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第三章 幽霊にはなりたくない

 放課後は家に帰るかポルコと遊ぶかの二択が多かったのだが、最近は当り前のように生徒会準備室、非認可サバゲ部の部室に足を運ぶようになっていた。


 今までの選択肢の一つだったポルコだが、どうやら生徒会長が相当厳しく当たっているらしい。成績不振を理由に五月中旬の中間テストまで、補習という名目の個人レッスンを教師陣に承認させ、めでたくポルコは約一ヶ月間、檻の中へ閉じ込められることが確定した。

 おそらく何かと忙しい生徒会長が合法的に二人の時間を作りたかっただけなのは、生徒の間では周知の事実(もちろん男子は気づいていないフリ)だが、ポルコの成績が危ないのも確かなので、これが両者にとって一番良い形だったのかもしれない。


 結果的に藤咲たちと出会ったことで、俺は十七歳の貴重な放課後を一人暇を持て余さずに済んだわけだ。


 その部室にだが、藤咲と二人で行くことが多かった。

三組だった藤咲とは道すがら会うことが度々あり、そんな事が続いた今では階段前の廊下で藤咲が待ち構えるようになっていた。

「遅いわよ、や、やま――んんっ、クソ犬!」

「だから待ってなくても行くっての」

 それがお決まりの挨拶だった。

 他の生徒もいる前でクソ犬呼ばわりだけは、本当に止めてほしいんだけどな。



 部室での活動もいつも決まっていた。

 初めに天魔大戦のブリーフィング。

 基本的に天魔大戦は一週間置き程度の頻度で組まれるらしく、俺の初参戦時の様な特別な事情が無い限りは、日時もある程度自由に変更できるらしい。

 天使や悪魔は本当に暇なのだろう。

 なので藤咲たちゴールデンアップルズは、大抵は学校が休みの土日や祝日か、平日なら夜間に天魔大戦のスケジュールを組み、それ以外の平日の部活は、その作戦会議というわけだ。

 ただその作戦会議も、日程が決まった翌日の一時間ぐらいしかやらない。

 残りはひたすら将棋やチェス、スゴロク等のボードゲームで遊んでいた。

 何か報告がある日は報告者が発表し、ざっと意見を交わし一分ほどで終了。終わればまたボードゲーム大会の開始。

 これではサバゲ部ではなく卓ゲ部だ。

 そこそこ真面目な俺は、この活動内容について藤咲に物申したことがある。

「近くに演習出来る場所が無いんだから仕方ないじゃない。それに弾代も馬鹿にならないし普段はボードゲームで頭を鍛えるのよ」

 と、一蹴されたけどな。

 でも将棋とかはともかく、スゴロクで頭は鍛えられるのか?



 まあ、とにかくそんな毎日を過ごしていた。

 肝心の天魔大戦も、あの後一回しか行っていない。週間ペースならこれも仕方ないこととはいえ、どうにも気が抜ける。

 一応報告しておくとその一回、天魔大戦第二戦目は森林戦だった。

 この時も藤咲の二つ名『毒林檎』の戦術展開は健在で、オープンフィールドという自由が利く戦場でもペンギンたち隊員を巧みに動かし、あっという間に敵は誘いこまれ、あれよあれよと包囲殲滅した――、


 ――らしい。


 俺の活躍はというと、包囲時に不用意に前へ進んでしまい敵の反撃で死亡した。

 そのせいで俺に戦闘時の記憶は無い。

 もちろん目が覚めた後。記憶がきれいさっぱり消えていても、あっさり死んでしまったアップルナイン(俺のコールサイン)は、藤咲から猛毒攻撃を受けたことは言うまでもあるまい。

