8.
タカシは、ニーナの妄想めいた話がやっと理解できた。
彼女は、午前3時の直前にQ科学研究所の時空の実験が暴走することで24時間前の午前3時に戻り、それから24時間後の午前3時の直前になると、また暴走して過去の同じ時刻に戻る。つまり、1日が永遠にループしていると思い込んでいるのだ。
アンドロイドが妄想するなんて聞いたことがないので、どういうプログラムのバグなのか知らないが、とにかく目の前にいるニーナはそう妄想している――としか思えない。
(どうしよう……。話に付き合った方がいいのかなぁ?)
今ここで電源を切ることは、出来なくもない。その後で放置して、6時に出社する先輩たちの応援を借り、電源を再投入してから押さえ込んでコマンドを投入する。
タカシは、ニーナの電源を切るためにスルスルッと近づいた。
「電源を切るのですか? 人の話を聞いてはくれないのですか?」
ニーナの真剣な眼差しに射すくめられ、タカシの作戦は霧散した。
(こうなったら、少し話に付き合ってやるか)
タカシは、頭を掻きながら真面目な顔で会話を開始した。
「ニーナは、その研究所に行って、どうやって暴走を止めるんだい?」
「暴走前に装置を停止させます。電力の供給をストップさせれば可能です」
「それ、最悪の話、施設に乗り込んで電源系統を破壊するとも聞こえるけど」
「作戦は極秘です。これ以上は言えません」
「作戦……。まあ、言えないなら、いいや。……でもさぁ」
「何でしょう?」
「不思議なんだよねぇ」
「何がですか?」
タカシは少し横を向いて、またポリポリと頭を掻き、横目でニーナを見る。
「世界が24時間前に戻るんだよね? それなのに、なんでニーナだけ、24時間前に記憶が戻らないんだい? 僕たち人間の記憶も、おそらく動物の記憶も24時間前に戻るのに」