第4話 聖女の覚悟
話の方向を変えました。
事件は、もう少し先になります。
さて、翌朝は鹿島発ち。
陽が昇り始めると同時にビエルゾン子爵の館を出発しました。
ベンも、すっかり従者の仕事に慣れて来たようです。
まあ、ほかにやることもないのですが。
アンジェラの世話は、もっぱらベンがするようになりました。
まず、手をつないで、アンジェラがどこかに行こうとするのを止めることです。
ビエルゾン子爵の家人が、パリーカールの世話をしてくれたので、今朝も元気に小さな幌馬車を引いています。
「それではビエルゾン子爵さま、お世話になりました。」
「いえ、なんのお構いもできませず、恐縮であります。おとどには、よしなにお伝えください。」
「かしこまりました。」
「はいにゃ。」
ミケの声に、パリカールはゆっくりと城門を出ました。
朝日は、左から照りつけて、徐々に明るくなる平野を照らしています。
夜明けです。
都市の城門から向こうは、うねりながら広がる広大な平野。
牧歌的な畑が連なっている中に、ところどころ小さな雑木林が見えます。
ビエルゾン子爵領は、魔物の姿も少なく、農業に寄って身を立てる人がたくさんいます。
「お方さま、道がいいですにゃ。」
手綱を握るミケは、楽しそうに言います。
「そうね、ビエルゾン子爵は、領地の振興に力を入れているのですね。」
「はいですにゃ。」
幌の中では、アンジェラとベンが舟を漕いでいます。
「お方さま、道が良いと地域の振興がなるのですか?」
アンヌマリーが聞いてきます。
「そうですね、道が広く、整備されていると何が良いですか?」
「ええっと、馬が疲れません。」
アンヌマリーの乗っている馬は、栗毛の中型。
パリカールに合わせて、かぽかぽとのんびり進んでいます。
「なぜ疲れないのですか?」
「はい、やはり上り下りは、足に負担が…あ。」
「そうですね、より距離が伸ばせますね。」
「なるほど。」
「道が広いと、馬車がすれ違う時、スピードを落とさなくて済みます。」
「より早く、次の街に着きますね。」
「そう言うことです。街道整備は、重要ですね。軍隊の移動にも便利ですよ。」
「なるほど、魔物が出た時にいち早く駆け付けられますね。」
「それが、引いては領地の発展につながります。」
「なるほど。」
「収穫した農作物を、都市に運ぶにも速くできますね。」
「いろいろと、便利ですにゃ。」
ミケが口を挟みました。
アンヌマリーは、若干むっとしています。
「にゃはは、なにごとも勉強になりますにゃ。」
「そうね、旅をすると人間が一回りも大きくなるときがあるわ。」
「そう言うものですかにゃ?」
ティリスは、ラルの横顔を思い出しました。
ガイエスブルクへのたびは、彼を一回り大きく、りりしく、たくましくしました。
「そうですよ、ラルは頼りになる男の子から、そろそろ青年になろうとしていますよ。」
「にゃはは、ラルは、確かにお屋形さまに似て来ましたにゃ。」
「やることも、考え方も似てきましたね。」
「これで、女癖も…あわわ!」
「それは、似ないといいですね。」
カズマ、散々だな。
「ラルとは?」
アンヌマリーも興味を持ったようです。
「ラルは、レジオの難民の孤児です。」
「はい。」
「お屋形さまが拾って、レジオの解放に連れて行きました。オークキングに石をぶつけていたそうですよ。」
ティリスは、くすくす笑っています。
「お、オークキングにですか?」
「お屋形さまが、穴を掘ってオークキングを落としたのです。それに槍を刺して縫いとめて、ラルが石を投げ込みました。」
「なぜ、そんなことを…」
「レジオの民が、オークキングにかたき討ちするためです。」
「ああ、なるほど。」
ラルは、レジオの民を代表して敵を打っていたのですね。
本人は、やたら怒っていたので、そんな気はなかったかもしれませんが。
「レジオは、人口八〇〇〇人程度の小さな町でしたが、その半分が魔物の襲撃と、その後の避難で亡くなりました。」
「…」
「ラルの両親は、ラルを逃がすため魔物に捕まって蹂躙されてしまいました。」
「!」
アンヌマリーは、目を見開きました。
「着の身着のまま、マゼランを目指し、北の平原の領地ざかい付近でレジオの民は追いつかれました。」
「…」
「幸いにして、その場にはアランのパーティが居て、魔物を喰いとめていたのです。」
ティリスは、静かに話します。
「そして、お屋形さまの師匠、ルイラさまがお屋形さまを呼びに来ました。」
「よ、呼びに?」