 まさに泣きっ面に悪魔、傷口に毒林檎果汁。

 ちなみに死んでしまうと、それまでの天魔大戦時の功績が全て消去されるらしい。

 つまり将官クラスまで戦績を上げても一度死んでしまえばそれで終わり。初期階級の二級天士まで落ちるのだ。

 俺はまだ二級天士なのでダメージは殆ど無いが、藤咲たちの『未来を繋ぐ』という目標を叶えるには相当厳しいルールだ。

 だからこそ、藤咲はあんなにも俺に対して怒ったわけなのだ。


 藤咲曰く「死なないことが最優先命令よ」だってさ。

 生きて戦闘に勝てば当然戦績は上がる。例え戦術的に負けてしまっても、生きてさえいればその戦闘での功績は評価され、今までの戦績ももちろんリセットされない。

 一度死んだ俺たちが、死んでも絶対に死なない戦場で、何よりも優先するべき事が『生きる事』ってのも皮肉だよな。


 そんな感じで、今までとはほんのちょっとだけ変わった日常を過ごしていた。



 ただ今日はいつもと少しだけ違った。

「五月五日に、どこかの三流大学校舎が舞台の対戦が決まったわ。開戦時刻は二三〇〇。相変わらず室内戦は深夜が多いわね。仕方がないことかもしれないけど毎回眠いわよね」

「ははは、子供の日だからってお子様でもあるまいし何言って――、うん」

「……今みのりを見て詰まりました?」

 カチャッと嫌な音がした気がした。

「ボクからも目を逸らしたよね……」

 そんな、先輩をお子様扱いなんてするわけないじゃないですか。妹と同じくらいに寝てそうだとか絶対に思っていませんよ。

 普通の人間(生物全般)は、天魔大戦に設定された場所からは無意識に離れるらしい。

 なので先日のような森林戦でも、昆虫や蛇のようなサバゲーあるあるアクシデントは基本起きない。

 そういう便利機能があるせいで、逆に学校のような人が多くいる可能性のある場所での対戦は、なるべく影響が少ない深夜になることが多いらしい。

 つまりは俺がこのゴールデンアップルズに仮入隊させられた原因。

 天陵高校での巻き込まれ事件は、死んでいた俺がその便利機能の対象外だったせいで起きたイレギュラーだったのだ。

 何が言いたいかというと、生きているポルコは俺が無理矢理連れ出したせいで巻き込まれただけの完全なとばっちりというわけだ。

 本当にスマンかったポルコよ。


 俺の懺悔で話は逸れてしまったが、いつもと違ったのは次の藤咲の言葉だ。

「ゴールデンアップルズとしてはゴールデンウィークの締め括りを落とすわけにはいかないわよね? そこで強化訓練を行います」

 藤咲の親父ギャグ気味発言の事ではない。強化訓練とな?

「四月二十九日にサバゲー演習を行います。約一名弛んだクソ犬がいるので調教し直さないとね。場所と時間は前にやった時と同じよ」

 この場でクソ犬呼ばわりされているのは……俺だけですね、スルーしよ。

「そういや前に三人でサバゲー会場にいたもんな。あれは部活としてやっていたんだな」

「あんたもあの時居たらしいわね。なら場所とか必要な物も分かるわね?」

「それは問題無いがいつ予約したんだ? 俺は急に入ったメンバーだから予約人数に入ってないだろ」

「それなら大丈夫だよ。今回もこの前と同じで、ボクのお父さんの事務所チームで予約しているんだけど、あれから一人来なくなっちゃって丁度空きがあるの」

「あぁ、あのチームは富良乃先輩関係だったですか。年齢も区々だったからどんな集まりなのかと思っていましたよ」

 大きな会場でのサバゲーは複数の少人数チームを、基本人数が同じになるように分けて行われることが多い。ただ数の多い団体さんで登録した場合、人数や戦力バランスも考慮するが、そのチーム対他の寄せ集め連合で戦うこともある。

