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第五章 伸ばした手の先

 約一ヶ月ぶりの天魔大戦。

 初めての天魔大戦時と同じく俺は藤咲たちのいる本部拠点の配置となった。もちろん護衛としてではなく目の届く位置に置いておくためだ。

 俺はその命令に素直に従った。

 そんな俺の態度を富良乃さんとみのりは何も言わずに受け入れてくれた。

 藤咲は怪訝そうな目付きで睨んでいたが、開戦時間が迫っていたのでしつこく追及されることはなかった。

「……やけに素直ね、何か変な物でも食べた? もしくは怪しい映像でも目にしたのかしら」

「どんな邪推だよ、指揮官の命令に従うのは当然なんだろ」

 相変わらず俺に対してどんなイメージを持っているのか解らない奴だな。



 今回の戦場は割と大きな廃墟。

 部屋に転がるっている物から見るに、どうやら廃病院跡のようだ。

 ここで肝試しでもすれば、かなりの雰囲気が出るだろう。


 戦闘開始から十五分。戦局はゴールデンアップルズが終始優勢に進めていた。

 相手は一ヶ月前と同様、積極的には攻めて来ず、損害を出さないように徹底して防戦の構えを取り続けていた。

 だがそれも藤咲には想定済みの展開だったようで、前線を釘付けにしながらグループを幾つかに分けて退路を塞ぐように部隊を動かし、相手に逃げる事も許さず一方的に鉛玉を撃ち込んでいった。

「今回は楽勝みたいだな」

「今回も、よ。ここ最近は馬鹿みたいに同じ戦法しか取らないから、対応策ぐらい幾らでも用意できるわ」

「悪魔側は戦闘方針を専守防衛にでもしたのか」

「バーカ、専守防衛とは違うでしょうけど、うーん……」

 ペンギンの群れが昆虫の群れを蹂躙する様子を、モニター越しに眺めながら藤咲は考え込んだ。

「他の戦場ではむしろ好戦的みたいなんだよね。痛みを恐れないっていうか、勝利するために損害覚悟で突撃戦法を取ることが多いらしいの」

「ポイズ――ゴールデンアップルズだと分かっているから、ここだけ消極的なのか?」

 ギロリと睨まれたので慌てて言葉を飲み込んだ。

 あぶねえ、あぶねえ。今日ここに来た意味を不用意な一言で失くしてしまうところだった。

「それにしたってここまで消極的に戦う意味が解らないわ。向こうから喧嘩売って来るくせにまるで勝つ気が無いみたい」

「喧嘩を売ってくる?」

「我々ゴールデンアップルズがいる設定の天界ヘキサマップに悪魔が攻めて来るのです。天魔大戦は敵陣地に攻め込むか、こちらが攻め込まれると発生します。今回も悪魔側から仕掛けてきた戦闘のはずなのですが……」

