第7話 出会い
『あ……』
上総は、目の前を歩く着流しに羽織を着た長身の男に釘付けになった。
事件の影響で日が高くても街中の人影は疎らだ。
『お父さん?』
後ろ姿が微かに記憶の中にある、行方不明の父に似ている。
高身長に着流しを着た黒くて長い髪の毛。
上総が三歳の時に突如行方を眩ました父、恭仁京甲斐は、当時恭仁京家当主だった。
まさか失踪してから十年経って、こんな日中に堂々と街中を歩いているわけがないと分かっているものの、どうしても正面に回って顔を確かめないと気が済まなかった。
相手に気付かれないように素早く追い越し、少し先へ行った所でチロリと振り向く。
振り向いて、落胆した。
分かってはいるのだが、やはり期待はある。
少しは。
記憶の甲斐は、いつも黒縁眼鏡の奥がにこやかで、怒っている姿はとんと覚えが無い。
大好きだった、と記憶している。
『――うん、そうだよね、そんな都合良いこと、無いよね……』
『何がだい?』
『うわぁっ!?』
男がニッコリと笑って上総の前に立っていた。
『視線を感じるなって気になってたら、君だったんだね? それで何か用かな?』
人通りも少ない場所で、上総の行動は不審な姿にしか見えなったようだ。
『あ、いえ、ジロジロ見て済みませんでした』
しどろもどろになる上総を、お返しとばかりに男は見ていたが、ふと、首を傾げた。
『君、もしかして恭仁京一族の者かい? 強い力を感じるね』
『!?』
まだまだ未熟だが、上総の中には生まれつきの強い力が眠っている。上手く引き出せてあげられれば、素晴らしい陰陽師として化ける可能性を秘めていた。
『ふむ、所謂ダイヤの原石、か、しかし勿体ない』
『え?』
『ああ、いや、済まないね。私は立花壮介。しがない小説家をしているんだけど、ちょっとばかり力を持っていてね、それより恭仁京君、君は今からどちらに向かう予定かな?』
『え? えっと……』
壮介は羽織に着流し、上総は白の袴姿だ。
端から見れば文明が発達した現代に、二人の様相は時代が外れているが、それをこの地域で気にする者は一人とていない。
陰陽師の仕事の最中か修行中と考えるのが妥当であろうが、恭仁京の当主が一人で、しかも無防備で街を歩くのはいかがなものであろうか、壮介は胸の前で腕を組み上総の言葉を待った。
『が、学校に……』
『ほう?』
『ジロジロ見てしまったのは本当謝ります。ですが、済みません、急いでいるので!』
慌てて去ろうとする上総の腕を掴んだ。
『待ちなさい。私は如月健司の知古でね、今から迎えに行く所なんだ。君の行き先と一緒の――』
『な、何でっ!? だ、だったら危険です! 僕が迎えに行くので立花さんは待っていてください!』
『危険――とは?』
『凶悪な妖気を感じるんです。先日世間を騒がせた犯人の可能性も高いので、陰陽師や関係者でなければ危険です』
大きく腕を振り払い、上総は駆け出した。
『――何でって、そりゃ教師は夏休み関係なく仕事しているからねぇ』
走る小さな背を見詰めながら、苦笑した。
『お手並み拝見というのも悪くはないが、悠長としている訳にもいくまい。健に何かあったら怒られるのは私だからね』