 俺の初サバゲーでのチーム分けは後者で、富良乃先輩のお父様チームと戦っていたということになる。

 それと話に出た『一人』とはやっぱりあれか、人間の方のアップルスリーか。どうやらあれは自業自得だったようだな。社会人が女子高生に手を出したら下手すると捕まるぞ。

 でも事務所……事務所か。会社とは言わないんだな。

 無論、事務所という括りに何もおかしなことはない。ただ思い返してみると、皆やけにガタイが良かったり、眼光が鋭かったりした気が……。

 イカン、深く考えないようにしよう。

「私たちは甜瓜ちゃんの家の人に送ってもらうけど、あんたはどうする?」

「え? あ……いや俺は自分で行くよ」

 送ってもらったほうが確かに楽だけど、先ほどの失礼な勘繰りのせいで思わず引いてしまった。

 可能性の話であるが冨良乃先輩と肩が触れ合うような席を隣り合っての車移動――、惜しいことをしたかな。

「そう。じゃあこれで今日の会議は終了。残りの時間は――」

 はい、いつも通り卓ゲ部の活動が始まった。



 本日のお題は部員全員での人生ゲームだった。

 最終順位は藤咲、みのり、先輩と続き、その間に越えられない壁が存在してから俺。


 もしかして本当に頭を使うのか……。



 それからは特に何もないまま強化訓練という名のサバゲー日を迎えた。

 現地まではかなりの距離があり、せっかくのキャッキャウフフチャンスを逃した俺は、バイクで一人。

まだ寒気の残る朝の春風を切って向かった。

 免許は一年の時に暇を持て余して取得しているので安心してくれ。

 ちなみに中免。本体は親父のお下がりだ。

 捨てずにずっと残してあった父さんの遺品の一つで、俺が免許を取ろうとしたのも家にこれがずっと残っていたからだったりする。



 俺が到着した時には、もう藤咲たちは迷彩服に着替えて準備を終えていた。

 天魔大戦と同じくサバゲーの時も、藤咲の戦闘スタイルである髪を纏めた姿は健在だ。


 俺も着替えて合流しようと簡易更衣室に入り、そこで今回は同じチームとなる富良乃事務所の方々と顔を合わせた。

 皆さんとても友好的で、見た目の印象も改めて確認してみると、そこらにいる堅気と変わりない。

 どうやら俺の取り越し苦労だったようだ……そう信じたい。



 この時、対戦相手の方々とも何人か挨拶を交わした。

 殆どの人とは軽く挨拶を交わして終わりだったのだが、一人だけ妙に馴れ馴れしく絡んできた奴がいた。

「よお、あんたが一番楽しそうだな」

 第一声がそれである。

 そいつは褐色の肌に三白眼、雑に切られたクセの強いウルフカットをしていて、一言で言うならワイルドな奴だった。

 服装もサバゲーをするにしてはやや軽装で腕など肌の露出も多い。

 肌の色は日焼けかと思ったが、露出した部分を見てもムラもなく健康的な色をしており、単に地黒なだけかもしれない。

「そんなにハッキリ断言されるほどニヤついてはいないと思うんだが。俺はサバゲー経験二回目の初心者な上、色々と事情もあってむしろ顔が変に強張ってないかと不安で一杯一杯なんだぜ」

「カカッ、経験なんて当てになるのか? むしろ教科書(マニュアル)通りのつまらない的になるだけじゃあないか。簡単に読める機械的な動きばかりじゃあ、動いていないのと大して変わらねえ」

「俺はきちんと実績のある内容だからこそ、有効な行動として教科書に載るもんだと思うけど」

「有効なのは相手がその教科書を知らない場合だけだがな」

 ニィッと、白い歯をむき出しにして自信有り気にそいつは笑った。

 笑った顔にはまだ無邪気さも見て取れた。印象が強烈だったので年上にも見えたけど、もしかしたら俺と然程も変わらないのかもしれない。

 しかもイケメン、これも俺と同じだな。……別に言っていて虚しくなってねえぞ。

「結局は才能(センス)さ。つまらない奴は何をしてもつまらない」

 最後にそいつは俺を指差し、

「だから楽しもうぜ――、オレたちだけでな」

 と、言い残し去っていった。


 少し引いてしまったが、ここはやや特殊と言っていい趣味を持った方々の集まりだ。紳士が多いとはいえ、一般的なイメージの所謂痛々しいオタクも当然少なからずいるだろう。

 だから俺はそれほど気にはしなかった。

 しかしあんな意味深に取られそうな言動を恥ずかしげもなく披露するとは……。ただでさえポルコ絡みで、ごく一部の特殊な層に変な疑惑を掛けられつつあるというのに、こういうのはマジで止めて欲しい。



