第15話 旅はくつずれ?-3-
夜半に続いた雨は、深夜には少しずつ弱くなり、明け方には止んでいました。
ティリスは、ゆっくりと目を開け、小屋の中を見回します。
「特に問題はなさそうね。」
問題があれば、一番にモモが気がつくでしょう。
大きな耳は伊達ではありません。
まあ、土砂降りの中で動きたい盗賊や魔物も居ないと思いますが。
そっと毛布から抜け出して、馬小屋を見に行くと、パリカールは呑気に草を食んでいました。
「おはよう、パリカール。」
「ぶひひ。」
パリカールは、鼻を鳴らしてすり寄ります。
「よしよし。」
街道は、ところどころに水たまりができていて、馬車はなかなか難儀しそうです。
「う~ん、出発を遅らせて、乾くのを待った方がいいかしら?」
「お方さま、おはようございます。」
アンヌマリーが小屋から出てきました。
「あら、おはようアンヌマリー。こちらでお顔を洗いなさいな。」
ティリスは、テーブルの上に水桶を出して、魔法で水をためました。
「は、ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
ティリスは、かまどに火を入れて、やかんでお湯を沸かしています。
「クレルモン=フェランまではあとどのくらいかしら?」
「さよう、いまちょうど真ん中あたりではないでしょうか。」
「そう、ではあと十日あまりで着けるかしらね。」
「いえ、あのう、クレルモン=フェランの街から修道院までは、厳しい山道でございますから。」
「あらそう?じゃあアンジェラたちはどうしましょうね?」
「おそらくは、ミケどのと街の宿屋でお待ちいただくのがよろしいかと。」
「そう、そのほうがいいわね。」
ベンが、小屋から出てきました。
「お方さま、おはようございます。」
「あら、おはよう。アンジェラは起きた?」
「いえまだ…」
「あらまあ、いいわもう少し寝させておいても。まだ道がぬかるんでいますから。」
「そうですね、水たまりがたくさん。」
ベンも、テーブルに来て顔を洗っています。」
お方さまは、魔法の革袋からパンを取り出して、ナイフで切り分けています。
「お方さま、そのようなことは私がしますにゃ。」
「ミケ、このくらいは私でも大丈夫よ。」
草原の真ん中に開けた野営地は、温かい日差しに照らされています。
「ふわ~、おふぁようございまふ~。」
「シモーヌ!ちゃんとしろよ!」
「あ~、アンリったらうるっさいわね~、お母さんみたい。」
「シモーヌがだらしないんだよ!」
二人は言いあいを始めました。
「も~!うるさい!」
アンジェラが、モモといっしょに顔を出しました。
「あら、アンジェラちゃん、おはよう。」
「もう、家の前でケンカなんてしないでよ。」
「いや、ケンカじゃないよ、シモーヌがだらしないから…」
「だーかーら、子供の前でなに言ってるのよ!」
「こども言うな!」
「あはは、ゴメン。」
朝食が済んで、荷物を収納しパリカールを馬車につなぎます。
「お方さま、小屋はどうするんですか?」
「え?このまま捨てて行きますよ、もちろん。」
「ええ!こんないい小屋なのに?」
シモーヌは、怪訝な顔で聞きました。
「だって、この小屋、地面から直接建っているんですよ、はがす訳にもいきませんよ。」
「へえ~。」
「それに、このくらいなら、どこにでも作れますし、後から来る人が昨夜みたいな雨の時使えるじゃないですか。」
「そりゃそうですけど。」
「じゃあ、シモーヌが担いで行くのか?」
アンリは、あきれ顔です。
「そりゃそう言う訳にもいかないわね。」
「こんなもので領民や国民が喜ぶなら、置いて行きますよ。」
「さすが公爵家のお方さまは、お心が広い!」
アンヌマリーは、変なところで感心しています。
小屋もかまども馬小屋もそのままに、一行は出発しました。
ヴァロン=アン=シュリーを越えると、あと五分の一の距離です。
「お方さま、前方になにか丸太が見えます。」
雨水による水たまりを避けながら進んでくると、昼ごろにはほとんど見えなくなってきました。
そんな街道の先に、なにやら丸太が横たわっていました。
「丸太ですか、アンヌマリー抜刀して。」
「は、やはり盗賊でしょうか。」
「そうね、まちがいなく。」
「聖女の馬車を狙うとは、不届き者め。」
「はいはい、サーチするわよ。」
前方の一〇本ほど木の生えた街道わきから、こちらを狙う弓。
その向かいには、七人ほどのむさくるしい男たち。
気の上にも、気配を隠すように弓が狙っていました。
「弓をつぶしますよ。」
無詠唱で飛ばされるティリスのマジックアローは、音もなく弓を持った盗賊の腕を射ぬきました。
「いてえ!」
どさりと枝から落ちる盗賊其の一。
「ぐわわ!」
腕をつかんで悲鳴を上げる其の二。
「なんだ!どうした!」
「急に腕になにかが刺さった!」
「いてえよ~!」
こちらは、落ちた衝撃も加わって、かなり痛そうです。
「しゃあねえ、奇襲は失敗だ、やるぞ!」
「「「おう!」」」
ばらばらと錆びた剣を持って、汚い男たちが出てきます。
「あ~、あなたたち、無駄な抵抗はやめて投降しなさい。」
ティリスの緊張感のない説得が入ります。
「ああ?そう言う訳にもいかねんだよ、こちとらノルマってもんがよう。」
「大将、それは言いっこなしですぜ。」
「おっといけねえ。ま、殺しゃしねえから、安心しな。」
「うひひ~、上玉ぞろいですねえ。」
「こりゃあ高く売れそうだな。」
「売る?奴隷ですか?」
「そうだよ~ん、その前に味見しちゃうけどな~。」
「それはいけませんね、預かり物のお嬢さんもいますし。」
「そりゃけっこう。」
ティリスは、御者台に仁王立ちしています。
「装着!」
きいい~んんん
革袋から飛び出した、蒼い鎧がティリスの体を覆って行きます。
差し上げた両手には、金のティアラ。
それを頭に乗せると、鎧は完成します。
「今日は時間も押していますので、容赦はしませんよ。」
「はああああ?なんだそれ、どこから出たんだ?」
「これは青龍の聖凱、聞いたことがありませんか?」
「はあ?聖凱って、聖騎士のもってるあれかい?」
「そうです、青龍メルミリアスから献呈されました。」
「うっそでえ~。」
「では、その身で味わいなさい、マジックアロー!」
きゅきゅん!
