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第二章 戦う少女たち

 閉じていた瞳に強い光を感じた。

 体を動かそうとしたが思うように手足が動かない。

 ぼんやりと見え始めた景色からは、散らかった部屋と人影らしきものが、三つ四つほど確認できた。

 乱雑に転がる物体が、教室の机や椅子だということも次第に判るようになった。

 どうやら逃げ込んだ時の教室のようだ。よく覚えていないが四組辺りだったような……。


 あれ、俺さっき死ななかったっけ?


「あら、目を覚ましたみたいね」

 女の子の声がした。最近聞いた覚えのある声だった。

「……再生から覚醒まで三百四十ニ秒」

「まったく、鈍い奴だ。戦場なら死んでいるぞ」

「あの、えっと、死んでいたんだけどね」

 他にも声がする。

 とりあえず倒れたままの体を起こそうとして――、やっぱり動けなかった。

 手を前に出せない。

 足も揃えたままの状態から動けない。

 まるで縛られているような……。

「って、うおっ! なんじゃこりゃあ」

 本当に縛られていた。

「はい静かに。こっちの質問にだけ答えればいいから」

 カシャンと金属音がして、俺の額に何かが触れた。

 何かは近過ぎて焦点が合わず分からない。

 でもそれを向けている人物は、はっきりと見えた。


 見覚えのある天陵高校の女子制服を着たそいつの顔だけは、さすがにもう忘れたりはしない。

「藤咲凛子?」

「なんであんたにフルネームで呼ばれなくちゃいけないのよ」

 この返し間違いない。いたいけな男子を二人も地獄の底に突き落とした藤咲凛子だ。

「それより、これ見えてないの?」

 少し顔を引いてみた。

「……拳銃? エアガン?」

「一応本物よ、さっきまでの事を思い出せば解るでしょ?」

 さっき? そうだ、俺は黒い影から銃弾を浴びて――、

「そうだポルコ……ポルコはどこにいる? ポルコは無事なのか?」

「ポルコ? 豚? ああ、あの丸いの」

「知っているのか? なあ、あいつは――」

「あの男はもう帰したわ。あんたとは違うようだし、記憶は少し軍曹がイジったけどね」

「無事なのか? つうか違うとか何が、それに記憶をイジったってどういう意味だよ?」


「だって、あいつはあんたと違って死んだ事の無い人間じゃない」


 突き付けられていた銃が再び額に触れた。

「……なんの話だ?」

「隠す必要なんて無いでしょ? あんたは今日よりも以前に死んだ事のある人間。私たちと同じ転生猶予制度で仮初の命を貰った生きた死人」

「あんたらも……同じ、なのか?」

 そうだ、俺は子供の頃に一度死んだ。

「お前も死んだ事があるのか?」

「当然でしょ、ここにいるんだから。でもあんたはどうしてここにいるのかしら? もしかして悪魔側の人間なのかしら?」

 後半明らかに語気が強まったのを感じた。

「ちょ、ちょっと待った! ここには忘れ物を取りに来ただけだ。深夜に学校へ忍び込んだのはマズかったかもしれないけど、その悪魔とかは話がまったく解らん」

「何をすっトボケてるのかしら、このクソ虫は。どうやら軍曹の拷問が必要みたいね」

 ご、拷問だと? それにさっきから出てくる軍曹ってなんだ? むしろ何で藤咲は銃なんて持っているんだ。黒い影の集団のせいでこいつのも本物としか思えないんですけど。


「まあ、お待ち下さい隊長殿。拷問もやぶさかではありませんが、まずはこのクソ虫の話も聞いてみましょう」

 藤咲の裏手からその軍曹らしき声が聞こえた。

 だが俺にはその()()()姿()を確認することは出できなかった。

 というかさっきからクソ虫認定されているのも地味に気になる。

「おい、貴様死んだのはいつの話だ」

「じゅ、十年前だよ。六歳、いや誕生日だったから七歳か」

「死んだ時に天使にも会っているはずだ。その時どんな話をされたか覚えているか?」

 あれは天使だったのだろうか。もう昔過ぎてモザイク処理が掛かってしまい、はっきりとした姿は覚えていない。

 でも確かに誰かに会って話をした記憶はある。

「話をした覚えはあるけど、十八歳の年の終わりまで生きられるって話ぐらいしか覚えてない」

「嘘じゃないでしょうね」

「嘘じゃないって! お前がさっき言っていた、そのなんとか制度ってのもよく知らないんだよ」

「隊長殿、一度説明をされては如何ですかな? もしかしたら使えるかもしれませんぞ」

「う~ん、軍曹がそういうなら。仕方ないわねぇ」

 藤咲は転がっていた椅子を直し、どかっと偉そうに座った。

 足組みまでして本当に偉そうだ。

 ていうかさっきから床に転がされているせいで、とても視線のやり場に困るんだけど。


「あんた、どうして生き返ることができたか覚えている?」

「いや、知らん」

「はあ……。人間は死んだら霊界――あれ、天界だっけ?」

「今は天界と名乗っております。まあ天使たちは気分で名前を変えますから、どちらでも構わないと思いますが」

 適当だな天使。

「じゃあ一応天界で。死んだら魂が天界に行って転生の準備をするのよ。でも転生するには一度天界で現世の行いを審判するのね。でも十八歳未満は審判する材料が少ないから、どうしても正確な審判ができないらしいのよ。まあ極悪人は別らしいけど」

「そういう輩は即、地獄逝きですな」

「で、条件付きだけど仮に十八歳までの命を与えて、その経過も考慮して審判するのが転生猶予っていう天界の制度なの」

「条件ってのは?」

「細かく言うと一杯あり過ぎて説明が面倒だわ。大雑把に言うと大きな犯罪を起こさない、世界に影響を与えるようなことをしないってとこかしら。まあ普通に生きていれば特に気にすることでもないわ。現に忘れていたあんたでもこうして、この世界に留まったままだしね」

 そう言えば十八歳を過ぎてこの世界から消える時、結局は本当に死んだ歳で周りに記憶されると言われた。だから世界にあまり影響を与えるようなことはしちゃいけないのか。

「で、ここからが本題。転生猶予期間中は他にもう一つ、天界の決めたある制度を受けることができるの。ジハードボランティアっていうんだっけ?」

「つい先日、天魔大戦志願制度と改めたようです。日本語的に統一したほうが分かり易いのでは、と意見が出たので改名したと連絡が」

 やっぱり適当だな、おい。

「じゃあ天魔大戦で。天魔大戦っていうのは天使と悪魔が永遠戦い続けている戦争の事をいうのね。あんた今日ここで死んだでしょ? あんたらを襲ったのが悪魔。今日はここで、その天魔大戦が行われたの。天魔大戦志願制度っていうのは、それに私たち人間が参加できる制度の事ね」

「戦争をずっと続けているなんて、天使や悪魔は何も学んだりしないのか?」

「戦争といってもこちらの世界でいう戦略シミュレーションのようなものだ。天界の領域をヘクスマップで区切り、その一つ一つにこの世界を利用した一時間という限定付きの戦場を設置する。この戦場で実際に命を落とすことは無い。そうした上での陣取り合戦を繰り返すだけだ。その優劣で天使と悪魔の力関係を決める。本当の戦争を起こさないためのシステムだ」

 ある意味仲が良いとも言える。

 ルールを守って戦っているってことだもんな。まるでサバゲーだ。

 そう思うとあの黒い影、悪魔だっけか。サバゲー感覚のあいつらにビビっていた自分が情けなく思える。


「ただのゲームよ。ただしある程度の痛みは実際に感じるリアルなゲームだけどね」

 藤咲は手にしていた銃を再び俺に向けて「ばんっ」と撃つ仕草をした。

「もしかして、それにお前も関わっているのか?」

「ええ、戦場で活躍すると転生裁判の時により良い転生先に変更して貰えるの。転生猶予期間中は例え善行でも大きなことはできないから、その埋め合わせっていったとこかしら」

「転生先……、つまりは違う自分のためにってことだろ。記憶だって残るわけでもないのに、そんなもののためによく戦う気になれるな」

「そうね、だから戦う人は少ないわ。いても退屈凌ぎぐらいにしか思ってない」

 藤咲の表情が割とお茶らけていた感じから真剣なものに変わった。

「でも私たちは違う。別の目的のために、このゲームに参加しているわ」

「私たちって、それに別の目的?」

「私の率いる小隊の事よ。小隊名はゴールデンアップルズ、エデンの園にある生命の果実をイメージして付けた隊称よ。カッコイイでしょ? そして、その名前を小隊に冠した私たちの目的は――」

 藤咲凛子は立ち上がり胸の――いや、きっと心臓の前で力強く拳を握った。


「もう一度、自分たちの未来を繋げる! この世界で生き続けることを目的に私たちゴールデンアップルズは戦っているのよ!」


 すぐにはその言葉の意味が理解できなかった。

「生き続けるって、そんなことができるのかよ?」

「それが可能なのよ。天魔大戦で神様も認める活躍をすれば、ね。もちろん簡単なことじゃないわ。私たち以外は誰もが諦めているぐらい絶望的なこと。でも可能性はゼロじゃない。ならそれは希望よ、それを諦めるなんて私にはできない」

 そう語る目に嘘はなかった。

 普通にしていてもこいつの目は夜空の星のように輝いていたのに、今の藤咲凛子の瞳は夜そのものを終わらせる太陽のように見えた。


「その私たちってのは、そこの二人も入っているのか?」

 俺は少し離れた所にいる二人組に視線を向けた。

 藤咲と同様、天陵高の制服を着ているので天陵生だとは思うのだが、俺はこの二人を知らない。一人は別の場所で見たような気もしているのだが。

 ちなみに二人とも女の子だ。

「そうよ、一応紹介してあげるわ。ほらほら恥ずかしがってないでこっち来なさいってば」

 ああ、恥ずかしがっていたのか。てっきり警戒されているのか思っていたよ。

 そういや俺が悪魔側とかなんとかって疑いはもう晴れたんだよな? そうなら早いところ拘束している縄を解いてほしいんだが。

 ほら二人が近づくと、また視線のやり場に困るっての。

「こっちの小さい方がみのり、それでこっちの大っきいのが甜瓜(テンカ)ちゃんよ」

 確かにみのりって子は小学生かと見間違えるぐらい背が低かった。しかし、甜瓜ちゃんとやらも高校生にしてはやや小柄だ。

「りんこは同性にセクハラして楽しいですか?」

「凛ちゃんってば、私も小さい方だよぉ!」

 二人は抗議の声を上げている。セクハラ?


