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第6話 聖女は進む

なかなか進みませんね、この旅は。

「結局、馬車の御者の分まで作るなんて、お方さまはお人が良すぎます。」

 アンヌマリーは憤慨しています。

 なにしろ、ロヴェルの馬車は、荷馬車も含めて五台もあるので、その御者は5人いることになります。

 その分を、馬車に揺られながら編んで行くのは、けっこう根気のいる仕事です。

「いやしかし、こんな帽子は見たことがありません、お方さまはどこでこれを?」

「ええ、お屋形さまに教えていただきました、お屋形さまの故郷の帽子だそうです。」

 ロヴェルさんは目を見開いて驚きました。

「レジオ男爵さまの故郷ですか、見てみたいものです。」

「さようでございますね、お屋形さまは魔法もないような田舎だとおっしゃいますが。」

「とんでもありませんな、こんな見事なモノを生み出す国なのでしょう?」

「そうですね。」


「お方さま、この帽子を私のところで売りに出したいのですが。」

「ああ、そうですね、いいですよ。」

「よろしいのですか?」

「ええ、王都に戻ったら、お屋形さまにお話ししますね。」

「それはありがたい!ぜひ、この製法を教えてください。」

「そうしますと、孤児や寡婦のお仕事が増えますね。」

「おお、そうですな、現金収入が増えます。」

「そうしましたら、王都の水準も向上しようと言うもの、うれしいことですわ。」

「さすが、第一聖女さまです。そこまでお考えとは。」

「いえ、ウチのお屋形さまの受け売りでございます。」

「ふむ…」


 ロヴェルは、しきりに顎をさすって、考え込んでいました。

「武力一辺倒のお方ではないと言うことか…」

「なにかおっしゃいました?」

「いえ、なんでもございません。」

 やがて野営地に到着すると、一行はテントを張り始めました。

「聖女さまのテントはどちらにございますか?ウチの若い者に張らせましょう。」

「ああ、いえ、大丈夫ですわ。」

「?」


 ティリスは、適当な場所に立つと、魔力を練り上げました。

「立ちなさい。」

 ぐぐぐっと地面が動いて、土がせり上がり、一〇畳ほどの小屋が立ちあがりました。

「おお!なんという土魔法!」

 ロヴェルは、大口を開けて感心しました。

「お屋形さまに教えていただきました、わたくしはあまり強力な魔法は使えませんので。」

「これ程の物を作り上げられるのにですか?」

「わたくしの魔力など、お屋形さまの足元にも及びませんので。」

「なんと言う…」

「一度、ガイエスブルクにもいらしてくださいな、きっと驚かれますよ。」

「ははい、ぜひ。」


 半分は馬車の入るところで、パリカールもそこで休んでいます。

 もう半分に刈り草をしいて、寝床としました。

「お料理は外でしましょうか。」

「お方さま、ここにカマドをお願いします。

「はいはい。」

 ミケは、庇の下にカマドを作ってもらって、立って料理をし始めました。

「ミケどの、手伝いは?」

「はい、そこにテーブルをお願いしますにゃ。」

「承知。」

 不器用なアンヌマリーですが、テーブルくらいはちゃんと立てられます。

 魔法の皮袋から、テーブルといすを出しました。

 ベンも手伝って、テーブルとイスが並べられました。


「聖女さまの革袋はけっこうモノが入りますね。」

 ロヴェルは、首をひねって見ています。

「ああ、これですか?お屋形さまが、お師匠さまに習って作った、最初の革袋の一つです。内容は、教会一棟ぐらいです。」

「きょ!教会ですと?」

 ロヴェルは、目をまんまるにしました。

「ええ、なんでも魔力を込め過ぎてしまったそうで、破裂する前に止めたと言うことです。」

「それは…その魔術師どのは?」

「はい、ルイラ師匠と申しまして、黎明の魔女のお弟子さまです。」

「れ!黎明の魔女ですと!まだご存命なのですか?」

「ええ、お屋形さまも師事なさって、土魔法や空間魔法が上手に…」

「聖女さま!ぜひ!ぜひ教えてください、どうしてもその大きさの革袋が欲しいのです。黎明の魔女さまにお目通りを!」

「まあ…かと言って、黎明の魔女はただいまガイエスブルクに滞在なさっているのです。」


 ロヴェルは、がっくりと首を垂れました。

「なんと、男爵さまの領地にですか?」

 ティリスは、テーブルにお茶を出して、レヴェルに勧めました。

「そうです、子供たちに魔法を教えて暮らしていらっしゃいます。」

 ロヴェルは、お茶を受け取り聞き返します。

「なんとまあ、幸運な子供たちだ。」