 更衣室での邂逅で色々と不安も増したが、ゲームが始まってしまえば全部吹き飛んでいた。

 色黒イケメンは敵側のメンバーだったので、それ以降話をすることもなかった。

 それに富良乃事務所のメンバーはみんなルールに忠実で基本的に優しいし、この前初めて体験したサバゲーの時とほとんど取り巻く環境に変わりはなかった。

 変わった事といえばポルコがいない事と、開始前に渡された通信機から度々藤咲の命令が届く事ぐらいだ。

「しっかし、あいつもよくこんなに周りを確認しながら戦えるな」

 天魔大戦時と違い、このゲーム中は藤咲たちも前線に出て交戦している。

 その一人、富良乃先輩が俺の傍まで駆け寄ってきた。

「敵はいる?」

「二時の方向で動く影を見ました。それにしても先輩よくその装備で動けますね?」

 富良乃先輩は初めて出会った時と同じく、凄まじい重武装だった。

 豊満な肉体は防弾ベストや予備マガジン、使う機会の滅多に無いBB手榴弾の数々によって完全に隠され、手にした火器は様々なオプションでゴテゴテに換装されている。

 俺のノーマルと比べると二倍の重さはありそうだ。

「持てる物は何でも持っておかないと不安で。それにこれぐらいなら結構軽いよ。あ、でもボクが運動音痴だからちょっとの違いが分からないだけなのかも」

 ちょっとどころの違いじゃないですけどね。

「……アップルナイン状況……」

 通信機から藤咲――アップルリーダーの通信が入った。

 ここでも俺はアップルナインだ。

「東山道より二時方向に人影あり。数はおそらく二。どうぞ」

「……了解。メロンリーダーと一緒にその場で待機。グレープリーダーの合流を待て……」

「了解」

 メロンリーダーとはもちろん富良乃先輩のことだ。

 何がもちろんかだと? そんなもん聞くな。

「これも珍しいですよね」

「これ?」

「誰かの命令で組織的に動くことですよ。普通サバゲーって協力はし合うけど個人個人自由に戦うもんじゃないですか」

「あ~それはね……」

 少しバツが悪そうに富良乃先輩は話した。

「ここのみんながあまりにも勝てないから凛ちゃんにお願いしたの。ボクがサバゲーを始めるって知って、みんな心配で一緒にやり始めてくれたんだけど、負けてばっかりでいつも泣きながら帰ってくるから可哀想になっちゃって」