「それで勝つ気が無いってのは変だな」

「まあ、どのみち戦うからには勝つだけよ」

 そうに違いない。楽に勝ちが拾えるならそれはそれで問題も無いはずだ。


 今回はこのまま勝ちが決まるかと思ったが、さすがに敵もただやられるだけでは終わらなかったようだ。

「ああぁ! 敵少数が包囲網を突破。こっちに向かってくるよ」

「今頃突撃戦法か?」

「違うわね、たまたま包囲を抜けたのが私たちのいる方角だっただけよ。退路を塞ぐのに人数を割き過ぎたわ。甜瓜ちゃん、抜けた数と包囲中の敵の数は?」

「抜けたのが二。残っているのは正確には判らないけど十以上は確実にいるみたい」

「亀みたいに閉じ籠っていたから思いのほか減らせてないわね。ここで包囲を薄くするのはマズイか……」

 藤咲は一瞬俺に視線を向けたが、思い直すようにすぐモニターへ戻した。

「俺ならいつでも行けるぜ?」

 藤咲が何を思い、何を思い直したのかを解っていて俺はそう答えた。

「……あんたじゃまたやられるだけじゃない」

「じゃあやられないように指示してくれ」

「なっ――」

「頼む、俺はもうニ度と死なない。証明してみせるよ」

 わずかに訪れた沈黙。

 藤咲はすぐに命令を下さなかった――俺にも他の誰にも。

「行ってもいいか?」

 最終確認。

「……各分隊のスリーは合流後、包囲から抜けた敵を追って。メロン、グレープのフォーはアップル分隊のフォローに」

「りょ、了解」

「了解です。らじゃー」

「……了――」

「アップルナインは包囲を抜けた敵の頭を押さえて、それから各スリーと挟撃。いいわね」

 ――解と言い掛けた言葉は、藤咲の新たな命令で止められた。

「了解だ!」

 改めて返事をする。藤咲はこちらに顔を一切向けずに、もう一度だけ声を発した。

「……死ぬんじゃないわよ」

 何度も言われた言葉なはずなのに、今回はその一言で全身に力が漲ってきていた。



 本拠点から出た俺は敵のいる方角へ走った。

 道中はバイザーに表示される地図と、富良乃さんのナビもあるので迷うことも無い。

「がんばってね――ほわあぁぁ、り、凛ちゃんゴメン!」

「はは、ありがとうございます」

 余計な事を喋るなとかで富良乃さんが怒られていた。

「やまと、もうすぐ接敵します。気をつけて下さい」

 遠くから聞こえてくる銃撃音に交じり、こちらに近づく足音が聞こえた。

「来る。どうすればいい」

「安全な位置を確保して足止めを。各スリーがもうすぐ到着するから、それまで持ち堪えて」

「了解です」

 壁に隠れて奥を覗き込む。

「……来た!」

 俺は悪魔の足元に銃弾を放つ。

 敵後方から合流予定のペンギンたちに流れ弾が当たらないようにあえて足元のみを狙った。

 欲を出して当てにいくつもりは無い。言われた通り足止めに専念する。

 すぐに悪魔たちは通路の陰に隠れた。

 とりあえず足止めに成功。その場で悪魔たちを釘付けにさせるために、俺は断続的に銃弾を放ち続ける。

 とはいえこっちは一人。他にサポートがいなければ二人いる悪魔たち相手では攻守は簡単に入れ替わってしまう。

「ぐお、ペンギンたちはまだかよ」

 銃撃の隙間を連携で狙われ、敵の銃弾が何発も通り抜ける。

「援軍が到着したよ!」

 富良乃さんの言葉の後、ペンギンたちは自分たちの存在を銃撃で答えた。

 これで前後からの挟み撃ち、攻守はもう一度変わる。

「やま――んんっ、アップルナイン、次の各スリーの銃撃後突撃」

「いいのか?」

「思いっきり走りなさい。相手は一人しかいないあんたの方から攻めて来るとは思わない」

「おっしゃあ、了解だああああああああっ!」

 俺は命令通り突っ込んだ。

 すると一体の悪魔がこちらに注意を払う事無く、不用意に頭を出してきた。

 その一体に向け引き金を引く。蛾のような頭から真っ赤な液体が飛び散った。

 そのまま足は止めない。撃ち続けながら滑り込むように通路の陰に隠れた、もう一体の前に踊り出る。

「爆ぜ散れええっ!」

 完全に虚を衝かれた悪魔は、ろくに応戦することもなく俺の銃弾を全身に浴びて倒れた。


 天魔大戦四戦目にして俺の初戦果だった。



 本拠点に戻った俺は壁を背にして座り込んだ。

 天魔戦争で初めて悪魔を撃った。

 割り切っていたつもりだったのに真っ赤な血を見てしまったせいか、サバゲーで初めてゲットした時のような達成感はまったくなかった。

「こればっかりは慣れるしかないかな。どうせ生き返ると思えば……、それで良いかは判らないけど」

「富良乃さんは慣れたんですか?」

「慣れた……のかな、よく判らないなぁ。考えないようにはなったけどね」

 俺の心情を察した富良乃さんは慰めるように自分の経験談を話してくれた。

 みのりは戦闘後の処理をしているらしく熱心にキーボードを打っている。こいつも俺が戻った時にはグッとサムズアップをしてくれた。

 そして肝心の藤咲はというと、俺がいる方とは反対側の壁を向いていて顔を合わせようとしない。

 俺がこの部屋に戻ってきた時は眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げていたので何かマズったかと思ったが、結局何も言わずに顔を背けてしまい、それから一言も俺と話していない。