「ええ、レジオの孤児に、ブロワの孤児たちです。」

「それを引き取って、育てていらっしゃるので?」

「ええ、みんな私たちの子供のようなものです。」

 ティリスは生き生きとした目をして、ロヴェルに話しました。

「第三聖女恵理子さまに、歌と踊りを習っていますし、そのうち独立して行くのでしょうね。」

 少しさみしそうなティリスです。


「男爵さまは、どのようなお考えでそのようなことを?」

 ティリスは、お茶のカップを持って、顔をあげました。

「子供は、国の宝だとおっしゃって、孤児や寡婦を手厚く保護しています。寡婦も、その夫が国のために働いていたんだとおっしゃって。」

「なんという!なんと言う篤志家でいらっしゃる!」

「篤志家?いえいえ、あれはもの好きなんです。」

 ティリスは、自分の亭主には、容赦がありませんね。

「いや、そんな言葉でくくらなくても…」

 ロヴェルは若干呆れています。


「ウチのお屋形さまは、あるところからないところにモノを流しているだけだとおっしゃいます。」

「はあ~、私たち商人には、とうてい理解できませんね。」


「ほほほ!なにしろマゼランに来た時には、財産は、棒に引っかけたウサギの革だけだったそうですわよ。」

 ティリスも、お貴族さまの笑いになってますよ。

 朗らかに、明るく笑って話します。

「なん…と。」

「あの方は、剣の上手でございましょう?すぐに、ウサギやイノシシを取って暮らしていたそうですよ。」

「剣の上手は聞いたことがございます。」

「それも、ルイラ師匠のご主人のアランどのが鍛えてくださったそうです。」

「C級冒険者のアランですか。」

「そうです。」

「つわものはつわものを知ると言うことですかねえ?」

「さようでございますね。」


 野営地の中では、たき火が焚かれ、ところどころにライトの魔法が浮かんでいます。


 夕食を待つ間、アンヌマリーたちも椅子に座って、ティリスとロヴェルの会話に耳を傾けていました。


「お方さま、そのお話は本当なのですか?」

 アンヌマリーも、疑問に思って聞いてみました。

「ええ、彼は最初『忘れ病』で、何も知らず、チグリスが拾って来たそうですよ。」

「まあ!」

「その辺に落ちていた、ヒノキの枝でウサギの頭を一撃!」

「ええ~?」

「本当に、一撃だったそうです。」

「チグリス殿が、いつも言ってますにゃ。」

 焼けたウサギの肉を持って、大皿に移すミケ。

 ハーブとコショウのいいにおいがします。

「おお、それでは私もむこうで食事にします。」

 ロヴェルは、するりと席を抜けて行きました。


「さすが、一流の商人は身のこなしが上等ですにゃ。」

 ミケも、感心する身のこなしでした。

「相当できますね。」

「ただの商人には見えませんね。」

「武術をずっとしてきた身のこなしにゃ。」

「まあ、敵対しないなら気にしないでおきましょう。」

「あいかわらずお方様は、豪快ですにゃ。」

「ご、豪快って…」

「お方様、見張りはどうしますか?」

「ああ、平気よ。並みの魔物には、この建物は破れないわ。それこそ、オークキングクラスでないと。」

「いや、そう言う意味ではなくてですね。」


 アンヌマリーは、かえってその豪快さに、言葉を失いました。

「それと、お屋形さま直伝のパッシブソナーは、寝ていてもすぐにわかりますよ。」

「そう言うものですかにゃ?」

「ええ。ミケ、子供たちを呼んでちょうだい。」

「はいにゃ。」

 ミケは、小屋の中に入っていきました。

「お方様の、パッシ…パシパシ…」

「パッシブソナー。」

「それは、どのくらい効果があるものなのですか?」

「そうね、半径二百メートルのあらゆる動くものを感知するわ。」

「二百メートル?」

「害意のあるもの、敵意のあるものがいると、反応します。」

「そんな…」


「だから、まあみんな寝ていても平気ですよ。私のマジックアローは、追跡機能がありますから索敵範囲であれば、間違いなく当たります。」

「ご、護衛の意味がありません!」

「いいえ、一人であることには、限界がありますよ。あなたやミケがいないと、やはり怖いですよ。」

「そうなんですか、安心しました。」

「アンヌマリーは、騎士団長から預かった大事な子ですからね、私も気にしているのよ。」

「えっと、それは…」

「あなたは、この旅の間に、少し私のやり方を覚えてもらいますよ。」

「はい。」

「よろしい、まずはおなかいっぱいご飯を食べましょう。」

「はい。」

 アンヌマリーは、一抹の不安を抱えてしまいました。

 この人は、私に何をさせたいのだ?

