第3話 ビエルゾン子爵
は~、やっと書けたわ~(笑)
ティリスって、本当に動きがにぶいわ~。
「館長さま、夫カズマよりの喜捨でございます。」
みなが落ち着いたところで、ティリスは鞄からいくばくかの金貨の入った袋を取り出しました。
肩に斜めがけされた、幼稚園バッグのような鞄です。
これには、アリスティアの空間魔法が施されて、王都にいるカズマの魔法の革袋との共有がなされています。
つまり、ティリスはカズマの革袋に入っているものは、すべて使えることになります。
チートですね。
金貨一枚三〇〇万円の価値がありますから、五枚ももらうと有頂天です。
「こ!これは!
「薄謝で申し訳ありませんが、どうかお納めください。」
「ははー!」
館長は、またしても地面に膝を突き、両手でうやうやしく革袋を受け取りました。
「あの、そこまでされては…」
「神の使徒たるジェシカさまと、同等の祝福を下さる聖女さまをいかに扱えば良いのか、測りかねております。ですが、せめて尊敬の念だけはご理解いただきたい。」
「私のようなものに、過分なお言葉、痛み入ります。」
「なにをおっしゃいますか。聖女のお力、しかとこころに刻みましてございます。」
もう、何を言ってもこの調子で、ティリスも困ってしまいました。
「あの、ほかにお困りのことはありませんか?」
「は、特には。」
「では、教会の孤児院を見せていただけますか?」
「はは!かしこまりました。」
館長に案内されて訪れたのは、木造りの二階建ての建物で、簡素な中にも清潔な印象がありました。
「おきれいになさっていますのね。」
「はい、子供は清潔が第一と、孤児院の院長の方針です。」
「それはすばらしいですわ。恵理子さまも常々清潔、消毒とおっしゃいますわ。」
「エリコさまともうしますと、有名な第三聖女さまですな。」
「はい、王都の衛生管理に多大な貢献をなさっております。」
「ふむ、それはなによりです。」
「はい、疫病などの蔓延は、手洗いでかなりの感染を防げます。そのてん、この孤児院は理想的ですね。」
落ち着いたアルトの声が、横合いから聞こえて来ました。
「おほめにあずかり、光栄でございます。」
中年と言うか、初老と言うかやせ気味の、黒髪の女性が立っていました。
恵理子がいたら、『ロッテンマイヤーさん!』と叫んだことでしょう。
「孤児院の院長でございます。」
「王都で、おこがましくも聖女などをしております、ティリスと申します。どうぞよしなに。」
「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。院長のロレンダでございます。」
「今もお話ししておりました、清潔でよい施設ですね。」
「なんですか、それだけが取り柄のようなものですが。」
「いえいえ、清潔は大切です。えい児死亡率もそこに起因すると、恵理子さまも申しておりました。」
「まあ、さようでございますか。」
「はい、中を拝見してもようございますか?」
「もちろんでございます、あ。」
「どうされました?」
「ははい、いま二人ほど臥せっておりまして、風邪でございます。」
「風邪ですか、ではわたくしが診ます。」
「せ、聖女さま!」
「どうぞ、ご案内を。」
「はい。」
黒い衣装の院長は、先に立って建物に入ります。
「こちらでございます。」
ひと部屋に、二段ベッドで一〇人が寝られるようになっていて、その部屋が三つ並んでいます。
「三十人ですか…」
「はい、街の規模が小さく、孤児も少ないので。」
「左様ですか、貧民街などではどぷしていますか?」
「引き取れる子供は、引き取っております。」
「そうですか。」
ヤバい子供は引き取れないのね。
二番目の部屋の奥で、二人の子供が寝ていました。
「ほかの子供たちは、どこにいるのですか?」
「今日は、薬草取りに出ております。貴重な収入源ですので。」
「なるほど、自給自足は大事ですね!」
ティリスは、目を輝かせました。
「はい、子供たちも心得ております。」
「わかりました、では、こちらを診ましょうか。」