「あんな紹介は不毛なので再度自己紹介です。みのりの名前は蒼樹みのり(アオキミノリ)、主に小隊のオペレーターをしています。はろー」

 みのりという子は見た目通り幼い印象だ。ですます口調の言葉使いが背伸びをしているように思えて可愛らしい。

 校章の色を見るに一年生のようだが身長はかなり低く、小学校六年生の妹と同じくらいだ。襟足が少し長めの黒髪ボブカットで少年のようにも見える。

 それでも細くスラッとした眉、長めのまつ毛などパーツパーツは確かに少女のもので、眠たそうな目が妙に庇護欲を掻き立てられる美少女である。


「あ、あのボクは、あ、ボクって変だよね? ごめんね、もう癖になっていて、どうしても抜けないの。でもでも一応女の子だから間違えないでくれると嬉しいな。ほ、ほあああぁぁぁ、そうだ名前言ってないよっ! ボクの名前は富良乃甜瓜(フラノテンカ)、変な名前だよね、ごめんね……。しかも覚えづらくて……」

 ほっとくとずっと謝っていそうな甜瓜という少女もこれまた美少女だった。

 少々キツめの癖っ毛だが、綺麗な亜麻色の髪が妖精のような雰囲気を出していた。

 全体的に小柄で、パッチリとした大きな目も幼い印象を強くしている。

 校章の色から三年生だと判るが、それが無ければ下級生と思っていただろう。青樹みのりと比べれば確かに大きいが高校生としては十分小柄だ。

 そういえば気づいたことが一つ。

 富良乃さんは藤咲と一緒にサバゲーの会場にいた重武装の子だった。

 ということは、あの時のガスマスクを被ったもう一人は、この青樹だったのかもしれない。


 そして二人をじっと見比べていた俺はもう一つある事に気づいてしまった。

 富良乃さんは確かにある部分だけは、その小柄な体格とはアンバランスなほどに大きかった。

 藤咲の奴め、大きい小さいってのはそういうことか。


「そう言えば軍曹の紹介もしてなかったわね。彼が――」

 そう言って藤咲はある物体に手を向けた。

 だが俺はそれを遮った。

「ちょっと待て! 俺的にはずっと触れないようにしていたんだが、あれは隊のマスコットきぐるみじゃないのか? そうなら別にそれは紹介してくれなくても――」

「なに言っているのよ。あんな凛々しくて男気溢れる天使がきぐるみで、ただのマスコットなわけないじゃない」

「ていうか天使だったのかよ!」

 改めて俺は天使または軍曹と呼ばれた物体に目を向ける。

 実は初めから視界には入っていたが、ちょっと扱いに困りそうだったので見えていないフリをしていた。


 その物体は左目を眼帯で隠している……これは軍曹っぽい。

 その物体はネクタイもしている……天使とは紳士なのだろうか。

 その物体はずんぐりとした体格をしている……その姿は白と黒のコントラストを成し見事な存在感を放っている。

 その物体は口が鋭く尖り、磨き上げられたナイフのような鉄のフリッパーが……。

「私の小隊を専属で担当してくれている天使で戦闘のプロ、ペンギン軍曹よ」

「ただのペンギンじゃねーかっ!」

「違うわよ、喉周りが黄色いじゃない。ペンギン軍曹よ!」

「それはコウテイペンギンっつうんだよ!」

 あれを天使と認めろと? さすがにあれは無理だ。

 俺だって別に金髪碧眼で超絶美少女か美少年じゃなきゃ天使とは認めない、とまで言わないさ。

 鳥の頭をしていても百歩譲ろう。

 だがあれはフリッパーだ。

 せめて翼は持っていてくれよ。

 なんなら鶏でもいいからさ、ほら軍鶏なら軍曹って言葉もピッタリ。

「天使の輪なんぞ、ただの飾りだ」

「そんな些細なところは求めてねぇよ!」


 もういいや、どっと疲れたよ俺は。

 こいつはこれからペンギン天使、略してぺ天使と呼ぶことにしよう。もう決めた。

「む、隊長殿、時間ですな。このフィールドが消滅します」

「もうそんな時間なの? でもこいつはどうしようかしら?」

「それに関しては我輩が。あとで資料を送りますので、それを確認し判断して下さい」

「う~ん……そうね、軍曹がそこまで押すならそうしましょうか。よかったわね、あんた今日はとりあえず釈放よ」

 話がまったく呑み込めない。

「では、御三人は転送準備を始めて下さい。次の戦場でまた会いましょう」

「え、転送って、ちょっと待てぇい! この縄を解いてけよ、このまま放置プレイはシャレにならねえって」

「うるさいわねクソ虫が、じゃあ軍曹お願いね」

「おやすみなさいです。ないとー」

「今日も勝てて良かったよ。みんなまた明日~」

「マジで帰るの、そっちの二人も? 俺は? ねえ俺はどうなるのぉーーっ?」

 叫ぶ俺を尻目に女の子三人組はスマホを取り出して何やら操作している。

 富良乃さんだけは俺をチラチラと見て、申し訳なさそうな笑顔を浮かべていた。まあ、それだけだが……。

「総員整列!」

 ザッと音を立てて足を揃えるぺ天使。

 そして突然、廊下から近代的な武装をした数十羽のペンギンたちが現れた。

 くそ、ちょっと驚いたけど整列するペンギンの群れを可愛いと思ってしまった自分がいる。

「小隊長殿ならびに両分隊長殿に敬礼!」

 一斉にフリッパーを立てるペンギンの群れ。素晴らしい統率だ。

 こいつらはぺ天使と同様、天使なのだろうか?

