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魔的ハロウィン

作者: 茶山の狸


「とりーと、おあ、ですとろーい!」


 10月31日午後4時30分、いつものように学舎での1日を過ごし、誰もいない家に帰ってきた。

 夜からは唯一の娯楽の為に忙しくなるのだが、今のような逢魔が時、いつもなら親交のある隣人の少女に連れ回されて潰せはする。

 しかし、今日は用事があるのだと早々に別れた。彼女にも人生がある、そういう日も今までに無かった訳でもない。習慣とは恐ろしい。それがない、何をするでもなく無為に時を浪費しているこの空虚な今が、酷く落ち着かない。得るというのは難儀するものだ。

 娯楽用の道具の手入れでもするか、と立ち上がった時、玄関の呼び鈴が鳴り響いた。また隣の夫人からのお裾分けだろうか。外聞は極力、良好にしておかねばならない。だがあの料理の見た目の悪さは改善してもらいたい。少女は苦笑しながら、母さんのアレは治らないんじゃないかな、とは言うのだが。

 面倒だとは考えはするが、玄関に向かい扉を開ける。するとそこにいたのは隣の夫人ではなく、小柄で珍妙なカボチャ頭なる者が可愛らしい声でかなり間違った要求をしてきた。


「………」


 簡単に脳内で整理してみたが、よく解らないので扉を静かに閉めた。思考開始、熟考、しかし泥沼。故に硬直。或いは呆然。従って。


「今日の夕飯……何にしようか」


 転身、わざとらしく声に出して記憶を誤魔化し、この少しの間を無かった事にする。それは逃避、曰く、触らぬ神に祟り無し。


「と、とりーと、おあ、ですとろーい!とりーとぉ……と、とりっ、うぁうぁ、っくひっくふぇぇ……」


 背後の閉じた扉の向こうから、泣き声を押し殺し損ねたような声で、タン、タン、と規則的に弱々しく叩く音が立ち止まった我が耳に入り込んでくる。

 ふと想像。季節は秋、この頃、陽は早く落ち、夜はめっきり冷え込み出している。そんな寒空宵の口、泣きながら扉を叩く小さなカボチャ。……なんであれ、御近所的によろしくない。仕方無いので、しぶしぶ再び開く。


「ふゃっ!?」


 扉に張り付いていたのか、押し開いた拍子に尻餅をついたようだ。まずは観察。頭からカボチャをくりぬいて作ったらしい目鼻口、表裏共に黒いマントに黒の革ジャン、白のフレアスカート……から見える青白縞模様、黒のニーソックスに黒い革靴。


「……どうしてそこまでしておいて、全てを黒で統一しない?」


「はい?」


 尻餅をついた状態で、表情は判別つかないがキョトンとしているのは判る。他にも色々言いたい事はあったが、まあいい。些末。


「あっ!と、とりーとおあですとろーい!」


 慌てて思い出したかの如く立ち上がったカボチャが、そのオレンジ色の顔を近づけてくる。新手の強盗か。しばし黙考。


「ウチにはチーズ鱈ぐらいしか無いが」


「……それはお菓子じゃないです」


 全くもってその通りだ。


「お菓子がないなら、ですとろーい!」


 それは御免被る。この命、まだ刈り取られる訳にはいかない。……思索。我が家の全食料を検索、この状況を打開しうる物はないか。……該当無し。ならば、今から作成可能なもの……、一件該当、品名:ホットケーキ。手間、時間、共に妥当と判断。確定、そして提案。


「……少し時間をくれれば、ホットケーキを作れるが、どうだ?」


「……シロップとバターの貯蔵は万全ですか?」


 首を縦に振り、肯定の意を示す。強盗かと思ったが、その類いとはまた違うのか。まあ、望む物を与えていれば問題発生の場合であろうと、最小限に抑えられるだろう。

 不審者は顎に手を当て、考える素振りをする。素振りだけで、食いついてきているのは明白。


「じゃあ特別に、ちょっとだけ待ってあげます」


 そう言って浮いた足取りで入ってくるが、我が法に反する行動、2件。靴を脱いで上がる前に、その襟を掴んで停止を強要、即時改善を要求する。引っ張られた不審者は、ぐえ、と奇妙な鳴き声を上げた。


「な、なんですかっ!」


「被り物は取れ、外套は脱いでおけ」


「だめ!」


 拒絶、しかしそれは許容し得ない。カボチャ頭を両手で掴み、持ち上げる。抵抗は見られたが、力は弱く、カボチャは容易に取れた。

 下から現れたのは少女、年齢は推定10歳。主だった外見的特徴は、腰まで伸びた銀髪、白く透き通る柔肌、瞳は大きく赤みを帯びている。髪、肌、瞳の色からして恐らく外つ国の血族だろう。整った顔をしているので将来的には随分な美人になると予想される。ここまで良く出来ていると、現実味に欠ける気がする。

