第2話 ビエルゾンの街
ずいぶんいろいろ迷っちゃいましたが、このまま進めることにしました。
後付けの設定とかも、説明臭く出てきますが、笑って許してください。
ロワール=エ=シュール地方の都市、ビエルゾンの街に入った聖女たちは、教会を目指します。
かたかたと、石畳を鳴らしながら、大通りを進むパリカール。
「おなかがすきましたねえ。」
「お方さま、はしたないです。」
「おなかがすくのは仕方がないにゃ。」
「ははさま、私もおなかがすいた。」
「アンジェラもこう言ってますから、なにか食べたいですね。」
「では、あそこのカフェに寄りますか?」
「アンヌマリーにしてはいい案ね、そうしましょう。
「わ、私にしてはって…」
「にゃにゃ、アンヌマリーもおなかがすいてますにゃ。」
「うう…」
パリカールの馬車をカフェに停めて、外のテーブルに着きます。
街は暮れ色に染まり始め、甘い風が漂って来ます。
『いらっしゃいませー。』
十代とおぼしきウエイトレスがすぐにやってきました。
「なにかお勧めの料理を五人分と、果物のジュースを。」
「は~い、お勧めですね。ありがとうございま~す。」
娘は元気に中に入って行きました。
「げ、元気ですね。」
アンヌマリーは、娘の様子に驚いたようです。
「そうね、客の入りも悪くないし、ここは「アタリ」かもしれないわ。」
「アンヌマリーにしては、いいチョイスですにゃ。」
「わ、わたしにしてはって…」
外席なので、冷えた水を取り出して飲んでいると、お肉のグリエとジャガイモのふかしたのに、ブラウンソースのかかったものが出て来ました。
「おまたせしました~。」
「ありがとう。」
ベンも含めて、五人の前には同じようにワンプレートで出された料理が並びます。
「ははさま、おいしそうね。」
「そうですね、さあいただきましょう。ベンも遠慮しないで食べるのよ。」
「はい、いただきます!」
「「「はい」」」
「あ、アンヌマリーは、そこのピーマン残しちゃだめよ。」
「うぐ!お方さま~。」
「だめよ。」
「…はい。」
「よろしい。アンジェラのしつけ上、あなたがお残ししては示しがつきませんからね。」
「…はい。」
「ミケは、タマネギ食べちゃだめよ、おなか壊すから。」
「はいにゃ。」
「うう…ミケは好いなあ。」
「だめですにゃ、これは種族的な問題ですにゃ。」
「はい…」
若干暗いアンヌマリーは置いといて、なかなかいいお味のソースです。
ティリスは、教会に行くのを明日にして、ゆっくりご飯を楽しむことにしました。
「うまいにゃ、お肉うまいにゃ。」
「ミケどの、それ言いながらじゃないと食べられないのか?」
「これは、種族的な問題にゃ。」
「そうか。」
こんな呑気なことを言いながら、食事をしているのが聖女の一行だとは、街の人たちは思わないでしょうね。
「お方さまは、どこまで行くのですか?」
ベンは、おずおずと聞きました。
「クレルモン=フェランの山岳修道院よ。高い岩山の上にある修道院なの。」
「それは遠いの?」
「ええまあ、王都から三〇〇キロくらいあるわね。この町まで王都から約三〇キロくらいだから、あと二〇日くらいかかるかしら。」
「そんなに。」
「ええまあ、巡礼旅とは言え、私たちにはパリカールがいますから、楽なモノですね。」
「そうなの?」
「ええ。普通の巡礼旅はみな徒歩<かち>で行くのですよ。」
「ふうん。」
「今回は、アンジェラが居ますから、馬車なのです。」
「そうですか。」
「さて、お宿はどこにあるかしら?」
「聞いてきますにゃ。」
ミケは、すぐに立ち上がるとウエイトレスを捕まえて、宿の場所を聞きました。
「お方さま、この店の裏が宿屋ですにゃ。馬車の駐車場もあるそうですにゃ。」
「そう、それはよかったわ。さっそく行きましょう。」
ミケは、ウエイトレスに話を聞くと同時に、支払いを済ませると言う素早さを見せました。
五人全員を人部屋にまとめて、宿泊することにしました。
「私がお方さまと一緒の部屋などと!」
「一緒でないと、護衛できませんにゃ。」
