第1話
まるで頭を鷲掴みにして振り回されてるかのような感覚が襲う。
世界が逆回転し、自分の体がバラバラになっていくような。そんな感覚。
「起きてくださいよ、領主さん」
低い声の主が頭上で呼んでいた。
あれ、さっきまでオンラインゲームをしていたはずなのに、と福山悠雅は瞼を開いた。
「やっと起きましたかい、領主さん」
先程の低い声の主が悠雅の顔を覗き込み、微笑む。
その男は端正な顔立ちに似合わぬ顎髭を生やし、黒い長髪がとても暑苦しく見える。
会ったこともない男なはずだが悠雅には何故か見覚えがあるように感じられた。
「領主って・・・。っていうか誰なんですか? こここはどこです? 」
目覚めた時特有の気だるさと頭の重さを振り払うように起き上がりながら悠雅は尋ねた。
すると、その長髪の男は頭の上にクエスチョンマークでも浮かんでいるかのような、疑問の表情を浮かべた。
「領主さん。何言ってんだい?レンだよ、レン。レン・コウヅキ」
レン?
「レンコン付き?」
悠雅は復唱するかのようにそう言ったが、レンと名乗る男は遮るように言い直した。
「レン・コウヅキ!あんたの兵だろーが。何言ってんだ領主さん」
兵?
そもそも領主って。
まるで・・・ディスティニー・ワールドみたいな・・・。
思考をそこまで進めたところで悠雅はふと冷静になり、周りを見渡した。
広がる平原。
ビルどころかアスファルト、いや人工物など何も見えぬ現在地。
なんでこんなとこにいるんだ。
たしか、自宅の自室でディスティニー・ワールドをしていたはずなのに。
「大丈夫なんですか? 領主様」
レンの背後から声が聞こえた。
声に反応して悠雅がそちらに視線を送ると、華奢な体をした男の子が心配そうに悠雅の様子を窺っていた。
女の子と間違えられそうな容姿をした男の子、悠雅にはまたしても見覚えがある。
「もしかして・・・マーティ? 」
悠雅は半信半疑で尋ねる。
マーティと悠雅に呼ばれた男の子は小さくうなづいて、また心配そうに悠雅を見つめた。
レン・・・マーティ・・・ってことは。
悠雅はレンの左側にに立っている男の顔を眺める。
右目の眼帯に美しい銀髪、そして蒼い瞳。
「オーガス・・・なの?」
ある程度の確信を込めて悠雅は問いかける。
その問いかけにオーガスと呼ばれた男は表情を変えずに頷いた。
レン、マーティ、オーガス。
見知った者達に、見知らぬ景色。
「まさかここって、ディスティニー・ワールド!?」
突拍子もない展開に悠雅は叫んでしまう。
が、その声はただ広い平原を駆け抜けていく。
「何言ってるんですかい、領主さん。ここはディスティニー・ワールドなんて名前じゃないですぜ? ここはデーモンズロードでしょうが。頭でも打ったんですかい」
諭すようにレンが悠雅に聞かせる。
デーモンズロード。
難易度S級のバトルフィールド。
最上級のモンスターが出現するため近寄る者は少なく、クリアした者は1名しかいない。
それは先程まで悠雅がディスティニー・ワールドでレベル上げをしていたフィールドの名前であった。
「デーモンズロード・・・。まてまてまて、ってことはここはやっぱりディスティニー・ワールド。なんで、なんなんだこれ。なんでこんな・・・っていうか、なんで」
1度冷静になっていた悠雅だったが再びパニックに陥ってしまう。
考えろ、俺。福山悠雅。
何でゲームの世界に入り込んじゃってんの。
ああ、ドッキリかこれ。素人をモニタリングする、そういう系のあれね。
あれがこうなってあれね。つまり、あれね。
「そうかそうか、つまりカメラがあの辺に!」
悠雅は勢いよく後方を振り返り、人差し指を向けた。
視界に広がる平原。そこには何かを隠すようなものはない。
「領主様・・・頭打ったみたい」
ボソッとマーティが呟いた。
「カメラってなんです? モンスターの名前かなんかですかい?」
どうなってるんだ。なんなんだこの壮大さ。