 富良乃さんは「怒ってないよ」と言っているけど、なら尚更このタイミングで何も話さないわけにもいくまい。

「おい。ふ、藤咲?」

 おっかなびっくり、なんとも情けないが藤咲に話し掛けた。

「な、なによ……クソ犬」

 どうやらクソ虫までは落ちていなかったようだ。というか今日クソ犬に戻れたのかも。

「その話っつうか、色々言いたい事とか聞きたい事があってさ」

「……今ここで?」

「その、長くなるかもしれないし。みんなに聞かれるのもなんだから、できれば二人で……」

 ちょっとした沈黙。

 なんだこれ? 気まずいだけじゃなくて、めっちゃ恥ずかしくなってくるんですけど。

「そう……じゃあ来週月曜の放課後でもいいわよね」

「あ、ああ! そうだな」

 ふう、やっとのことでこの空気から脱出。

 でもまだ何故か恥ずかしい。富良乃さんとみのりが凝視しているせいだろうか。


「それじゃあ今日はみんなお疲れ様、これからもこの調子で行きましょう」

 そそくさと締めに掛かる藤咲。

 俺はちょっち思い出したことがあったので、スマホを取り出した藤咲を呼び止めた。

「あ、ちょっと待ってくれ。今日のうちに言っておきたい事もあるんだ」

「な、なによ」

「その……済まなかった。もう一ヶ月も前になっちまったけど、色々言い過ぎた。悪かった」

「バーカ、遅過ぎてもう色々と時効よ」

 また顔を背けてしまった。

「そうだな、すまん」

「まあでも今日はその……あんたにしては良くやったわよね」

 今度は体ごと後ろに向いてしまった。

「別に褒めているわけでも今までの失敗を帳消しにしたわけでもないわ。勘違いしないでよねバカ犬。ただ今までがマイナス百点だったのが一点になっただけで全然ダメダメなのは変わってないんだから」