 彼女は今、その柔らかそうな頬を少し赤く染め、うー、と唸りつつ少々潤んだ瞳で睨んでいる、つもりのようだ。脅威は欠片も感じない。


「返して下さい!」


「ならば、もうホットケーキはいらないんだな?」


「っ!?……ほ、欲しいです」


「なら、言うことを聞きなさい」


「うー………はい」


 よし、承諾させた。最初の邂逅では不意を突かれたが、主導権は着実にこちらに移行し始めている。

 まずは居間へ連れていき、ソファに大人しく座らせておく。こちらに少女は背を向けた状態。こちらは彼女が死角に入る事は無い。これならば、不穏な動きがあれば即座に対応出来るからな。

 早速エプロンを着け、調理を開始。自炊している身としてはこの程度、造作もなく、しくじる可能性も限りなく零に近い。菓子の類いはあまり食べないが、前述の彼女が好んでいるようだ。出せば喜ばれる。それはきっと良いものなのだろう。


「……なぁ、聞いていいか?」


 調理も焼く所まできた。その間に、カボチャ━━今は膝の上に載せて被ってはいないが暫定的にこのように呼称する━━に質問の許可を請求する。


「いいですけど、なんですか?」


 許可は得られた。調理中に用意した質問を述べる。先ずは相手の目的を聞き出さなくては。


「何故、ウチに来たんだ?」


 カボチャは、ぱたぱたさせていた足を止め、驚いたような呆れたような顔で硬直。一呼吸の後、何か戸惑いに満ちた表情で膝に置いていたカボチャを手に問うてきた。


「えーと、私の格好で判りません?」


「判らないから問い掛けている」


「じゃ、じゃあ今日は何の日でしょうか?」


 質問に質問で返されるのはあまり好かないが、これくらいの子供相手に一々目くじらを立てていては身がもたない。

 それはさておき、10月31日についての自らの情報記憶を検索。…………該当、67件。内、まず始めに想定するものは。


「宗教改革記念日か。マルティン・ルソーが95ヶ条の論題を教会に貼り出した日だな。だがそれと何の関係が?」


「違います!ハズレです!ブーッです!なんですか、そんなのが始めに出てくるなんて、お兄さんはプロテスタント系のクリスちゃんですか?」


「宗教は信じない質だ。あとクリスちゃんではなくクリスチャンだ。発音一つで言葉というのは様変わりするのだから気をつけた方が良い。……そういえば、友人の友人に沢村クリスティーナのクリスちゃんというラテン系3世スイス人だったが帰化して日本人になった娘がいるが、彼女はゾロアスター教徒だ」


「どんなややこしい人ですか……。もういいです。正解は……ハロウィンです!」


 わーっ、とカボチャは1人で万歳の形で手を左右に振る。そうか、ハロウィンか。確か基はケルトのサウィン祭だと言われている、諸聖人の日の前晩に行われる英語圏の伝統行事だな。今日の日本では只の仮装祭と化しているが。

 まあ、これで合点がいった。成る程、それならばこんな奇妙な姿をして菓子を要求してきたのも頷ける。


「それで菓子を求めてウチに来た訳か」


「はい、カボチャとマントは私のお兄ちゃんが用意してくれたんだけど、マントの下も黒くしないとって思って探しても見つからなかったからお兄ちゃんの革ジャン借りてきたんです。スカートは……まぁ仕方無いかなぁって」


 スカートだけではないだろう、と喉まできたが飲み込んだ。ホットケーキをひっくり返す。カボチャの話に幾つか腑に落ちない点もあるが、推定小学4年生に全てを求めるのは酷か。

 ……調理終了。皿を用意し、二枚のホットケーキを載せ、バターを塗り、シロップを適量かける。完成、フォークを引き出しより取り出し、完成品と共にカボチャの前に置く。ついでに、オレンジジュースも出してやる。これも前述の理由から所持しているものだ。


「いただきまーす!」


 カボチャの向かい側のソファに座り、美味しそうに食べる様子を見る。そこで疑問。近所にカボチャ程目立つ娘なら記憶している筈だが、とんと記憶に無い。主な行動範囲、自宅より半径10km圏内では確認した覚えが無い。ならば一体何処から?ハロウィンは大概近所で終わらせるものだろう。


「ところで、カボチャは何処の子だ?」


「カボチャってなんですか!?私は」


 制止。手を差し出す事により応答を封ず。


「名前はいい。何処から来たんだ。カボチャ程目立つ娘をこの付近で見たことがない」


 再度、質問。カボチャは不服そうに膨れっ面をしているが、名前を知るのは、もしもの場合、あまり良い気分になれないので聞かない方がいい。


「当然です。私は別の***の****から来ましたから」


 懐疑。カボチャの発する音声は確かに聞こえた。が、該当する音を表現出来ない。どういう事だ。


「ん?すまない、聞き取れなかった。もう一度」


 疑心を抱きつつ、確認の為に問う。カボチャは、仕方ない人ですね、と一息。


「だから***の****から来たんです!……あ、そういえば、ここの人には聞こえても理解出来ないんだっけ」


 はたと思い出した様子で独り言ちるカボチャ。…………危険だ。頭が警告する。これに関わってはいけない。関わればろくな事にはならない。よって選択するのは、早々なる排除。