 あの悪魔らしい影の軍団と比べると、天界の未来に大きな不安を感じざるを得ない。



 その後、藤咲たち三人の輪郭が歪み、そのまま姿を消した。

 消える瞬間プログラムような文字列や数式が走ったようにも見えた。

 天使、というか神様は、この世界の理もプログラムを書き換えるように簡単に変えてしまえるのだろうか。


 命だけでなく存在しないはずの人生も在るものとして……。



 とにかくこれで俺は一人残された。

 俺の他にも数十羽残されているが、人間は俺一人だ。

「このまま朝を迎えるのか……」

 生理現象も含めた様々な不安に押し潰されそうになった。

「すぐに解放してやる。うだうだ抜かすな」

「そのフリッパーでどうやって縄を解くんだよ」

 ぺ天使はにやりと嘴の端を歪め、不敵な笑みを浮かべた。

「我輩の翼は岩をも砕き、鉄をチーズのように切り裂く」

 その言葉に嘘は無かったようだ。

 ザクッザクッとまるでナイフで切っているかのような音がして、俺は自由になっていた。

「……やっぱりそれ翼じゃねえ」

「そんなことより貴様、小隊長殿から話を聞いてどう思った、どう感じた」

 ぺ天使はたぶん真面目な顔で俺を見ていた。

「どうって、色々急過ぎてよく分からねえよ。本当は知っているべき話だったんだろうけど」

「分からないなら考えておけ。隊長や彼女たちの事を、そして自分の事も。お前の手で何が守れるのかを」

 ぺ天使の言葉に少し驚いた。

 その言葉は俺の心の奥底に確かに刻み込まれている言葉だったからだ。



 それだけ言うとぺ天使は、この空間から他の天使たちと一緒に姿を消した。

「考えるって何をだよ……。俺の手なんかで何が……」

 あの話を聞いて俺は何を思った? 生きたいと思ったかってことだろ。


 ……それが俺の答え、なんだろうな、きっと。


 俺は決して大きくもない、自分でも頼りないと思う手を精一杯握り締めた。



 あんなにめちゃくちゃになっていた教室が、いつの間にかきれいに直っていた。

 だからといって今までの事が全て夢である、などと思ったりはしない。

 俺は一度死んでいる……それは確かな事実として俺の記憶に刻み込んであった事だから。

「そうだ雑誌は持ち帰らないと」

 深夜の学校に忍び込んだ目的を思い出し、慌てて廊下のロッカーからポルコの雑誌を取り出す。

 来た時とは違い、ポルコが隣にいないのが少し心細かった。


 俺は何かから逃げ出すように深夜の校舎を後にした。



 そして壮絶な出来事に遭った明くる日。


 学校ではポルコの情報通り持ち物検査が行われ、直後の臨時全校集会ではそのポルコが吊るし上げられていた。

 理由は校内に危険物を持ち込んでいたからである。

 もちろん昨日見せてもらった一メートル越えの狙撃銃型エアガンだ。


 延々嫌らしくねちねちとポルコに説教を続ける学年主任。

 それにじっと耐えるポルコ。

 そんなポルコを何故かうっとりとした表情で見つめる生徒会長。

 その様子に激しく心が痛む俺。


 本当にすまんポルコ。

 あの夜はお前が先に帰ったと聞いて、エアガンも回収したと勝手に思い込んでいた。思い返せば記憶を弄ったとか言っていたもんな。

 あの夜、校舎に忍び込んだ目的も弄られていたのだろう。


 もちろん、そんなポルコを一人生贄にして知らんぷりを決め込むつもりはなかった。

 だが俺も名乗りを上げようとしたら、当のポルコ本人に止められたのだ。

 その時の優しく、それでいて力強い決意の眼差しを、俺はどうしても振り払うことができなかった。

 今からでもあの場に駆け寄りたい衝動に駆られる。

 でもポルコはそんな俺の葛藤の機微を敏感に察し、何度でもあの円らな瞳を向けた。

 視線を交わすだけでも伝わってくるポルコの揺るがぬ想い。

 それを無下にすることはやはりできない。


 そんなポルコと目と目で通じ合っていた俺に向かって、憎悪と嫉妬の入り混じった凄まじい視線を送っていたらしい生徒会長に気づいたのは、全校集会が終わってからだった。

 まあそれだけ愛されているポルコだ、きっと生徒会長が助けてくれるだろう。俺なんかが下手に関わるよりずっと確実だ。

 なので実は名乗りを上げられない、もう一つの理由もあった俺は、素直にこの件から身を引くことにした。

 もう一つの理由。

 それは今朝校門で藤咲凛子に再び捕まってしまった事に起因する。



 校門の前に仁王立ちで待ち構えていた藤咲は目の覚めるような澄んだ声で、耳を塞ぎたくなるような挨拶とついでの一言を残していった。

「上官を待たせるなんて本当にどうしようもないクソ犬ね。クソ犬のくせに朝から悠長にクソを垂れ流している暇があるならもう少し早く登校したらどうなの? それになにそのクソみたいな顔は? 朝からそんな汚物を目にさせられた私の気分も考えてほしいものね」

 確かに今朝は顔を洗う時間が無くてそのまま登校したけど、そこまで酷かったですかね?

「放課後、管理棟ニ階の生徒会準備室まで来なさい。分かったわね」

 藤咲は返事も待たずにさっさと校舎に向かってしまい、校門前に立ち尽くすしかなかった俺は周囲から様々な視線を浴びていた。


 どうでもいいことだが、一日経過したことで俺はクソ虫からクソ犬に変わったらしい。

 クソ扱いは変わらないが虫よりかは犬のほうがマシだろうか、気分的に。



 というわけで放課後になり、俺は言われた通り生徒会準備室の前に来ていた。


 ちなみにポルコは今も実習室、またの名を反省室で補習を受けている。

 別れ際「今日も大和くんとの時間が取れず終いでごめんね」と言い残し、反省室に赴くその後ろ姿に俺は涙が出そうになった。

 そして、その先で生徒会長のどぎつい視線に気づいて結局、涙は溢れた。

 生徒会長が監督役を買って出たらしい。

 ならむしろ御褒美じゃね? と思うことにした。

 逆に俺は生徒会準備室で、どんな拷問を受けることになるのだろう。


 というのも朝、藤咲に声を掛けられた俺をクラスの連中が目撃していたらしく、そんな俺の身を案じた野次馬たちから藤咲についての様々な噂、というか既に伝説となっているエピソードの数々を聞かされたのだ。

 せっかくなのでそのうちのいくつかを紹介しよう。



 まず一つ、告白してきた男の九割を不登校に追い込んだぞ伝説。


 どうやら律儀に上ばかりを見ていたのは俺ぐらいだったようで、完全無欠の生徒会長を諦めた、または振られた連中は貪欲にも他の女子に目を向けるようになっていたらしい。

 そうして発掘されたのが、一応完全フリー状態だった藤咲凛子だった。

 だが残念なことに、見た目こそ生徒会長に勝るとも劣らない美少女女子高生藤咲凛子の中身は猛毒で満たされていた。

 見事騙され告白に至ったアホ共は、その毒によって精神を深く損傷し不登校への道に一直線だったというわけだ。

 また、その男たちの不誠実極まりない軽薄な行動により、前々から生徒会長絡みで下に見られていた男子の立場が完全に失墜。我らが天陵高校では女尊男卑が公然と許される、男子にとっては肩身の狭い環境へと当然のように変わった。

 具体的な例を上げると体育の授業はニクラス合同で行われるのだが、男子は教室で着替えることを許されていない。校舎の影でひっそり着替える男子たちの情けない姿といったら、もう涙すら誘う光景だ。


 続いて、不登校にした男の社会復帰率は十割だったぞ伝説。

 これは単純で、振られて不登校になった連中は、しばらくすると普通に登校を再開するらしいのだ。

 ただしその理由は立ち直ったからではなく、あまりにも悲惨な青春の一ページを破いて捨て記憶から抹消したから。

 つまり告白した事実が無いなら不登校になる理由も無いじゃん、という逃げの思考によるものらしい。

 でもその結果、藤咲凛子の毒は周知されずに多くの犠牲者を次々と生む悪循環に陥った。


 最後に、あの毒はストーカーでも堪えられないぞ伝説。

 性格はどうあれ藤咲凛子は超絶美少女。むしろその致死量限界ギリギリの猛毒すらも一部の変質者には御褒美であったのかも知れない。

 藤咲に興味を抱いた中には相当粘着質な奴もいたようで、いわゆるストーカーと言った類の輩だ。この手の輩はどんなことでも自分に良いように受け取るので始末が悪い。

 ……はずなのだが、藤咲はそんなストーカーの捻じれ曲がった精神も粉々に打ち砕いたらしい。

 どんな手段や毒を吐いたかは伝わっていないが、元ストーカーは教会で懺悔を繰り返すようになったという話だ。



 他にも色々と伝説を残した藤咲は、いつしか名前を捩ってこう呼ばれるようになったらしい。


 天陵高の猛毒『毒りんご』……と。


 それを聞いた時は正直笑いそうになるぐらい、まんまでピッタリな俗称だと思ったね。

 生徒会準備室の前に立って、これからの事を考えると残念ながら笑い話では済まないけどな。



 俺は観念して地獄の……いや違っていてくれー。生徒会準備室の扉を開けようと震える手を伸ばす。

 だがガラッと音を立てて扉を開けた瞬間、手の震えはピタリと止まった。

 と同時に俺はノックをするという紳士的な行いを怠った事に激しく歓喜――じゃなくて猛省した。

「……!」

「ほあああああぁぁぁ!」

 下着姿の女子が二人いた。

 富良乃甜瓜嬢と青樹みのり嬢である。

 制服の上からでも隠すことのできない富良乃嬢のダイナマイトボディを、申し訳程度に隠しているパステルグリーンの下着が堪らなく劣情を揺さぶる。

 起伏の乏しい蒼樹嬢も女性物の下着を付けているというだけで、どうしてこんなにも女性として意識せざるを得ないのかと自問自答に駆られた。

 だがしかし、未だに風呂上がりを半裸で過ごす妹を持つ一人の兄として、青樹嬢の幼い誘惑には堪えてみせよう。だがしかし、だがしかぁし! 小柄なのに凄まじい破壊力を携えた富良乃嬢の誘惑にはどうしても抗うことがあああああああああぁ!

 ――って、この状況で何を逡巡しているのか、取る行動は一つしかないだろう。

「すみませんでし――」

「覗き死すべし」

 青樹みのりはテーブルの上に何故か置いてあった拳銃を素早く構え、扉を閉めようとした俺に向けて躊躇なく発砲した。

「うごぁはっ!」

 死を覚悟したが、待っていたのは頬に刻み込まれた現実的な痛みだけだった。

 その衝撃で俺は廊下の壁まで回転しながら吹っ飛び、ついでに取っ手に手を掛けたままだったおかげで扉もしっかりと閉められた。



 起き上がった後、自責の念から廊下に土下座して待つこと数分。制服を着た富良乃さんが頬を染めたまま扉を開けてくれた。

「ど、どうぞ……」

 生徒会準備室に招かれた俺が最初に口にしたのは――、

「本当に申し訳ありませんでした」

 ――腰を九十度に曲げての謝罪の言葉だった。

「あ、あの、ボクたちにも責任はあるから。橘くんが来ることは知っていたのに、ごめんね。つい、いつものつもりで鍵も掛けずに」

 そう言って頂けると本当に助かります。

「あれ? 俺の名前知っていたんですね」

「昨日、軍曹さんから聞いたの。橘くんもとりあえず座っていて。凛ちゃんももうすぐ来ると思うから」

 俺は一応遠慮して二人の傍ではなく、近くにある扉側の椅子に座った。

「あの俺はどんな理由で呼ばれたんですか? もしかして昨日の俺が悪魔の手先とかいう疑いがまだ晴れてないとか……」

「あ、それはもう大丈夫だよ。ん~、でも詳しい話は凛ちゃんが来てからね。そうだ橘くん飲み物いる? アップルティーあるよ」

「え……? じゃ、じゃあ頂きます」

 確かにリンゴは好きだけれど、最近ろくな目に遭っていないから思わず身構えてしまった。ウサギとか毒りんごとか。


 富良乃さんが慣れた手つきでカップにお茶を注ぐ。離れた距離からでも林檎の心地良い香りが届いてきた。

 学校の教室内に何故か紅茶のセットが存在しているという非日常風景を、訝しがりながらも俺はありのままを受け入れた

 そして差し出されたえらく上品なティーカップを掴み、そっと口元へ近付ける。カップのせいもあるのだろうか、とても上品な香りに思えた。

 ならば俺も相応のマナーを持って味わおうではないか。

 決してがっつかずワインを嗜むようにほんの一口分だけ口に含む。ワインなど飲んだ事も無いからただのイメージだけどな。

 そもそもお茶の細かな違いを理解出来る舌も鼻も知識も、俺は持ち合わせていない。

 それでも以前に飲んだことのあるアップルティーよりずっと美味しく感じたのは、入れてくれたのが富良乃さんという補正のおかげだろう。

 きっとこの方は愛情という名のスパイスを入れる事が出来る、心優しい女性に違いない。

 う~ん、美味!