「分かっているから、そんなに捲し立てるなよ」

「……ばーか」

 後ろを向いたまま、また思いっきり顔を逸らすものだから、なんというか何とも言えない表情をした藤咲の顔が、最後に少しだけ見えてしまった。



 それから藤咲が帰り、続いて富良乃さん、みのりとこの場所から消えていった。

 さて俺も戻ろうとしたところで、ぺ天使に呼び止められた。

「おい、貴様」

「おわっと、そうか、そういやお前とも話すのも久しぶりだな」

「貴様の戦う理由は見つかったか?」

「そうだな、見つかったとも言えるが見つかっていないとも言えるかな。その辺を明日藤咲に話すよ。お前にも話しておいた方がいいか?」

「別に構わん。我輩からしてみればどうであろうと貴様の意思は尊重する」

「そうかい。以外だな、そんな風に言われるとは思わなかったよ」

「だがこの隊に居続けるつもりならはっきりさせておけよ」

「ゴールデンアップルズの入隊権限は藤咲が握っているんじゃないのか? 俺の意思なんてついでだろ」

「貴様はまだ分かっていない。どんな時、どんな状況であろうと、最後に背中を押すのは自分自身の強い意思だよ」

 ぺ天使とはそれだけ話して別れた。



 それから待ちに待った月曜の放課後。

 胸のどこかに突き刺さったままだった棘がスルリと抜け落ちたような気分だ。

 まだ全て解決したわけでもないのに、俺の心は梅雨に晴れが続いた今の空のように晴れやかだった。


 久々に二階廊下の階段前で足が止まった。

「遅いわよクソ犬」

「だから……そうだな。遅かったよな」

 一ヶ月前まではお決まりだった台詞が言えなかった。何気ない一言が言えない自分をもう一度だけ悔いた。

 あれから休日を経ても仏頂面なままの藤咲を相手にどうしようか。

 とりあえず部室までの数分が勝負だな。何かしらのきっかけでも掴まないと。

「今日は部活休みよ。言ってなかったと思って、待っていてあげたんだから土下座でもして感謝なさい」

 ……流石は藤咲、一筋縄ではいかせてくれない。

「ここで土下座は抵抗があるな。ていうかあの夜は部活でって話していたじゃないか」

「変な言い方すんな。それに部活でなんて言ってないわよ。放課後って話だったでしょ」

 あれ、そうだったか? そういえばそう言っていたかも。

 放課後=部活ってのが、たった一ヶ月で身体の芯まで染み込んでいたようだ。

「ほら、行くわよ」

 つまり部活は無くとも話は聞いてくれるようだ。

 ホッと胸を撫で下ろし、さっさと先を歩いていく藤咲の後を急いで追った。

 そうして俺たちは靴を履き替え、下校していく他の生徒たちに混じり校舎を出た。



 学校前の見慣れた道路脇の歩道。

 目の前の赤み掛かった髪が小気味好く揺れている。髪型自体はシンプルなセミロングなので、こいつの特徴的な髪の色は逆によく映える。

 俺は藤咲の数歩後ろを歩いていた。

 さすがに隣り合って歩きはしなかったが、女の子と一緒に歩いて下校するというのは少し気恥ずかしいものがある。

「どこに行くんだ?」

 藤咲は黙ったまま何も言わずに歩いた。

 俺はまた愛用の自転車を置いてきてしまった。藤咲がどんどん先を歩いて行ってしまったので、自転車を取りに行くタイミングを逃してしまったのだ。

 そういえばこの状況、周りからはどう思われているのだろうか。

 微妙にさっきから視線を感じているんだよな。藤咲も結構な有名人らしいし、富良乃さんの時のように明日クラスメイトから無言で肩パンチをもらう羽目になるのだろうか。


「おっと」

 そんなことを考えていたら前を歩く藤咲にぶつかりそうになった。

 どうやら、さっきまで一定間隔だった藤咲の歩くテンポが若干遅くなっているようだ。

 これが「一緒に歩きたいのよ、ばーか」と暗に態度で示しているのなら可愛いだけだが、そんなわけもないだろう。


 なんにせよ、せっかく距離が近づいたついでだ。今のうちに自分の嘘偽りの無い正直な気持ちを先に伝えておこう。

「藤咲。俺にはどうしても生き続けたいって思う理由が見つからない。でも富良乃さんとみのりの話を聴いてさ、俺は二人の願いを叶えてやりたいと思った。これだけは信じてくれ」