 一介の騎士である私には、剣を振るう以外のことができない。


「いいですか?アンヌマリーは私に従って、外交を行う要員ですよ。国の騎士として、各領主との会食は、立派な外交手段だと認識してね。」

(うぎゃ~!こんな粗忽者の無骨者に、そんなことできまっしぇ~ん!)

 アンヌマリーは、ティリスの前で百面相をしていることに気がついていません。

「おかあさまー。」

「はいはい、さあ、ミケがおいしいご飯を用意してくれましたよ、みんなでいただきましょう。」

「はい。ミケ、ありがとう。」

「はい、アンジェラさま。どうぞ、めしあがってくださいませにゃ。」

「わ~い。」

「はい、お手手出して~。」

「は~い。」


 ティリスは、水魔法でちょろちょろ水を出して、アンジェラたちの手を洗いました。


「すごい、魔法をこんなに簡単に…」

「魔力の絞り方は、訓練です。」

「ははい!」

「さあ、お座りなさい。オシリス女神の恵みにより、今日の糧を得ることができました、感謝申し上げます。」

「「「「いただきます。」」」」

 キャラバンの中では、明るい雰囲気の聖女一行を見て、ほっとしている人が多くありました。

 やはり、のんきな人が入りと、安心するのですね。

 アットホームな雰囲気で、野外活動をしている一行は、異色なものなのかもしれません。

「ん?」

「どうしましたにゃ?」

「ゴブリン三匹…イノシシ二匹…」


「お方様!」

「そこにいなさいね。」

 言い置いて、ティリスはキャンプの外周に向かいます。

「お供します。」

 剣を持ち上げて、アンヌマリーが続きました。

「許可します。」

 ティリスの目は、暗闇に向けられています。

「お方さま。」

「し、静かに。」

 ティリスは、手でアンヌマリーを押さえました。

 その手が少しずつ光を持ってきました。


(なに?魔力が見える?)

 ばしゅ

 音とともに、ティリスの手のひらに光の矢が発生します。

「行け。」

 しゅっと音がして、ティリスの手からマジックアローが放たれました。

 ティリスの手から離れたアローは、暗闇に向けて一直線に飛び、やがてかなたからギャッと言う声が聞こえました。

「まずは一匹。」

 その手には、もう次弾が装填されていました。

「行け。」

 しゅん!

「二匹。」

「行け!」

「よし、三匹…」

 ティリスは、冷静に慎重に暗闇に向けて矢を放っています。


「ゴブリンは殲滅。イノシシは、こちらを向いている?」


「よし、ランドランサー。」

 ティリスの目の前に、長さが二メートルはありそうな、直系五センチほどの槍が浮かび上がりました。

「二本目。」

 二本目もできあがったようです。

「フライト!」

 しゅっと音がして、今度は暗い空に飛び上がりました。

「お方様、あの槍はどこへ?」

「いま、弾道軌道で上空一キロほどの場所にいます。これから照準補正をして…加速!」

 いいいいいいいいいいんんんんんんんん

 森の中に、甲高い空気を裂く音が聞こえてきました。

「アタック!」

 ざすざす!

 目と鼻の先で、ランサーが突き刺さる音がします。

 数秒遅れて、本当の音が降りてきます。

 ずっどおおおおおおおおんんん!


 ソニックブームを引いて落ちてきたランサーは、盛大な音を立てて地面に突き立ちました。

「ひいっ!」

 アンヌマリーは、音の大きさに悲鳴を上げました。

 こういうところが、騎士としては未熟な部分です。

「ぶきー!ぶきー!」

 イノシシの一匹は、まだ生きているらしく、盛んに声を上げています。

「絶対に抜けませんよ。もういいです、寝ましょう。」

「あ、お方様!」

 ティリスは、あくびをしながらキャンプを歩いていきます。

 アンヌマリーは、あわててその後を追いました。

「一キロの上空からの攻撃ですよ、地面に深く刺さっているから、抜ける訳ありませんよ。」


「そ、そんなあ、ほんとにい?」

 アンヌマリーは情けない声で確認しています。

 もう、ティリスはすたすたとキャンプに戻ろうとしていますが、アンヌマリーは気になって仕方がありません。

「ま、もう少し人を信用しなくちゃね。」

 ティリスは、すまして独り言を言うのでした。


おつきあいいただき、ありがとうございます。

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