回想6・大和編 約束
りんごちゃんに出会ったのは、地獄のような街の中で一人途方に暮れていた時だった。
何も考えられず何も見えなくなっていた俺を正気に戻したのは、近くから聞こえた女の子の泣く声だった。
俺はふらふらと声に引かれ、そこで見つけた女の子に声を掛けていた。
泣いたまま動こうとしない女の子に俺は、あの時の小さな手を差し出したんだ。
理由なんか単純で、ただ一人でいるのが怖かっただけだ。
だから必死に声を掛け続けた。
一人が不安で心細くて話す相手が欲しかった。
女の子は泣きっぱなしで最初は自分一人が喋っているだけだったな。
それでも気持ちは随分と楽になって、それでしばらくしてからやっと気づいたんだ。
女の子の名前を聞いてなかったことにね。
慌てて名前を訊いたら、女の子は初めて泣き声以外の反応を返してくれた。
まだ泣いたままだった彼女は、うまく自分の名前を言えなかったのだろう。
でも俺はそれに気づかず、間違ってその女の子の名前を覚えてしまった。
林檎の髪止めをしていたから、その名前に何の疑いも持たなかったんだ。
それから少しずつだけど、りんごちゃんは俺の話に答えてくれるようになった。
それがとても嬉しかった――。
――そう嬉しくなっていたんだ。
……崩壊した町。
……燃え上がる黒い炎。
……人のいない歪んだ景色。
そんな世界を歩いていても、もう辛いとは思わなかった。
弱々しくも握り返してくれる小さくて温かい手が、とても嬉しかった。
俺は父さんの言葉を思い出していた。
俺の手で、この女の子を――りんごちゃんを守れるのかもしれない……。
いや、守りたいんだ!
そう強く想えるようになっていた。
だからずっと離さなかったペンギンのぬいぐるみを、御守りの代わりにと思ってりんごちゃんに渡した。
そうしたらぬいぐるみが彼女の涙を止めてくれた。
妹のためのぬいぐるみだったけど、これも間違いではないと思えた。
だって涙の止まったりんごちゃんが見せてくれた笑顔は、とても可愛かったから。
俺が林檎を好きになった瞬間だった。
この手だけは絶対に離さないと強く自分に誓った。
多少照れ臭い気持ちもあったけどな。
仕方ないだろ、女の子と手を繋いで歩いているんだ男なら当然だ。
だからその後二人で瓦礫の下に閉じ込められた時も、りんごちゃんの声を聴くだけで身体を蝕んでいく酷い痛みが和らいでいくように感じた。
例えそれが意識の薄れていった結果だったとしても、俺は死ぬその瞬間までずっと幸せだったんだ。
そのままなら俺はきっと成仏――、死を完全に受け入れていただろう。
でも俺は今もこうして現世で生きたフリを続けている。
幸せだったけど心残りもできたんだ。
それは意識が無くなる直前、微かにだけど耳に、だけど心には――はっきりと届いた言葉。
「私とお友達になってくれますか?」
その時の俺は何も返事ができなかったけど、りんごちゃんと交わした最後の言葉。
「お家に帰った後もまた会おうね。そうしたら今度は一緒に遊ぼうね。えっと、それでね……これからは二人でずっと一緒にいられたら嬉しいな」
俺たちは確かに約束を交わした。
「――その時はまた私とお手てを繋いでね」
この約束が俺の生き続ける理由になった。
りんごちゃんという女の子に出会えたから、俺は死にたくないと思えたんだ。
藤咲凛子という女の子に出会えたから俺は――、
この世界で生き続けたいと、未来を願ったんだ。
回想6・大和編 ~ 約束 ~