ベッドに横たわる子供は、二人とも女の子で、熱に浮かされて赤い顔をしていました。
「なるほど、これは…」
「いかがでしょう?」
院長は、不安そうな顔をして、ティリスを見ました。
「大丈夫ですよ、今から解熱と治癒のヒーリングをかけます。」
「ひ、ヒーリング!そんな高位魔法を!」
教会の館長は、顔をひきつらせてティリスを見ました。
アンヌマリーも、ほほをひくつかせています。
ミケは、毛づくろいをしていました。
「大丈夫です、神と精霊の加護がございます。」
ティリスは、一言添えて子供に手をかざしました。
「ヒーリング。」
「む、無詠唱!」
館長も院長も、目を見開いてティリスの手のひらを見つめています。
手のひらからは、蒼い精霊の光が次々と現れて、光のエフェクトが広がります。
「神よ。」
最後に、黄金色の光に包まれて、子供の顔から赤みが引いて行きました。
「これで、熱も下がり体力も回復いたしました。もう一人も、治療しましょうね。」
ティリスの言葉に、ふたりはこくこくと頷いて答えます。
壊れた赤ベコのようです。
二人の子供は、ティリスの治療を受けて、それまではあはあと荒い息をしていましたが、今ではすっかり平穏な様子です。
「おさわがせしました。」
「い、いえいえ!聖女さまの奇跡を目の当たりにして、感謝の気持ちでいっぱいでございます。」
孤児院長は、膝を突いて両手を組み、神に祈るようにティリスを見つめます。
「祈りは神にお願いします。私は、ほんのお手伝いをしただけです。」
「ああ、お方さまはまさに聖女!なんというおやさしさ。」
アンヌマリーは、感極まってはらはらと涙を流しています。
あんた、妙な宗教にハマッたひとみたいやよ。
「いや、これほど凄まじい力とは、思っても見ませんでした。聖女さまのお力は、すばらしい。」
教会の館長は、目からうろこがぽろぽろとこぼれているように見えました。
「いえ、これは孤児院の運営に使ってください。」
ティリスは、小さな革袋に入った金貨を渡しました。
院長は、両手で受け取り、じっとティリスを見ました。
「ありがとうございます。大切につかわさせていただきます。」
「いえ、子供たちがおなかいっぱい食べられるなら、それでけっこうでございます。」
「お方さまは、気にしない方なのにゃ。」
ミケの背中で、うとうとしていたアンジェラが目をさましました。
「にゃ、どうしたの?」
「もう終わりましたよ。宿屋に帰りましょう。」
ロワール=エ=シュール地方の都市、ビエルゾン子爵はちょうど領地に帰っていました。
家の者から聖女の来訪を告げられ、慌てふためいて教会に駆けて来ました。
ええ、馬車など準備するのももどかしく、馬に乗って駆けて来たのです。
門前に馬をつなぐのも忘れて、その辺に乗り捨てて、教会の正門をくぐりました。
「せ、聖女さまはいずこじゃ!」
「ビエルゾン子爵様、ようこそおこしください…」
「聖女さまはいずこじゃ!」
シスターのあいさつにかぶせるように、子爵は大きな声で聞きました。
「ははい、こちらでお休みでございます。さきほど、治療院の治療を終えられ、孤児院の視察をされました。」
「そうか。大義。」
ビエルゾンの殿さまは、あわててシスターの案内する部屋に向かいました。
「こちらに、聖女さまはおいでか?」
部屋の前には、アンヌマリーが立っていました。
「失礼ですが、どちらさまでしょうか。」
「うむ、ビエルゾン子爵である。」
「かしこまりました、主は中で休息中であります。すぐに、取次ぎいたします。」
「うむ、大義でござる。」
いずれ、格式ある家中と思い、アンヌマリーにも慇懃な子爵でした。
「お方さま、ビエルゾン子爵様がご挨拶にまいられました。」
「まあ、子爵さま?どうぞお入りになって。」
子爵が部屋に入ると、白いローブを着た小柄な女性が、幼子を二人連れて立っていました。
「御休息のところ申し訳ござらん。ビエルゾン子爵、アンドレでござる。」
「レジオ男爵が家内、ティリスでございます。これは、娘のアンジェラ、供のもののベンでございます。」