「それで毒林檎――あの指揮官様に泣きついたと」

「うん、みんな凛ちゃんの言う事は何でも聞くの。初めて勝てた時の事がよっぽど嬉しかったんだね。今じゃあボクの事とは関係なく楽しんでいるみたい」

 それで舞い上がったアップルスリーはあんな結果に……。


 少し昔を思い出し懐かしんでいたらグレープリーダーが到着した。ガスマスクをしたそいつは何故か意味もなく坂から滑り降りてきた。

「……迅速な行動を心掛けていたのです。決して滑って転んだわけではありませんよ」

「分かった、分かったから早く立て……」

 前に見たガスマスクはやはりみのりだった。今回も一メートルを超えるスナイパーライフル型のエアガンを持っている。

「敵はどこですか?」

「あそこの草陰だ。ここからじゃ届かないし、これ以上出て行くと上から撃たれる」

「分かりました」

 そう言ってみのりは銃を構え――パンパンとニ度撃ち、すぐ構えを解いた。

「あ、当たったみたいだよ、のりちゃん」

「凄えな……」

 ポルコとは違い、体の小さいみのりは物陰にも隠れ易いので狙撃手に向いているようだ。

「精密射撃は得意です……別に他ができないわけじゃないですよ」

「分かった、分かったから先に進むぞ……」

 アップルリーダーに報告し、俺たちは前進した。


 一応、俺以外の三人はリーダーということだが、天魔大戦の練習という名目もあってか、ある程度まとまって行動することが多かった。

 天魔大戦中は三人が戦っている姿をまともに見たことがなかったが、三人ともサバゲー二回目の俺なんかよりもずっと動きがスムーズかつ的確で、普通に巧い。

 富良野先輩は運動音痴を自称するわりにはドジらしいドジをすることなく、みのりもたまに転んではいたが射撃の腕はほとんど百発百中だった。

 ……俺も負けてられないな。



 そんな感じで戦場を駆け巡り、俺は今日という日、サバゲー初勝利を迎えることができた。

 初めてはポルコと――そうも思っていたのだが、やはり勝利したことは嬉しい。

 全戦全敗だった初体験とは打って変わって、本日は全戦全勝と素晴らしい戦果だった。

 優秀な指揮官がいるってのはここまで違うものなんだな。改めて実感。


 でも全勝ではあったが俺は何回かヒットされた。

 しかも悔しいことにそのほとんどが、対戦前に出会ったあの色黒イケメンにやられたという事実だ。対戦前の宣言通り、俺を相手にあいつだけ楽しまれてしまったわけだ。

 くっそぉ、今度会ったらリベンジしてやる。


 ちなみに普通のサバゲーでは髪の毛や衣服、装備に掠っただけでもヒット扱いになってしまうので、藤咲もヒットされたこと自体については厳しく追及したりはしなかった。

 ただヒットされた過程についてのダメだしは執拗にされたがな。

「あんたは毎回毎回不用意に飛び出し過ぎるのよ! 分かってるのクソ犬。馬鹿みたいに突っ込んだり軽い頭を隠してクソの詰まった大きい尻を隠さなかったり、とにかくマヌケなのよ、このマヌ犬!」

 一戦一戦終わる度に、俺への説教が挟まれた。

 その度にあの色黒イケメンのドヤ顔も思い出されて二倍増しで悔しい。笑った時に見える奴のやけに白く光る歯が余計に腹立たしかった。

「これが天魔大戦だったらあんたはまた死んでいるのよ? そんなんじゃいつまで経っても私たちの目標を達成できないじゃない」

 だから藤咲に対しても少し邪険に当たってしまったかもしれない。

「だから分かったって! 天魔大戦の時はちゃんと気をつけるから。もう終わった事はいいだろ」

「……本当に解っているの。遊びじゃないのよ」

 サバゲーは遊びだろ。もちろん真剣にはやっているけどさ。

 天魔大戦は……そうだな、お前たちは遊びで参戦しているわけじゃないんだよな。

 ああ……それはちゃんと理解しているつもりだ。

 全工程が終了した後の帰り際も、藤咲とは説教に対する生返事ぐらいしか交わさなかった。


 ゴールデンウィークの初日は、何とも言えない凝りを残して幕が下りた。



 それから五月五日の天魔大戦までは本当にすぐだった。

 ゴールデンウィーク中日の脱力系部活動はとてもあっさりしていたし、高校生の貴重な連休中は家にずっと一人で居たので、いつの間にか時間が過ぎていた。

 母親と妹は大型連休があると父方の実家に泊まりに行く。

 実家といっても同じ県内にある、車で一時間ほどの場所だ。それでも割と山の中になるので結構長閑で過ごしやすいんだ。

 俺も小学生の時までは一緒に付いて行ったんだがな。実家の裏にある父さんの造った軍事訓練でも使えそうな本格的フィールドアスレチック場が懐かしい。

 俺はなぜ付いて行かなくなったかというと、別に大した理由があるわけじゃないんだ。ただ不必要に輪を広げたり深めたりすることを避けていたからだと思う。

 十八歳を過ぎたら七歳からの俺に関する記憶や記録は全て無くなる。

 忘れられてしまう思い出なんて悲しいだけだろ? 

