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エピローグ 僕の手は君の為に

 今更だがもう一度だけ聞きたい、幽霊って信じるか?


 何度もこんな質問をしておいてなんだが、やっぱり俺は信じていない。


 藤咲凛子に出会って、少しだけ考えが変わった時もあった。

 でもその出会いが再会だと思い出して解ったんだ。


 人の魂は未練とかいう後ろ向きな理由じゃ決して縛れない。

 死んでも人を突き動かすのは生き続けたいと願う理由と強い想いだ。

 それを未練と呼べるのだろうか?

 少なくとも俺は、それを未練だなんてネガティブな思考だとは思えない。


 確かに生きる理由を必要とするのは死んでしまった者だけなのかも知れない。

 でも未来を信じ前に進もうと必死で運命に足掻らい続けている姿は、むしろ普通に生きている人たちよりも、ずっと生きていると言えるのではないだろうか。


 だから俺は幽霊なんてものは信じていない。

 だって俺が見てきたあいつらは――この世界で確かに生きていたのだから。


 これをある人物に話したら「何つまらない事を気にしてるのよ」と頭を叩かれた。

 そいつ曰く「足があれば幽霊じゃないでしょ」だそうだ。


 なんとシンプルで解り易い答えなのだろうか。

 ちなみにこんな教えを与えてくれたのは誰かというと、何を隠そう藤咲凛子その人なんだけどな。



 その藤咲凛子と俺はいつもの部室ではなく、放課後の図書室で二人、本の山と向かい合っていた。


 凛子と再会し、ゴールデンアップルズというちょっとおかしな部隊で一緒に戦うようになってからもう一年と半年以上が過ぎていた。


 その間は一瞬の出来事の様で、それでいて思い返せば色々な事が記憶に浮かんでくる。


「こら、現実逃避すんな! ほら次の問題よ」

 軽く昔の思い出に浸ろうとしたところで、隣にいる凛子に現実へ引き戻された。

「や、休みは無いのか……」

 手にしているのは使い慣れた筆記用具。

 テーブルに広げられているのは試験の問題集。

 俺は今、一ヶ月後に控えたセンター試験に向け猛勉強中だ。

「そんな余裕、大和には無いでしょうが。文句があるなら勉強を怠ってきた今までの自分にしなさい」

 念のため言っておくが俺の成績は決して悪い方ではない。

 補習のお世話になったことはこの高校生活で一度たりとも無いし、事前の学力テストでもまあまあの成績は残した。特に大学進学が危ぶまれるような状況では断じてない。


 飽く迄、高望みをしなければの話だが……。

「一緒の大学へ行くには最低でもコレとコレと、あとコレも。とりあえずこれだけは今日中に終わらせないと」

「俺はどこの大学でもいいんだけどなぁ」

「だったら私と同じ所でも問題無いじゃない。私はあそこに行きたい、大和はどこでもいい。なら選択肢は一つよ」

「偏差値をどれだけ上げると思ってんだ……」

「何も前の生徒会長さんみたくトップレベルの大学に行けって言っているわけじゃないんだから、大和はまだ楽でしょう」

「あれは生徒会長が言ったんじゃなくて、ポルコが『今度は僕が追い掛けます』って言って、ポルコに合わせようとした生徒会長の背中を押したんだ」

「そうなの? 彼って本当に外見と中身が違うのね。もちろん良い意味でよ。大和もそれぐらいのこと言えないの?」

「だからやるだけのことはやっているでしょうよ。はぁ……ホント、ポルコは凄えよなぁ」


 ポルコは生徒会長が卒業してからの一年間、ひたすらに勉学に勤しんだ。

 あいつが生徒会長と交わした約束のためだ。

 生徒会長の約束は効果絶大でポルコの成績はこの一年で鰻上り、今では学年トップスリーにまで上り詰めていた。

 それでも生徒会長が進学した大学に入るにはまだ心許無いらしく、今日も予備校に通い詰めている。


「大学に受かったらそこでもゴールデンアップルズを結成するわよ。どうせなら同じ大学のが集まり易いじゃない。また新しくサバゲ部を作ってみんなで遊びましょ」

「大学ともなればサバゲーのサークルぐらい、もうあるんじゃないか?」

「ならそこを新しく作ったゴールデンアップルズで叩き潰せばいいじゃない」

「物騒なことを……元からあるサークルに入るという考えは無いのか」