「そうだ! 凛ちゃんが言っていたけど、橘くんってリンゴのうさぎさんが好きなスカトロのアナリストなんだってね! ボクはよく知らないんだけど、どんな分析家なのかな? リンゴ? それともウサギさんの?」

「ぶふぉわっ!」

「ほあぁ! ど、どうしたの?」

 折角の富良乃さん特製紅茶を全て吹き出し、全身が脱力しかけた。

 あの野郎なんてこと吹いてやがる。そんなに俺をクソ野郎にしたいのか。

「えーと、富良乃さん? それは藤咲の悪質な勘違いです。間違いです。俺はスカトロでもアナリストでもありません。それとそれらの単語は口にしてはいけません。忘れて下さい」

「え? そうなの?」

 きょとんと首を傾げる富良乃さん、この方にはどうか無垢なままでいて欲しい。

「てんか、世の中には知らなくていい事が沢山あるのです」

 そう世の真理を語る青樹さん。てことはこの世界の闇を知ってしまったのか。

「のりちゃん知っていたの?」

「ネットで調べました」

 富良乃さんの言う「のりちゃん」とは青樹みのりの事らしい。藤咲のことも「凛ちゃん」と言っていたし、結構フレンドリーな先輩みたいだな。

 それにしても、なんという現代社会の弊害。便利になることは必ずしも人ためになるとは限らないということか。

「そういや青樹、さっきの銃は……」

「これですか? これはぐんそうに頼んで造ってもらった特注品です。弾の方も発射されると瞬時に膨らむ特製ゴムゴム弾です」

 あのぺ天使め、とんでもない凶器を作りやがって。まだ撃ち込まれた頬がジンジンするぜ。

 ていうか、なんでそんな物を頼んだんですかね。防犯グッズとしても過剰過ぎやしませんか、その威力。

「それとみのりでいいです。みのりもあなたをやまとと呼びますから」

 下級生とはいえ、ほぼ初対面の女子を名前で呼ぶのには多少抵抗があるんだけどな。

 それに比べ君は上級生でも遠慮なく呼び捨てなんだね。そのずぶとい神経がちょっと羨ましい。


「気になっていた事があるんですけど二人、というか三人は生徒会の関係者なんですか? 生徒会準備室で集まったりして」

 とは訊いたものの三人が生徒会の人間だとは思っていなかった。今日の全校集会でも生徒会メンバーは確認したが三人の姿は無かったからな。

「違うの、ここは部室として使っているだけだから」

「りんこが無理矢理生徒会から分捕ったらしいです」

 一体何者なんだ藤咲凛子……。

「そ、そうなんだ……。部室ってことは、ここは何かの部なんですか」

「サバゲ部っていうの。知っている? サバイバルゲームって言って森の中とかで――」

「ええ知っていますよ! 実は俺もこの前やったことあるんです。日曜なんですけど富良乃さんたちもいませんでしたか?」

 おっと自分の趣味の話になると饒舌になるオタクが顔を出しかけてしまった。自重々々っと。

「えぇーっ! あの時橘くんもいたの? それは知らなかったよ」

「相手チームでしたけどね。それにしてもサバゲ部なんてものがあったことを今の今まで知りもしませんでしたよ」

「りんこが学校に黙って作った非公式クラブみたいですよ」

 結構無茶なことをしているようだ。ここの鍵とかどうしたんだろう。

 しかしこれで校内一の危険人物は我々ではなく、あの藤咲凛子で間違いないだろう。

 ほんと良かった。不名誉な称号を俺もポルコも受け取らずに済んで。

「そ、そうなんだ……って、二人はそんな部に入っていていいんですか? もしかして藤咲に無理矢理――」

「ち、違うの! 昨日の話は覚えているでしょ? この部はそのために作ったものだから。それにボクはともかく、のりちゃんも入るとなると非公式にせざるを得ないというか……」

「どういうことです?」

「みのりはこの学校の生徒じゃありませんから。というかまだ高校生でもないです」

「ああそうなんだ、むしろ納得――っておいっ、ならどうしてこんな所にいるんだよ?」

「だから天魔大戦のためです。りんこは集まるなら部活としてのほうが色々と都合が良いと言っていました」

「……どうやってここまで来ているんだ? というか教師たちに見つかったらマズいだろ」

「……? 制服を着ていれば絶対にバレないとりんこが言っていました。事実今まで誰かにバレて騒ぎになったことは一度もありませんよ」

 色々都合が良いどころか不都合な事が多すぎないか、この集まりは……。集まるだけなら外でいくらでもやりようはあるだろうに。

「そ、そうなんだ……えっと、てことはここで着替えていたのはそのためか。あれ? でも富良乃さんも着替えていましたよね? それにみのりにしたってここにいたってことはもう制服に着替えていたんだよな? あ……」

 言って気づく。しまった、富良乃さんが頬を赤くして俯いてしまった。みのりに変化は無いが、あの常時眠たげな眼差しが今回ばかりは蔑まされているように感じる。

「えっと……サバゲーに使う戦闘服を新調したからその試着を……ごめんね」

「いえ、すみません……」

「変態死すべし」

 みのりが懐から銃を取り出していた。

 は、話を変えないと!

「でもいくら制服を着ているからって、小学生が高校に居たらすぐ騒ぎになりそうなもんなのにな。みのりってば結構スニークミッションとか得意だったりするのかな?」

「ほ、ほあああぁぁぁ……」

 富良乃さんが何故か両手で口を押さえて慌てだした。

「……みのりは中学生です」

「え、あ、そうだったのか。ごめん、ごめん。でも年が一つ違うくらいじゃあ結構分からないよな」

「ほ、ほああぁぁ……」

 何故かますます慌てる富良乃さんと、さらに無表情になったみのりさん。

「……みのりはもうすぐ十五歳の中学三年生です」

「……ははは、ウェットにとんだジョークだよね?」

「やまと死すべし」

 情け容赦なく、みのりはトリガーを引いた。

 今度は額にジャストミートする、ぺ天使印の特製ゴム弾。

 そのふざけた威力で廊下側に座っていた俺は扉の前まで綺麗に飛んでいき、そのまま床に大の字で倒れた。

 ――そこへ、

「いやぁーちょっち遅れちゃってごめんね甜瓜ちゃん、みのり。ところで大和はちゃんと来ている?」

 タイミングよく現れる藤咲。

 二人の視線で足元の存在に気づくまでの曇りのない笑顔を俺は忘れない。

「よう藤――」

「ふんっ!」

 顔面に踏み下ろされた靴底がえらく白く輝いて見えた気がする。



 額と頬に丸い弾痕を、顔の中央には綺麗な足跡を残したまま、俺は再び廊下側の椅子に座り直した。

 藤咲は先ほど見た笑顔が嘘のようなしかめっ面で、ホワイトボードの前にふんぞり返っている。

「まったく! エロ犬のせいで何を話しに来たか忘れたわ。そうね罰として私が思い出すまで校庭をふんどし一丁で走ってなさい。ほらどうしたのよエロ犬、エロ犬なんて全裸でも文句も言えないのに優しい私は特別にふんどしを巻く権利あげたのよ。さっさと服脱いで走ってきなさいよ」

 先ほどの邂逅でクソ犬からエロ犬にクラスチェンジしました。

「凛ちゃん、ほら機嫌直して。外はまだ寒いし裸はかわいそうだよ」

 富良乃さんの優しさは五臓六腑に染み渡……あれ? 走るのも含めて止めて下さっているんですよね?

「タイヤは引くべきだと思います」

 みのりは止めるどころか更なる負荷を与えようとしている。

「とりあえずわざとじゃないが(二人の時も含めて)謝るけど、俺をここに呼んだ理由は何だよ? 俺だって暇じゃないんだ、無駄な時間を過ごしたくないぞ」

「……そうね、無駄にできる時間なんて無いわよね」

 俺のはほとんど強がりだったんだけどな。藤咲は転生猶予の事を指して言ったのだろうか。

「いいわ、刑の執行は後回しにして会議を始めましょうか」

 どうやら取り消してはくれないようだ。

「では……こほん。本日よりエロ犬こと橘大和を仮隊員としてだけど、我が隊に加えることになりました、以上」

「わああ、ぱちぱちぱち~」

「……どんどんぱふぱふー」

「はは、そうなんだ初めて聞いたよ。これからよろしく――っておいっ、どういう事だ!」

 少なくとも嬉しそうには見える富良乃さんはいいとして、本当にどうでもいい空気を隠そうとしないみのりは何だ! って、これも違ぁああう!

「隊に入るってどういうことだ。俺も昨日聞いた戦いに参加しろってことかよ」

「だからそう言っているじゃない、理解力に乏しい下っ端は扱いが面倒ね」

「聞いてねえぞ……」

「今言ったばかりじゃない」

 これだからオレ様系の奴は話を聞かないで困る。

「あの、ボクたちと一緒じゃ嫌かな?」

 もうっ! これだから可愛い系の先輩とのコンビは始末が悪い。

「ねえ、あんたはなんで今まで天魔大戦に参加しなかったの?」

「んあ? そりゃあ、聞いたのがガキんちょの時だったし、そのまま忘れちまっていたし」

「これからも生きられるなら生きたいって思うでしょ?」

「え? う~ん、まあ、生きられるのなら……でもだからって」

「ああもう! うだうだとうるっさいわね。これは決定事項よ」

 俺の意思は無視ですか。

「それにあんたは仮入隊よ。使えなかったら即除隊、クビよ、クビ。理解できたなら絶対に死なないように死ぬ気で働きなさい」

 死ねと言っているのか死ぬなと言いたいのかどっちだね。

 まったく、なんとなく理解はしたが絶対に納得はできないな。言っても無駄そうだからもう反論する気も起きないけど。


「とにかく――、ようこそ未来を繋ぐ部隊、ゴールデンアップルズへ」


 そう言って笑顔に戻った藤咲の表情は、部隊名さながらの金の林檎のように輝いて見えた。



「よし、些細な事前連絡は終わり。次が本題よ」

些細って、おい。こちとら重大発表だったっつうの。

「急遽、次の対戦が本日二〇三〇時に決まったわ。場所は昨日と同じここ天陵高校全域。早急に準備をお願い」

「ほああぁ、急だねぇ」

「らじゃーです」

 どうやら今日また戦闘を行うみたいだ。

「なあ、ぺ天使らはそんなに毎日ドンパチやっているのか?」

「ぺ天使? まあ今回は特別よ。前回あんたらが紛れ込んでいた事で悪魔側がいちゃもんをつけてきたのよ。イレギュラーのせいで負けたってね」

「そういうの聞くと、やっぱりスポーツにしか思えないな」

「実際そんなもんよ。撃たれても強めのエアガンで撃たれた程度にしか痛みを感じないし、ある程度は決められた武器しか使えないしね」

 本当にリアルなサバゲーってことか。

 ただ痛みに関しては疑問が残る。あの時、俺はもんっの凄く痛かった気がするぞ? 正規参加じゃなかったせいか?