 忘れる前に、そう思っちまったんだろうな……。


 そういえばポルコだけは例外だったな。

 でもその例外も俺からではなく、あいつがグイグイ近づいて来てくれたからの繋がりだ。

 ……改めて気づく。

 今でも自分から遊びに誘うようなことは一度たりとも無かった。


 藤咲と会ってあいつらの目的を知っても、結局そんな俺は変わらなかった。



 天魔大戦の時間になり三度目ともなれば、すっかり慣れた感覚を味わって見知らぬ大学の一室に転送された俺は、各種装備品を身に着けて準備をしていた。

 ヘルメットももちろん忘れない。

 今回藤咲たちはタブレットのような物を手に持っている。

 前回の森林戦の時もそうだったが、特定の拠点が無い戦闘の場合三人は小型の情報端末を持って移動しながら指示を出す。

 当然負担は増すが、サバゲーの強化訓練の時と同じく藤咲はそれを完璧にこなしていた。

 もちろん他の二人の仕事ぶりだって何の問題も無い。

「今回の作戦はメロン分隊が私たち本陣の護衛。グレープ分隊は後方支援。アップル分隊が前線を担当することは解っているわね?」

「分かっているって。アップルナインの俺は前線で敵を多くやっつければいいんだろ」

「解ってない! 基本は索敵と探索。無理はせずに情報を持ち帰る事が大切なの。いいわね絶対に死んだりするんじゃないわよ」

「分かったから『死なないことが最優先事項』だろ? ちゃんと覚えている」

「本当でしょうね……嘘だったら針万本じゃあ済まないわよ」

 そうして開戦時間の二十三時になり、俺にとっては三回目の戦争(ゲーム)が始まった。



 まず俺たちアップル分隊が先行し部屋を出る。それから三人編成でチームを組み散開し、周囲の索敵を始めた。

 俺の組は、えーと……スリーとエイトかな?

「アップルナイン、クリア」

「了解。そのまま先行して北側の警戒を続けてね。本陣は二階へ移動するよ」

 薄くシャープなヘルメットに搭載された通信機器から、富良乃先輩の麗しボイスが生の音質そのままに聴こえる。

 サバゲーで使った通信機とは偉い違いだ。

 顔の前面に下りたバイザーにはヘッドマウントディスプレイの機能もあり、必要な情報が随時表示される。しかも決して視界の邪魔にはならない絶妙な配置、とんでもないハイテクだ。

