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回想5 今を締めつけているのは忘れていた過去の言葉

 父さんが大好きだった……憧れだった。


 父さんは自衛官で身体もそこらの大人よりずっと鍛えていた。だから運動会等の父兄参加種目では負け無しだった。

 テレビで見るスポーツ選手にも負けない、俺だけのヒーローだった。


 でも……天災には勝てなかった。

 

 被災者支援で向かったのであれば、きっと多くの人たちを救っていただろう。

 でも被災者の一人だった父さんが守れたのは、隣に座っていた小さな命一つだけだった。


 そうだ……俺は父さんに命を救われた――守られたんだ。



 地震のせいか、それとも車で突っ込んだ事が原因だったのか、運転席と助手席は瓦礫で埋まっていた。

 意識を失っていた俺は、いつの間にか車の外に押し出されていた。

 でも父さんは、まだそこにいたんだ。

 意識を取り戻した俺は、下半身が瓦礫に埋もれたままの父さんに駆け寄った。

 助けようと思った。

 例え大人であろうと、例え父さんであろうと、動かせないほどの大きな瓦礫を必死に退かそうとした。


 父さんは……こんな状況でも笑っていた。


 左目から真っ赤な泪を流しながら、きっと子供の俺を不安にさせないために……。

 泣きじゃくる俺の頬を父さんは優しく、それでいて力強く掴み言ったんだ。


 ――お前のその手で何が守れるか、よく考えろ――

 ――その手で守れるものを――

 ――絶対に守るんだ――


 それはきっと、助けられない命に必死にしがみつこうとした俺に、自分の命のことだけを考えて生きろという父親の言葉。生き残って母さんと、まだ小さな妹を守れという長男の、男として責任を果たせという――同じ男としての約束。



 直後、猶も続く余震が更に瓦礫を降らせ、それに気づいた父さんは腕の力だけで俺を押し飛ばした。

 父さんの車は瓦礫で完全に埋もれ……その隙間から流れてきた液体は、もう近づくことのできない水たまりを作った。


 俺に残されたのは父親の――男としての言葉と、意識を失っても離していなかった、大きなペンギンのぬいぐるみだけだった。



 結局それから俺は、自分の命すら守れず死んでしまった。


 そして、せめてもう一つの約束は守ろうと今に至る。

 自分の手を――父さんの大きな手とは違う、頼りない手を眺め思う。


 約束は守れたのかと……まだ俺の手でも守れるものはあるのだろうかと。



回想5 ~ 今を締めつけているのは忘れていた過去の言葉 ~

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