「は、噂に高いドラゴン砕きの奥方でござる、どんな剛毅なお方かと思えば、すみれのような儚きお方。アンドレ感服いたしました。」
「まあ、お上手ですのね。どうぞ、お座りになって。」
「は、失礼仕る。」
武士らしい、きりりとした佇まい。
アンドレ=ド=ビエルゾンは男でござる。
「右府どのは、ご健勝でありますか。」
「はい、おかげさまで。子爵さまはおひとりでこちらに?」
「は、妻子は王城の側に上屋敷がございますので、そちらに。」
「さようでございますか。わたしどもは、巡礼の旅でございます。明日には、ここを発ちます。」
「そんな、しばらくご逗留あれば…」
「そうはまいりません、ほかにも聖女の力を求めるかたがたがおられます。」
「お引き留めするのは、不作法でござるな。せめて今宵は、我が家にお休みいただきたい。おとどの奥方を、宿屋になどと、私が笑われます。」
「左様でございますか?では、お世話になりまする。堪忍してたも。」
「はは。」
身分的には子爵は、男爵の上です。
ともに、領地持ちの身の上ですが、いかんせんレジオ男爵は、右大臣兼総理大臣であります。
ビエルゾン男爵は、その部下に当たるので、下にも置けないもてなしをしなくてはならないのです。
まことに、すべきものは宮仕えと言うものであります。
ティリスは、旅の途中で拾ったベンのことは、さわりだけ語り、聖女のことや少女歌劇団の話で大いに盛り上がったのでした。
「いやいや、お方さまは砕けたお方だ、今宵は愉快でありました。」
「私も楽しくさせていただきました。」
「それでは、明日も旅の空、お休みください。」
「はい、お心遣い痛み入りましてございます。」
「はは。」
二人は、たがいに深く礼をして、居室に戻ったのでした。
「お方さまは、社交も上手でありますな。」
アンヌマリーは、ティリスの脱いだローブを受け取りながら言いました。
「あら、普通にお話ししただけよ。すこし、口調は固かったけど。」
「お方さまも、けっこうもまれてきたのにゃ。」
ミケは、アンヌマリーの手から、ティリスの寝間着を受け取りながら答えます。
「社交界にですか?」
「そうですにゃ。コルセットで死にそうになってましたにゃ。」
「それは言わないで~。」
アンジェラを産んでから、怠けていたので若干太めになっていたようです。
社交の場に出ると言うことで、ドレスを着ようとしたら、コルセットで絞らないと入らなかったという始末。
王城にあっては、盛大な舞踏会などは控えられていました。
が、貴族主催の夜会や茶会は繁茂にあり、当然ティリスやアリスティアはカズマについて出席しました。
自然と、貴婦人同士の会話や、駆け引きには慣れてきます。
カズマは、ティリスやアリスが舞踏会に出るのは、あまり好きではないのです。
「めんどくさいおばはんと付き合うのはカンベン。」
だそうです。
翌朝、宿屋に料金を払いに行くと、やたら恐縮されました。
「お代はいりません。」
「いやしかし、部屋は獲ったのだから。」
ティリスは、困ってしまいました。
「使ってもない部屋の代金などとれませんよ。」
女将さんは、言い張ります。
「お方さま、ここはお方さまが折れるにゃ。」
「はい?」
「むりやり渡しても、女将さんもこまるにゃ。それよりも、この宿屋に祝福をさずけるにゃ。」
「わかりました。女将さん、それでいいですか?」
「願ってもないことです、聖女さま!」
ティリスは、心をこめて宿屋の建物に祝福を与え、主人や女将さんや、娘たちに祝福をさずけたのでした。
「そう言えば、泥棒の話はどうなったにゃ?」
「どろぼう?」
「いえね、枕探しがでましてね、宿屋の中を探っていたんですよ。」
「ぶっそうですね。」
「普段は、そんなもの出ないんですけどね。」
「おおかた聖女さまの髪の毛でも落ちてないか、探しに来たにゃ。」
「いやなはなしですね。」
「にゃはは、冗談ですにゃ。」
「そう、それでは女将さん、お邪魔しました。」
「はい、道中お気をつけて。」
ティリスは、最後に火魔法で看板にオシリスの印を刻んで出発しました。
もう少しで、動きが出ますので、お見捨てなく。