「……やっぱり二人と話したんだ。無理矢理訊いたんじゃないでしょうね」

 藤咲は相変わらず前を向いたままだった。

「そんなことしねえよ。でも俺の態度が原因だから無理矢理ってのも間違いじゃないか」

「まったく二人とも御人好しが過ぎるわね」

「二人ともお前の事を心配して話してくれたんだよ」

「なんで私が心配で、あんたに話すのか理解できないけど」

 そう返されるとまったくもってその通りだな。

「私の事を何か聞いた?」

「いや、特にこれと言っては」

 いつの間にか俺は藤咲の隣を歩いていた。

 俺自身は歩くテンポを変えていない。こいつの歩く速さがまた一段と落ちていた。

 何か理由はあると思ったが俺は気にせず、自分の気持ちを伝えた。

「ただお前もあの二人と同じように生き続けたい、強い理由があるって話は聞いた」

「……」

「その理由が何なのかは知らないし、無理に訊こうとも思わない。でもお前が本気で繋がる未来を望んでいることは二人の話だけでも十分伝わった」

「……」

「だから俺はお前の為にも戦いたい。お前のゴールデンアップルズに込められた想いってヤツを守りたいんだ」

「……」

 藤咲は何も答えず歩き続けた。

 並んだ俺にも顔を向けず、真っ直ぐ前を向いたまま歩き続けた。

 でもこいつの歩く速さはどんどん落ちていった。その、前を見つめる表情にも僅かだが陰りが見て取れる。

 それが何なのかまでは読み取れなかったが……。



 そしてついに藤咲の足が止まった。

 場所は学校から歩いて十五分ほどの、ただの道路だった。

 目の前には一本の電柱が立っている。

 都会では徐々に撤去されつつあるらしいが、この地域ではまだまだ現役だ。見上げれば何本ものケーブルが伸びている。こんな物でも無くなったら寂しさを感じたりするのだろうか?


 少しばかり感傷に浸っちまった俺は、何故かここで立ち止まった隣の藤咲を見る。

 藤咲は俺とは違い、電柱の根元付近を見ていた。

「ここが私の戦う理由」

 呟くように放たれた一言。

 一応通学路だってのに他の生徒は誰もおらず車も走っていなかったので、独り言のようなさっきの言葉もはっきり聴こえた。

 改めてこの場所を見てみると……幾つか気づいた事がある。

 何故かここだけ新しいガードレール。

 僅かだが傾いていた電柱。

 何かがぶつかった後のように見える根元付近の擦れた壁面。

 これで花でも添えられていたなら推理するまでもなかったろうな。

「あんたの言葉で言うなら私が止まった場所。そう止まっちゃったって私も思った」

 数歩進んで、そっと白く細い手を電柱に添える。

「でも止まったらもう歩いちゃいけないの?」

 振り返りジッと俺と見つめ合った藤咲の眼差しから、何度も感じた強い意思とその奥に隠していた深い哀しみを初めて知った。

「私にはまだ足があった……私はまだ幽霊になってなかった」

「だからお前は戦うって決めたのか」

「こんな所で死んだら私は……この命を失うなんて、そんなことは認められない、認めたくなかったわ」

 藤咲からも聞けるとは思っていなかった戦う理由。

「それがお前の戦う理由の全てか?」

「……そうよ、がっかりしたでしょ? 甜瓜ちゃんやみのりのような特別な理由じゃなくて」

「そんなことはねえけどよ……」

「私はただ死にたくないだけ。交通事故なんかであっさり死んだ事が許せないだけ」


 嘘、ではないと思う。

 でもきっとそれだけじゃない、俺には話せない理由がまだあるように思えた。


 富良乃さんとみのりと話して解った事が一つある。

 それは藤咲が言った『死にたくない』って気持ちだけでは、人は止まったまま動けないということ。人が前に進むには『生きたい』って気持ちが必要なんだ。

 ……俺自身がそうだから間違いない。

 富良乃さんには周りを愛したいという気持ちが、みのりには感謝を伝えたいという気持ちが二人の足を前に動かしている。

 さっきの藤咲の話にはそれが無かった。

 でも藤咲にもきっとそれがあるはずなんだ。

 だって藤咲が前に歩こうとしているのは疑いようの無い真実なのだから。

「分かった? あんたが仕えようとしている指揮官様はこんなちっっぽけな理由で戦っているの。あんたみたいなバカなクソ犬にはちゃんと伝えないと理解できないでしょうから特別サービスで教えてあげたのよ。土下座でもして感謝しなさい」

 だからって、その理由を訊き出そうなんて思いはしない。

 十分こいつの気持ちは理解できた。

 それだけでも今の俺には戦う理由になったから。

「そうだな。尚更そんな指揮官様の下で働きたくなったよ」

「馬鹿ね! あんたってほんっと……っ! 尻尾振る相手を間違えているのよ、気づきなさいよ!」

 藤咲は何故か辛そうに俺に捲し立てた。

「馬鹿、ほんと馬鹿っ! 私の話聴いてなかったの? 私はただ駄々をこねているだけの往生際が悪いだけの人間なの。わざわざそんな奴のために残り少ない時間を使うなんて馬鹿げているって思わないの?」