ティリスの使うなかで、最低の魔力を使う技は、このマジックアローです。
だいたい一度に一〇本ほど飛び出します。
うまく横に払うと、拡散して敵に向かいます。
がががががががががが!
「うひゃあああああ!」
盗賊たちは蹈鞴を踏んで、無様な踊りを披露します。
中に一人二人、足を射ぬかれた者もいるようですね。
「「いてててて!!」」
「ちくしょう!やっちまえ!」
かきいん!
迫りくる錆びた剣に、横合いから飛び出したアンリが剣を合わせます。
「あいにくだったな、こっちには剣士もいるぜ。」
しゃきん!
「おおさ!騎士も乗っておるぞ!」
アンヌマリーも、剣ごと切り伏せて、一人倒しました。
「なるべく手傷を負わせて、動けなくして!」
ティリスも、魔法で援護しています。
「あわわわわ」
シモーヌは、幌の中で腰を抜かしています。
「はわわわわ!」
シモーヌの横で、アンジェラがすやすや眠っています。
「がう!」
モモは、後ろから来た盗賊に威嚇しました。
「なんだこの犬!」
「ぐるるるる」
ぱしーんと、音がして後ろの盗賊たちに電撃が走りました。
「「「「ぶべべべべべべ」」」」
男たちは奇妙な踊りを踊りながら、意識を飛ばされました。
手足が、おかしな方向に曲がっています。
「「「げべべべべ」」」
しびれて、意識だけは残っているので、手足の激痛に悲鳴を上げたいのですが、電撃でうまく体が動きません。
「すごい、ワンちゃん。」
モモは、すまして鼻から息を吐くと、アンジェラの横に座りました。
戦闘が始まってから一〇分ほどで、盗賊はみな動かなくなりました。
一応、みな生きていますが、手傷を負ったため逃げることができません。
アンリとアンヌマリーは、二人で盗賊を縛り上げました。
「ふう、手間がかかった。」
「まったくだ、動けないやつって重いですね、騎士殿。」
「お?おお!そうだな、アンリくん。」
騎士と呼ばれて、なにやらうれしいアンヌマリー。
「さて、どなたがカシラでしょうか?」
ティリスは、ひげ面の男たちに声をかけました。
「お!お方さま!こんなきちゃないやつらと話してはいけません!」
アンヌマリーは、あわててティリスの横にやってきます。
「あら、でも話さないと…」
「いやしかし。」
「ではこうしましょう、クリーン。」
ティリスが手をかざすと、薄汚れて垢まみれだった盗賊たちの衣服がきれいになります。
「おや、この服は青色だったのですねえ。」
「く、臭くない…」
長らく体を洗ったこともない盗賊は、いきなり清潔になって、おしりがもぞもぞします。
「な、なんかきれいすぎて、落ち着かないよ。」
「さあ、話して下さいな、お頭はどなた?」
「そんなこと言うと思うのか!」
これにはアンヌマリーがブチ切れました。
「貴様らに反論する権利はない!言わないなら、片っぱしから首をはねてやる!」
「「「ひいいい」」」
「さあ、だれからが好いんだ、おまえか!」
指さされたやせっぽちは、ひげ面をぶるぶると横に振りました。
「おまえか!」
「ひいいい、こ、こいちゅです~!」
首を振ってカシラを指すチビ。
「あなたですか。いつも、こうして旅人を襲っていたのですか?」
「そうだよ、おれたちゃ一〇人ぐらいしかいないからな、大規模なキャラバンは避けてる。」
「きさまあ!この方をどなたと心得る!恐れ多くもイシュタール王国の第一聖女なるぞ!」
「げげえ!」
「この方に逆らっては、地獄へ一直線!この大陸に住むことすらかなわぬと心得よ!」
アンヌマリーさん、それは言い過ぎじゃありませんか?
「「「「っへへえ~!」」」」
縛られて動けないのに、みなその場で平伏してしまいました。
「アンヌマリー、そのへんで。」
「はは。」
「さて、お頭さん、あなた先ほど妙なことをおっしゃいましたわね。」
「はえ?」
「これでノルマが達成できるとか…」