「逃げ道の無くなる二階に移動しても大丈夫なんですか?」

「退路はちゃんと確保しているわ。余計な心配なんかしてないで、あんたは自分の任務に集中しなさい」

 通信に割り込んできた藤咲によって強制的に通信を切られた。

「……了解」

 俺は命令に従い一階の索敵を続けた。



 しばらくは敵との邂逅もなく、ただ時間だけが過ぎっていった。

「……っ! こちらアップルナイン、敵を視認したぞ。C棟一階に複数」

 そんな中、暗がりの通路で悪魔の姿を見つけた。

俺の両脇にいる一応天使のペンギン共とは違い、やはり悪魔は人間大のサイズで今回の頭部は犬……もしくは狼なのかもしれない。

 一戦目、二戦目とも昆虫系の顔だったので少し新鮮だ。

「敵は気づいてない。奇襲を掛けるぞ」

「待ちなさい! 敵の数によっては反撃を受けるわ、あんたらは敵をギリギリ確認できる位置まで後退。援軍の到着を待ちなさい」

「えっ? これはチャンスだろ、撃ってから後退でも遅くねえよ」

「だから無茶すんな! 攻撃するのはもっと有利な展開を作ってからよ。あんたは早く後退、周囲の警戒も忘れないでよ」

 しぶしぶ後退はしたが、藤咲のまったく俺を信じていないように感じる態度が少し悔しかった。



 それから援軍が到着しても、悪魔はC棟から出てこなかった。

「なんか前の戦闘といい悪魔が消極的なのよね」

 本陣の連中と通信して現状を確認する。

 俺は「消極的なのはどっちだよ」なんてことを思いながら話を聴いていた。

「まずは誘い出しましょうか。B棟から銃撃を開始」

「ここからじゃあ倒すのは難しいぞ」

「当てなくてもいいわ。あそこから動かして次の行動を見るだけだから」

 それだけで意味があるとは思えなかったが、俺はペンギンたちとB棟窓際からC棟に向かって銃弾を撃ち込んだ。


「……ただ撤退しただけか」

 攻撃したら悪魔は反撃もせずに後方へ撤退した。

「むざむざ敵を逃しただけに終わったな」

「やっぱり変ね。あいつら何を考えているのかしら?」

「そんなの考えても分からないだろ? とにかく追撃を開始するぞ。このままじゃお見合いが続くだけだ」

「正面から行くなバカ犬。隊を二つ分けて左右から攻めるわよ。遮蔽物の陰に隠れながら移動すること。特に屋上からの射線には気を付けて」

「そんなんじゃあ逃げられるぞ」

「いいから言う通りに行動しなさい。また死にたいの」

「へいへい、了解りょうか~い」

「返事は一度でいいわよ!」

 ぶつッと切れた通信のせいで偉く投げ遣りな命令に聞こえた。

 ……違うよな。この時の俺には藤咲の言葉そのものが、ぼんやりとしか頭に入ってこなかったんだ。

 ……いや、入っていたかも怪しいな。



 B棟建屋から外に出た俺は、木や水飲み場を遮蔽物にして悪魔の行方を追った。すぐに追撃を掛けなかったおかげで、もう影も見えない。

「索敵と尾行だけで今回の戦闘が終わっちまうぜ、これじゃあ」

 もしかしたら、俺はこのリアルなサバイバルゲームを楽しむようになってしまったのかもしれない。

 派手な銃撃戦が待ち遠しかった。

「ん? あれは……」

 先ほど銃撃を撃ち込んだC棟を物の気無しに覗いてみたら、僅かに動く影が見えた。

 ゴールデンアップルズは藤咲の指示でC棟には足を踏み入れていない。つまりあれは敵だ。

「藤咲に……いやどうせまた待機命令だ。こっちに気づいた様子も無いし、俺が一気に片付けてやる」

 普段の自分からは想像できない攻撃的な思考回路だった。

 でもそれができるという根拠の無い自信があって……、それ以上に藤咲を見返してやりたかった。


 自転車小屋のような場所から一気にC棟に駆け寄る。

 周囲に敵がいないことは何度も確認していたので迷いはなかった。

 俺はC棟の壁に手を掛ける――、

「えっ……?」

 ――と同時にほぼ真上から頭部に軽い衝撃が走った。

 何が起きたのかは確認できなかった。


 気づいた時には何度も経験した漆黒の世界を漂っていた……。



 今回の天魔戦争もゴールデンアップルズの勝利で幕を閉じた。

 敵の殲滅とはいかなかったものの大打撃を与えて敗走に追い込んだ――らしい。

 俺はもはや定番になった戦闘後の反省会を藤咲とマンツーマンで繰り広げていた。

「屋上からの狙撃、ヘッドショットでぱーん」

「……すまん」

 正座は免除されたが、面と向かって正面から説教を受けるのは逆に厳しい。

 藤咲のつり上がった細い眉、弾劾するような大きい瞳。開けば毒が、閉じてもへの字に戻るだけの桃色の唇。

 パーツ単位は綺麗でも感じる印象はキツイものばかりだ。

「私の言った事、覚えているんじゃなかったの? 突撃が最優先事項だったかしら」

「……死なない事」

「覚えていて何で無茶するのよ! あんた死ぬために参加しているわけ? ほんっと信じられない。この馬鹿犬、大馬鹿犬! 小さい頭で理解できないなら身体で覚える? ほらお尻を向けなさい。ケツの穴に銃弾ぶち込んで奥歯ガタガタ言わせながら叩き込んであげるわ」

