが。誓って言うが、俺はあの日以来、彼女をそういう目で見ることはしていない。……と思いたい。しかしコイツともこれきりかと思うと、いささかしんみりするものだ。


 人材紹介所に行くと、看板が替わっていた。


『さらにキャンペーン中!なんと!今なら5回分の料金で、10回引ける!』


 悪態をつく俺に向かって、ネスティがやっぱりニヤニヤしながら、


「また一緒に頑張りましょう?」





 パーティーを組んでから半年が経とうとしていた。さすがにこれだけ一緒に戦っていると互いの呼吸も合わせられるようになってきて、クエストも捗った。そして何より、あのイジリがあまり気にならなくなっていた。というよりむしろ、俺の方からネタにしにいくようになった。

 あるときも、


「もうちょっと上のクエストでも、今の私たちなら余裕ですよ。何か別の理由があって、スライム狩りにこだわるんですか?」


と懲りずに聞いてくるので、こう返してやったものだ。


「うむ。もしクエストをミスってお前が死んだら、人類の損失だからだ。そのエロい体は、末永く残さねばならない!」


「最っ低!」


 怒りながらも、彼女は続けて言う。


「あと、報酬の半分も私に渡さなくてもいいですから。ご主人様がガチャ引くお金なかなか貯まらないじゃないですか」


 雇う方と雇われる方で身分の上下がある、というような考えは、個人的には好きではなかった。ご主人様呼びに慣れないのもこのせいだ。あと単純に、3割、4割なんていうのは計算が面倒臭い。が、そんなことを言うとまたつけあがるに決まっているので、恩着せがましくこう返してやった。


「お前に強くなってほしいからだ。その金で訓練所に行くなり武器を替えるなりしろ」


 適当に言ったのだが、なぜかネスティは感動したような顔で、


「なんと!私のために、そこまで考えていてくれていたとは……」


 なんて言っている。チョロいヤツだと思った。将来悪い男に騙されやしないだろうか。





 5回分の金は貯まった。が、この頃になると、俺はガチャを引く必要性をあまり感じなくなっていた。ネスティとなら気心も知れているし、連携もバッチリだ。2人がメシを食えて、ガチャのための貯金ができる程度には稼げている。


 冒険者には二種類いる。とにかく大物を仕留めて地位と名誉を手に入れたいやつと、生活のためにモンスターを狩るやつ。――――俺は後者だ。わざわざ彼女を代える必要があるだろうか?


 一向にガチャを引きに行こうとしない俺に、ネスティは不思議そうに理由を尋ねるのだった。本当のことを答えると調子に乗るから、適当に答える。


「もう少し金を貯めてからでもいいかと思ってな。今はきっと、10回分の料金で20回引ける、とかのキャンペーンを張っているに違いない」


「いや、あるわけないでしょ」





 一年経った。相変わらず、ガチャは引いていない。その間に変わったことといえば、ネスティが昇格試験に受かって大喜び、


「ご主人様の言う通り、お金を訓練につぎ込んでいたら無事Cランクに上がりました!」


 というようなことがあった。もう一つ、俺たちのせいで街の近辺のスライムがほぼ絶滅してしまい、最近は少し遠くまで足を伸ばしている。


 ネスティが口を尖らせて、


「足を伸ばしても、やることはスライム狩りなんだもん。せっかくランク上がったのに」


「文句言わない。俺はお前のチチとケツを危険に晒さないという義務を負っているんだからな」


「本当キモいんでやめてもらえません?」





 そんなことを言ったそばから俺はしくじった。慣れない土地で道に迷って、うっかり危険なモンスターの生息するエリアに踏み込んでしまった。前のパーティーと同じパターンだ。しかもマズイことに、利き腕をやられた。


「すまん、俺は剣を振れなくなった。お前だけが頼りだ」


 なんて無様な俺!チチとケツを守るなんてほざいておきながら、自分の身も守れないとは!

 しかしネスティは俄然張り切って、


「心配ご無用!ランク上げてもらった恩を返す時が来た!」


 ランクが上がったのは俺のおかげでなく、自分が努力したからだと思うのだが……。とにかく、俺の命は彼女の剣に預けられた。





 夜通しの逃避行を経て明け方どうにか無事に俺の家にたどり着くと、ネスティは自分の家に帰る気力も無く、その場にぶっ倒れるように寝てしまった。スライムとは桁違いの強さの敵相手に、ほぼ一人で戦っていたのだから当然だ。毛布をかけてやりながら、俺は思った。よく見ると、やっぱりコイツはイイ体……じゃなくて。俺の命が助かったのは、ネスティのおかげだ。そして、前の俺みたいに、これを機にネスティがパーティーを辞めると言い出さないか、それが心配になった。


(おや、俺としたことが、なんてことを心配してるんだ?)


 そこで気付いてしまったのだが、――――俺はこの女に惹かれている。いつもはちゃらんぽらんだが、いざという時に自分を守ってくれた、このネスティに。




 夕方になってようやく目を覚ました彼女に、俺は開口一番こう言った。


「ネスティ、これからも俺とパーティーを組んでくれないか?」


「どうしたんですかいきなり。そりゃ、私をずっと雇ってくれるっていうなら、うれしいですけど」


 目をこすりながら答えるネスティ。俺は一瞬躊躇したが、思い切って言った。


「いや、これからは雇用関係でなくて、恋愛関係というのはどうだろう」


 彼女は一瞬きょとんとした後、顔をしかめて、


「それ、寝起きのタイミングで言っちゃいます?もうちょっとムードというものが……」


 俺はまたしくじった。頭を抱えてしまった俺を見ながらネスティはぷっと吹き出して、


「でも、うれしい。私を本当に必要だって言ってくれる人に、初めて出会えたから」


 俺には、もうガチャは必要ない。





 数年後、俺たちは夫婦になった。


「初めて会ったときは、まさかご主人様が未来の主人になるとは思わなかったなあ」


「うまいこと言ったつもりだろうが、別にうまくないぞ」


 こういう下らない掛け合いは昔と変わらない。一つ変わったのは、ネスティの体を好きにできるようになったことだ。あの頃の俺の目に狂いはなかった。確かにこれは、末永く残すべき乳と尻だよ。

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