「その時は甜瓜ちゃんもみのりも呼びましょうね。あの二人がいれば百人力――」

 そこまで言って凛子は少しだけトーンを落とした。

「甜瓜ちゃんもみのりも……来てくれるかな」

「……来てくれるさ。同じゴールデンアップルズの仲間だったじゃないか」

 脚の上に置かれた手を優しく握る。

 凛子はそれに嫌がることも無く俺の肩に頭を寄せた。



 訪れる静寂な時間。

 冬の空気も相まって世界には俺たちしかいないような、そんな錯覚に落ちそうになる。

 別にそれが哀しいと思ったわけじゃない。

 繋いだ手から伝わる温かいぬくもりは、これ以上無いってくらいに幸せを感じさせてくれる。

「さっきは愚痴を溢したけど別に諦めているわけじゃないぜ? 俺たちも約束したからな」

 繋いだ手を、またそっと握り返す。

 こいつとの約束だって、あの生徒会長に負けないくらい効果が絶大であることを俺が証明しなくてはな。

「ずっと一緒にいるよ、これからも……。だから大学だって一緒さ。じゃないと約束をまた破る破目になっちまう」

「大学だけじゃ駄目よ? 約束の有効期限は一生なんだから」

「……なら白髪の爺ちゃんになっても生き続けないとな」

「当然よ」


 白髪になった自分を想像してみたらおかしくて笑いそうになった。

 たぶん俺はぼけ~っと日向に座って緩く生きていそうだ。

 肩に乗った頭をちらっと見る。

「あ痛っ!」

「ふん!」

 何を察したのか机の下で足を蹴られた。

 言っておくが別に失礼な想像はしてないぞ?

 ただ爺さんになった俺の隣にはきっと婆さんになっても元気でハキハキとした凛子がいて、俺は毎日こいつに急かされて、結局は慌ただしい日常をずっと生きていくんじゃないかなって思っただけさ。

 凛子はどうせ歳を重ねても優しくて、強くて、それでいて涙脆いかも知れないけど可愛いくて魅力的な婆ちゃんになっているだろうしな。



「と、ところでさ……」

「ん、何だ?」

 急にモジモジしだした凛子。

何だトイレか? なぁんて思ったらまた足が飛んでくるので、俺は何も思っていないし声にだって出さない。

「そんな先の話じゃなくてさ。その……もっと近い将来の話なんだけど……」

「試験勉強はちゃんと毎日するぞ?」

「じゃなくて! その前の必ず訪れる重要な日のことよ……もう分かっているでしょ?」

「んん? 何かあったか?」

「このバカっ! そのっ……ク、クリ、クリスマス……よ」


 ああ、本格的に忘れていた。

 去年も何だかんだ色々あったから、年が終わる前にそんな日があることをここしばらくまったく感じる機会が無かった。

 今年だって御覧の通り勉強三昧だったしな。


「分かってるよ……。心配すんなって」

「大和……っ!」

「クリスマスに浮かれることなく勉強しろってことだな。言われなくても俺は諦めてないって言ったろ。試験に向けてフォークではなくペンを握って頑張るさ」

「ほんっとバカ! このバカ、バカ! なんでこういう事だけはいつも察しが悪いのよ!」

「痛てっ、痛いって!」

 凛子はげしげしと何度も足の脛を的確に蹴ってきた。

「べ、勉強はもちろんするのよ。でも……その、勉強するならどこでも同じでしょ? だから……ね、私の家ですれば……いいじゃない」

「はい?」

「そうすれば私も大和を見張れるしぃ……教えてあげることもできるしぃ……その、一緒にいることもできるしぃ……」

 真横にいる俺の位置からでは、急に顔を伏せた凛子の表情を伺い知ることはできない。

 ただついさっきよりも凛子がほのかに温かくなっている気がしないでもない。

 それに赤みのある髪からちらりと見える耳が、林檎の様に真っ赤に染まっていた。

「今年のクリスマスはね、家にパパもいないから――」

 おっと――ふう、急にやる気と生きる気力に満ち溢れてきてしまったな。

「そ、そうだな。それなら――」


 凛子とした約束はこれからもずっと守っていこう。

 俺たちが生き続けている限り、その約束の期限が訪れることは絶対に無いのだから。


 だから――、



「――ずっと手を繋いで一緒にいよう」



エピローグ ~ 歩き続けるその先へ ~

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