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陰陽師・恭仁京上総の憂鬱  作者: 藤極京子
2/12

プロローグ

 ちろちろ、と。

 舞い散る白い物。

 ちろちろ。

 ちろちろ――。  

 小さな小さな其を、雪なのだと思った。

 身体が熱く朦朧とする中、外界は真冬で美しい白い雪が舞っているのだろうと、少年は思った。

 地を白く染め、音を消し、雪は美しく舞い、息吐く者を魅了する。

 吐息は白く。

 天も地も彼方の山々も。

 何処も彼処も白い。

 ――の、だろう。

 少年は薄い蒲団から、のそりと腕を出して白い結晶を掴もうとした。

 が、届く筈も無い。

 一度二度、三度と(くう)を掴む。

 肉は削げ落ちてしまった。

 骨と皮をばかりの、針の如く腕。

 足は地を踏み身体を支えることはもう、叶わないだろう。

 自分の意思で自分の足で行きたい場所へ行く――。

 それが叶わない。

 『主、何をしている?』

 黒づくめの長身の男が、外に出た少年の細い腕を丁寧に蒲団の中に仕舞い込んだ。

 耳が矢鱈と尖っている。人外の者に少年は心を許していた。黒づくめの男以外にも多くの異形の者が少年の周囲にいる。

 ()の者から見れば、其は異質。

 少年は人間なれど他の者から見れば、人外と何ら変わらない異質な存在なのだ。

 『雪が――。雪が降っているよ』

 幸の薄い笑顔で少年は黒づくめの男を見た。

 ――雪………主の好きな雪。

 黒づくめ男の目には、一片も雪は映っていない。

 見えるのは、火の粉。

 ちろちろ。

 ちろちろ。

 京の町が燃える光景。

 ちろちろ。

 ちろちろ。

 『――ええ、美しい雪ですね』

 ()()を止めるべく少年は、ほんの数日前迄京の都を駆け廻っていた筈なのに。多くの仲間の協力で成功したと思っていたのに――。

 相手は手強かった。

 少年の二枚も三枚も上手だった。

 仕方ない。

 少年はまだ十三歳、相手は師匠で()()()()と謂われる大物なのだから。

 苦し気に呻く少年の額に手を宛がった。

 残り僅かの灯火。

 京を護るべく、少年は師の(しゅ)を一身に受け、苦しんでいる。

 何故こんなにも少年を苦しめるのか。

 男は当初理解に苦しんだが何て事はない、詰まりは大陰陽師と謂われる男も所詮は只の人間。

 己の嫉妬に欲望に歯止めが効かなかったのだ。

 『怖い顔』

 少年は笑った。

 と、表現すべきだろうか。何せ彼にはもう、笑う気力すら残されていない。言葉を発する事すら辛かろう。

 『ね――約束、して……』

 『?』

 『人間、を――……』

 閉じ行く瞳。

 『主!』

 『――……』

 ――赦して。

 口が微かに動く。

 ――人間を、嫌わないで。

 動くが、音が出ない。 

 ――憎まないで。

 聞こえない。

 異形の男は必死に主の音を聞き取ろうとした。

 優しく、柔らかく、心の奥を擽る音を。

 『――……』

 初めて心を動かされた人間の子供の音を。

 『主――』

 笑っている。

 目の端からゆっくりと涙が伝う。

 温かい、少年の生きた証。

 『……』

 魂が――抜けた。

 『主』

 そっと、髪の毛を手で鋤いてやる。

 『主よ』

 余りにも短い命。

 妖の瞬きにすらならぬ灯。

 小枝の如く痩せ細った主の体躯を抱き締め、声を殺し震えた。

 『主よ』

 パチパチと火の粉が近く迄迫っている。

 『――申し訳ありません、どうやら私は、主とのお約束――果たせそうに御座いません……』

 瞳に狂気を孕み、障気を放ち、全ての人間を怨み憎悪の言の葉を吐き捨て、喰い千切らんとす。

 悪鬼と化した男の背には、真っ黒の翼。

 赤く燃え上がる京の空を黒づくめの男は舞う。

 腕の中には愛しき人間の子供の亡骸。

 

 『主よ、申し訳ありません――申し訳ありません……』





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