「でも私たちは本気でやるわ。遊びもスポーツもそうでしょ、何事も本気でやらないとつまらないもの。それに私たちには目的もある。手を抜く道理はこれぽっちも無いわ」

 藤咲はとてもいい笑顔で続けた。

「ふっふっふっ、ほんとうにいいカモだわ。私たちをゴールデンアップルズとは知らずにのこのことニ度もやって来るなんて。くくくっ……」

 ちょーこえー。

「昨日戦ったのに相手はお前らの事を知らないのか?」

「昨日は相手を殲滅しちゃったからね」

 富良乃さんが悦に入っている藤咲の替わりに、照れ臭そうな感じで物騒な答えを返してくれた。

「対戦中に死んじゃっても終われば元に戻れるの、ボクたちはもちろん天使や悪魔さん達も。でもその場合、対戦時の記憶は無くしちゃうから。特に天使や悪魔さん達は、これまでの戦闘の経験値っていえばいいのかな。せっかく高めた能力もレベル1に戻っちゃうみたいなんだ」

 変なところでリアルだな。

「戦闘結果だけは伝わるんだけどね。橘くんみたいなイレギュラーが起きた事も戦闘結果に含まれるみたいだけど、対戦相手の情報までは全体の戦略に影響するから開示されないの」

「つまり前回フルボッコにされたのに相手はそれを忘れていて、性懲りもなくまたヤラレに来たと?」

「いい点数稼ぎです」

 いつもは眠たそうなみのりの目が少しだけ輝いて見えた。

「よしっ! 今日は戦闘もあるし部活はこれにて解散。後はいつも通り三十分前にアプリから通知が届くから準備だけは念入りにね」

 不気味な笑いを止めた藤咲は立ち上がり今回の会議を閉めた。

「アプリって何だ?」

「あんたのスマホにもアプリが入っているはずだから、二十時に通知が届くわ。内容は開いてみれば分かるから。それと別に現地集合じゃなくても大丈夫だから、時間まで家に居ても大丈夫よ」

「? よく解らんが分かった」

 ところでどうやって俺のスマホにそのアプリとやらをインストールしたのだろう。まあ名前の件もあるし聞くだけ野暮だろうか。



 これにて本日の非公式クラブ、サバゲ部の部活は終了のようだった。

「じゃあ、また今夜にね」

「……とりあえずお疲れ様でした。ばいびー」

 富良乃さんとみのりは、その後すぐに部屋から出ていった。

「んじゃ、俺も……」

 立ち上がり部屋の外に出る。

しかし流れに乗せられて、というか無理矢理悪魔なんかと戦う羽目になっちまったが本当にこれでよかったのか? まあ一度死んでいる身でこういうのは変かもしれないけど、死ぬ事は無いようだし、試しということで一度くらい参加してもいいか。その後で除隊でもクビでも好きにしてもらえばいいよな。

「……ねえ、や、やま――んんっ、エロ犬一ついいかしら」

 窓の方を向いていた藤咲が外の景色を眺めながら話をしてきた。エロ犬と呼んでいるから俺のことだろう。

「なんだ?」

「死んだ時のこと覚えている?」

 急に何かと思えばそんなことか。

「地震の後、事故に巻き込まれたぐらいしか覚えてねえよ」

「……死ぬ瞬間のことは」

「どうしてそんなこと気にするんだ」

「いいから答えなさいよ、変な嘘はつかなくていいから」

 わざわざ嘘を吐く気なんてねえよ。でも――、

「ふぅ……覚えてない。でも親父と一緒に車の中で死んだんじゃないかな」

「あ……そう」

 それだけ言って藤咲は黙ってしまった。


 死んだ瞬間なんて気にしたことも無かった。

 今を仮初でも生きている。

 俺にはそれだけで十分だったから。


 どっちみち十年も前の出来事だ。普通に忘れていたって不思議でもなんでもないさ。

 それに死ぬ瞬間なんて、きっと痛くて苦しい思い出しかないだろ。

 そんなものは人間が普通に生きていこうとするなら有害でしかない。防衛機制でも働いて脳ミソが自動的に記憶をシャットアウトしちまったんだろうさ。


 俺はこれ以上特別言うことも無いので、部屋を出る気配の無い藤咲を置いてその場を後にした。



 高校生活初の部活を終えての夜。

 現在時刻は十九時五十五分。

 俺は今日もベッドの上でゴロゴロとしていた。といっても昨日のように雑誌を読む気にもなれず、連絡が来ると言っていたスマホを手に持ってただひたすら画面を眺めていた。

 アプリは当然のように俺のスマホに入っていた。

 アプリ名は『天魔大戦』。

 まんまであった。


 準備を入念にしておけと言われたものの、考えてみれば何を準備すればいいのかも分からない。戦闘で使う武器なんて持っていないし、何を着ていくのかも知らない。ただなんとなく部活という単語が浮かび今は制服を着ている。昨日も藤咲たちは制服を着ていたしな。

「準備……トイレにでも行っておくか?」

 そんなことしか思いつかないまま、ついに手にしていたスマホが鳴り出した。

 心臓の鼓動が跳ね上がったのを感じ、深く深呼吸をしてから届いた通知を確認する。

 ついでにアプリの詳細データを確認してみたが、肝心なところはほとんど文字化けを起こしていた。

 通知も藤咲から来るものと思っていたが、もしかしたらぺ天使ら天界側から届くものなのかもしれない。

「そう考えるとあの世からの通知か……縁起悪っ」

 馬鹿なことを考えていたら少し落ち着いた。

 俺はゆっくりとアプリに表示された内容を確認する。

『開戦時刻 二〇三〇時

 開戦場所 天陵高等学校

 参戦希望者は時刻までにその意思を示されたし』

 とても事務的で簡素な文面だった。

 文章の最後には『参戦』と描かれたボタンが配置されていた。。

「なんか逃げられそうだな……」

 ボタンを押さなければいい、それだけで逃げられる。

「でもまあ行くしかないか。強引な約束だったけれど、それでも約束は破りたくない」

 俺は……俺なりの決意を固め、寝転がったままの姿勢でアプリ内のボタンを押した。

 その瞬間、昨日藤咲たちがスマホを操作していた時と同様に俺の身体の輪郭が歪み、見たことも無い数式が身体中を駆け巡っていくの感じた。

 この瞬間をカメラで残せたらきっと凄い画像がとれないだろうか、ふとそんな考えがよぎり俺は意識が途切れる間際、カメラを起動してみた。



 瞬きをしたぐらいの感覚ののち、俺は自分の部屋とは別の場所に移動していた。

 そして寝たままの姿勢だった俺は、どこかで見た白くて細い綺麗な脚がすぐ目の前にあることに気づいた。

 ああ、もう気づいた時には遅かった。

 そう先ほど起動したカメラのシャッターが今まさにパシャリと音を立ててしまったのだ。

 若干の沈黙ののち、俺は意を決して――ッ!

「よう藤――」

「ふんっ!」

 そうして、また一瞬だけ意識が飛んだ。



 いきなりだが土下座は日本の誇るべき文化だと思う。


「どうしようもないエロ犬に全裸で先陣を切ることを命ずる。ほらさっさと実行しろ!」


 しかし土下座の必要性があった場合、もう許される状況でないことが多い。

 現に今も俺の後頭部には、罰という名の靴底がぐりぐりと捩じり込まれている。

「ど、どうしたの二人とも?」

「どうやら真性の変態だったようです」

 誤解が女子たちの中で確信にされつつある。もう俺にできるのは誤りであってもひたすら謝り続けることだけだ。。

「どうしましたか? この馬鹿が何か仕出かしたのですかな?」

 ぺ天使も来たようだ。

「知らないわっ! 軍曹は他の天使たちに準備を急がせて。甜瓜ちゃん、みのり、私たちも準備を済ませるわよ」

 後頭部の罰がようやく離れてくれたようなので、やっとのことで立ち上がる。

 周りを見渡すとなんとなく見覚えがあった。

 うちの高校の会議室だろうか。体育館を除けば学校で一番大きな部屋だ。

 藤咲たちは相変わらずスマホを操作している。

 今度は何してんだ、と思っていたら何にも無い空間に次々と様々な機材が現れた。

「うおっう、すっげえな」

「あんたもぼさっとしていないで強化服と武器の装備急いで。早くしないと本当に裸で戦場に送り飛ばすわよ」

「お、おう。でもどこにあるんだ?」

「アプリの画面をよく見てないの? ほらアプリを開いて」

 言われて違法アプリを改めて確認。

 画面の下部、通知欄の下に、とある項目があった。

『橘大和二級天士 詳細パラメータ情報』と書いてある。

 なんだ二級天士って?