「それはそうだが。」
「固いばかりでは、何事も上達しませんにゃ。」
「うう。」
「ミケの言うとおりですよ、あなたのまじめなところは美徳ですが、それだけでは人間として成長しません。」
「はい…」
「今日は、そちらで寝るのです。」
六人部屋の、せまいベッドに寝るように、聖女から言われては、アンヌマリーも諦めるしかない。
アンヌマリーは、貧乏な騎士爵の五女として生まれました。
父親は、王都の騎士団に在籍する騎士だが、城壁警備などを受けている言うなれば、かろうじて貴族と言う立場です。
そんな彼女は、地味でまじめな父親と、地味で働き者の母親に育てられたため、騎士とはかくあるべきと言う意識が強い子に育ちました。
いわゆる、武士厨のような感覚でしょうか。
彼女が生まれた時には、姉が四人。
『また女か!』
思わずそう叫んだ父親を、責める者はだれもなかったようです。
産んだ母親も、すまなそうな顔をしていたそうですから。
騎士爵とは言え、貴族の跡取りの男子が居ないことは、彼としても問題視していたのでしょう。
さすがに、五人連続女の子とは思わなかったようですから。
地味な妻は、自分の女腹を悔やんで、離縁して実家に帰ろうとする始末。
「こうなれば、婿養子と言う手もある。心配するな。」
そう言っては見たものの、三代続いた騎士爵の家系が、途絶えるようなまねは、ご先祖様に申し訳ない。
たとえ、城門警備の騎士爵と言えども、意地がある。
家門は途絶えさせると、それまでなので。
長女は、七歳になろうとしていたが、つつましくかしこかったので、婿養子には困るまいと思っていたのでした。
そんなわけで、彼女は幼いころから剣を学び、成長して騎士団を志望したのですが、巡り巡って後宮警護士に任命されました。
市街警備をしたかったのですが、辞令とあればしかたがありません。
王宮の中庭で、盛んに訓練する姿は、よく見られました。
たまに、お屋形さまも稽古をつけたりしていたようですが、体が固いためかなかなか上達しなかったようです。
今回の巡礼旅に、随行を指示したのはティリスです。
指名を受けたアンヌマリーは、激しく動揺したようですが、覚悟を決めて着いてきました。
いわく、命に替えてもだそうです。
固い、固いよアンヌマリーさん。
宿屋は、一階が石造りで二階が木製と言うハイブリッドで、一階はどっしりした作りです。
二階は、温かみのある焦げ茶の木材で、暖炉が効きそうな感じ。
薪代は別料金ですが、今は必要ありませんね。
この辺は、南に向いているので冬でもあまり雪は降りませんし。
このまま南に出れば、かなり暖かい地方になります。
「かあさま、眠い~。」
「そう?ではベッドに入りなさい、アンヌマリーは、今から眠りなさい。」
「ですがお方さま。」
「眠りなさい、どうせ寝ずの番とか言うのでしょう?でしたら、今のうちに眠っておきなさい。その間は、私もミケもいますから。」
「ですが。」
「命令です。旅の初日から、あなたを壊す訳には参りません。」
「お方さま!」
「命令です。」
「うう…」
「アンヌマリー、あとでおこしてあげるにゃ。それから、警備はまかせるにゃ。」
「ミケどのがそう言うなら…」
「やせてもかれても、レジオ男爵家のシノビだにゃ、そこらの人間には引けを取らないにゃ。」
「それもそうですね。」
そう言って、鎧をはずしてベッドに入ったのでした。
ティリスは、彼女が目をつむると同時にスリープの魔法をかけて、朝までぐっすり寝させてしまいました。
強引ですが、こう言うことでもしないと、体を休めてくれないので。
長い旅路に、疲れを蓄積させてしまう護衛は意外と多いものです。
ま、ティリスとミケが居れば、特に盗賊などおそるるに足らないのですが。
ミケは、形だけでも護衛したと思わせるために、明け方にアンヌマリーを興しました。
「アンヌマリー、起きるにゃ。」
「ううん、なんですか?」
「見張りの交代にゃ。」
「は!」
急に眼をさまして、ベッドに跳ね起きたので、ミケの額とアンヌマリーの額とが、激しくぶつかりました。
ごきん!
