5.
この工場に運び込まれるアンドロイドは、電源投入による起動では体を動かしたりしゃべったりすることはない。
そもそも、廃棄処分になるのだから、起動した後で動く必要はない。そのために、電源投入でアンドロイドが体を動かさないように行動をブロックするコマンドを後頭部にコンソールを接続して投入する。
これには回収作業員が第三者の立ち会いの下で行うことになっていて、間違うはずがない。
ただ、タカシは一度だけその間違い――コマンド投入漏れのケースに遭遇したことがある。
回収する数が多かったからと推定されるが、コマンドが投入されずに電源を切られたアンドロイドが運び込まれたのだ。
その時は、電源を入れたらそのアンドロイドが立ち上がって動き出し「ここはどこだ」とキョロキョロして歩き始めた。
現場に居合わせたタカシたち三人は、仲間の二人がアンドロイドを羽交い締め等で押さえつけて、タカシがコマンドを投入して事なきを得た。万一のために、アルバイトでも、こういった対処法は教育されている。
ところが、
「――っ!!」
そのタカシが、久しぶりに二度目の間違いに遭遇して息を飲んだ。
女性のアンドロイドが、突然、上半身を起こしたのだ。
顔同士がぶつかりそうになったタカシは、頭を守るため反射的に仰け反り、床に両手を突いた。そんな彼には気にも留めず、アンドロイドは周囲を見渡す。
(ヤバい! これは、一人じゃどうにもならない!)
アンドロイドは、女性でも割と力が強いのだ。彼が唇を噛んでいると、
「ここは、どこ?」
少し機械的なトーンだが、若い女性の声でしゃべった。
タカシはアンドロイドを暴れさせないように、平静を装って「ここは――」と答えようとすると、彼女は「ああ、やっぱり」と何やら納得し、彼の方に顔を向けた。
「Q科学研究所に連れて行ってくれますか?」
「何? そこから来た介護用アンドロイド?」
後ろに傾いた体をまっすぐにしながら彼が質問を質問で返すと、彼女は不思議なことを言い出した。
「そういうこと言うの、これで100回目です」