「そこで今回使う装備を選んで。あんたのはまだ基本装備だから全部選んでも構わないわ」

 よく分からないので言われた通り項目を開く。

 と、そこはなんと言えばいいのか、よくあるRPGの装備画面みたいな感じで色々と表示されていた。

「なるほど選んで装備……っと、んぉあ?」

 アプリの画面上で選択したら、ここへ転送された時のように俺の身体の輪郭が歪み出した。

 それからきっと一秒も掛かっていなかっただろう。いつの間にか俺は肌にピッタリと密着する漆黒のスーツを身に纏い、手にはズシリと重い銃器を持っていた。他にも拳銃に手榴弾、銃刀法違反は確実のファイティングナイフなんかも装備していた。

「本当これだけ見るとリアルなSFの世界だ」

 ちらっと横目でぺ天使たちを見て俺は呟いた。

 二メートル近いぺ天使は軍曹と呼ばれている一羽のみで、他は六十センチ級の普通サイズだった。

 そいつらはおそらく防弾であろうをジャケットを羽織り、頭にはヘルメットを被っている。見た目は非常にコミカルだ。ヘルメットとジャケット背には何かのマークと番号が書かれていて、SFというよりも明らかにこいつらはファンタジーだ。メルヘンチックですらある。

「ほらエロ犬、話を聞きなさいよ」

「ああ悪い。なんだ?」

「その服だけど性能は防弾効果のある強化服ってところね。高い所から飛び降りた時の衝撃とか発砲時の反動もある程度吸収してくれるわ。でも過信はしないで。無いよりはマシぐらいに思っておきなさい」

「こっちの銃や手榴弾はどのくらいの威力があるんだ? 見た感じ米軍のM4カービンとM67にそっくりなんだけど同じものなのか」

「さすがミリヲタね。でも残念だけど似ているのは見た目だけよ。中身は天魔大戦用の別物、操作性自体は実物と同じだから、あんたみたいなミリヲタには使い易いんじゃないかしら」

「威力や射程が分からないと戦えないぞ」

 まあ本物だったとしても威力や射程を熟知などしていないがな。

「む、それもそうね。じゃあ今回はここで私たちの護衛ってことで待機してなさい」

「お前たちは前線に出て行かないのか?」

「私はコマンダーよ。指揮官! 指揮官はほいほいと前線になんて行かないわよ」

 胸を張る藤咲。

 理屈は分かるけどちょっとズルくない? とか思ってしまうのは、俺がゲームでしか戦場を知らないからか。

「あのボクは運動音痴で行っても役立たずだから……ごめんね」

 富良乃先輩がやはり申し訳なさそうに体をもじもじさせている。確かに言っちゃあ悪いが、この人は運動とか苦手そうだ。

「その分後方支援で頑張るから。あ、そういえば言ってなかったね、ボクはみんなのナビゲートを担当しているの」

 可愛くガッツポーズをする先輩。

 ナビ子がこういう女の子って嬉しいよね。

「……みのりは運痴ではありませんよ。ただ体を動かすのに慣れていないだけです」

 チラッと目配せをしたら、みのりすぐにそう答えた。

「分かった、分かったから。でも運動音痴は約さない方がいいぞ……」


「や、やま――んんっ、エロ犬、もう確認する事は無いわね?」

「そうだな、とりあえす今のところは無いな」

「じゃあ私たちも準備を続けるわよ」

 そう言って藤咲たちは再度スマホを操作して、俺と同じ強化服へと早着替えを行った。

「ぐおっ? おふぅ」

「何変な声出してんのよ、このエロ犬は」

 すまない、今回ばかりはエロ犬呼ばわりも認めざるを得ない自分がいる。

 この強化服、肌に密着するタイプなので体のラインが水着のようにはっきりと現れてしまう。

 なんつうか、そうエロい。

 あのふとすると小学生と見間違えてしまうようなみのりですら、洗練された機能美を身に纏うことによって女らしさというものが顕著に現れる。藤咲も着替える時に後ろを向いていたせいでお尻のラインが急に現れて、それで俺は声を漏らしてしまった。

 そして何より富良乃先輩である。

 内側からはち切らんとばかりに盛り上がる双丘は、強化服の形を保とうとする力によって最高の造形美を作りだし、見る者全てを圧倒する一つの芸術作品として完成された存在感を現している。もちろんそれを支える土台の全てがパーフェクトであるがゆえの美しさ、ミロのヴィーナスも真っ青である。

「気にしないで準備を進めてくれ……」

 美の銃弾の直撃を受けてしまった俺に言えるのはこれだけだった。



 その後、不真面目な一名を除いた全員で準備が進められ、学校の会議室は立派な作戦室へと変貌を遂げた。

 準備が整ったことを確認し、ぺ天使が号令を掛ける。

「総員整列!」

 ペンギンたちが中央に置かれた机の前に三列で並ぶ。

 こいつらが二十四羽いたことを、ここで初めて知った。

 俺はそいつらと机を挟んで反対側にいる藤咲の隣に立ち、その様子を眺めていた。

「では小隊長殿、お願い致します」

「了解。ではこれより今回の作戦を説明するわ」

 藤咲の後ろにある大スクリーンに天陵高校のマップが表示された。

「今回はこの本拠点を制圧されないように戦う防城戦よ。敵が来るのは校舎の北側にある学校林から。相手は昨日と同じ部隊、確実に勝てる相手よ」

 ただの説明にさり気なく士気を高める発破を加える。こいつ結構慣れているな。

「校舎には既に多数のトラップを仕込み済み。これらを使って敵をうまく誘い込み叩く。まあいつも通りのゴールデンアップルズで行くわ。配置はまずアップルスリー、フォーは屋上から可能な限り狙撃。メロン、グレープの各分隊は一階に待機し防衛線を張りつつ敵を誘導――」

 次々とプランを述べていく藤咲。

 スクリーンはそれに合わせて的確に表示する箇所を変えている。これはみのりがやっているようだ。

 富良乃先輩はそれを元に机の上でアナログな配置図を用意している。

 その様子はまるで映画のワンシーンを流しているかのように続けられ、俺はしばらく黙ってその綺麗な一連の流れを眺めていた。


 藤咲が話しているアップルとかメロンはペンギンたちのコールサインのようだ。ヘルメットとジャケットに描かれたマークと数字はどうやらこれらしい。

 随分と可愛いコールサインだが元ネタは藤咲たちの名前だろうか。

 まさか……いやこれ以上は言うまい。


「――以上。説明は終了。何か質問は?」

 静寂。

 俺はもちろん質問などありやしない。というかペンギン共は質問できるのか?

「宜しい。総員持ち場に着け!」

 本当によく訓練されたペンギンたちは、その合図で一斉に作戦室から駆け出した。

 なんだろうやっぱり天使には見えないな、ぺ天使軍曹とは別の意味で。

 そのぺ天使軍曹だけは作戦室から離れずに、この場で待機していた。

「あんたは行かないのか?」

「我輩はあくまで小隊長殿たちのサポートだ。戦闘には参加しない」

 喋れるぺ天使は楽な位置にいるようだ。

「それより貴様のその態度は何だ! 二級天士の分際で大天使の我輩に舐めた口を効くとどうなるか教えてやろうか」

「はぁ? そういえば何だよ、二級天士とか。アプリにも出ていたけどわけ分かんねえぞ」

「二級天士とは階級の名称だ。我々天使とは区別して人間の兵士は天士と呼ばれる。貴様は仮入隊の身、つまり戦闘技術も未熟で兵士として役に立たないクソ虫だ。そういうクソ虫は二級天士と位置付けられている」

「な、なんじゃそりゃあ」

 加えて、みのりが補足説明をする。

「ちなみに他の天使の階級ですが各ワンはやまとの二階級上の上級天使、他も一階級上の一級天使という階級にいます。みのりとてんかは軍曹と同じ大天士でやまとよりも四階級上です。りんこはさらに上の階級で権天士といいます。つまり、やまとはこの隊で一番の下っ端ということです」

 ついでに富良乃先輩の補足説明。

「天使ちゃんたちの見た目の違いだけど、上級天使の子たちは黄色くて立派な頭飾りが付いているから分かり易いよ」

 イワトビですね……すみません、正直どうでもいい。

「悔しかったら貴様も戦場で武勲を上げるのだな」

 たしかにヒエラルキー最下層は嫌だな。何より鳥の下というのは人としてマズイ気がする。

 え? 俺はあいつらを天使として扱ってないよ。

「りんこ、各隊配置に着きました」

 絶望の格付け発表をしている間に、ペンギンたちは持ち場に到着したらしい。

「戦闘開始まで後三分だよ、凛ちゃん」

「おっけい、もう無駄話は止めにしましょう」

 こんな真剣な表情の藤咲は初めて見た。男の俺が言うのもなんだが、その姿はとても凛々しくて格好良かった。

 それからの三分間はとても静かな時間が過ぎていった。


 そして三分後……。

 いつの間にか赤みのある髪を高めに結い前髪をヘアピンで止めていた藤咲が、平和だった時間の終わりを告げた。


「さあ、りんごオペレーションの開始よ」



 戦闘が開始されたようだが、すぐに銃声が聞こえてきたりはしなかった。

 なので俺はさっそく気になって仕方がなかったワードについて尋ねることにした。

「すまんが『りんごオペレーション』ってなんだ?」

「生命を掴み取る作戦だからよ」

「凛ちゃんの指揮する作戦だからね」

「みのりたちゴールデンアップルズの作戦だからです」

 三者三様の答えが返ってきた。三人が「えっ?」と顔を見合わせて、なんとも言えない微妙な空間が出来上がってしまった。

「今は戦闘に集中! みのり敵の状況は?」

 藤咲が無理矢理話を切り上げた。。

「敵は天陵館を探索中、これから体育館方面を制圧に向かう模様」

 みのりがいつもの抑揚のない声で淡々と現状報告を行う。もう場慣れしているのか、その様子に緊張といった様子は微塵も感じられない。

 ちなみに天陵館とは学生寮の無い我が校にて、部活動の合宿など行う場合に使用している離れ家屋のことで、学校林からは第二体育館と並んでもっとも近くにある建物だ。

「セオリー通り端から順に攻めて来るようね。これなら体育館とかにも罠を仕掛けて置くべきだったかしら」

「なんで体育館には仕掛けなかったんだ?」

「一応前回の戦闘と連続したものって設定で、時間的な制限が掛けられているのよ。その時間内に用意できる罠の数や種類って設定だから、むやみやたらと増やせるわけじゃないわ」