「そうです、空間魔法の遣い手なのですよ、ルイラさまは。」
「はい?」
「ですから、空間転移の大技を使って、カズマを呼びにきたのです。」
「すごい!」
「それから、二〇〇〇匹の魔物を、アランたちと殲滅して、レジオを目指しました。」
「なんというか、お屋形さまは桁外れですね。Cクラスパーティがいたって、魔物二〇〇〇匹などとおいそれと戦えませんよ。」
「うふふ、それにね、そのころのお屋形さまは、土魔法と火魔法と水魔法が少々しか使えなかったのですよ。」
「そ、それでどうして魔物一〇〇〇〇匹もやっつけたのですか?」
「お屋形さまが言うには、ほとんどが穴掘りだったそうです。」
「穴掘り…」
「ええ、魔物など知恵がないのだから、こちらが知恵と勇気を使えば平気なんだそうです。」
「知恵と勇気。」
「ええ、魔物の倍も深く穴を掘れば、魔物は上がってこられない。そこに、やりや石をぶつければこちらの勝ちだそうです。」
「こ、姑息な手ですね。」
「勝てば官軍だそうですよ。」
「勝てばと言って。」
「ふふふ、あなたは騎士の家系ですものね。卑怯未練な行いは許されざるとか言うのでしょう?」
アンヌマリーはうなずいて見せました。
「それは、騎士同士の場合に限りです。魔物相手に、騎士道など無用です。」
「…」
「魔物は、勝てばいい食えばいいが原則ですよ。人の気持ちや心など、慮ったりしません。」
アンヌマリーは真剣な顔で聞いています。
「ですから、どんな手を使っても勝たなければなりません、よく覚えておきなさい、女は特に魔物に捕まったらどうなるか。」
「…」
「魔物の苗床にされて、おなかを突き破って魔物が出てくるのです。」
「ひぃ」
「鎧など、何の役にも立ちませんよ、ですから先に殺すのです。」
「せ、聖女様がそのようなことを…」
アンヌマリーの声が、極端に弱くなりました。
「聖女だろうが、王妃だろうが、魔物には関係ありません。ただの苗床です。」
ティリスは、まっすぐにアンヌマリーを見ました。
「あなたも、ただの苗床ですからね、アンヌマリー。汚いだの卑怯だの、魔物相手に考えるんじゃありませんよ。」
「…はい。」
アンヌマリーには、衝撃的な話でした。
カズマの活躍は、どこか遠い勇者の英雄譚のように思っていたのです。
勇者物語のかっこいい英雄。
カズマの容姿は平凡で、どこと言って取り柄のないものですが。
花のような聖女の口から、このような話が出てくることも、想定外でした。
か弱い聖女をお守りする、白皙の騎士にあこがれて志願したのですが…
「ほら、街道の右に、ホーンラビットが三匹いますよ。」
「え?」
空間魔法の探知システムです。
空気の振動などから、敵を割り出す魔法です。
「マジックアロー!」
ティリスの手から飛び出す三本の矢。
ホーミング機能のあるマジックアローは、出たとたんに亜高速になって、瞬時にウサギの頭を射抜きました。
「アンヌマリー、回収してください。」
「は!かしこまりました。」
なんということだ、守るべき聖女に攻撃させて、私はそれを回収するだけなのか?
アンヌマリーは、なにやら歯噛みする思いでした。
「周りに魔物がいないか警戒するのよ。」
言うのが遅いのか、アンヌマリーが馬を向かわせると、その横合いから大イノシシの姿がありました。
GOOOOOOOO!
「うわ!イノシシ!」
イノシシの攻撃を、なんとか盾でしのぎながら、街道を時計回りに回避します。
すらりと剣を抜いて、馬上で構えますが、大イノシシに届くとも思えません。
この場合、馬から下りて相手をするのが正しいでしょう。
さすがに真正面からにらまれては、大イノシシも動けなくなりますが、これはいわゆる千日手。
体力的に劣るアンヌマリーの分が悪いです。
「もう少し…ミケ!二人を頼みます!」
さっと馬車を降り、ティリスは駆け出します。
射程圏まであと二十メートル!
たたたたたた
軽い足音とともに、ティリスの声が聞こえました。
「ホーミングレーザー!」
ティリスの五本の指から発せられる、真っ白い光線。
アリスティアが得意とするホーミングレーザーです。
アリスティアより、射程が短いため少し近くから発射しなくてはなりませんが、その威力は本家に劣ってはいないようです。
ずぎゃん!
五本のレーザーは、ホーミングの名に恥じず、まっすぐに大イノシシのコメカミを貫きました。
どさあ!
アンヌマリーの目の前で、大イノシシは倒れ付しました。
「は、はあああ~。」
それまで張り詰めていた緊張から、アンヌマリーは深いため息をつきました。