素人にかけるドッキリのレベルじゃないだろう。
というか、こんな場所日本にないだろう。
ああ、夢か。夢なのね。
ゲームのしすぎでこうなったのか。
明日からゲームは1日1時間にしよう。
「さぁ!目覚めよ!俺!」
勢いよく立ち上がる悠雅だが何も起こらず、ただ3人の視線が刺さる。
その視線の冷たさで、福山悠雅は先程までプレイしていたディスティニー・ワールドの世界に迷い込んでしまった、という答えに辿り着いた。
ディスティニー・ワールドをプレイしていると急に画面が強く発光し目が眩んだ瞬間に地面が消えるような感覚に襲われ、世界の逆回転と体の分解を感じ、気づけばここにいた。それは紛れもなく悠雅自身の感覚であり、それだけは疑いようのない事実である。そのような現象を自分の今までの常識では解き明かすことは出来ない。つまりは常識外の事が起こったということだ。
悠雅が冷や汗をかきながら、自分の現状について考察していると突然レン、マーティ、オーガスが背を向ける。
「な、何? 」
急な3人の動きに驚いた悠雅が尋ねるとオーガスは自分の腰にある細身の剣を抜きながら答える。
「来る」
「え、何が? 」
悠雅はオーガスの言葉に合わせ、3人の視線を追いかける。すると、こちらに向かってくる大きな影が見えた。
「あ、あれって」
「デーモンズプラントの上位種、デーモンズローズですぜ、領主さん」
レンがそう答え、拳を構えた。
デーモンズローズ。ランクA。
その姿は巨大な薔薇。その無数に伸びる棘のある触手で獲物を掴み取り、養分を吸い取り殺す。
ディスティニー・ワールドにおいて植物系モンスター最強と言われている。
推定戦闘力は1000。
「ほんとにここはディスティニー・ワールドなんだ・・・」
デーモンズローズの存在によって悠雅の仮説は確信に変わる。
「ってことは」
何故か悠雅の心が少しずつ穏やかになっていくのを感じた。
ここがディスティニー・ワールドで、目の前にいるのがレンで、マーティで、オーガスなら。
「俺は負けない」
悠雅は冷静にそう言い放ち、デーモンズローズを睨みつけた。
ランクAの戦闘力1000?
俺の兵は全員ランクDだ。
「レン。デーモンズローズの根元を攻撃して」
悠雅はレンに指示を出す。
「あいよ。連撃!」
指示を受けたレンはデーモンズローズの根元、人間に例えるならば足元に飛び込み、生身であるとは思えないほど強烈な拳を連続で繰り出す。
それを受けデーモンズローズの動きは止まり、体勢を崩した。
その瞬間を見逃さず悠雅は更に指示を出す。
「今だ! マーティ」
「はい! フレイム!」
マーティは悠雅の指示の意図を読み取り、両手を突き出して叫んだ。するとその両手から巨大な炎の弾が現れ、デーモンズローズへと放たれた。
フレイムを受けデーモンズローズは文字にしようのない鳴き声をあげ、苦しんでいる。
「オーガス」
悠雅はただ、名前を呼びオーガスへと視線を向けた。視線を受けたオーガスは返事をする間もなくデーモンズローズへと飛び込み、その巨躯を縦に一刀両断してしまった。
一刀両断されたデーモンズローズは光の塵となりその場から消えてゆく。
それはまさにゲームであったディスティニー・ワールドのエフェクトそのものである。
レン・コウヅキ。
ランクD。
格闘家。
戦闘16000。
マーティ・リコール。
ランクD 。
魔術師。
戦闘力14000。
オーガス・ゼロ。
ランクD。
剣士。
戦闘力18000。
ゲームであったディスティニー・ワールドのままだ。
他のプレイヤーがランクの高い兵を使い捨ててる中、悠雅だけは最低ランクの兵を「死なないことだけ」を守り、育ててきた。
その結果、最低ランクで最強の兵が育ったのである。
ゲームの世界に迷い込んだ時どうしたらいいかとりあえずパソコンで検索してみようか。
あ、パソコンないんだった。
悠雅は不思議と冷静な自分に驚いたが、頼もしい3つの背中を見ると、納得出来てしまう。