「あいたたた!ひどいにゃ!」
「こ!これはご無礼を、お許しください。」
「し!静かにするにゃ、お方さまたちが起きてしまうにゃ。」
「は」
アンヌマリーは、あわてて自分の口を押えました。
「扉のところで、番をするにゃ。」
「はい、承知しました。」
明け方四時か五時の、そろそろ明るくなる頃です。
こんな時間に襲ってくる賊もいないでしょうが。
それから二時間後くらいに、みなが目をさましました。
「ほえ~、今日もいいお天気ですねえ。」
ティリスは呑気そうに、窓を開けて外を見ています。
ベンも窓際に寄ってきて、空を見上げます。
「これは、しばらく晴天が続きそうですね。」
「そうね、下にごはんをいただきに行きましょう。」
「「「はい。」」」
起きあがったミケの額に、盛大にこぶができていたのは、言うまでもない。
「あらまあ、ミケ!どうしたのそのこぶは。」
「うにゃにゃ、これはちょっとぶつけたにゃ。」
「ちょっとと言うには大きいわね、待ってなさい。ヒール。」
ミケの額のこぶは、しゅわっときれいに引っ込みました。
「どう?まだ痛い?」
「だいじょうぶですにゃ。」
「お方さま、すごいですね!僕は、始めてみました!」
ベンの黒い犬耳が、ぴくぴくと動きます。
あんじぇらは、それを不思議そうに眺めていました。
「ベンの耳は、お水が入らないの?」
「入るよ。」
「みみが、ぽ~んってならないの?」
「ぶるぶるすると、水が飛んで行くんだ。」
「ふうん。」
「お嬢様、この耳は水が入りにくいように、中まで毛が生えているんだにゃ。」
「そうなの?」
「アンジェラ、獣人の耳は便利にできているのよ。」
「ほえ~。」
パンとスープと御野菜の朝食を取ると、ティリスは教会に向かいました。
パリカールの馬車は、宿屋に預けてあります。
今日は、聖女の白いローブにベールをまとっているので、道行く人々が不思議そうな顔をして一行を眺めています。
教会の前は、癒しを求めてけが人、病人が列を作っていました。
「おやまあ、この町もいろいろ大変なようですね。」
「そうですにゃ、人は病からは逃れられないものですにゃ。」
なにやら哲学的なミケである。
教会の横の入り口は、病人たちでふさがっているので、正面の三つある入り口に回りました。
ここもなかなか格式のある教会のようで、高い尖塔が立ち、鐘つき堂も立派なモノです。
「なかなか立派な教会ですね。」
「は、さようであります。」
アンヌマリーは、あいかわらず固い表情で、教会の入り口を見上げました。
尖塔と尖塔をつなぐ、細い回廊が見えました。
入り口から少し奥には、たくさんの長椅子が並び、その真ん中には広い通路があります。
通路のつきあたりには、祭壇があり説教台が左奥にあります。
祭壇にはたくさんのろうそくが並び、善男善女があかりをともしてささげます。
「私たちも喜捨しましょう。」
「はいにゃ。」
ミケが銅貨を出して、ろうそくを五本買い求めて来ました。
ろうそくは、オシリス女神像の足元に並べられています。
「みなが平和でありますように。」
作法に則って、地面に膝を突き、ティリスは深く祈りをささげたのでした。
すると、オシリス像の胸のあたりが光を纏い、その中なら赤い衣のジェシカが顔を出したのでした。
「ごくろうさまです聖女ティリス。オシリスさまは、今回の巡礼を大変御喜びです。」
「ああ、ジェシカ。それはよかったわ。」
「あなたの力で、みなさまに平和と安寧を。」
「平和と安寧を。」
ティリスは、手のひらに印を結んで、ジェシカに同調しました。
横合いからそれを見ていた司祭は、あわてて飛んできて五体倒置します。
「あわわわわわわわわわわ!」
「あら、この教会の司祭様ですか?」
「ははははい!ど、どちらさまでしょうかあ!」
「はい、王都のシスターでティリスと申します。」
「はい?シスター?いやしかし、使徒ジェシカさまが降臨されるなど、この教会では初めてのことで。」
「そうですか?皆様に祝福をお与えに来て下さいました。」
「シスター=ティリス…ティリス…ティ…ああ!王都の第一聖女さまでしたか!」
「…」
そう言われると、恥ずかしくなってしまうティリスでした。
「ど、どうぞこちらにいらしてください!館長さまに!」
「いえ、まずはご病人たちを診なくては。」
「はい?」
「参拝に参る前に、たくさんの病人やけが人を見ました、そちらが優先です。」
「はは!ご案内申し上げます。」
ティリスは軽く頷いて、司祭の後ろに着きました。
古びた木のドアを開けて、司祭は振り返りました。
「こちらでございます。」
「はい、ありがとうございます。」
ティリスが部屋の中に入ると、一〇余りのベッドが並び、司祭やシスターが治療についていました。
みな、少ない魔力を駆使して、病人の治癒に魔法をかけています。
「あの…みなさま、こんなに魔力が少ないのに、無理をしているのですか?」
「は、なにぶん修行不足で申し訳ありません。」
「いえ、努力されているのですね。」
「はは!」
「わかりました、全力でサポートさせていただきます。」
「はい?」
「装着!」
ティリスは、静かに手を上げると一言もらしました。
かきいん!