 始めは穏便に、一旦距離を取るべく少女の食べ終えた食器を流しへ持っていく。


「……さぁホットケーキ食っただろう?もう帰った方がいい。早く帰らないと危ないぞ?最近は夜になると殺人者が出没するからな」


 そう、近頃この街では夜に殺人者が出る。その数は既に二桁。性別、職業に関連性は無い。一貫しているのは全てが惨殺、恐らく皆即死ではなかった事。警察の方では無差別殺人事件として、付近一帯に夜の外出を自粛するよう呼び掛けてはいるが、現実、それに従う者はそうはいない。警察は犯人を未だに特定出来ておらず、手掛かりも無い。そんな時期に子供を外に出したがる大人はまずいない筈だ。


「いや。まだここに用事があるもの」


 しかし、カボチャは根を張ってしまった様に、頑として動こうとしない。困惑、不可解、用事とは何か。考えれば考える程に引きずり込まれる錯覚を覚える。

 思考停止、思考停止、思考停止。その少女の動作全てを観察するな。意味を見い出そうとするな。統合して答えを導きだそうとするな。至れば、我が身に何かが至る気がする。


「もう一度言う。帰りなさい。遅くまで人の家にいるもんじゃないぞ?」


 怖気を殺してカボチャに最終勧告。これを拒絶されれば堪えられる自信がない。お願いだ、何もなく去ってくれ。だがカボチャは、こちらの望みを首を横に振って引き裂いた。

 ……仕方無い、もう駄目だ。この躯に走る衝動は解き放たれる。子供を処理するのは趣味じゃないが。


「帰れば良かったものを」


 娘の背後に立ち、取り出した刃渡り10余のナイフで左胸を刺し、すかさずその細い首を抱えてへし折る。一連の流れに淀みは在り得ない。もはや慣れ親しんだ動作だ。

 いつもならこのように早くに殺さず、心地好く、快く、吐き気を催す程愉快に蠢く人体を解体するのだが、子供相手には気乗りしないので素早く確実に。やはり刻むのはある程度成熟して、この世界の大変さを知った顔をする者、プライドの高い者、金と権力で全て思うままに出来ると考えている者、そんな対象でなければ面白くない。心躍る事は無いのだ。


「……………」


 カボチャは何も言わない。至極当然、たった今殺したからだ。既に息絶えたからだ。さて。


「さて、処理するか……気が向かないからいつもより骨だな」


 ふっ、と思いもせず、独りごちてしまった。聞く者も応える者も既にいないというのに━━


「その心配は不要ですよ、お兄さん?」


 声がした。振り返ると、カボチャが立ち上がっていた。驚嘆、それより早く否定。


「在り得ない……」


 しかし、少女は確かにそこに立って、無邪気に口を半月に歪めていた。


「有り得ないと思うのは、お兄さんが知らなかっただけ。良かったね、知識が増えるよ、経験と共に。ああ、そうそう、用事ってのはね、ウィルお兄ちゃんが会いたいらしいからさ。来て(死んで)もらえますか?」


 恐怖、それはごくごく自然な感情だ。こうなれば、気が向かないなどと言っている場合ではない。芯が折れないように、状況を確認する為に、言葉を作る。


「ウィルというと……成る程、本当に魔的な奴だったとは。ハロウィンに、堕ちた種火の鍛冶屋から招待されるとは思いもしなかった。だがな、その誘い、今はまだ承ける事は出来ない。生涯が終わるまで待っては貰えないか?」


 血が水氷に入れ替わったのか、そう思う程に躯から熱が消えていく。そして気づく。眼前に立つのは、少女なのではない。


「駄目よ、別に良いじゃない。どうせ今から天国に行こうとしても無理なんだから。地獄もあんまり楽しい所でもないし」


 跳躍、今度は動けないよう細切れにしなくては。まずは首を、飛ばす。流石に首が飛べば動きも停まるだろう。もう届く、その首に届く。次は腕か。


「じゃあね」


 だが届かなかった。そのまま落ちるように暗転。僅かな時を挟んで、着地。そして理解する、既にここはヒトの世界に非ず。


「よォ、ちっと話でもしないか?」


 見えたのは煌々と燃え続ける石炭、それに照らされうっすら浮かぶ男の笑い声。

 さて、どうやって、帰ろう(生き返る)かな。





自分の所に上げたハロウィンの話。実はリメイク作品だったりします。鍛冶屋やらなんやらは自分勝手に解釈というか改変していたり。お楽しみ頂けましたならば、幸いです。

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