「り、凛ちゃん、もうその辺にしよう? 橘くんもワザとやっているわけじゃないんだから」

「りんこ熱くなり過ぎです。怒る事が目的になってはいけないです」

 詰問が過ぎて方向がおかしくなった反省会を見兼ねて、富良乃先輩とみのりは俺を擁護してくれた。


 ……が、それでも藤咲の怒りは止まらなかった。


「もしかして男らしい姿とか勘違いしているんじゃない? あんたの親父は何を教えたのかしら。死んで英雄になるなんて思う奴はただ馬鹿、大馬鹿よっ! そんなのはね、ただの自己満足、それに付き合わされるこっちは堪ったもんじゃないわ」

「別にいいだろ……」

 俺も聖人君子ではない。例え自分が悪いと解っていても、それ以上に理不尽な罵倒を浴びせられ続けて、黙ったままでいるほど人間はできていない。

「せっかくの遊びを好きに楽しんで何が悪いんだよ」

「遊びですって? 私たちは――」

「遊びだろ! じゃなきゃ暇つぶしだ、こんなもん」

 溜め込んでいたモノが溢れて止まらない。

「こ、こんなもん?」

「橘くん! それは……」

「……やまとも言い過ぎです」

「悪いけど本当の気持ちだ。生き返る? 何夢見てんだよ。人間は死んだらそれでお終いなんだ。それに誰も達成したことないんだろ? みんな諦めてんだろ? お前らだって心のどこかで無理だって思っているんじゃないのか? そんなもんにムキになって、残った時間を無駄にして、それで精一杯頑張ったって思い込みたいだけじゃ――」


 高く乾いた音が、静かになった戦場で響いた。


「生きたいって思うのはいけないことなの……?」

 藤咲が俺の頬を思いっきり引っ叩いた音だった。

 頬に届いた藤咲の白い手はびっくりするほど冷たくて、反対にその手が頬に残したモノはとても熱かった。

「俺たちはもう死んでいる。止まっちまってんだよ俺たちは……」

 半分キレていても、女の子に手を上げるようなことはしなかった自分に少しだけ安心した。

「あんたは死んだままなの? 今のあんたは歩けるんじゃないの?」

「十八を過ぎたら俺たちは消える。消えても誰も気づきやしない。死んでからの記憶や記録は残らない。俺たちは実体があるだけの幽霊のなり損ないさ。いつまでもこの世界に残っていちゃいけない存在なんだよ」

 いつも藤咲の瞳に宿っていた何かが――、いつの間にか変わっていた。

 俺にはそれが読み取れてしまった……。

 なぜなら、それは俺が変えてしまったものだから……。

「俺は……幽霊にはなりたくない」


 その後は誰も喋ろうとしなかった。

 その中でぺ天使だけが「時間だ」とだけ告げた。

 俺は誰にも何も声を掛けずに、最初にこの場所から逃げた。



 あれからずいぶんと時間が流れた。

 外では雨がよく降るようになって、俺は授業が終わればすぐに自宅に帰るようになっていた。


 もうサバゲ部の部室には行っていない……行くわけにはいかなかった。

 ゴールデンアップルズをめちゃくちゃにしてしまった次の日、階段前の廊下に藤咲の姿は無かったから。



 もしあの日、あの場所に藤咲がいたら、俺は部室に向かっただろうか……。


 それにしても肌に感じる空気がとても冷たくなった気がする。

 例年よりも早めに訪れた梅雨が原因に違いない。


 そうさ、きっとそれだけのことなんだ。



第三章 ~ 幽霊にはなりたくない ~


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