「色々とルールみたいなものがあるんだな」

「ま、敵はこの前とまるで同じ戦法だし、どのみち楽はできそうだわ。甜瓜ちゃん、メロン分隊に迎撃準備の要請を。アップルスリーとフォーには狙撃終了後も、全体の状況確認のため屋上にて待機命令」

「了解。メロン分隊のみんな迎撃準備を――」

 藤咲の命令をペンギンに伝える富良乃先輩。こちらも間違えないように一生懸命な感じはあるが緊張しているといった程ではない。

 そういう俺も初めて戦闘に遭遇した時はどうしようもないほど混乱していたというのに、今回は割と冷静だった。一種の試合前の緊張感に似た状態と言えばいいのか、そんな感じだ。


「メロン分隊、東生徒用玄関口にて交戦状態に入りました。映像出します」

 スクリーンに映画さながらの臨場感溢れる映像が映る。ようやく俺は敵である悪魔の姿を確認することができた。

 その姿はペンギンたちとは違い、れっきとした人間大の姿ではあったが、

「あれは……虫か?」

 不気味に光る大きな目の群れ。

 スクリーンに写されたその顔はこの世界の昆虫に酷似していた。

 ただし体は真っ黒なライダースーツを着ていて、これでベルトでも巻いていたら子供たちの夢を壊しそうな風貌だ。

「悪魔はこの世界で形を取る時に姿を自由に変えることができるの。大抵は私たち人間が畏怖するような姿形だけどね」

「それでこれかよ……」

 確かに人間サイズの虫なんて恐怖以外の何物でもないが、人間のように服を着ていると妙なコミカルさが出てしまう。あれじゃちょっと嫌な特撮物ヒーローにしか見えない。

 ペンギンの群れと戦っている様子もシュールだし、昨日はあんな奴らに怯えていたかと思うと自分が恥ずかしくなる。

「身体能力は一般的な人間と同じよ。たまに凄い奴がいたりするけど人間の限界までは超えないわ」

 本物のヒーロー級じゃ勝てないしな。

「メロン分隊、徐々に後退します」

 それでもペンギンには負けないか。

「メロン分隊は二手に分かれて両階段まで後退して、そこで前線を維持。アップルスリー、フォーからの連絡は?」

「特に無しだよ。別働隊はいないみたい」

「グレープ分隊は念のため西生徒用玄関ニ階で待機。アップル分隊は東三階階段前に集合、その場でメロン分隊と合流するまで待機」

「おいおい、いいのかよ? ここ会議室だろ。二階の守りが手薄じゃないか」

 会議室は二階にある。場所は西寄りなのでこのまますぐに攻め込まれる心配は無いが、今の藤咲の命令だと三階の守備を固めているようなものだ。

「アップルだかグレープだかを会議室前まで呼ぶべきだろ」

「問題無いわ。必要になったら二階で待機しているしすぐに呼び寄せられる。黙ってなさい、すぐに解るわ」

 偉く自信満々な表情で語る藤咲に、俺はそれ以上何も言い返すことができなかった。

 一応銃を握り備えて置くことにする。

 やばい、ちょっと緊張してきた。

「前線が二階に達しました」

「メロンスリー、ファイブは二階管理棟側、フォー、シックスは教室棟側に移動して迎撃。残りはアップル分隊に合流」

「たった二人、いや二羽でここまでの進路を守らせるのかよ……」

 一人不安で呟く俺。

だが藤咲はもちろん、みのりも富良乃先輩も、今の状況について何も不安を感じていないようだった。

「敵、二階まで到達しました」

「おい俺だけでも出るぞ!」

「あんたはじっとしてなさいっ! グレープスリーからシックスまで一階に移動」

 この後に及んで二階ではなくもう意味の無い一階へペンギンを送る藤咲の命令が、俺にはまったく理解できなかった。

「メロン分隊後退――」

 ほらな、このまま管理棟に攻め込まれて終わりだ。無駄に三階に兵を置いたせいで拠点の防御が薄くなっている。これじゃあ簡単にここまで突破されてしまう。

「――敵、三階まで進攻。二階には少数を残し本陣の背を守る構えのようです」

「だから言ったじゃな――えっ?」

 何故か敵は二階には攻め込まず三階へ針路を取った。しかも二階に残った敵は動く気配が無いらしい。

「一階の状況は?」

「カメラに敵の姿は見えません」

「グレープファイブ、シックスからの情報でも確認できないよ」

「よし、一階のグレープ分隊はそのまま東生徒用玄関口まで移動。二階のグレープ分隊は二手に分かれてそれぞれ二階で迎撃中のメロン分隊後方まで移動、迎撃に参加する必要は無いわ。三階の隊は西側の階段まで全力で後退しなさい」


 一気に戦況が動き始めた。


 俺はこれまでの作戦の意図が未だに理解できていなかった。

 おそらく戦っている悪魔たちも気づいていないだろう。

「どうしてあいつらは三階に攻め込んでいるんだ?」

「そんなの三階に私たちの拠点があると勘違いしたからに決まっているでしょう」

「なんでそんな勘違いを、そういえば一階も無視していたな」

「まだ解らないの? いいわ、戦局も決まったことだし、せっかくだからそのクソ虫以下の脳ミソにも解るように説明してあげる」

 エロでは無くなったが犬から虫に戻りしました。

「今回の戦闘は拠点を制圧すれば相手の勝ちなの。それに対して私たちは拠点を最後まで守り切らなくてはいけない。なら普通は拠点を一番離れた場所、つまり最上階である三階のどこかに設置して備えるもの。実際に私たちはそう思えるように三階の守備を固めた。加えて二階には最低限の人数しか残さずグレープ分隊には相手と遭遇しないように動かせた。こうすることで相手は三階に拠点があることを確信し、二階には挟撃を防ぐための人員しか残さない」

 三階から悲鳴が聞こえるようになってきた。

スクリーンに映している映像からもはっきりと聞こえる。どうやら三階のカメラには何故かマイクも仕込んでいたらしい。

「ふふん。でも実際には三階はただのトラップの巣窟にすぎない。でもそれが返って拠点はそこにあると思い込ませる甘い罠。相手は解っていても攻め込まずにはいられない」

 藤咲はまるで悪魔ような笑みを浮かべて驚くほど白く輝く歯を見せた。

あれ? 俺たちが戦っているほうが悪魔だったよな。

「アップル、メロン混成分隊三階階段で迎撃に入りました」

「よし! 二階グレープ分隊は同じく二階メロン分隊と合流。一階グレープ分隊も階段から進撃。一匹たりとも逃すんじゃないわよ!」

 聞こえてくる悲鳴に変化が起きた。

『ぎゃあああああああああああああああああ』

『隊長囲まれていますっ! ぐはっ……」

『そ、そんな……。三階に拠点確認できず、反対側へ進んだ部隊からも同様の報告あり! うわあああああああああああああ』

『なにっ? どうゆうことだ……っ! くそう、とにかく一度部屋に立てこもり体勢を整えろ』

『あああっ、駄目です! どの部屋にもトラップが、ぎゃは……」

 聞こえてくる音声はただの悲鳴でなく、どれも絶望に満ちた断末魔ばかりに変わっていた。

 てか悪魔は喋れるんだな。

 まあ、ぺ天使は普通に喋っているし、やはりうちのは天使ではなくペンギンだったらしい。

「ふっふっふっ、私たちゴールデンアップルズに出会った事を後悔しなさい」

 白い歯がなんと眩しいことか、素晴らしい悪役顔です。小悪魔的美少女を遥かに超越しています。天使ではありません。悪魔です。魔王です。サタンです。

『ぐおおおおお……はっ! そうかあの部隊章どこかで見覚えがあると思ったが、こいつはあの――』

 映像から聞こえてくる満身創痍の敵隊長の声。

 うちの隊長は聞いていないようなので、替わりに俺がしっかりとその言葉を聞き取ってやるとしますか。


『――あの……天使軍の毒林檎ポイズンアップルだああああ!』


 何かが切れる音が聞こえた……気がする。

「ほ、ほわああぁぁ……」

「……(合掌)」

 会議室に居る隊員たちが一歩後退った。

「……殲滅……殲滅……ブツブツ……退路を断って嬲るように……一匹ずつ……確実に……殲滅……殲滅……ブツブツ……」

 しっかり聞こえていたらしい藤咲は笑ったまま何かをぶつぶつ呟きだした。

 口元だけを見れば確かに笑っている。だが眉は逆ハの字、目はまるで黒い太陽……怖い。

 とうの悪魔たちは先ほどの隊長の言葉で他の隊員の挙動まで明らかにおかしくなった。恐怖で我を忘れて逃げ惑っているように見える。

「おい……ずいぶんと有名なんだな、お前ら。ところで『毒林檎』ってなんだ?」

 怖いので左に数歩横跳びして、一人冷静だったみのりにこっそりと聞く。

「それは隊ではなく天界での、りんこの通称です。りんこの戦い方は、相手がうまく攻めているように思わせて、さりげなくこちらの狙い通りに誘導し、罠に嵌めることを得意としています。待ち構えるのではなく誘い込む。まるで甘い果実に吸い寄せられ、思わず噛り付くと死んでしまう禁断の果実。それを隊章とも掛けて毒林檎『ポイズンアップル』と呼ばれるようになったそうです」