「思わない」

「思いなさいよ! 思ってよっ! あんたの時間は――、あんたの命はあんたのためだけに使いなさいよ。他人なんかのために使わなくてもいいでしょ!」

「自分のためにっていうなら俺はお前を守りたいからだ。お前の話を聞いてむしろこの気持ちは強くなった。これは変わることのない俺の本当の気持ちだ」

「――っぅ、なんてばかなの、このバカ大和……」

 分かっていたけどとでも言いたそうな、それともただ諦めただけだったのか、藤咲は呆れたように笑みを浮かべた。

「分かったわ……。仕方がないわね」

「藤咲、俺――」

 なんて言おうとしたのか、俺は自分が言おうとしたこの時の言葉を覚えていない。


「ゴールデンアップルズ隊、隊長として伝えます。橘大和二級天士を本隊から除隊とし、今後の作戦行動に参加することを拒否します」


 感情を捨て去った冷たい命令が、明確な拒絶が、この時の気持ちを切り裂いたから……。


 藤咲は自分のスマホの画面を俺に向けた。

 そこには大きく俺の名前があり、『除隊手続き完了』の文字も残酷なまでにはっきりと表示されていた。

「あんたにはもう私たちゴールデンアップルズとしての参戦確認通知が届く事は無いわ。もうあんたは部外者、同じ場所に立つ事ももう……無い」

「何……言ってんだよ?」

 こんな言葉しか出ない。頭では何も考えられなかった。

「初めに言ったでしょ、使えないようなら除隊って。だからあんたはクビ、お払い箱よ。良かったわね、ブラックな部隊と縁が切れて」

「ちょっと待ってくれ! 確かに今までは俺が悪かった。でもこれからは、あと少しでもいいんだ。力になれることをちゃんと証明して見せるから」

「典型的で駄目な奴の台詞ね。悪いけど試用期間は終わったの。そして色々考慮した結果あんたは見事不採用となりました。あんたのこれからのご活躍を別の場所から応援しています。以上」

「そんな勝手な……っ!」

「世の中そんなに優しくはないのよ」

 すんなり上手くいくと思ってはいなかった。

 それでも富良乃さんやみのりが話してくれて、だから藤咲も話せば分かってくれると思っていた。


 結果……この様だ。



「戦える理由だけは、見つけることができたと思ったんだ……」

「……別に私たちと一緒に戦わなくたって天魔戦争には参加できるから、戦いたいなら別の隊でどうぞ。それはあんたの自由よ」

「俺は……お前たちのために……」

「ああ! もう、それよ! あんたみたいな馬鹿はね、誰かを庇って死にかねないから、そんな馬鹿は……いらない」

「お前の命令は絶対に忘れない!」

「駄目ったら駄目よ、絶対に信じない! あんたが死ぬだけで隊全体の士気に影響が出るの。メリットよりデメリットの方がずっと大きい、そんなヤツは邪魔なだけなのよ」

「……っ! 俺は……力に、お前たちのためにはならないのか……?」

 力になるどころか邪魔にしかならないと言われ、俺はこれ以上藤咲の顔を見ることもできず顔を伏せた。

 このままでは藤咲の身長の割に小さめな足しか見えない。

 でも……でも、俺は顔を上げることができなかった。 

「……さようなら」

 とても小さな声だったが、そこに込められた藤咲の答え。


 それが全てだった。


 唯一見る事ができていた足がまっすぐ俺に向かってきて、ぶつかり合うこともなくすれ違い……視界から全てが消えた。

 俺は言葉を返すことも、ましてや去っていく姿を追うこともできずに、その場に立ち尽くした。



 その日はどうやって家に帰ったのかよく覚えていない。



第五章 ~ 伸ばした手の先 ~

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