空中から飛んできた、蒼く輝く鎧が、足元からティリスに装着されて行きます。
ブルーアルマイトのように、きらきらと輝く鎧は頭の上にティアラを載せて完了しました。
「エリアヒール!」
ティリスの全身から精霊光があふれ出し、その光は部屋だけでなく教会全体を、ひいてはその周辺一〇〇メートルあまりをカバーしました。
結果として、そこにいた病人、けが人はもとより、看護をしていたシスターたちの腰痛や、擦り傷なども癒してしまいました。
「わ、わたしの水虫まで!」
司祭さま、なに不潔なことしていたんです?
「かあさま、きれい~。」
「すげえ、お方さま、きれいだ。」
「あいかわらず、お方さまの治癒魔法は派手ですにゃ。」
「お、お方さま、お美しい!」
お供の面々も絶句するほど、強力な魔力と精霊の加護が炸裂したのでした。
ティリスの体からは、無数の精霊の光が輝き、蒼い鎧を浮かび上がらせます。
普段は、庶民然とした顔をしているのに、今は、まことに神秘的な雰囲気で、近寄りがたいものを感じさせます。
精霊と共に、空中に浮かびあがり、精霊光をふりまきながら、周りの人々に癒しを与えています。
やがて、宙に浮いていたティリスは、ゆっくりと地面に足をつけました。
「どうですか?病人は治りましたか?」
うっすらと浮かんだ汗に、薄い色の金髪がまとわりつき、妙な色気までプラスされています。
「は、はい!もちろんであります。」
慌てた風に、神官はぶんぶんと首を縦に振っています。
そこへ、どたどたと足音を響かせて、白いローブの老人がかけてきました。
「な、なにごとですか!なにがおこっているのですか!」
治療室に飛びこんできた男は、蒼い鎧のティリスを見て固まりました。
「あ、はえ?」
振り向いたティリスからは、徐々に鎧が消えて行きます。
「神官のみなさまお疲れのご様子でしたので、今日の病人はすべて私が治癒させていただきました。」
「あ、はあ…」
館長は、呆けたまま頷きます。
「館長さま、王都の第一聖女ティリス=ド=レジオさまです!」
司祭があわてて飛んできました。
「だ、第一聖女さま!」
あわててティリスの足元に、両膝を突きました。
「どうされたのですか?」
「まことに神の奇跡を拝見させていただきました。」
側にいた神官も、同様に膝をつきます。
やがて、ひとりまたひとりと、そのばで膝を突いて行きます。
中には、手を組んで聖印を結ぶ者まで現れました。
「ジェシカ、祝福を。」
「わかりました。」
ティリスの頭の上から、ゆっくりと赤い衣の使徒ジェシカが現れて、みなに光の粒をまいて行きます。
「なんと!」
「祝福の光が!」
「ああ、神様!使徒ジェシカさま!」
「聖女!聖女!」
教会の中は、興奮が高まって、いまにも暴動が起きるのではないかと言うほどの空気が渦巻いていました。
ティリスは両手を広げて、声を出します。
「みなさまに、神の祝福があらんことを。」
同時に、するするとジェシカは天に上がって行きました。
しんと静まり返る治療室。
「「「「わあああああ!わあああああ!」」」」
いままさに、ティリスの聖女としての力が見せつけられたのでした。
本編では、いささか地味な聖女ティリスですが、実はすごいんだと言うことです。