回想2 リンゴ記念日
俺はリンゴが好きだ。
だからといって子供の頃から好きだったのかというと、実はそんなこともなかった。
むしろ嫌いだったな。
ただの食わず嫌いだったけどさ。
四、五歳ぐらいの時に父さんがリンゴを丸齧りしたの見て、俺も真似して齧り付いた。
ほら、子供の頃って何でも親の真似をしたくなるものだろ?
その時も俺にとっては、そんな内の一つだったんだ。
その結果だが、見事に俺の歯が取れた。
血はドバドバ流れるように出てきたし、実際かなり痛かった記憶がある。
子供だった俺はわんわん泣き喚き、大きく開いた口から真っ赤な液体が床や壁に飛び散ってちょっとしたトラウマになった。
それからは例え剥いてあるリンゴだろうが、それが柔らかい肉質のリンゴだろうが、まったく口に入れようとしなくなった。
それがどうしてまた食べるようになり、しかも「一番好きな食べ物は?」と聞かれたら「リンゴ!」と答えるまでに神格化されたのかというと、理由は至極単純明快で好きになった女の子が『リンゴが大好き』と言ったからである。
子供とはなんと単純な生き物なのだろうか。
いやこの場合は男とは――のが、的確か。
どちらにせよ元々食わず嫌いでしかなかったリンゴは、めでたく大好物の地位まで昇り詰めたのだ。
そういえば、その女の子とはどこで出会ったんだったっけ?
おいおい俺。初恋の女の子との出会いを忘れるって、さすがに青春を無駄にし過ぎじゃないか?
というか俺は死んだ事を理解していたこともあってか、それからの人生をやや無気力に過ごしていた。
誰かを本気で好きになることもなかったし、その女の子が唯一の甘酸っぱい思い出のはずなのにこの体たらくとは、自分で自分を信じられん……。
そうだ、それなら好きになったのは死ぬ前じゃないか?
少しずつ思い出してきた。
たしかどこかに出かけた帰り道で偶然出会ったんだ。
そう、あの時は確か父さんと二人で行った水族館の帰りだ。
ん? あれ、おかしいな。
その時の帰り道は、父さんと車に乗ったまま事故に遭ったはずなのに……。
でも俺の記憶では、その日その帰り道で出会ったことに間違いない。
もしかして俺は、父さんと一緒に事故で死んだわけじゃなかったのか?
それなら俺はいつ、どうやって死んだんだ?
回想2 ~ リンゴ記念日 ~