 富良乃さんがフォローすべきどうか逡巡している。おろおろと顔を身体を左右に揺らし、優しいが故に気の毒だ。

「りんこは、その呼び名を嫌っているみたいですから言わない方がいいですよ」

 言われるまでもない。

 もし俺が言ったらどんな目に遭うか分からない。いや、ある意味分かり切っているのに言うわけがない。

 毒林檎と解っていて誰が齧りつくものか。


 しかしこっちでも天界でも経緯は異なれど同じ呼び名で呼ばれる結果になろうとは……藤咲にはぴったりな通称なのだろうな。まあ、だからって名前だけで悪魔が恐れる存在ってどれだけだよ。

 罠が無くなった(=敵の何名かが犠牲となった)部屋で、その名の通り虫の息状態の悪魔を大画面で見ていると軽く同情も覚えてしまう。

「あっ! アップルスリーから報告だよ。敵の一名が校舎を脱出、狙撃にも失敗。どうやら木に飛び降りて逃げたみたい」

「追撃……後ろから脚を撃って足止め……それから万全を期すために分隊で包囲……あせらずに……ゆっくりと……殲滅……殲滅……」

 富良乃先輩が屋上に残ったペンギンからの報告を伝えると、すっかり壊れた藤咲はすぐさま非情な命令を下した。

 それにしても富良乃先輩はペンギンの言葉が解るのだろうか? 謎だ。

「なら俺が行くよ。ペンギンたちは包囲殲滅中だろ? 手持無沙汰な俺が行くべきだ」

 俺は自ら名乗りを上げた。

 別に何かしたいと思ったわけじゃない、俺なりに一番効率が良い選択肢を述べただけだ。

 そんな俺の言葉を聞いて、ようやくいつもの表情に戻った藤咲は少し悩むような仕草をした。

「えっ? あんたが? う~んでもなぁ……。甜瓜ちゃん、その敵の様子は?」

「落下の時の衝撃でダメージがあるみたい、動きが悪いって。アップルフォーの狙撃で右肩も負傷中。今は天陵館の裏手に回っているよ」

「いくら俺でもそんな奴相手なら負けないさ。いいだろ?」

 それでもあまり納得していないのか、藤咲の表情は厳しいままだ。

「仕方ないか。あんたにも慣れが必要だろうし、その機会と思えば……」

 しぶしぶ了承を得る。

 なんか初めてのおつかいに出される子供の心境だ。そんなに頼りないかね俺は。

「じゃあ行ってくるぞ」

「……気をつけなさいよ」

 俺は軽く手を振り、いつもは歩かなければいけない廊下を全力で駆け出した。

 ほんと家から出かけるようなノリだったな。



 会議室を出て西生徒玄関口に来たところでスマホが鳴った。

 強化服の腰部に入れておいたスマホを取り出して相手を確認したが、ディスプレイには名前が表示されていなかった。

「誰だ――って、なんだ藤咲か」

 一応出てみると、相手は今別れたばかりの藤咲だった。

 なんとなくそんな気はしたけどな。

 これで俺の番号も調べられていることがはっきりしたわけで、どこに相談すればいいのだろう。

「あんた通信機付きのヘルメットを装備し忘れたでしょ。それじゃあ連絡できないじゃない」

「あれ、そうだったのか」

 初めに装備した時に素で忘れていたようだ。

「とにかく敵はもう学校林に入ったわ。ここからなら校庭を抜けて先回りした方が早い。敵も付近にはいないから安心していいわ」

「了解。でも後ろから脚を撃って足止めじゃなくていいのか?」

「あん?」

「いや何でもない」

「余計な事は考えずに集中しなさい。じゃあ、切るわよ……」

 最後は妙にしおらしかった。まだ俺を行かせたことに不安があるらしい。

「しっかりやってみせればいいんだろ」

 むしろ藤咲のこの態度は俺をやる気にさせた。

 俺は玄関口に設置されたバリケード群を軽く飛び越え、全速力で校庭を横切り学校林へと走った。



 そうして学校林まで辿り着いた俺は、今度は逆に天陵館方面に目を向け周りを警戒しつつ歩いていた。

 学校林は木の間隔が疎らで、夜中でもあっても月の光で照らされて視界はそれほど悪くない。

 それとどうやらこの天魔大戦のフィールドはある程度限定されているらしく、端まで行くと見えない壁で遮られそれ以上進むことができなくなっていた。

 ただ触れた瞬間、スマホのアプリが勝手に起動し、リタイアするかという旨の警告が表示された。

 どうやらこれに答えると、このフィールドから出ることができるようだ。

 それと敵がここに逃げているということは、脱出できるポイントもある程度限定はされているのだろう。

 そうでなければ別の近い方角から逃げているはずだしな。

「木の陰に隠れて索敵か、サバゲーしている時と何も変わらないな」

 多少の痛みはある。けれど死ぬことはない。

 それだけで気分は大分マシだ。

 昨日のようにパニックになったりはしない。

 サバゲーの経験も生きているのか、自分でも驚くほど視界が広く感じ冷静だった。


 そして、容易に敵の捕捉に成功する。

 敵は明らかに弱り果てていた。足取りは重く覚束無い。周囲の警戒も散漫だった。

 きっともうそんな余裕も無いのだろう。武器も全て捨てていて逃げる事に必死なようだ。

 俺は確実に届くであろう距離まで待ち伏せし、木の陰から相手の足もとへ向けて銃弾を数発撃ち込んだ。

 思ったより衝撃は無かった。この強化服の性能だろうか。

「ひっ!」

 悪魔らしからぬ悲鳴を上げ、敵はその場で腰を抜かし尻餅を着いていた。

「動くな……って、それすら必要無さそうだな。じゃあさっさと爆ぜ散れ」

「ひっひいいいぃぃぃぃっ! た、頼む見逃してくれぇ」

「そんなこと言ってもな。これも勝負だろ」

 相対しても悪魔にはほんと思えない。

 妙にリアルな昆虫のマスクを被ったただのヘタレだ。

「あんたらの勝ちはもう決まっているだろ? なら俺を倒しても何も意味無いじゃないか」

「ん、そうなのか?」

 考えてみればこっちは守り切れば勝ち。

 まあ殲滅しても勝ちなんだろうけど結果が見えている以上、ここでこいつを倒してもあまり意味は無いのかもしれない。俺のアプリに出たようにリタイアすれば、それで終わりにもなるだろう。

 俺としても昨日やられた恨みはきれいさっぱり残っていない。

「なあ、俺一人倒してもあんたにメリットは何もねぇよ、個人の成績だって有効なのは負けた時だけだろう?」

「それは知らねえんだけどな、まあいいか。でも絶対にリタイアしろよ、長引くのは面倒だ」

「分かった、分かっているよ。助けてくれてすまねえな、あんたの事はちゃんと報告するよ」

「そんな事はしなくても別にいいっつの、俺にまで変な通称が付いたら迷惑だ」



 悪魔はそのままフィールドの端まで必死に走って姿を消した。


 するとすぐにスマホが鳴った。

 さっきの藤咲の番号だった。

「おう、どうし――」

「あんた何やってるのよっ!」

 こちらの返事も待たずに怒鳴られた。

「いや相手が武器も持ってなかったからさ、そんな相手を撃つのもな。倒してもメリットは無いんだろ? 個人成績とやらも負けた時だけってあいつ言っていたし」

「あんた馬鹿っ? 敵の言葉を信じる阿呆がどこにいるのよ」

「俺はバカなのかアホなのかどっちだよ……って、え、もしかして俺騙されたのか?」

「言っていることに間違いは無いけど、あぁもう!」

「す、すまん、問題があったなら謝るよ」

「……別にいいわよ、もう……」

 声のトーンがはっきりと落ちていた。今までにない反応に俺は動揺を隠せなかった。

「ど、どうした? ちょっとこの反応は初めてで電話越しだとどうしたもんかと」

「何でも無いわよ。ただ……あんたはやっぱり優しいのね」

 怒っているように聴こえた。呆れているようにも聴こえた。それでいて嬉しそうにも、

「バカだけどねっ!」

 怒っていたようだ。

 その直後、新たに着信音が鳴り響いた。

 今度は別の通知のようだ。

「おわっと、わりい藤咲、なんか通知が届いたみたいだ」

「それ戦闘終了の通知よ。それとこのフィールドにいる間は、元の世界と通信が繋がることは絶対に無いわ」

「あぁそうなのか、そうだろうとは思っていたけど」

 ここは天陵高校でも今は別世界って感じだもんな。

「アプリから元居た場所に帰れるわ。ここまで戻って来るのも面倒だから、あんたはそこから先に帰っていいわよ」

「分かった。なんとなくだけどここの感じは掴めたよ。今日は済まなかったな。次は役に立ってみせるよ。じゃあお疲れ」

「……そ、明日も部室に来なさいよ」

 それだけ言うと、スマホからは声が聞こえなくなった。



 俺は少しの間、声の聞こえなくなったスマホを眺めていた。

「次は、か。何を自分から口走っているんだろうね。このバカでアホな奴は」

 最後に残ったモヤモヤの答えを出さずに、通知を出していたアプリを起動した。

 そこに表示されていた素っ気無い『You Win』の文字に思わず笑みを浮かべ、俺はこの世界から抜け出した。


 消える瞬間はこの世界に来た時と全く同じ肌の感覚。

 唯一違ったのは心に、新たに抱えた想いだけだった。



第二章 ~ 戦う少女たち ~


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